世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


3月 6, 2015

落下衝撃を制御する技術の裏にあるものとは?

工藤 啓治

先日、「iPhoneを落としたときにネコのように空中で姿勢を変える特許、Appleが取得」という記事に目が留まり、これはよほど高度なシミュレーション技術が使われているな、とピンときました。記事をみると、姿勢を制御する特許に焦点が当てられていますが、主にハードとリアルタイム制御の話であっておそらく想定内の技術でしょう。

凄いだろうなと想像できるのは、”地面に衝突するときの角度を最適化することによって衝撃によるダメージを最小限”にする、その角度をどういう判断で決めるかという設計知見の取得のことなのです。これは、極めて精度の高い落下衝撃シミュレーション技術と、大量のパラメトリック・スタディ計算結果を分析したうえでのノウハウなしには実現しえないだろうと推測がつきます。

本ページを開始してすぐの昨年1月に、【シミュレーションは仮定と近似のかたまり】という記事で、たまたま衝撃解析を事例にして、いかにシミュレーションは精度に敏感であるかということを書きました。

普通に考えれば誰しもわかることですが、落下して、どこが一番壊れやすいかを特定することは容易ではありません。落下高さを同じにした自由落下でさえ、落ちる角度が微妙に異なるだけで、力の伝搬経路は大きく変化し、影響する部位や部品は変わってくるでしょう。最も危ない条件を知るだけではなく、あらゆるパターンを事前にすべて把握して、かつ、落下時間内で制御し回転可能な姿勢の中で最も安全な姿勢(角度)をリアルタイムに算定する必要があるはずです。その計算回数たるや何回必要なのか、想像を絶します。あるいは、少ない回数で評価できる画期的な手法を考案しているという可能性もあります。同じことをやることを想像すると、ちょっとワクワクするプロジェクトでしょうね。

開発プロセスというライフサイクルを飛び出し、利用者のライフサイクルにまで、衝撃シミュレーションの成果を適用しようとしていることが、これまでと異なる全く新しい価値と言えるでしょう。ここで記載したことは、想像の範囲を超えていませんが、もし実現されているのであれば、いやはや一歩二歩どころか、はるか先を進んでいると思わざるを得ません。私もポケットに入れていて屈んだ拍子に2~3回 iPhone6を落としたことがあり、そのたびにヒヤッとしました。7では、実現されているのでしょうか。

「iPhoneを落としたときにネコのように空中で姿勢を変える特許、Appleが取得」という参照記事が目を惹いたのが一番だとは思いますが、もしかすると、表記事の裏に隠された何かを少しでも、興味を持っていただいたせいかもしれません。この技術がどれぐらい高度なものなのかを、もう少し具体的に理解いただくには、掘り下げた説明が必要なように思っていたところ、素晴らしく手頃な情報を見つけることができました。

その前に、参照記事の見出し”ネコのように空中で姿勢を変える”は、実はかなり大げさなはず、というところから見直しましょう。いくらなんでも、iPhoneが落下しながら、自分で反転してしまうほど強力な自己回転能力までは持てるとは思えませんよね。ところが、角度でたった数度回転できるだけで、落下損傷を低減できる可能性は高いのです。それを少し、大げさに表現しただけなのですね。では、スマートフォンや携帯電話の落下という現象をもう少し深く、段階的に理解していくとしましょう。

(1)落下テスト
“iPhone Drop Test”で検索すると、素人が行ったたくさんの落下テストの動画を検索できます。たとえば;


まあ、実にいい加減にテストしていますね。一応、落とす角度や高さを考慮しています。また、液晶が割れないか、ディスプレイが表示されるか、動作するかを検証しています。しかし、本来であれば、再現性を持った正確な速度、角度で実施しなければいけません。もちろん、こういったテストはメーカーからは

(2)携帯電話の落下シミュレーション
iPhoneをモデルにした落下シミュレーションは、やはり公開されていないようですが、携帯電話や他のスマートフォンであれば、比較的容易に、落下シミュレーションの動画を見つけることができます。

落下衝撃のシミュレーションの目的は、本来、もっとも深刻な損傷を引き起こす条件を探索し、そのための対策を考えることです。200gの電話を、30°の角度で、5m/sの速度で落下させ、カバーなしとゴムカバー付きの場合を比較している動画です。カバーなしの結果アニメを見ると、高速な応力伝搬が生じていることがわかります。

(3)落下角度に対する感度評価
ちょっと難しいタイトルになりましたけれど、落下する角度がほんの少し変わるだけで、現象がまったく変化してしまうその変化度合(感度)を調べてみたという貴重なシミュレーション結果が、公開されているのです。2010年のNokia社のこの資料を検索できたときは驚きました。今回のテーマにピッタリなのと、要点が非常に分かりやすく説明されていること、情報量が適切で、専門家ではなくても理解しやすいこと、など、このような筋のいい情報が公開されているのは喜ばしい限りです。「Robustness Evaluation of Mobile Phone Drop Test Simulation」 シミュレーション技術の中でも難しい部類に属する落下衝撃の問題をとても簡潔に表しているこの資料を基に、次回さらに説明を続けることとし、Apple社の技術をいっしょに推測してみましょう。

 

*本記事は、Facebookページ「デザイン&シミュレーション倶楽部」と提携して転載されております。