世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


9月 29, 2025

新HPCの歩み(第252回)-2007年(e)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

日本電気はSX-9を発表した。ソニーはCell B.E.の生産から撤退し、設備を東芝に売却すると報道された。 グリッド関係では、OGFを初めて名乗るOGF19が開かれた。日本ではNAREGIプロジェクトが次世代スーパーコンピュータ開発利用プロジェクトの一環として、これを各大学のHPCと連携させて利用するグリッド環境も合わせて研究開発することとなった。

日本の企業の動き

 
   

1) 日本電気(SX-9)
日本電気は2007年10月25日、SXシリーズの新しいモデルSX-9を発表した。65 nmの半導体技術により3.2 GHzのクロックを実現し、コア当たり102.4 GFlopsと初めて100 GFlopsを越えた。最大16 CPUでノードを構成し、 相互接続網は(回線交換方式からパケット交換方式に変更され)片側128 GB/sで最大512 ノードまで接続できる。「(もし最大構成ができれば)ピーク839 TFlopsでBlueGene/Lの281 TFlopsを大幅に上回る」という発表をしたらしく、いくつかの記事にも「IBMを上回る」と書かれていたが、カタログ性能と実機の性能を比較するのはいかがなものか。「実測してから言ってくれ」と思わず叫んだ。写真は日本電気のページから。

11月1日には東北大学の情報シナジーセンターから受注したと発表した。256 CPUである。設置されるのは2008年3月である。また11月9日に東京天文台は、Cray社のCray XT4と、日本電気のSX-9(20 CPU)を導入すると発表した。また2008年3月4日には、JAXAから3台のSX-9を含むシステムを受注する。2008年5月12日には地球シミュレータ次期システム(第2世代)として、1280 CPUのSX-9が落札した。2009年6月のTop500では、Rmax=122.4 TFlops、Rpeak=131.072 TFlopsで22位にランクしている。2009年3月19日には農林水産省農林水産技術会議事務局筑波事務所にSX-9 (8 CPU)を含むシステムを納入した。2010年5月21日には、北陸先端科学技術大学院大学で4 CPUのSX-9が稼動を開始した。

翌2008年2月になって、SX-9のI/OインタフェースにはXilinxのVertex-5 FPGAが使われているという発表があった。開発費の削減のためとのことである。(HPCwire 2008/2/15) (EE Times 2008/2/14)

2007年12月18日、日本電気とベストシステムズ社はPCクラスタを中心としたHPC分野に於ける販売提携を発表した。

2) 富士通(SPARC64 VI)
富士通は、2007年4月、Sun Microsystems社と共同開発したUNIXサーバSPARC Enterpriseに搭載するプロセッサとしてSPARC64 VIを発表した。90 nmテクノロジにより2.4 GHzで動作し、2コア、マルチスレッドを採用した。なお、「京」のプロセッサSPARC64 VIIIfxは2010年9月に発表される。

同社は2007年3月14日、九州大学情報基盤センターからシステムを受注したと発表した。このシステムは2種のクラスタからなる。一つは32台の富士通PRIMEQUEST 580というIAサーバを結合したSMPクラスタで、もう一つは384台の富士通PRIMERGY RX200 S3サーバを結合したクラスタである。さらに、PRIMEQUEST 580サーバをファイル管理に用いている。

3) クレイ・ジャパン
2007年1月25日(木)~26日(金)に、日本科学未来館 みらいCANホールにおいて第4回Cray HPC カンファレンス 2007が開催された。プログラムは以下の通り。英語講演は逐次通訳付であった。

1月25日

13:00

開会の挨拶

中野 守, 代表取締役社長

13:05

Cray Leading the Way in Supercomputing

Peter J. Ungaro, CEO & President

13:55

Towards Petaflop/s Computing at NERSC

Horst D. Simon, LBNL

14:55

HPCの方向性

小柳 義夫, 工学院大学

15:35

休憩

16:05

大規模ナノシミュレーションへの挑戦

南 一生, RIST

16:45

HPCを加速するAMDの最新テクノロジ

山野 洋幸, 日本AMD

17:05

Adaptive Supercomputing and the Cray Cascade Program

Steve Scott, CTO

18:10

懇親会

 

1月26日

9:55

開会の挨拶

 

10:00

Science Enabled by Leadership Computing: — Science Highlights and Outlook at the ORNL Leadership Computing Facility

Duglas B. Kothe, ORNL

11:00

Deploying National Capability System for The Swiss Advanced Large Projects in Supercomputing

Marie-Christine Sawley, CSCS

12:00

大規模構造解析ソフトウェアADVCのご紹介

森谷 隆之, 住商情報システム

12:15

昼食

13:25

核融合プラズマ研究に於ける大規模シミュレーション~核融合研の事例から~

渡邉 智彦, 核融合科学研究所

14:05

ペタフロップスコンピューティングへむけたストージ・システムの開発状況

Robert Triendl, DDN Japan

14:20

ワークロード管理ソリューション「Altair PBS Professional」のご紹介

大室 貴廣, アルテアエンジニアリング

14:35

休憩

15:00

気候変動の高精度予測シミュレーションに向けて

羽角 博康, 東京大学

15:40

Scaling Beyond Commodity Computing – Cray Scalar System Update

中野 守, 代表取締役社長

16:20

閉会の挨拶

 

 

非常に充実した会であった。Steve ScottはCray社のロードマップについて講演したが、その中でDARPA HPCSの重要候補であるCascadeのアーキテクチャについて講演した。アーキテクチャの図はPDFで配布されたスライド集では削除されていたが、以下の3つの要素からなるハイブリッド・システムであった(ISC2006の記事参照)。

(a) スカラプロセッサ(多分Opteronであろう)
(b) Granite MVP accelerator:ベクトルとMTA, XMTを融合したもののようである。vector modeとmultithreaded modeとで走る。
(c) FPGA

これらが高速のネットワークで接続されている。しかも、一つの箱に、いずれのプロセッサのボードも自由に差してシステムを構成することができる。元々Cray社がSGI社の傘下にいたころ構想されたもののようである。日本の次世代スーパーコンピュータの最初の構想に何となく似ていたのでビックリした。

筆者の講演では、昔からのコンピュータ高速化の歴史を総括したあと、BLASがベクトル演算のLevel-1から行列演算のLevel-3に進化して来たように、プロセッサもベクトル演算器からテンソル演算器に進化するであろうと述べた。行列乗算ならO(n2)のデータ転送でO(n3)の演算ができるし、行列ベクトル積(Level-2であるが)でも、行列が固定でチップ内に持てるなら、O(n)のデータの転送で、O(n2)の演算ができると指摘した。GoogleがTPU (Tensor Processing Unit)を発表(2016年5月18日)する9年前のことである。まあ、誰でも考えそうなことではあるが。

この後、3月14日に秋葉原ダイビルで「Cray XMTセミナー」が、15日には社内で「Cray XMTプログラミング ワークショップ」が開催された。声を掛けていただいたが、失礼した。プログラムは以下の通り。

【3月14日(水) Cray XMT セミナー】(定員:40名)

13:00 – 13:10

Opening

13:10 – 13:50

Why multithreading?

13:50 – 14:40

Cray XMT, a third generation system

14:40 – 15:00

Break

15:00 – 15:50

The Cray XMT programming environment

15:50 – 16:10

Break

16:10 – 17:00

Program e xamples and execution performance

17:00 – 17:20

Q&A and closing

【3月15日(木) Cray XMT プログラミング ワークショップ】(定員:8名)

10:00 – 10:10

Opening

10:10 – 10:50

Matrix multiply

10:50 – 11:50

Linear recurrence

11:50 – 12:45

Lunch

12:45 – 14:15

Sort algorithms

14:15 – 14:35

Break

14:35 – 15:50

Wavefront computations

15:50 – 16:10

Break

16:10 – 17:10

Breadth-first search

17:10 – 17:20

Q&A and closing

 

また、10月10日~11日には、信濃町の明治記念館で“Cray Technical Workshop Japan”が開催された。かなり「リキ」が入っている。強く誘われたが時間が取れなかった。プログラムは以下の通り。

Wednesday, Oct 10th, 2007

 9:30 – 10:00

Cray Welcome Pete Ungaro / Mamoru Nakano, Cray

10:00 – 11:00

Enabling Science for the DoE Jeff Nichols, ORNL

11:00 – 11:30

Break

11:30 – 12:30

Cray XT4 and future Cray MPP Supercomputers – Overview Jeff Brooks, Cray

12:30 – 13:30

Lunch

13:30 – 14:30

Scaling into Tomorrow (TBD) Bill Kramer, NERSC

14:30 – 15:30

Optimizing AMD Multi-Core Opteron and the Cray XT4 John Levesque, Cray

15:30 – 16:00

Break

16:00 – 16:30

Electronic Structure Calculations using Quantum Monte Carlo Method

Dr. Ryo Maezono, JAIST, School of Information Science

16:30 – 17:00

Next Generation Computation of the Chemical Reaction Simulation

Dr. Kei Kuramoto, Toyota Central R&D Labs, Inc., Frontier Research Dept.

17:00 – 18:00

Sandia 7X Applications Bob Balance, Sandia National Laboratories

18:00 – 20:30

Gala Reception

 

4) 日本IBM
2007年11月23日~25日にはIBM天城ホームステッドにおいてIBM HPC天城セミナーが開催された。筆者は先約があり、一部しか出席できなかった。以下のような講義内容であった。

「計算天文学と HPC の将来」

牧野 淳一郎(国立天文台)

「日本の次世代大規模シミュレーションを概観して」

谷 啓二 (日本原子力研究開発機構)

「ライフサイエンスへのグリッドの応用-バイオグリッドプロジェクトでの経験-」

松田 秀雄(大阪大学)

「地震・津波災害軽減に向けてのHPC への期待」

古村 孝志(東京大学)

「SC07 からHPC の将来を考える」

小柳 義夫(工学院大学)

「IBMの研究の最新動向とHPC」

丸山 宏(日本IBM)

 

5) マイクロソフト社
マイクロソフト社と日本電気は、2007年10月18日に共同セミナー「発売一周年記念 Windows Compute Cluster Server 2003 アップデートセミナー」をマイクロソフト社新宿本社で開催した。プログラムは以下の通り。

午前

(チュートリアル)「Windows Compute Cluster Server で行うMPI プログラミングとデバッグ」

14:10

ご挨拶

 

14:10

(基調講演)「無駄な電気を食わせるな: PC 上での並列科学技術計算の実現に向けて」

谷村 吉隆(京都大学)

14:50

CCS に対する NEC の取組みと事例紹介

竹内 義晴(日本電気)

15:50

休憩

 

16:10

Windows Compute Cluster Server 2003 の最新情報とロードマップ

古賀 正章(マイクロソフト)

16:30

Windows Compute Cluster Server 2003 デモ101 連発: Road to High Productivity Computing

林 憲一, 古賀 正章(マイクロソフト)

17:20

質疑応答

 

17:30

閉会

 

 

6) ソニー
2007年9月15日、ソニーがPlayStation 3 (PS3)の心臓部に使うCell B.E.などの生産から撤退し、来春にも東芝に売却することを検討していると各紙で報道された。売却額は1000億円程度と見られている。関係はないが、新型『PlayStation Portable (PSP-2000)』が2007年9月20日 に発売される直前であった。ソニーが売却するのは半導体子会社ソニーセミコンダクタ九州の長崎テクノロジーセンター(長崎県諫早市)にあるシステムLSIの製造ラインで、Cellの他ビデオカメラ用の画像処理LSIなどの設備も含まれる。東芝がこれらを買い取り、ソニーと共同出資する新会社で借りて生産する案が有力で、実質的に東芝がソニーへの供給元となる。半導体の売上高世界4位の東芝はシステムLSI事業の強化を狙うとの観測である。

10月18日、東芝、ソニーおよびソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、ソニーグループが所有する長崎県諫早市の半導体製造施設を東芝に譲渡することで基本合意したと発表した。売却時期は2008年3月末を予定している。東芝への製造施設の売却後は、両社が出資する新会社が東芝の施設を借りる形で生産を行なう。新会社の出資比率は東芝が60%、ソニーが20%、SCEが20%。さらに、米IBMおよび東芝との45 nmプロセス量産で合意したと発表。IBMが米国ニューヨーク州に持つ製造施設を、現行の65nm SOI(Silicon on Insulator)から、45nm SOIへと移行。東芝とは新たな合弁会社を通じて、45nmバルクプロセスへ移行させる。このプロセス微細化により、PS3の低消費電力化とコストダウンを図る。(朝日新聞 2007/9/15)(産経新聞 2007/9/15)(PC Watch 2007/9/18)(日経エレクトロニクス 2007/11/7

Cell processorについては「アメリカの企業」のIBM (Cell)も参照してください。

7) 地底データセンター
Internet Watch(2007/11/14)などによると、「サン・マイクロシステムズ、インターネットイニシアティブ(IIJ)、ベリングポイトの3社は[2007年11月]14日、民間企業を中心とした12社・団体が参加して『地底空間トラステッド・エコ・データセンター・プロジェクト』が発足したと発表した。安全で安定した地底空間にデータセンターを建設することで、情報セキュリティの確保と全消費電力の50%削減を目指すとしている。サービス開始時期は2010年4月の予定。」とのことである。このプロジェクトには、「上記3社のほか、伊藤忠テクノソリューションズ、SAPジャパン、新日鉄ソリューションズ、ソフトバンクテレコム、日本AMD、富士ゼロックス、NTTコミュニケーションズ、プラネット社、中央大学。また、国土交通省、経済産業省、総務省、環境省もアドバイザリーメンバーとして参加する。」設置場所は公表されていないが、報道によると、飛騨市の神岡鉱山跡のようである。小柴先生らの「カミオカンデ」「スーパーカミオカンデ」や「Kagra」などの近くである。現在、営業しているのであろうか。

8) LinuxNetworx日本法人
クラスタソリューションを販売するLinuxNetworx社(本社Salt Lake City)は、2002年12月にベストシステムズ社と合弁で日本法人を設立していたが、2007年、日本から撤退した。販売したマシンの保守はベストシステムズ社が担当する。

9) 日本企業のIT投資マインド
ガートナー・ジャパンのリサーチ部門は、2007年5月17日、世界21カ国の企業のIT投資に関して調査分析し、「国別IT投資マインド・ランキング」として発表した。1位インド、2位シンガポールなど新興国が上位を占める中、日本は21カ国中最下位であった。「5年先に果たして日本がIT先進国でいられるかどうか、大きな疑問」とある。こんなことでよいのであろうか。

標準化

1) Linux Foundation
2007年1月21日、リナックスを一層発展させるためにOpen Source Development Labs(2000年創立) と Free Standards Group(2000年設立) が合併し、The Linux Foundationが発足した。この財団では先のIBMとインテルに加え、富士通と日本電気も開発に参加している。

2) OGF19
初めてOGFを名乗ったOGF19 (The 19th Open Grid Forum)は、2007年1月29日~2月2日にノースカロライナ州のChapel Hillで開催された。筆者も下記のグリッド標準化調査研究の活動の一環として初めて参加した。2007年3月23日に、秋葉原ダイビルと稚内北星大学で開催されたグリッド協議会の第2回Grid Hotlineで詳細が報告された。報告のスライドも見ることができる。

3) OGF20
OGF20 (The 20th Open Grid Forum – OGF20/EGEE 2nd User Forum)は、2007年5月7日~11日にイギリスのManchesterのManchester Centralで開催された。Tony Heyが”The Social Grid”と題して基調講演を行った。参加者は900人以上。筆者は参加せず。2007年8月23日に秋葉原ダイビルと稚内北星大学で開催されたグリッド協議会の第3回Grid Hotlineに詳しい。報告のスライド参照。

4) OGF21
OGF21 (The 21st Open Grid Forum)は、2007年10月15日~19日にアメリカのワシントン州のSeattleのGrand Hyatt Seattleで開催された。参加者は260人。筆者も参加した。グリッド協議会が2007年12月20日に秋葉原ダイビルと稚内北星大学で開催した第4回Grid Hotlineで報告された。参加報告も参照。17日のEnterprise Grid Requirement #1 (EGR-RG)のセッションにおいて、伊藤智氏がグリッド・ガイドラインの案について説明し、これをOGFの文書として提案したいとの意向を述べた。

私事であるが、筑波大学時代に筆者の研究室にいた帰国子女NK女とひょんなことで再会した。NK女は、修士はアメリカに留学し、国連に勤めたりした後、中東出身の夫君とともにシアトル郊外のMicrosoft社に勤務していた。OGF21参加の筑波大学OBが教えてくれた。

5) グリッド標準化調査研究
日本規格協会のINSTAC (情報技術標準化研究センター)では2002年度から2005年3月まで、グリッドコンピューティング標準化調査研究員会(委員長筆者)を設け、グリッド関連技術標準化の調査、日本に於ける標準化活動の調査、ガイドラインの提案、グリッド用語集の作成などを行ってきた。

それに引き続き、産業技術総合研究所グリッド研究センターが、経済産業省情報電気標準化推進室及び日本規格協会情報技術標準化研究センター(INSTAC)から、2005年度から3年間の予定でグリッド技術のガイドライン標準化調査研究活動の委託事業を受けることになり、グリッドコンピューティング標準化調査研究員会を立ち上げ、筆者が委員長を仰せつかった。幹事は産総研の伊藤智氏、委員は産業界を中心に委託し、7月からほぼ月1回のペースで委員会を開催した。グリッドのモデル化に力を入れたが、それぞれの委員のバックグランドが異なり、共通の理解に達するのに苦労した。上に述べたように、10月のOGF21において、ガイドラインをOGFに提案したい意向を表明した。

6) Android
Google、米クアルコム、独通信キャリアのT-Mobile International などが中心となり設立した規格団体 OHA (Open Handset Alliance)は、2007年11月5日、 携帯電話用ソフトウェアのプラットフォームであるAndroidを発表した。リリースは、2008年9月23日。

7) HyperTransport
HyperTransportによる接続技術を開発し広め認可するために2001年に発足したHyperTransport Technology Consortiumは、2007年10月19日、メンバーに8組織が加わったと発表した。加わったのは、Georgia工科大学、Simula Research Lab(ノルウェー)、Barcelona自治大学、Hannover大学(ドイツ)、Murcia大学(スペイン)、Dzemal Bijedic大学(ボスニアヘルツェゴビナ)、コンピュータ科学研究所(クレタ)、Castilla La Mancha大学(スペイン)である。

次回はアメリカ政府の動き、ヨーロッパの政府関係の動きなど。

 

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