世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


スパコン探訪記シリーズ

8月 1, 2016

ナカシマプロペラ株式会社

HPCwire Japan

nakashima-head-962x321-wtitle

岡山へ

nakashima1-512w

岡山駅で山陽新幹線から山陽線ローカル列車「和気」行きに乗り換える。列車は各駅に停車しながら赤穂線の起点である東岡山駅を過ぎて、四つ目の駅「上道」(じょうとうと読む)に到着する。ここで下車する。終点の「和気」は、調べて見ると、やはり奈良時代から平安時代にかけて活躍した「和気清麻呂」と関係があり、彼の出身地のようだ。上道の歴史も古く、駅前には「上道の歴史と概要」という案内板が掲げられ、『縄文時代から人が住み、古墳時代の浦間茶臼山古墳が残されている地帯です。』と、古代からの長い歴史が説明されている。その看板の前を神戸と岡山を結ぶ浜国道と呼ばれる国道250号線が走っており、それに沿って5分ほど歩くと、それらしい社屋が見えてきた。今回の訪問先は、ナカシマプロペラ株式会社だ。

ナカシマプロペラ株式会社

ロビーには創業90周年の祝典に関係各社から贈られた胡蝶ランの鉢植えが所狭しと飾られている。ナカシマプロペラ株式会社は、大型プロペラでは国内では80%、海外でも30%のシェアも有している、知る人ぞ知る、大型プロペラのトップメーカーだ。年間400以上のプロペラを一品毎の受注で生産している。韓国、中国を中心に海外へも販売する他、ベトナム、フィリピンにも製造拠点を持ち、全世界にグローバルな展開を行っている。

早速、エンジニアリング本部 プロペラ設計部 廣田課長代理と同じくプロペラ設計部 プロペラ・ポッド推進性能室 岡﨑課長代理にお話しを伺った。

nakashima2-w512

廣田課長代理(左)と岡﨑課長代理

「ナカシマプロペラは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製プロペラで『第6回ものづくり日本大賞』内閣総理大臣賞を昨年受賞いたしました。『第1回のものづくり日本大賞』でもプロペラ仕上研磨で受賞しています。」と、岡﨑課長代理から最近の技術動向を教えて頂いた。世界で初めて商船に搭載したCFRPプロペラを開発し、省エネを実現したそうだ。プロペラの比重が従来の1/5と大幅に軽量化され、プロペラのブレードが流速に応じてたわむ事により低振動を実現し、船室の振動・騒音が30%も低減されたとの事だ。

「プロペラの設計上の目標は、キャビテーションを抑止しつつ、効率と耐久性を追求する事です。」キャビテーションという言葉は聞いた事はあるが、一体何なのか?岡﨑課長代理が続けて説明するには「プロペラの翼面に発生する低圧部で、水が蒸発して気泡となる現象のことです。その気泡が短時間に消滅する瞬間に、非常に高い衝撃圧が発生します。その結果、騒音・振動の原因になったり、プロペラ表面を劣化させることがある困った現象です。」なかなか実感するのはむつかしいが、身近な所では指の関節をポキポキ鳴らすのもキャビテーションが関係しているという説がある。

プロペラの設計も地球温暖化とは無縁ではありえない。地球温暖化対策として造船の世界でもCO2排出規制が進められている。EEDI(Energy Efficiency Design Index)と呼ばれる燃費指標が用いられている。具体的には、新造船のCO2排出量を、設計建造段階において『一定条件下で、1トンの貨物を1マイル運ぶのに、排出すると見積もられるCO2グラム数』として、指標化されたものが用いられている。自動車におけるカタログ燃費に相当するものだ。

nakashima4

CFRPプロペラと省エネキャップ

ナカシマプロペラ(株)ニュースリリースより

「船舶の燃費性能を向上させる省エネ技術がより重要になってきており、船体付加物、省エネ付加物の研究を進めている所です。エネルギー回収を行うプロペラキャップにも実績があります。」と岡﨑課長代理は続ける。エネルギー回収キャップとは、翼を持つキャップをプロペラ後部に付加することにより、プロペラ後部に発生する渦流のエネルギーを回収し、推力向上に寄与させようという省エネアイテムだ。何百種類もの試設計を行ったそうだ。

Dell PowerEdge M1000eシャーシ & Dell PowerEdge M630

2008年に初期システムが導入され、機会がある毎に増強されてきた。

岡﨑課長代理にシミュレーションの効用と限界についてお話し頂いた。「模型水槽試験を実施するには時間とお金がかかります。省エネアイテムを開発するには船体やプロペラの模型を作成し、水槽試験の実施まで考えると、結果がでるまで数ヶ月もかかってしまいます。しかもトライ&エラーを繰り返せば数千万円オーダーの実験費用が発生します。これをCFDで行えば、数週間で行えます。大幅な時間短縮が可能です。最適な形状を絞り込んだ後に最終確認のために模型試験を行えばいいようになります。これまで経験的に把握していた、渦や粘性の影響などをリアルに計算でき、キャビテーションによる振動、プロペラ表面劣化のリスクもみることができるようになりました。ブレード(プロペラ翼)の幅を狭めれば効率は良くなるのですが、キャビテーション問題のリスクが高くなるため、限界設計には精度の高い解析ツールが不可欠でした。しかし全てのプロペラでシミュレーションを行うには初期ステムの256コアでは不十分でした。」
今回 Dell PowerEdge M630にリプレースが行われた。244ノード、5000コアの強力なシステムが導入された。

「新システムでは並列化を推し進め、トータルでは70〜80倍の性能を得ることができました。1〜2週間かかっていた作業が2日に短縮できるようになりました。」と、岡﨑課長代理も新システムの性能には満足げだ。

nakashima3-w512

導入されたDell PowerEdge M630

運用に関して廣田課長代理は「デルの新システムの安定性については従来から問題無く心配はしていない。」と、システムの品質についてはベンダーを100%信頼しているようだ。しかし「計算機室まで行かないと、どんな障害が発生しているか判らない時がある。クライアントで状況が把握できれば便利だ。」と、注文をつける事も忘れない。リモートでシステムの状況を把握できる監視システムのニーズは高いようだ。「今のシステムはWindowsサーバーを利用している。 元々はサーバーでEXCELを利用したかったためだが、殆どのHPC関連ソフトはLinux向けですね。」と今後に向けた課題も明確だ。

「アプリケーションはCFD解析と鋳造解析がメインです。」と、岡﨑課長代理がアプリケーションの状況を語る。「CFD解析アプリケーションとしては、ソフトウェアクレイドル社のSCRYU/Tetraを使用しています。 カスタマイズして特注ソフトを組み込んでもらっています。鋳造解析ソフトウェアは、溶けた合金を砂型の中へ入れて冷えていく過程のシミュレーションを行い、品質の良い合金プロペラの製造に貢献しています。」さらに、「キャビテーションの解析を可視化したものは、受注活動でも活躍しています。模型試験ではなかなか見えないところの流線や、なかなか測れない場所の圧力も明示でき、説得力ある提案が行えます。」とCFDの波及効果の宣伝も忘れない。

ヴァーチャルタンクとIoT

最後に、岡﨑課長代理に将来構想を語って頂いた。「CFDを用いたヴァーチャルタンクに船全体を入れて解析し、その精度を上げて模型水槽試験の代替を可能としたい。現在は300mの船体を7mにスケールダウンして、模型水槽実験を行なっています。ヴァーチャルタンクで300mの実機スケール船体を用いて解析を行うには、メッシュ数を6000万以上にする必要があると考えています。模型水槽試験では難しい粘性の補正が必要ですが、CFDでは実機スケールの計算ができるのでその必要がないのも大きなメリットです。ヴァーチャルタンクによるプロペラの最適化設計の解析を通じて、船体設計との調和もはかっていきたい。さらに、省エネ付加物を含めたシステムとして提案型ビジネスをしていきたい。」

話題は設計を越えてサポートの世界まで広がってゆく。「私達はプロペラを介して、船とその一生通じてのお付き合いをさせて頂いています。将来はIoT(Internet of Things)を駆使した、リアルタイムのグローバルサポートを実現させ、ビジネスチャンスの拡大に繋げたいと考えています。」

5000コアを設計者20名で使うという計算機環境も贅沢ではあるが、オフィスの窓から近くの山並みが望むことができるという作業環境もすばらしい。地方で日本の中核技術の一翼を担う中堅企業の心意気と、将来を見つめる設計者の熱いまなざしがともに印象的であった。

今回のインタビューに関しては、株式会社HPCソリューションズならびにデル株式会社の関係各位に大変お世話になりました。文末ではありますがお礼申し上げます。

 

left-arrow Supercom Tanbo right-arrow