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AI&HPC Convergence Frontline

4月 26, 2021

富士フイルムが目指す未来の医療DX戦略

HPCwire Japan

オンラインで開催されたNVIDIA社ユーザイベント「GTC(GPU Technology Conference) 2021」(開催期間:同年4月12~16日)の講演において、富士フイルムのメディカルシステム開発センター長である鍋田 敏之氏が「富士フイルムが目指す未来の医療DX戦略」と題する講演を行った。

同社は2018年から医療分野におけるAI技術ブランド「REiLI(レイリ)」を立上げ、次世代診断ワークフローの新たなプラットフォームを開発し、画像診断における医師の診断支援や、診断ワークフロー効率化を目指したソリューション開発をスピーディに進めている。

本講演では、富士フイルムが目指す未来の医療に向けたDX戦略について、次世代診断ワークフローの取組み状況を紹介。また、2018年に国内で初めてNVIDIA社のディープラーニング用スーパーコンピュータ(DGX)を導入し、開発を加速させたAI活用事例についても紹介している。


 

■富士フイルムのメディカルシステム事業

富士フイルムは幅広い事業ポートフォリオを構成しており、その中でもヘルスケア領域は事業の44%を占めるコア事業である。医療IT、超音波、X線画像診断機器は、国内・世界ともにNo.1のシェアを誇り、世界有数の医療機器と医療ITを備えるユニークさが同社の特徴だ。

 

メディカルシステム事業の基本戦略は「IT」が中心であり、ITを中心に富士フイルムの持つ様々な医療機器を組み合わせ、それぞれの医療機器の価値を最大化している。

■社会を取り巻く医療課題

昨今の社会を取り巻く医療課題として、鍋田氏は「高齢化や人口増加による医療費の増大」「医療サービスの地域間格差」「医師や看護師などの人材不足と過酷な労働環境」の3つを挙げている。

 

鍋田氏が指摘するのは、日本で起きている医療課題がグローバルでも生じている点だ。国内では高齢化による医療費の増大に加え、都会と地方の医療サービスの地域間格差が問題となっているが、「世界の医療費の77%は先進国が占める」と世界規模での医療格差の問題を指摘する。医療費の増大、先進国と発展途上国の医療格差、医療従事者の人材不足が世界的に切迫した課題となっている。

公的医療費の支出は年を取れば取るほど増加するため、早期診断・治療を通じた重症化予防による 「医療費の伸びの抑制」が必要になる。鍋田氏は「重症化した後の治療から、予防・早期診断・早期治療に開発がシフトし、トータルで医療費を削減する取組みが今後のトレンドになる」と述べた。

■医療ITシステムによる医療課題の解決

上記に述べた医療課題に対して、富士フイルムは「PACS」と呼ばれる医用画像情報システムを用いて解決に取り組んでいる。「PACS」とは、Picture (画像)、Archiving(ファイル保管)、 Communication (通信)、System(システム)の頭文字を取ったシステムだ。病院内の画像データを管理・保管するプラットフォームで、富士フイルムは同分野で世界シェアNo.1を誇る。

 

従来の医療現場では、CTやMRIなど様々なモダリティ機器の撮影・画像情報は、人を介して物理的に保管しており、持ち運びや保管の手間が医療従事者の大きな負担となっていた。PACSを導入することで、全ての画像情報の保存・表示を病院内の様々な場所でシームレスに参照可能とし、手間やコストが大幅に削減できるという。

富士フイルムは「SYNAPSE(シナプス)」の製品名でPACSを展開しており、本製品の普及を通じて医療従事者の負担軽減に努めている。鍋田氏はSYNAPSEについて「世界各地5700サイトに展開しており、医療リソースが限られた地域で質の高い診断をサポートしている」と医療サービスの地域間格差改善につながる実績をPRした。

■医療AIの強み

富士フイルムの医療AIの強みは、他社に先駆けて取組んだAI技術だ。AIの検出精度向上には 「データの質や学習方法」が最も重要で、同社の持つ画像処理技術、最先端の医療AI開発体制、AI・ICT人材の育成力により、医療IT分野におけるトップメーカーの地位を築いている。

富士フイルムにとって画像処理技術は、写真分野で培った事業の源流だ。鍋田氏は「銀塩写真システムを始め様々な領域で培った80年以上に及ぶ画像技術と、1970年代から取り組んできたデジタルイメージング技術こそが『富士フイルムの技術資産の集大成』」と語る。画像処理技術の強みが、富士フイルムの医療ITを支える根幹となっている。

 

同社はPACS開発に着手した2000年当初から、グローバル展開を見据え最先端の市場である米国で、いち早く開発体制を築いている。また次世代医療AI拠点を設立し、社内外の若手人材が著名な研究者との交流を通じて最先端AI技術を学び、次世代の医療AI研究をリードするAI・ICT人材を育成している。

そして、もう1つの強みは、診断に必須な医療画像診断機器をラインアップしていることだ。冒頭に触れた通り、同社はX線画像診断機器、X線フィルム、内視鏡、超音波、IVDといった幅広い製品ポートフォリオを保有している。

 

ヘルスケア領域の事業拡大に向け、富士フイルムは日立製作所の画像診断事業を買収し、2021年3月に買収手続きが完了した。2021年4月より同社のラインナップに日立製作所のCT・MRIが加わり、移動型X線装置、超音波装置の増強を含め、医療画像診断機器ラインナップの充実度が増している。

富士フイルムは各種モダリティと、それらを束ねるITの両方の資産を有しており、医療機器インフラをフル活用して、良質な学習データへのアクセスを可能としている。これらデータの分析、活用を通じて「AI診断支援」や「AI保守」など、新たなビジネス展開を目論む。

■富士フイルムが目指す未来

富士フイルムは2018年4月に、AI技術ブランド「REiLI」を発表した。REiLIのコンセプトは「富士フイルムが70年以上培ってきた最先端の画像処理技術と、最新のAI技術を組み合わせることにより、次世代画像診断へ新たな価値を創造する」と謳っている。

 

REiLIが最終的に目指す姿として、鍋田氏は「頭のてっぺんから足の先までAIが一気に自動スキャンし、全身の画像をAIが確認する。画像に写っている臓器を認識し、各臓器に対して正常構造との差異を検出し、見落としリスク軽減、優先順位を専門医へ割当・通知、読影レポート作成まで、一連のワークフローを半自動化すること」と語る。

 

富士フイルムは検査画像の読影から診断、レポート作成にいたるまで業務全体をAI技術でサポートし、医師の負荷を軽減することで「本来の診断にかけられる時間の創出」を目指している。

診断ワークフローを改善することで、放射線科医が不足している問題解決と、より高度な診断研究を加速させる。鍋田氏は「年々、膨大に増加するCT/MRI検査数・画像枚数に対して放射線科医の人数が追い付いていない。AIを用いた画像診断支援により、放射線科医不足の解決に大きく貢献できると考えている」と述べた。

またAIを活用した疾患の定量化により、医師の主観によらない診断を実現し「医療の質の均質化による患者QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の改善につながる」と診断の効率化から生まれる価値を説明した。

 

富士フイルムが目指すAIワークフローの実現に向け、同社では3つのアプローチにより医用画像AI技術開発に取り組んでいる。AI学習時間を短縮し、タイムリーかつスピーディに商品化するため、世界最速のディープラーニング用スーパーコンピュータ「NVIDIA DGX」を利用している。DGXを利用することで、膨大な処理時間を要する3次元医療画像の学習時間を大幅に短縮することができ、開発スピードを加速させている。

 

AI技術開発の1つ目は「臓器セグメンテーション」だ。解剖学的構造の認識技術で、医用画像内に存在する様々な臓器・組織を正確に抽出する。従来技術では困難であった疾患を伴う症例でも、安定した抽出が可能になる。現在、全身の主要臓器の抽出技術はほぼ完成しており、脳区域の抽出から膝関節まで詳細に描画(トレーシング)できるディープラーニング技術が完成している。

2つ目は「コンピュータ支援診断」である。病変の検出・計測を支援するAI技術で、2020年5月に薬機法認可された日本初となる「CT肺結節CAD」を開発した。高い集中力と専門性を必要とする肺結節(肺癌候補)の検出をAIがサポートする。AIならではの特徴として、医師(人間)が見逃しやすい微小結節、淡いすりガラス型結節など、小さいもの、淡いものもAIが検知可能だ。専門医や研修医が本CADを診断に併用した結果、肺結節検出精度が10%以上向上する結果となり、医師の肺結節見逃し防止に貢献している。

3つ目は「ワークフローの効率化」だ。臓器セグメンテーションによる臓器抽出、CAD技術による疾患部位の分析機能により、医師が疾患部位をワンクリックするだけで、放射線科医の最終アウトプットである読影レポート生成をサポートする。自然言語処理のAIを用いることで、入力性状の組み合わせに対して、流暢かつ正確性の高い所見文(自然文)を自動生成させることに成功している。

これら3つのAI技術を搭載したのが「次世代AI読影支援プラットフォーム/SYNAPSE SAI viewer」で、2019年7月に同製品を国内でリリースした。医師の画像診断ワークフローを支援するAIプラットフォームとして、診断の効率化をサポートしている。

■グローバルな医療AI展開

富士フイルムは2020年時点で、AIを搭載した医療機器を世界50か国以上で展開しており、鋭意拡大中だ。またAI技術を直接エンドユーザに届けるサービスとして、健診サービスをインドで開始した。医師の診断を支援し、インドで罹患者の多い疾患を中心にがんや生活習慣病の早期発見につなげる。今後は更にAI技術を活用した健診センターをグローバルに展開していく計画だ。

 

■まとめ

講演のまとめとして「AI技術の開発、活用、展開を加速させる。メディカルシステム事業を通じて、『医療サービスの地域間格差解消』や『疾病の早期発見』などの医療課題の解決に、今後も大きく貢献していきます」と鍋田氏は締め括った。

富士フイルムは、ヘルスケア領域を成長の柱と位置付けており、「診断」を担うメディカルシステム事業は、ヘルスケア領域の成長を牽引するコア事業だ。「REiLI」ブランドのもと、AI技術開発の強みを活かしグローバルに躍進する同社の動向に今後も注目したい。

著者

内藤 翼
IT×ビジネスライター。大手Sierでの営業×マーケティング×エンジニアのキャリアを活かし、IT・ビジネス系メディアの企画・マーケティング・執筆に携わる。
ライターとしての専門分野は最先端IT、ビジネスキャリア、ICT教育