Supercomputing Japan Conference
【Supercomputing Japan 2024を振り返る】プログラム 2日目 基調講演:株式会社ゼウレカ代表取締役社長 務台明子氏 「創薬を変革するスパコンコミュニティ Tokyo-1」
2024年3月12日(火)、13日(水)の2日間、都営新宿線・船堀駅前に位置する「タワーホール船堀」において、「最先端シミュレーションとAI これからのスーパーコンピューティング」をテーマに、量子コンピューティングと大規模言語モデルを取り上げたイベント『SupercomputingJAPAN!2024』が開催された。
プログラム2日目は、株式会社ゼウレカ代表取締役社長である務台明子氏による「創薬を変革するスパコンコミュニティ Tokyo-1」と題した基調講演が10時から行われた。
務台氏が代表取締役を務める株式会社ゼウレカは、最先端のAIやシミュレーション等の最新コンピューター技術を駆使し、創薬研究における大幅な効率化と成功率の改善を実現して、病気に苦しむ患者に良い薬を安く、迅速に提供することをミッションに立ち上げられた三井物産の100%子会社である。今回の基調講演では務台氏は以下のように語っている。
当社が解決を目指している創薬における具体的な課題は、大きく分けて3点ある。1点目は、高額な研究開発費だ。製薬業界では、1つの薬を開発するのに数千億円の研究開発費がかかると言われている。2点目が、開発における低い成功率だ。創薬の難易度は年々上昇しており、新しい薬を生み出すのが非常に難しくなっている。薬の種となる化合物を見つけてから、それが実際の薬になるまでの成功確率は現在、約3万分の1と言われている。3点目は、1つの薬を開発するのにかかる期間であり、約9年から17年の期間がかかると言われている。
ゼウレカは新薬開発における、この3つの課題を解決するための事業に取り組んでいるのである。そこで具体的には大きく2つのサービスを提供している。まず1つ目が、創薬AIソリューションだ。AIやシミュレーション等の最新のコンピューター技術を駆使し、最終的に薬ができるまでの成功確率を高めることや、開発期間を短縮するといったことで創薬研究の効率化を支援しいる。2つ目が、AIやシミュレーションといった計算を実際に実行するための超高速の計算環境を用意していることだ。それは、当社が名付けた「Tokyo-1」というプロジェクト名で製薬会社向けに展開している。
基礎研究といわれる領域の中で、創薬のターゲットとなる病気の原因を見つけていく、その病気の原因に対する薬の種となる化合物を探していくといったプロセスがある。この薬の種を探していくプロセスをAIやシミュレーション等のコンピューター技術を用いてぐっと期間を短縮し、開発の成功率を高めていくといったことを当社でははサービスとして提供している。
次に、当社が展開している創薬の分野においてどのようなことが起きているのかを簡単に紹介する。近年では特に海外を中心にAIを活用した創薬研究、創薬開発が進んでいる。2020年の段階で既に20以上の薬がAIドリブンで臨床しているといったような状況となっている。
従来の創薬では100の薬の候補に対して、50%くらいまでしか薬の候補として絞れていない。一方、AIを用いた場合には100の薬の候補に対して8候補まで絞ることができるのだ。
この差が何を生むかと言うと、無駄な実験をしなくて良くなるわけでありコストの削減につながるようになる。従来型の創薬研究に比べて約40%程度のコストが削減できるようになるのである。
開発期間についても、従来型の創薬だと30ヶ月もかかったところ、AIを活用した創薬の場合は10ヶ月程度へと約3分の1に短縮されている。これだけ効率化が測れることから、AI創薬への期待が非常に高まってきているのである。
実際にAIを使った創薬は海外で非常に活発化しており、海外の大手製薬企業はAI創薬関連の人材や計算環境への投資を非常に積極的に行っている。特に製薬トップがコミットして進めているというのが特徴だ。例えば、世界的な製薬大手であるジョンソン・エンド・ジョンソンでは6,000人規模のデータサイエンティストを採用しているほか、フランスの製薬大手サノフィのCEOは「AIは創薬の偉大な時代を約束し、医療を根本的に変えるかもしれない」といった発言をしている。
一方、日本の状況はというと、国内の製薬会社における創薬研究領域は海外に比べデジタルの活用が大幅に遅れているといった状況にある。その結果、国内の製薬産業の国際競争力というのが年々減退してきているというのが実態だ。日本においては、創薬のDX化の遅れが起きているが、このような状況を打破するために、ゼウレカの親会社である三井物産、NVIDIA、ゼウレカが手を組んで立ち上げたプロジェクトがTokyo-1というわけだ。
弊社が持つAIソリューション、それからNVIDIAの持っているGPUスパコン、そういったソフトとハードというのを組み合わせて日本の創薬DXを一緒に進めていこうといった形で、Tokyo-1のサービス構想が始まった。
ここからはTokyo-1プロジェクトの内容につきまして、詳しく紹介する。
Tokyo-1プロジェクトは三井物産グループとNVIDIAが協力して立ち上げた民間主導の取り組みだ。創薬を中心とする国内ヘルスケア産業において、デジタルの変革を追求して、イノベーションハブの形成を目指すといった取り組みとなっている。
TOKYO-1が提供しているサービスは大きく分けて3つある。1つ目がハードウェアであり最先端のGPUスパコンだ。ここにはNVIDIAが開発しているDGX H100を採用している。2つ目がソフトだ。ハードウェアはあってもソリューションがないとどうしようもないので、スパコン上で活用できるソリューションを提供している。3つ目は、情報コミュニティだ。各製薬会社には、計算創薬やAIを使った創薬に長けた人材が必ずしも十分でなく、製薬会社間で企業の枠を越え業界で提携していきたいといった希望があり、そういった要請に応える形で情報コミュニティ活動も推進している。
Tokyo-1の3つのサービスはゼウレカが勝手に考えたものではなく、Tokyo-1を始める前に、他の製薬会社に対して「ハード、ソフト、コミュニティにどういったものが必要か」といったヒアリングを行い、骨子を固めていったものであり、まさに製薬会社と連携してイノベーションハブを作りたいということで、一体となって推進してきたプロジェクトであるのだ。
Tokyo-1のもともとの始まりは三井物産とNVIDIAの提携から始まっている。NVIDIAからGPUスパコンというハードウェア提供いただき、ゼウレカがスパコンへの投資、それから運営、ソリューションの提供、コミュニティの運営といったものを担っている。スパコン環境の構築運用については、弊社の兄弟会社である三井情報(通称MKI)が担っている。こうしてNVIDIAと、三井物産、三井情報、ゼウレカといった三井物産グループが一体になって、このTokyo-1というプロジェクトを推進するようになった。
このTokyo-1に参画されるメンバー企業は、国内の製薬会社、バイオテック企業が中心だ。将来的には医療機器メーカー、ヘルスケAI開発会社にも広げていき、ヘルスケア産業全体のDX推進のハブになるといったことを目指している。そこで改めて、Tokyo-1で提供している3つのサービスである「GPUのスパコン」「DXソリューション」「情報コミュニティ」それぞれについて簡単に紹介する。
1つ目のサービスはTokyo-1として整備、提供するスーパーコンピューターである。前に述べたNVIDIAが出しているDGX H100といったモデルではあるがサーバーとしては、2種類のサーバーを提供する予定となっている。1つが専用サーバーだ。こちらは自社で管理する必要がなく、どのサーバーを使うのか固定ができる。ユーザーからすると常に同じサーバーを使うことになるため、普段、パブリッククラウドにあげなければいけないような機微情報を上げることができるため、特に製薬研究でメリットを感じることができる。いわゆるプライベートクラウド的な利用法ができる形だ。
もう1つが共有サーバーだ。例えば普段、サーバーを1台、2台使っていても研究が佳境に入り、「今月は4台使いたい」という要望が出てくることもあるだろう。そういった差分を共有しようと考えが共有サーバーのコンセプトとなっている。このような創薬に特化したスパコンとして、クラウドのようにオンデマンドに使えるのが特徴だ。
Tokyo-1が提供する2つ目のサービスが創薬DXソリューションである。こちらは製薬会社に「どういったアプリケーションが欲しいか」とヒアリングをした上で、以下のようなカテゴリーに分けて紹介している。
①シミュレーションの大規模化
分子動力学計算等があり、近年注目されているのはFEP関連、自由エネルギーのシミュレーションがある。
②AIによる大規模学習
近年、注目されている大規模言語学習による生成モデル等があり、タンパク質の構造モデル等も整備している。
その他、創薬研究のコアではないが、画像解析やAIによる機器データの補正・高精度化のソリューションも提供したいと考えているこういったソリューションはゼウレカがすべて開発施設を提供できるというわけではない。ゼウレカで開発する部分と、国内外のAI企業が積極的に発掘していく部分もあるため、将来的にTokyo-1に実装していきたいと考えている。
Tokyo-1が提供する3つ目のサービスが最大の売りである、最先端の情報コミュニティだ。。こちらのサービスは製薬会社の期待が一番大きいものとなっており、Tokyo-1のメンバー間での意見交換、知見の共有という場となっている。
製薬会社はAIやITに対する知見が必ずしも豊富ではないため、非競争領域の部分においては会社の枠を飛び越えて共同で検証していく。AIやITの活動を改善していく上で、先進的な海外事例がどうなっているのかを共有するというのがTokyo-1の価値観ではないかということで、積極的に海外企業についても紹介させていただいている。このコミュニティの活動自体は、1ヶ月に2回ぐらいの頻度で集まっていただいき、ディスカッションや情報共有をしている状況だ。
スパコンというハードがあればいいというものではないため、そこにコミュニティとして人が集まり、ソフト面でも充実させていくことが非常に重要だ。そこでTokyo-1コミュニティには製薬会社の意思決定者から研究者に至るまで、そうそうたる顔ぶれが集結している。
Tokyo-1コミュニティの主な特徴は、上下、内外、分け隔てなく共に作る共創の場となっていることだ。そこに対して「意義」「目的」「ルール」を示し、それに基づいて活動している。
Tokyo-1の「意義」としてはその場を生かすということだ。Tokyo-1には複数会社が集まっているが、数多くの計算環境を保有している。製薬各社もコミュニティに参画していいただ上で、競争領域から得たアウトプットを自社に持ち帰っていただき、それを各社の製薬研究に貢献することを目的に活動している。そこでもっとも重要なのは「きちんと参加して発言しよう」「お互い教えあおう」といったことだ。そこでTokyo-1では「何か試行錯誤しているうちに困ったことが生じたら助け合う」というルールを設けて進めている。実際にコミュニティの活動を見でいると、非常に活発に各社が助け合いながら、お互いを担って様々な作業をしているというような形になっている。
Tokyo-1は民間主導の取組であるが、非常に良い姿になっているのではないかと考えている。
具体的には、ステアリングコミッティ、ワーキンググループ、サブワーキンググループというような管理体で運営しており、さらにブレイクダウンして、テーマごとにディスカッションを行うといった活動をしている。サブワーキングクループには様々なメンバー参加しており、低分子に強いメンバーや特定の領域に強いメンバーらが集まり、特定のテーマに対して計算機を使って実装することにことに取り組んでいる。Tokyo-1としては、一緒にアウトプットやディスカッションいったコミュニティの活動を推進しているのだ。
で実際にどういった活動がコミュニティで行われているのかを簡単に紹介すると、まず共同で検証するテーマについて参加している製薬各社にテーマを募り、その数40ほどが集まった。初回ということで、その中から一人一票の多数決でテーマを選択し現在は実際に検証活動を進めているところである。一社一票ではなくて、一人一票というのがポイントであり、参加しているメンバーの意見が極めて民主的に反映される形で運営されている。そこではある会社が組んだプログラムを他の会社のメンバーがレビューやアップデートをするなど、まさにオープンソースコミュニティのようなやりとりが行われている。
Tokyo-1では、定期的な議論や検証の分担等で非常に前向きな活動を実施している。具体的な検証の中身について簡単に紹介すると、化合物のスクリーニング等で、従来の手法や計算環境では考えられなかったスケールをTokyo-1で実現することに取り組んでいる。バーチャルスクリーニングを例にとると、これまで数十年かかるスケジュール規模の計算をGPUによる計算のスケールと、AIによる計算の省力化をもって数日で実現できている。そのための道具の選定や手法の構築、検証等をメンバー各社と一緒に協働で実施している。
最後に、改めてTokyo-1の目指していることをまとめると、スパコンというハードだけではなくソフトとしてのDXソリューションとコミュニティ、コミュニティを通じた人材の育成、これらが三位一体になることで創薬業界のイノベーションハブになることを目指していきたいと考えている。
AIの新しい技術は毎週のように出現しており一社だけではとても全部検証できないといった中で、社内メンバーだけでは解決が難しかったような課題やテーマを企業の垣根を越えて取り組むことで、解決の糸口を見つける機会になっている。
Tokyo-1はまず製薬業界を中心とした取り組みから始めているが、将来的には日本のヘルスケア産業全体を変革していくような、大きなイノベーションハブになっていくだろう。