世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


2月 27, 2025

AIとHPCの融合が拓く未来――ポスト富岳に向けた新たな挑戦

西 克也

HPCwire Japan主催では初となる記念すべき第一回「HPCの夕べ」がNVIDIA後援の下、2025年1月22日に開催され、スーパーコンピュータおよびAI分野における最先端技術が議論される注目のイベントとなった。「HPCの夕べ」は最新の話題をその分野のエキスパートをお招きしてご講演頂き、その後参加者との間でゆっくりと歓談する時間を提供するイベントである。

第一回となった今回のイベントのテーマは「HPCアクセラレータの最先端事情」だ。アクセラレータの代表格であるGPUは、スーパーコンピュータの演算性能を飛躍的に増大させるだけでなく、今日のAIにとっては欠かすことができないコンポーネントとなっている。今回のイベントではアクセラレータ搭載のスーパーコンピュータセンターとしては長い歴史を有する東京科学大学から講師をお招きした。講演者は、東京科学大学の遠藤敏夫教授、横田理央教授、関嶋政和准教授、そしてユーザ代表としてSakana AI 株式会社の秋葉拓哉氏にご登壇いただいた。会場には大学や企業の専門家が集まり、HPCの未来や、ポスト富岳に向けた日本の取り組みについての具体的なビジョンが語られた。

(左から)秋葉拓哉氏、関嶋政和准教授、横田理央教授、遠藤敏夫教授

 

TSUBAME4.0とその技術的特徴

イベントの冒頭、東京科学大学の遠藤敏夫教授が「TSUBAME4.0」について詳しく解説した。TSUBAME4.0は、NVIDIA H100 Tensor コア GPUを960台搭載し、64bit倍精度演算性能で66.8 ペタフロップス(TSUBAME 3.0の5.5倍)、16bitのFP16の低精度演算性能では950 ペタフロップス(TSUBAME 3.0の20倍)を誇るスーパーコンピュータだ。また、AIに利用されるFP8の計算性能は1.9 エクサフロップスに達し、ポスト富岳の時代において重要な一翼を担うと期待されている。

さらに、このシステムは多様なユーザ・ニーズに対応するため、リソース分割を柔軟に行う設計が施されている。例えば、1ノード内の計算リソースを細かく分割し、CPUコア数やGPUの使用量を最適化して割り当てることが可能だ。このような分割技術によって、研究者や学生、企業利用者が効果的に計算資源を利用できる環境が整っている。また、Linuxのcgroup機能を活用した動的なリソース割り当てにより、ユーザは必要な計算リソースを適切に取得できる。

遠藤教授は、TSUBAME4.0の稼働開始から約9.5か月間でシステムの利用率が95%を超えていると報告し、特にAI分野やビッグデータ解析に対する需要が急速に増加している現状を強調した。

GPGPUとAIの融合:AIが駆動するHPC

続いて登壇した横田理央教授は、AI市場に駆動されるプロセッサの進化と、それがHPCに与える影響について説明した。横田教授は、NVIDIAのTensorコアがAIおよび科学技術計算において不可欠な役割を果たしていると述べ、半精度(FP16)やFP8といった低精度演算の活用が今後の性能向上の鍵となると語った。

特に、AIドリブンのプロセッサ設計が進む中、科学技術計算もAIの需要に応える形で進化する必要があると指摘した。例えば、AI向けに最適化が進む低精度演算を科学分野にも応用することで、必要な精度を得るのに計算回数が増えたとしても計算速度を劇的に向上させることが可能になるという。

一方で、その他のGPUについては、現時点で性能を出すのに問題があると指摘された。GPUの中には理論性能こそ高いものの、実際の運用ではNVIDIAのGPUに比べて出力される性能が低いものがあり、ソフトウェアの最適化が課題であることが明らかにされた。これは、他のGPUにおいてはPyTorchやその他のライブラリが依然として不安定であり、ソフトウェアエコシステムの整備が不十分であることに起因とされた。

AIと創薬分野の融合:次世代の科学技術

次に、関嶋政和准教授がAIと創薬の新たな可能性について語った。AIは創薬プロセスの多くのステージで活用されており、特に化合物の設計や最適化において重要な役割を果たしている。拡散モデルや生成モデルを用いることで、新しい化合物を効率的に設計し、実験コストと時間の削減に貢献している。

関嶋准教授は、AIの進展が新薬開発の時間を従来の12–14年から大幅に短縮する可能性があると述べた。また、AIによって生成された化合物は、従来の手法と比較して高い精度でターゲットに作用することが期待されている。このような技術の進展により、医薬品開発の効率が飛躍的に向上し、特にがんや希少疾患の治療薬の開発が加速するだろう。

秋葉拓哉氏が示すAI時代の計算基盤

Sakana AIの秋葉拓哉氏は、AIの時代における計算基盤の重要性について語った。特に、計算資源をいかに効率的に使い、最大限の成果(Goodput)を得るかが今後の課題であると指摘した。計算スループット(Throughput)を単純に高めるだけでなく、実際の研究成果や応用に直結する計算効率を高める技術革新が求められている。

秋葉氏は、分散深層学習の分野での経験をもとに、今後のHPCには計算負荷の分散やデータ管理の最適化が必要であり、それを支えるソフトウェアとハードウェアの連携が鍵となると述べた。

ポスト富岳への期待

日本の次世代スーパーコンピュータであるポスト富岳においては、計算性能の向上にとどまらず、AIやデータ解析との統合が重要なポイントとなる。昨今のGPUがもたらす低精度演算のメリットを最大限に活かし、AIと科学技術計算のシームレスな連携を実現することが期待されている。

一方で、一部のGPUに見られる実性能面での課題については今後の改善が望まれており、業界全体での競争と協力が日本のHPCのさらなる発展に寄与するだろう。また、TSUBAME4.0の運用から得られた知見は、ポスト富岳の設計に反映されることが予想され、科学研究や産業応用の場でのさらなる飛躍が期待されている。

まとめ

今回の「HPCの夕べ」は、日本のHPCとAIの未来に向けた議論の場として、大きな意義を持つイベントであった。TSUBAME4.0をはじめとする次世代技術の活用が、ポスト富岳を含む日本のスーパーコンピュータの発展にどのように貢献するか、引き続き注目されるだろう。また、AIとHPCの融合がもたらす新たな可能性により、科学技術や産業界におけるイノベーションがますます加速することが期待されている。当日の録画映像はYouTubeで視聴可能だ。