世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々



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10月 27, 2014

HPCの歩み50年(第14回)-1979年-

小柳 義夫 (神戸大学 特命教授)

小柳義夫(神戸大学特命教授)

FASTLISP

CDC社はSTAR-100の改良版であるCyber 203を発表した。STAR-100と同様にベクトルレジスタを持たないベクトルコンピュータである。イギリスではICL社が、1ビットプロセッサを64×64に結合した並列コンピュータDAPを開発し出荷した。日本では、IBM対抗の汎用コンピュータが続々登場している。ちなみに、ネットニュースが始まったのもこの頃である。Webのない頃は、不特定多数に情報を発信する唯一の電子メディアであった。初期のTop500はcomp.sys.superというネットグループに投稿された。

3/28にスリーマイル島の加圧水型原子炉で事故が起こった。レベル5の事故であった。当時、とんでもない大事故と思っていたが、比較的少量の希ガスやヨウ素が放出されただけであり、今から考えるとレベル7の福島原発事故よりははるかに小さなものであった。その他の出来事を順に並べると、1/1米中国交成立、1/13大学共通一次試験始まる、1/26三菱銀行猟銃人質事件、2月には中越国境紛争、6月エズラ・ヴォーゲル「ジャパンアズナンバーワン-アメリカへの教訓」出版、6/20カーター大統領来日、6/28-9東京サミット、7/8朝永振一郎死去、7/11東名日本坂トンネル事故、8/2神野寺トラ脱走騒動、10月自民党40日抗争、10/26朴正煕大統領(現朴槿恵大統領の父)、側近に暗殺、10/28御嶽山(長野県)が歴史上初噴火、11月ユナボマーがアメリカン航空の航空機を爆破テロ、12/3電電公社が自動車電話サービスを東京23区で開始、12/4 KDD本社などを関税法違反容疑で家宅捜索し、派手な政官界工作などが明るみに出た。

ちょうど1979年7月12~24日に、MITでWCC(世界キリスト教協議会、プロテスタントと正教会の連合体)世界会議”Faith, Science and the Future”があり、どういうわけかカトリックの筆者も日本基督教団からの代表団に加えていただいた。全体で2000人以上の大きな会議であった。そこでは、科学技術の責任、開発の諸問題、資源の収奪などが論じられ、スリーマイル島の原発事故を引き合いに出して、科学技術の在り方が論じられた。

その帰り、LBLに寄ったが、共同研究のPDG(Particle Data Group)の友人達は「今度、新しいコンピュータが入る」と浮かれていた。「何と言うコンピュータですか」と聞くと、「VAX two」とのこと、どうもVAX-11を読み違えたようである。また、このとき初めてARPANETに触ることができた。TCP/IP以前のARPANETである(TCP/IPの採用は1983年)。手元のCDC6600のタイプライタ端末から、まずLondonのゲートウェイにログインし、そこから改めてRutherford Laboratoryのコンピュータにログインし、そこの素粒子のデータベースを検索した。つながると、端末からイギリスの時刻が打ち出されるのを見て感激した。その時のログを持っていたはずだが、どこかへ行ってしまった。

筆者等が1975年から開発していた最小二乗法標準プログラムSALSは、東大大型センター、科研費丘本班のサポートを得て順調に開発され、1979年4月21日にSALS 2.0の完成記念パーティを行った。前年からは、東大大型センターなどでSALS講習会をたびたび行い、普及に努めた。その後も改良を進め、SALS 2.5まで公表した。海外の数件を含め、大学や研究所に100件以上移植を行った。

日本の動き

1) 数値解析研究会
自主的に企画している第8回数値解析研究会(後の数値解析シンポジウム)は、初めて名古屋大学二宮研究室が担当し、1979年6月1日(金)~2日(土)に愛知県民の森で開催された。参加者45名。1978年は開催されなかったようである。

2) 数理解析研究所
京都大学数理解析研究所は、1980年1月24~26日、高橋秀俊(慶應義塾大学)を代表者として、「数値計算のアルゴリズムの研究」という研究集会を開催した。第11回目である。報告は講究録No.382に収録されている。

3) FAST LISP(神戸大)
研究用マシンとしては、金田悠紀夫と瀧和男(神戸大学)がLISP専用マシンFAST LISPを2月に稼動させた。このマシンは2011年度情報処理学会情報処理技術遺産として認定され、神戸大学システム情報学研究科棟の玄関に展示されている。

FACOM-M140F
FACOM M-140F
HITAC-M160H
HITAC M-160H
ACOS450
ACOSシステム450
COSMOS900II
COSMO 900II
(上記4画像出典:一般社団法人情報処理学会

Web サイト「コンピュータ博物館」)

日本の企業の動き

日本ではIBM対抗のコンピュータが続々発表された。

1) 富士通
4月、富士通は中型汎用機FACOM M-130F, 140F, 150F, 160Fを発表した。要素技術としては、1979年末、64 Kb DRAMの生産開始。Intelより2年早かった。

2) 日立
6月、日立は中型汎用機HITAC M-160H, 150H, 140Hを発表した。
前年発表されたHITAC M-200Hは出荷され、東大大型計算機センターでは、IAP付きのM-200Hが、2台のマルチプロセッサ4ノードが疎結合されたシステム(合計CPUは8台)として翌1980年1月から稼動した。このIAPはれっきとしたベクトルプロセッサであり、性能(加速率)はほどほどであったが、TSSから使用することができ、筆者の愛用マシンの一つであった。高エネルギー研では、1981年8月にM-200Hが3台のマルチプロセッサとして稼動を始めた。

3) 日本電気
10月、日本電気はACOSシステム350, 450, 550を発表(これらはハネウェルの技術による32ビットマシン)した。パソコンではPC8001を発売。ザイログのZ80 CPUにMicrosoft Basicを搭載。

4) 三菱電機
三菱電機は、月は不明だが、COSMO 700III, 700Sを、12月にはCOSMO 900IIを発表した。このCOSMOは、少ないメモリで多数のTSS端末を駆動できたので、大学の教育システムに多数採用された。MELCOM COSMO 700IIIは、ベクトル演算を高速で実行するアレイ処理装置(IAP)を内蔵していた。筆者はこのマシンは教育用として使ったが、IAPについての記憶はない。

ネットニュース

ネットニュースなるものが1979年に登場した。WikipediaのUsenetの項によると、Duke大学のTom TruscottとJim Ellisは、近くのNorth Carolina大学とUUCP dial-upを用いてリンクを張り、情報を共有する実験を行った。これがネットニュースの始まりといわれている。彼らはそのためのソフトを公開した。ちなみに、マシンをまたぐ電子メールが始まったのは1971年である。

1980年には、UC Berkeleyで UsenetはARPANETにもつながった。多数のNews Groupsができ、その上で玉石混淆の議論がなされた。WWWが提案されるのは1989年、普及するのは1990年代半ばのことである。それまでは、ネットニュースが、現在のwebやブログに似た役割を果たした。日本でネットニュースが始まったのは、1984年にJUNETが始まってからである。

アメリカの企業の動き

1) CDC社
CDC社(1957年創業)は1974年にCDC STAR-100を出荷したが、その改良版であるCyber 203を1979年に発表した。いつ何台出荷されたかは不明であるが、NASA Langley Research Centerでの性能評価論文がある。STAR-100のリプレースで設置されたものであろうか。スカラプロセッサとI/Oは設計し直したが、ベクトルパイプラインはSTARのものをそのまま使った(英語版Wikipediaによる)。ベクトルレジスタを持たないメモリ直結のベクトルコンピュータである。詳しいアーキテクチャは不明である。

2) Cray Research社
1979年6月、日本法人である日本クレイ(株)が設立され、国内の販売に乗り出した。

ヨーロッパの企業の動き

1) ICL DAP
イギリスのICL社(International Computers Limited)は、1968年創業のコンピュータ企業であり、ハード、ソフト、サービスなどを提供していた。最も成功したのは、メインフレームのICL 2900(1974/10)であろう。この会社が、1979年、ICL DAP (Distributed Array Processor)をQueen Mary Collegeに納入した。これは64×64の2次元に接続された1ビットプロセッサから構成されるマシンであり、世界初のMPP (Massively Parallel Processor) であった。FORTRANを拡張したDAP FORTRANが提供され、これでプログラムを書いた。英国のEdingburgh大学ではICL DAPを設置し、格子ゲージ理論の計算を実行していた。手元には格子ゲージシミュレーションをどうやってICL DAPに移植したかというレポートがある。

DAPはその後AMT (Active Memory Technology)社に移り、AMTはCPP (Cambridge Parallel Processors)に買収された。CPP社は2004年に業務を終了した。日付がはっきりしないが、AMTはカリフォルニア州 Irvineの会社で、1990年頃には超高速計算機(DAPのことか?)を売っていた。(同名の会社が、1998年、カリフォルニア州のLake Forestで設立されている。)CPP社は Gamma IIPlusという名称で、1ビットプロセッサと8ビットプロセッサの両方を持つPEが1024個または4096個からなるシステムを売っていた。
ICL社自体は2002年に富士通に買収された。

ベンチャー企業の創業

1) Elxsi社
1979年、Elxsi社がシリコンバレーの一角で設立された。今日では名前を知る人は少ないが、1983年に、ECLに基づくバス結合の並列サーバElxsi 6400 を発売した。1980年代アメリカの並列ベンチャー創業ブームの走りと言えよう。日本では聞いたことがなかったが、筆者は1988年に初めて中国を筑波大学からの視察団として訪問したとき、西安交通大学でも清華大学でもElxsiのマシンが設置されていたのでびっくりした覚えがある。さらに、20年以上も後の2002年12月に、第6回HPC AsiaがインドのBangaloreで開催され出席したが、Tata Elxsiという企業がgold sponsorsの一つにあり、企業展示にも出展していたのでまたびっくりした。英語版Wikipediaによると、Tata Groupは最初からベンチャーキャピタルとして出資しており、1990年代にElxsiの名前を買収したとのことである。現在はハードでなく、ソフトやソリューションを売っているようである。

2) LSI Logic社
Fairchildセミコンダクタ社のCEOを辞した Wildred Corriganが1979年にASIC半導体の製造企業として LSI Logic社を創設した。会社としての創設はカリフォルニア州Milpitasで1980年11月。日本法人としては1984年4月にLSIロジック株式会社として東京に設立された。のちに筑波大学のQCDPAXの半導体製造を委託したので思い出深い。この会社もいわゆるFairchildrenの一つだった。2007年4月にAgere Systemsと合併し、LSI社となった。後に富士通がPRIMEHPC FX10のためのプロセッサSPARC64 IXfxを設計したとき、LSI社と協力したことが公表されている。

3) Ungermann-Bass, Inc.
Ralph Ungermannと、Stanford大学教授Charlie Bassによって、ネットワーク機器の製造販売のため、Santa Claraで設立された。1988年、Tandem Computersによって買収され、子会社となった。1997年、フランスAlcatel(現Alcatel-Lucent)に買収された。

4) 3Com Corporation
ネットワーク関連機器の3Com製造販売企業である3Com Corporationは、PARCにいたRobert Metcalfeらによって設立された。2010年4月12日、Hewlett-Packard社により買収された。

次回1980年、2台のCray-1が日本に設置される。CDC社はCyber 203の改良型であるCyber 205を発表する。

(タイトル画像 神戸大学LISPマシン 出典:神戸大学 )

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