世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


7月 4, 2016

HPCの歩み50年(第89回)-2002年(e)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

ISC2002で発表されたTop500では地球シミュレータが堂々1位を占めた。2位はASCI Whiteであった。昨年から始まったGGFでグリッドの標準化が進められたが、IBMなどが提唱したOGSAにより大きくハンドルを切った。日本では、日本規格協会でグリッド標準化の調査研究が始まった。

世界の学界の動き(続き)

8) WOMPEI 2002
WOMPEI (International Workshop on OpenMP: Experiences and Implementations)が5月15日に原子力研究所関西研究所において開催された。これはISHPC-IV (International Symposium on High Performace Computing)の一部として開催された。

9) ISC2002
昨年からISC (International Supercomputing Conference)と名前を変えたHans Meuer主催の会議は17回目の今年、2002年6月19~22日にライン川の支流ネッカー川沿いのHeidelberg Kongresshausで開催された。筆者は初めて参加した。古めかしい建物で会場も一つしかなく、2階の廊下を展示に使っていた。参加者は367人、展示は25件である。基調講演はMonika Henzinger (Google, USA)だったらしいが記憶にない。SCとは違い、すべて招待講演で、single trackであった。

筆者が参加した理由の一つは地球シミュレータがTop500のトップを取りそうだったからである。渡辺貞氏はじめ多くの日本電気関係者や佐藤哲也センター長も出席していた。会議のイベントとしてネッカー川のディナー・クルーズがあったが、日本電気が提供したとのことである。佐藤センター長と二人で「哲学の小径」を歩きながら、グリッドが地球シミュレータの敵ではなく、相互に協力し合えるものであることを力説したが、ご理解いただけたかどうか。

会期中6月18日、街中でトルコ人(ドイツには多い)が自動車に箱乗りして騒いでいた。何かと思ったら、日韓開催のFIFAワールドカップの決勝トーナメント1回戦(宮城スタジアム)で、トルコが日本を打ち破ったとのことであった。

10) Top500(2002年6月)
第19回目のTop500リストはISC2002の最中に発表された。言うまでもなく横浜の地球シミュレータは35.86 TFlopsでダントツの1位であった。これはNo.2のIBM ASCI White (LLNL)の約5倍である。このように5倍もの性能で1位に出て来たのはTop500の歴史上初めてであった。地球シミュレータの性能は2位から13位までの12システムの性能合計に匹敵している。

システム数ではHewlett-Packardが168台で1位、2位がIBMの164台であった。HPが1位になったのはCompaqの買収によるところが大きい。Top10でも、3位、4位、6位はAlphaServerである。IBMのp690関係は8位と10位を占めている。性能合計ではIBMが33.3%で1位、2位はHPで22.2%、3位は日本電気で19%である。それ以外の社は8%以下。

Top500の性能合計は222 TFlopsで、前回の134.4TFlopsから大幅に増えている。ブービー賞(つまりNo. 500)は134.3 GFlopsで、前回の94.3 GFlopsから4割増である。Linpackで1 TFlopsを越えるシステムは23、ピークで1 TFlopsを越えるシステムは70もある。PCクラスタは49システムあり、Intelチップのものが42、AMDチップのものが7ある。Intelベースの内の31システムはIBMのNetfinityシステムである。これらは産業界が主である。Intelアーキテクチャ以外では、Alpha-basedクラスタが5台、HP AlphaServerが21で、クラスタの総数は80となった。そのうち14台はself-made(ユーザの自家製)である。Top10のうち8台はアメリカ国内である。

Top500の編集者のひとりHans Meuerは、「いわゆるMPPやクラスタでは解けない問題も多い。地球シミュレータのような並列ベクトルスーパーコンピュータは巨大な可能性を秘めている。気候研究だけでなく航空や自動車の設計にも大きな価値がある。」と論評している。

20位までのリストは以下の通り。ASCI Redがまだがんばっている。

順位 設置場所 機種 コア数 Rmax Rpeak
1 海洋研究開発機構 地球シミュレータ 5120 35.86 40.96
2 LLNL ASCI White, Power 3, 375 MHz 8192 7.226 12.288
3 PSC AlphaServer SC45, 1 GHz 3016 4.463 6.032
4 CEA (France) AlphaServer SC45, 1 GHz 2560 3.980 5.120
5 NERSC SP Power3, 375 MHz 3328 3.052 4.992
6 LANL AlphaServer SC45, 1 GHz 2048 2.916 4.096
7 SNL ASCI Red 9632 2.379 3.207
8 ORNL p690 Turbo, 1.3 GHz 864 2.310 4.4928
9 LLNL ASCI Blue-Pacific SST 5808 2.144 3.8565
10 Army Research Laboratory (USA) p690 Turbo, 1.3 GHz 768 2.050 3.9936
11 AWE (UK) SP Power3, 375 MHz 1920 1.910 2.880
12 IBM/ECMWF p690 Turbo, 1,3 GHz 704 1.849 3.6608
13 東京大学 SR8000/MPP 1152 1.7091 2.074
14 Leibniz Rechenzentrum (Germany) SR8000-F1 168 1.653 2.016
15 LANL ASCI Blue Mountain 6144 1.608 3.072
16 NAVO DSRC (USA) SP Power3, 375 MHz 1336 1.417 2.004
17 ドイツ気象庁 SP Power3, 375 MHz 1280 1.293 1.920
18 NCAR SP Power3, 375 MHz 1260 1.272 1.890
19 大阪大学 SX-5/128M8 128 1.192 1.280
20 Nationl Centers for Enviromental Prediction (USA) SP Powe3, 375 MHz 1104 1.179 1.656

 

日本設置のシステムの100位以内は以下の通り。

順位 設置場所 機種 コア数 Rmax Rpeak
1 海洋研究開発機構 地球シミュレータ 5120 35.86 40.96
13 東京大学 SR8000/MPP 1152 1.7091 2.074
19 大阪大学 SX-5/128M8 128 1.192 1.280
25 日本電気府中工場 SX-6/128M16 128 0.982 1.024
27 高エネルギー研 SR8000-F1 100 0.917 1.200
30 東京大学 SR8000/128 128 0.873 1.024
41 東北大学金材研 SR8000-G1/64 64 0.7907 0.9216
45 筑波大学 VPP5000/80 80 0.730 0.768
47 東京工業大学 Presto III Athlon 1.6 GHz 480 0.716 1.536
51 気象庁 SR8000-E1/80 80 0.6913 0.768
56 産総研CBRC Magi Cluster PIII 933 MHz 1040 0.654 0.970
57 新情報(つくば研究所) SCore IIIe/PIII 933 MHz 1024 0.6183 0.9554
62 東京大学物性研 SR8000-F1/60 60 0.577 0.720
65 日本原子力研究所 VPP5000/64 64 0.563 0.6144
65 九州大学 VPP5000/64 64 0.563 0.6144
87 宇宙航空研究所 SX-6/64M8 64 0.4952 0.512
87 国立環境研 SX-6/64M8 64 0.4952 0.512
91 名古屋大学 VPP5000/56 56 0.492 0.5376
92 京都大学 VPP800/63 63 0.482 0.504
99 産総研TACC SR8000/64 64 0.449 0.512

遙かに下位であるが、東大情報科学教室が自作したSun Blade 1000 750MHz Clusterが、149.2 GFlopsで428位にぎりぎり入っていた。

11) WOMPAT 2002
WOMPAT (Workshop on OpenMP Applications and Tools) 2002が2002年8月5~7日にアラスカ州FairbanksのAlaska大学内にあるARSC (Arctic Region Supercomputing Center)で開催された。会議録は発行されなかったが、論文の一部はWOMPAT 2003の会議録に収録されている。

会議に参加した筑波大のB氏によれば、同センターに設置されたCray SX-6を見学したとのことである。8プロセッサ、ピーク64 GFlopsのマシンである。結局これがアメリカ国内の唯一のCray SX-6となった(あと3台はカナダに設置)。同センターには、そのほかにT3E、SV1ex、SP2などが設置されている。

12) SC2002
SC2002(11月16から23日、Baltimore)は別に記す。

13) HPC Asia 2002
HPC Asia 2002(12月16から20日,Bangalore, India )は別に記す。

14) PRDC 2002
PRDC 2002 (Pacific Rim International Symposium on Dependable Computing)は、2002年12月16~18日、筑波国際会議場で開催された。この会議は1989年から始まり9回目である。1997年まではPacific Rim International Symposium on Fault-Tolerant Systemsと呼ばれており、隔年開催であった。1999年からは現在の名称に変え、毎年開催している。

15) アメリカのLattice QCD専用計算機
アメリカでは、QCD研究者のグループが、2001年頃からNational Infrastructure for Lattice QCDと称する予算要求を行い、FNAL、Jefferson Lab、BNLの3カ所にそれぞれ10 TFlops級のマシンを設置する計画を進めていた。2002年3月22日のHPCwireによると、FermlabではSciDAC (the Scientific Discovery through Advanced Computing)プログラム(DOE)の支援を受け、80ノードの汎用PCクラスタのプロトタイプを建設し、今後さらに176ノードを追加するとのことである。Jefferson LabはAlphaクラスタ、BNLはQCDOCの予定。

16) 日本国際賞
World Wide Webの発明者Tim J. Berners-Lee 氏が、2002年の日本国際賞(Japan Prize)、計算科学・技術分野の受賞者に決まった。国際科学技術財団の発表は2001年12月13日、授賞式は2002年4月25日。

17) ベル研究所論文捏造疑惑
2002年5月21日のNew York Times紙で大く報道されて以来騒ぎになっていたが、日本でも5月28日に新聞報道された。ノーベル物理学賞受賞者を11人も出しているベル研究所(当時AT&TからLucent Technologies社に変っていた)で、NatureやScienceに、2年半に17本もの論文を発表したJan Hendrik Schönの論文が捏造ではないかとの疑惑が出され、調査委員会が作られた。2002年9月25日、調査委員会は報告書を公表し、ベル研究所はその日にSchönを解雇した。最近、筆者のいる島で起こった事件を思わせる。

18) Computer History Museum
1979年にDigital Computer MuseumとしてDigital Equipment社の社内で始まったが、1984年にComputer MuseumとしてBostonに移動した。1999年、Computer Museumは閉鎖され、展示物の一部はボストン科学博物館に移設された。残りの展示物はカリフォルニア州のMountain ViewのComputer Museum History Centerに移動した。そして、2002年12月、Computer History Museumは、Mountain Viewで建物を購入して再開した。

19) ダイクストラ死去
プログラミング言語の大家Edsger Wybe Dijkstra(オランダ生まれ、テキサス大学オースチン校)が8月6日にオランダのニューネンで死去。72歳。8月10日に荼毘に付された。1972年チューリング賞受賞。

標準化

1) Global Grid Forum
2000年10月にアメリカ、ヨーロッパ、アジア太平洋の3つの地域のグリッド組織が連騰して結成されたGGF (Global Grid Forum)は、その第1回の会議GGF1を2001年3月にオランダのAmsterdamで、第2回GGF2は、6月15~18日に米国 Washington, D.C.のTysons Cornerで、第3回GGF3は10月7~10日にイタリアのRomaで開催された。GGFの組織は、GFSG (Grid Forum Steering Group)がGGFのWorking GroupとResearch Groupを統括する。GFSGの構成は、GGF議長(Charlie Catlett, ANL)とArea Directorsが14名と、At Large membersが数名からなる。Area毎に2名のAD (Area Director)が割り当てられている。このほかにGFAC (Grid Forum Advisory Counci)があり、GFSGの活動にアドバイスを与える。委員長はPaul Messina、日本からは村岡洋一早稲田大学副学長がメンバに加わっている。広報活動のためにGMAC (GGF Market Awareness Committee Leadership Council)があり、日本からは関口智嗣や伊藤智がメンバとなっている。

2002年もさらに3回のGGFの会議が開催された。GGF4は年2月17~20日にカナダのTrontoで、GGF5は7月21~24日にイギリスのEdinburghで、GGF6は10月14~17日にアメリカのChicagoで開催された。GGF7は2003年3月に新宿で開催されることとなった。

a) GGF4
2月17~20日にTrontoで開かれたGGF4は参加者が500人となり、産学連携の方向性が明確化してきた。商用化の競争が始まった。HPCやバイオなどで発展してきたグリッド技術をMicrosofto社の.netに始まるweb serviceと結合させようとしている。グリッドにより業務アプリケーションやさまざまなサービスを開発するという計画が発表された。産学は異なった文化の中で歩んできたので、連携は簡単ではない。一歩先に進んでいるのはIBM社で、2001年からグリッドコンピューティングに取り組んでいる。IBMはGlobusプロジェクトに参加し、次期のGlobus Toolkit Ver.3では新たにOGSA (Open Grid Services Architecture)を採用する。IBMは全製品をグリッド対応にすると発表した。

もちろん他の社もグリッドに取り組んでいる。MicrosoftもPlatform ComputingやEntropiaもグリッドに取り組み、サーバだけでなくPCもグリッドに参加できるようにする。Sun Microsystemsも2月に,iPlanet Portal ServerとSun Grid Engineの統合を発表した。United Devices社もOGSAを指示すると発表した。

b) GGF5
7月21~24日にイギリスのEdinburgh International Conference Centreで開催されたGGF5は、参加者が900人を越え、これまでの最大となった。UK e-Scienceの計画が発表された。HPDC-11 (High Performance Distributed Computing, 7月24~26日)に接続して開催された。

IBM社はGlobus Toolkit 2.0を導入しやすいようにパッケージ化して提供し、サポートも提供すると発表した。Open Sourceに二の足を踏んでいるユーザを狙った戦略であった。

このとき、GGF7が来年3月新宿で開催されることが決まった。

c) GGF6
GGF6は10月14~17日にアメリカのChicagoのThe Chicago Sheraton Hotel and Towersで開催された(一部は近くのUniversity of Chicago)。これはWGとRGだけの作業用の会で、総合講演やチュートリアルのような一般向けのプログラムはなかった。

2) Grid標準化
前に述べたように筆者はINSTAC(日本規格協会情報技術標準化研究センター)でXML標準化調査研究委員会を行っていたが、6月頃、グリッドコンピューティングについて標準化の調査研究を行いたいので協力して欲しいとのお話しがあった。最初サイエンスの分野で始まったが、ビジネス分野にも次第に広がりつつあるので、これらの動きを把握し、かつ、調整支援するとともに、異機種間の相互運用性の確保等について標準化調査研究を行い、世界への情報発信を促すことが目的であった。具体的には、

a) グリッドコンピューティングの応用分野、国内外の開発状況等について把握する。
b) CPU、専用ハードウェア、データ、ソフトウェア等の異なった資源をシステム的にどう繋ぎあわせれば、ビジネス、新産業に有効か等の要素技術の抽出を図る。
c) これらから異機種間ネットワーク(Heterogenous)、セキュリティ、インタフェース、日本語環境等に関して標準化要素[ミドルウェア(クラスタ管理ミドルウェア、データマネジメント等)、運用技術(運転管理、モニタリングツール技術等)]を抽出し、グリッドコンピューティングシステムの運用への提言、出来れば、ガイドラインの作成等を行う。

調査研究期間は3年間を予定する。委員長はまた筆者に依頼された。XMLよりは専門性が近いので喜んで引き受けたが、実際にはなかなか大変であった。幹事は伊藤智(産総研)にお願いし、シャープ、東芝、三菱電機、日本ユニシス、日本電気、日本IBM、富士通、日立、サピエンスなどの企業から委員を出していただいた。9月25日に第1回委員会を開催し、月1回の割合で会議を行った。GGFなどの動きを調査するとともに、日本規格協会に関係する企業にグリッドコンピューティングの関心度及び関心分野についてアンケート調査を行った。報告書にはグリッド用語集をつけた。

3) 10 Gigabit Ethernet
IEEEは2002年6月18日、最大10 Gb/sの伝送速度に対応するイーサーネット規格IEEE 802.3ae-2002を標準規格として承認したと発表した。従来の規格と異なりfull duplexのみでhalf duplex規格は存在しない。またリピーターはなくスイッチのみ。

次回はアメリカの企業の動きである。Cray社はX1を発表した。Intel社はItanium 2を発表する傍らPentium 4やXeonの開発を進めた。

(タイトル画像:GGFロゴ)

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