世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


9月 25, 2017

HPCの歩み50年(第136回)-2007年(b)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

理研では概念設計をまとめ、次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会ではそれを評価することになった。ベクトルとスカラの異機種混合構成が出され、異機種統合がいかに汎用性を増し、複雑系のシミュレーションやソフトウェア資源の活用に益するところがあるかが強調されたが、評価作業部会は大もめにもめた。

6) 次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会
前項に書いたように、総合科学技術会議第63回調査専門調査会の決定により、文部科学省情報科学技術委員会に次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会が設置された。当初は数回で終わる予定であったが、議論が紛糾し結局8回も開催した。

委員名簿は下記の通り。

土居 範久(主査) 中央大学理工学部
浅田 邦博 東京大学大規模集積システム設計教育研究センター
天野 英晴 慶應義塾大学 理工学部
小柳 義夫 工学院大学 情報学部長
笠原 博徳 早稲田大学 理工学術院
河合 隆利 エーザイ株式会社
川添 良幸 東北大学 金属材料研究所
鷹野 景子 お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科
土井 美和子 東芝
中島 浩 京都大学 学術情報メディアセンター
南谷 崇 東京大学 先端科学技術研究センター
松尾 亜紀子 慶應義塾大学 理工学部
米澤 明憲 東京大学大学院 情報理工学系研究科
西尾 章治郎 (科学官)大阪大学大学院 情報科学研究科

 

会議は以下のように開催された。

  日付 主な議事
第1回 2007年3月12日 次世代スーパーコンピュータプロジェクトの進捗について(配付資料)(議事録
第2回 2007年3月27日 次世代スーパーコンピュータ概念設計の進捗について(配付資料)(議事録
第3回 2007年4月12日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について
配付資料)(議事録
第4回 2007年4月27日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング。渡辺の説明したスカラ・ベクトル複合案に対し、複合の必然性について強い疑問が出た。(配付資料)(議事録
第5回 2007年5月9日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング。田口・横川が説明。理研の提案を受け入れる方向が出た。(配付資料)(議事録
第6回 2007年5月21日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング (配付資料)(議事録
第7回 2007年5月28日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について(配付資料)(議事録
第8回 2007年6月6日 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について(配付資料)(議事録
  2007年6月12日 次世代スーパーコンピュータ概念設計評価報告書

 

第1回会議(3/12)で科学技術・学術審議会の委員、臨時委員、専門委員の守秘義務について事務局から説明があった。「国家公務員法に明確な規定はないものの、科学技術・学術審議会の委員等は国家公務員法上の国家公務員に当たると判断される。委員は非常勤であるが、非常勤職員にも国家公務員法第百条に規定される秘密を守る義務が課されるため、科学技術・学術審議会の委員等にも国家公務員法に定められた秘密を守る義務が課されると判断される。これに反し秘密を漏らした場合は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金刑が課される(国家公務員法第百九条)。」

これを聞いてさる委員が、「ボク、罰金の方がいいです」とつぶやいたら、文部科学省の担当者から、「それはあなたが決めることではありません」と一喝された。

これに続き、文部科学省星野企画官からこれまでの次世代スーパーコンピュータプロジェクトの全体の進捗について説明があった。

第2回会議(3/27)では、理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発本部の渡辺プロジェクトリーダーから、概念設計の進捗状況について説明があった。資料2-1によりロジェクト全体のスケジュールや開発体制とともに、日本や海外のスーパーコンピュータセンターの調査が示された。最後に選定されたターゲットアプリケーションの紹介があった。

続いて、2006年の記事に書いたような概念設計の概要が示された。資料2-2は内容が秘密で回収資料とされた。NEC+日立チームと富士通の両者から2007年2月28日に最終報告書を受領し、12個のベンチマークテストによる性能予測が示された。二者のどちらかを選択するか、二者の案をベースに共同開発するかの結論はまだ示されなかった。

第3回会議(4/12)は、まず3月29日の総合科学技術会議評価専門調査会において、文部科学省のこの作業部会での評価結果に基づいて総合科学技術会議としても評価を行っていく、という方針が出されたことが報告された。また、理研では概念設計の結論はまだ出ていないが、4月27日には提示するよう作業を進めているということが報告された。概念設計案を見てもいないのに、どのような評価文書を作るかについて議論した。レストランで料理が出る前に、アンケートを書かされているような気分であった。議事録を見ると、筆者は、「Linpackで10 PFlopsというような固定した目標はいいが、世界最高というのは相手のあることなので、目標とするのはいかがなものか」と主張している。また、「Linpackだけではなく、現実の応用プログラムでもよい性能が出るということの方がもっと重要ではないか」とも述べているが、無視されてしまった。また、HPC Challengeについて「HPC Challengeの28種の半数以上で世界一」という目標があった。筆者は、「28の大部分はsingle nodeの性能指標であり、応用とは関係ないのでこれを変更すべき」と主張したが、「すでに総合科学技術会議から与えられている目標だからいじれない」と却下された。これが修正されたのは第5回会議である。

第4回会議(4/27)の資料6で、やっとシステム構成案が提示された。もちろん、極秘の資料としてである(現在でも数ページは「海苔弁」状態である)。これは二者の混合案であり、ユニットA(富士通のプロセッサ)で10 PFlops超、ユニットB(NEC+日立案のプロセッサ)3 PFlops超の統合汎用システムであった。両者の接続法には下図のように3案が考えられるが、一番疎結合の案3とするという発表であった。システムコネクトは10 Gb EtherまたはInfinibandを検討中。

資料を見ていただくと分かるが、このあと、異機種統合がいかに汎用性を増し、複雑系のシミュレーションやソフトウェア資源の活用に益するところがあるかを縷々述べている。とくに、両者を同時に用いるOn-the-fly複合シミュレーションの夢が語られている。細かい点では、3 PFlopsのユニットBは、以前FHで10 PFlopsを狙ったときのシステムの単純なスケールダウンではなく、メモリバンド幅を増強している。

しかしこれはどう見ても2つの別のシステムを共有ファイルでつないだだけのシステムで、委員からは「一つのシステムとは言えない」「二つのシステムをつなぐ必然性が見えない」「両システムの結合が、商用のネットワークというだけで、安易である」「なぜ10と3か?」「日本のお家芸のベクトルをなぜ10にしないのか」など厳しい批判の声が出た。

筆者の見たところ、どちら側も9つのベンチマークをがんばりすぎて両システムに大差がないという結論を出してしまったために、逆に、両方とも必要だという論理が成立しなくなったところに問題があると感じた。もしアプリの種類によって両者に大きな性能の違いがあれば、得意な演算を分担することにより全体の性能を増すという説明ができたのであるが、そうではなかった。

この案は、科学研究のプロジェクトとして見ると理由付けが難しいが、国家プロジェクトの立場から、ひとつに絞ることは現時点で得策ではなく、両システムを競争して発展させることが、これからの国の基幹技術としてのスパコン技術の発展に必要であり、将来のリスクにも対処できるとの議論もあった。このあたりが理研の本音ではないかと思われる。議事録にはないが、某委員などは「もっと上手に騙されたい」などと叫び出す始末。余りに多くの議論が出て、ヒアリングをもう一回やることになった。

第5回会議(5/9)では、渡辺プロジェクトリーダーの他に、横川チームリーダーと田口グループディレクタからも説明があった。資料6-2に基づき「現在のシステム構成案に至った経緯」「他のシステム構成案との比較」「両ユニットのそれぞれの特徴」「統合システムの用途と機能」などについて、さらに詳しい説明があった。3人の説明により、理研の提案に前より好意的になった感じである。筆者がかねてから言っていたHPC Challenge 28種の半分以上で世界一という目標はおかしいという主張がやっと認められ、どの性能で世界一を狙うかという議論が始まった。

第6回会議(5/21)には、文部科学省から提出された性能目標の見直しが議論された。これまで、Linpackで10 PFlopsを達成して世界1位をとることとともに、HPCC (HPC Challenge)ベンチマーク28項目中半数以上で最高性能を達成するとしていたが、上記の様に議論のなかで不適当な目標であるとの指摘があった。HPCCの各項目を分析し、HPC Awardの対象となる

・Global HPL
・Global RandomAccess
・EP STREAM (Triad) per system
・ Global FFT

の4項目で最高性能を達成すると変更した。これは妥当であろう。システム構成案の実現可能性、想定される利用法使いやすさ、などについて、理研から補足説明があった。

第7回会議(5/28)では、概念設計への評価が議論された。本来、この回で評価報告書の取りまとめ作業を終了する予定であったが、もう一回開催することにした。

]HPCCベンチマークに関する議論は提案がおおむね了承された。概念設計については、資料5には各委員からの意見がまとめられているが、システムとしての実現可能性は高いと評価されたが、これが十分革新的な設計になっているか、疑問の声が多かった。たとえば、「両ユニットを1つの統合システムとして利用するための自動負荷分散ソフトウェア(両ユニットの特性に合わせてアプリケーションプログラムを並列化し、処理を自動的に各ユニットに適切に割り当てるソフトウェア)の基本設計が不十分であり、現状では二つのスーパーコンピュータをネットワークとファイルシステムで接続したのみで、革新的な統合システムであるとは判断できない。」というような辛口の意見もあった。中には、「ユニットAとユニットBとの緩い結合という提案の方式は、国内3社のそれぞれのスパコン開発力を7,8年維持するための極めて高度な配慮による判断であるが納得できる。この判断がより長期的な見地から妥当であるかは、歴史に任せるしかないと思われる。」というような意見さえあった。

第8回(6/6)には報告書の文章が議論された。筆者は所用で欠席した。複合システムの意義の論理付けについては皆苦労した。「2つの異質なシステムをくっつけたものだ」というニュアンスが出ないように配慮した。

2007年6月12日の情報科学技術委員会に次世代スーパーコンピュータ概念設計評価報告書が報告され、公表された。13日の各紙に報道された。全文も公開されているが、骨子は以下の通り。

【世界最速を達成する最先端システム】
.. Linpack性能10ペタFLOPSの達成のみならず、アプリケーションの実行においても世界最高性能
.. 先端技術(45nm半導体プロセス,光インターコネクトなど)により画期的な省電力、省スペースを実現
.. 理研とメーカー3社が共同で開発
【科学技術・産業の競争力を発展させる将来型システム】
.. 高機能スカラ部と革新的ベクトル部から構成される複合汎用システム
.. 複雑系問題、多階層問題などシミュレーションの革新を先導する計算環境を提供
.. 次々世代以降の開発と利用を見据え、我が国の国際競争力を牽引
【我が国の科学技術基盤となる複合汎用システム】
.. 様々なアプリケーションを効率よく実行する複合汎用システム(⇒より多くのユーザが利用可能)
.. 全国の産学の研究者等の共用施設
.. アプリケーション資産を最大限活用
.. 大学等のスパコンセンターへの展開性大(⇒我が国の計算機環境を質的にも量的にも革新)

前に述べたように、総合科学技術会議の第1回評価検討会が6月21日開かれ、ここにも報告された。第2回は7月6日に開催されたようであるが、この資料はweb上には残っていない。

7) 次世代スーパーコンピュータ開発戦略委員会
2006年1月に設置された文部科学省次世代スーパーコンピュータ開発実施本部の開発戦略委員会は、2007年には以下のように会議を開いた。

  日付 議事内容
第6回 2007年2月1日 1.概念設計について(内容と方針)
2.今後のスケジュール
3.次世代計算科学研究開発プログラムの研究計画について
第7回 2007年3月7日 1.システム構成案の検討状況
2.COE形成について

 

8) ターゲットアプリケーション
理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部では、2006年1月24日の開発戦略委員会において、アプリケーション検討部会を設置した。2006年の所にも書いたが、議事は以下の通り。

日付 会議 議事内容
2006年
1月25日
第1回アプリケーション検討部会 設置趣旨の確認及びと今後の活動の審議
3月 1日 第2回アプリケーション検討部会 提案アプリケーション(107種)のリスト及び優先順位付けの方法の審議、分野別会合の開催
3月30日 第3回アプリケーション検討部会 提案アプリケーションの評価結果のとりまとめ、分野別の審議、優先順位の決定
7月5日 第4回アプリケーション検討部会 BMTコードの開発について、BMTコードによる性能評価について、ペタフロップス超BMTコードの作成について
12月7日 第5回アプリケーション検討部会 概念設計進捗状況およびBMT結果の中間報告について、運用検討案、グランドチャレンジおよびCOE構築に向けて
2007年
1月23日
第6回アプリケーション検討部会 概念設計中間報告に関する評価結果案、システム概要、BMTによる性能評価
3月1日 第7回アプリケーション検討部会 ターゲットアプリケーションについて、システム構成案、COE形成について

 

2007年4月9日、21個のターゲットアプリケーションを決定した

9) SciDAC2007会議
次世代スパコンの情報が少し開示されたが、6月24日~28日にボストンで行われるSciDAC2007会議で、坂田東一理事が

“High Performance Computing beyond PetaScale in Japan”

という講演をするという情報が流れた。どこまで情報を開示するか知らないが、アメリカがどんな反応をするか楽しみであったが、出席したわけではないのでわからない。この日程はISC2007とぶつかっている。

10) 情報科学技術委員会 次世代スーパーコンピュータ作業部会
9月の正式決定を受けて、文部科学省情報科学技術委員会は2007年11月7日「次世代スーパーコンピュータ作業部会」設置した。

委員の名簿は以下の通り。

(主査)土居 範久 中央大学理工学部教授
有川 節夫 九州大学 理事、副学長、附属図書館長
大島 まり 東京大学生産技術研究所教授
加藤 金芳 武田薬品工業株式会社 医薬研究本部検索研究センターリサーチマネージャー
川添 良幸 東北大学金属材料研究所教授、情報シナジーセンター長
吉良 爽 財団法人高輝度光科学研究センター理事長
坂内 正夫 情報・システム研究機構 国立情報学研究所長
佐藤 哲也 独立行政法人海洋研究開発機構地球シミュレータセンター長
白井 克彦 早稲田大学 総長
知野 恵子 読売新聞東京本社編集委員
平尾 公彦 東京大学 副学長
表具 喜治 兵庫県 産業労働部長
福山 秀敏 東京理科大学理学部教授
松田 潔 三菱化学株式会社 理事
松本 紘 京都大学 理事、副学長
宮内 淑子 メディアスティック株式会社 代表取締役社長
安岡 善文 独立行政法人国立環境研究所理事
山根 一眞 ノンフィクション作家

 

2007年中に第1回会議を開催した。

  日付 主な議事
第1回 2007年12月26日 次世代スーパーコンピュータ作業部会について、次世代スーパーコンピュータプロジェクトについて(議事録)(配付資料

 

11) 概念設計批判
6月の概念設計公開、9月の正式決定に対して、様々なコメントが出された。例えば元IBMの能澤徹氏は、GRAPE-DR批判とともに、このような批判を述べている。「特定処理部が達成するはずの10 PFlopsをベクトル部かスカラ部で達成することはほとんど不可能である。BG/Pは1 PFlopsで$90M程度、DARPAのHPCSの3 PFLopsの2機はそれぞれ$250Mである。次世代スーパーコンピュータがベクトルとスカラの2機構成であるとしても、1154億円は国際価格の2倍以上で高すぎる。2008年頃になれば売り出されている市販品を安く購入すればよい。」

12) 次世代スーパーコンピュータシンポジウム
理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部では10月3日(水)~ 4日(木)に次世代スーパーコンピュータシンポジウムを丸の内明治安田生命ビル内MY PLAZAホール及びMY PLAZA会議室で開催した。今回は若手研究者からのポスターを公募し、これを審査して最優秀賞、優秀賞を選考し、受賞者をSC07のレポータとして派遣することとなった。筆者は、ポスター審査会主査を依頼された。主要講演は次の通り。全体プログラムは上記のページを参照。

政策講演 「スーパーコンピューティングの国家戦略」 藤木 完治 文部科学省 大臣官房審議官(研究振興局担当)スーパーコンピュータ整備推進本部長
プロジェクト進捗状況報告 渡辺 貞 プロジェクトリーダー
基調講演「計算科学への挑戦」(次世代を担う若者へのメッセージ) 岩崎 洋一  筑波大学長
「ス―パーコンピューティング技術産業応用協議会活動報告」 スーパーコンピューティング技術産業応用協議会

 

講演資料ポスターセッション資料もwebに残っている。昨年同様、6つの分科会の報告をまとめ全体討議の提言をまとめた。SC07レポータとして参加した最優秀賞、優秀賞受賞者の参加報告も参照のこと。

次回は、その他の日本政府関係の動きについて述べる。

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