世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


4月 15, 2019

HPCの歩み50年(第194回)-2011年(f)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

ポスト「京」に向けてのシンポジウムが武田先端知ビルで開催され、いわばキックオフとなった。若手を中心とした作業部会は精力的な作業を行い、分厚いロードマップをまとめていた。文部科学省は、2年間の「HPC技術の高度化のための調査研究」を予算化した。

ポスト「京」コンピュータ開発(続き)

4) 「これからのスーパーコンピューティング技術の展開を考える」シンポジウム

 
   

前項の検討と並行して準備が進められ、表記のシンポジウムが、2011年6月27日(月)~28日(火)に、東京大学武田先端知ビルで開催された。主催は、内閣府、文部科学省、HPCIコンソーシアム、共催は総務省、経済産業省、後援として多数の国立研究所、学会、経団連など仰々しい陣容で、いわば、ポスト「京」のキックオフ・ミーティングであった。プログラムは以下の通り。

 6月27日

10時00分

基調講演1

「学技術駆動型イノベーション創出能力の強化に向けて~スーパーコンピューティング技術への期待~」

柘植 綾夫 芝浦工業大学学長

 

11時00分

基調講演2

「イノベーションで日本再生~人と社会とICT~」

伊東 千秋 富士通総研会長

12時00分

休憩

 

「スーパーコンピューティングの果たす役割と今後の展開」

 

<モデレータ>小柳 義夫 神戸大学システム情報学研究科特命教授

13時30分

特別講演1

「安全・安心確保(防災・減災、国土管理等)の観点から」

長谷川 昭 東北大学名誉教授

14時20分

特別講演2

「科学技術基盤としての観点から」

平尾 公彦 理化学研究所計算科学研究機構長

 

<モデレータ>関口 智嗣 産業技術総合研究所情報技術研究部門長

15時30分

特別講演3

「産業利用の観点から」

久世 和資 日本アイ・ビー・エム株式会社執行役員

16時20分

特別講演4

「情報インフラ活用(クラウド、ネットワーク等)の観点から」

村田 健史 情報通信研究機構電磁波計測研究所宇宙環境インフォマテックス研究室室長

 

6月28日

9時30分

特別講演5

「海外のスーパーコンピューティングの状況」

松岡 聡 東京工業大学学術国際情報センター教授

10時20分

パネルセッション1

「将来のスーパーコンピューティングへの挑戦」

 

 

<モデレータ>

宇川 彰 筑波大学副学長・理事

<発表者>

池上 努 産業技術総合研究所

藤谷 秀章 東京大学先端科学技術研究センター特任教授

富田 浩文 理化学研究所計算科学研究機構複合系気候科学研究チーム・チームリーダー

牧野 淳一郎 東京工業大学大学院理工学研究科理学研究流動機構教授

石井 康雄 東京大学大学院情報理工学系研究科

中村 宏 東京大学大学院情報理工学系研究科教授

鯉渕 道紘 国立情報学研究所アーキテクチャ科学研究系准教授

田浦 健次朗    東京大学大学院情報理工学系研究科准教授

12時35分

休憩

 

14時00分

パネルセッション2

「将来のスーパーコンピューティング技術の取組について」

 

 

<コーディネータ>

土居 範久 慶應義塾大学名誉教授

<パネリスト>

奥田 基 富士通TCソリューション事業本部エグゼクティブアーキテクト

佐々木 直哉 日立製作所日立研究所主管研究長

下條 真司 情報通信研究機構テストベッド研究開発推進センター長

常行 真司 東京大学大学院理学系研究科教授

姫野 龍太郎 理化学研究所情報基盤センター長

古村 孝志 東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター教授

松岡 聡 東京工業大学学術国際情報センター教授

室井 ちあし 気象庁予報部数値予報課数値予報班長

米澤 明憲 理化学研究所計算科学研究機構副機構長

 

講演スライドはweb上に残っている。参加者は、登壇者・講演者を含めて262名であった。

5) 2つの作業部会
7月にまとめられた報告書「今後のハイパフォーマンス・コンピューティング技術の研究開発について」に基づき、文部科学省及び関係機関の主催で、今後の開発を担う若手を中心に、幅広い産学官の関係者により、アプリケーション作業部会及びコンピュータアーキテクチャ・コンパイラ・システムソフトウェア作業部会を開催することとなった。報告書では「アプリケーション」、「コンピュータアーキテクチャ」、「コンパイラ・システムソフトウェア」の3つの作業部会と作ることになっていたが、合併して2つの作業部会とした。両作業部会が共同で今後追求すべきHPCシステム案(複数)とこれを開発していく体制案をとりまとめ、HPCI計画推進委員会に報告し、最終的な国としての推進方策をHPCI計画推進委員会で決定する計画であった。作業は現役世代(30~40歳台)を中心に構成し、HPCI計画推進委員会委員等の老人はアドバイザとして参加することとなった。

6) アプリケーション作業部会
「アプリケーション作業部会」では、2020年までに社会的・科学的課題を如何に解決できるかの視点に立ったサイエンスロードマップをまとめるとともに、計算機システムに対する要求事項を検討する。アプリの分野としては、生命科学、物質科学、地球科学、ものづくり、宇宙・素粒子・原子核を考える。作業部会は、戦略5分野、理研AICS、企業等から推薦されたメンバからなり、取りまとめは富田浩文(理研AICS)である。主催は理研AICS、HPCIコンソーシアム、5戦略機関である。アプリケーション作業部会関係では、以下のような会合が開かれた。

日付

場所

 

8月8日

文部科学省

第1回アプリケーション作業部会

9月1日

文部科学省

第2回アプリケーション作業部会、計算機科学作業部会から想定システムの提示があった

9月14日

東京大学物性研究所(柏キャンパス)

第2回CMSI若手技術交流会の中で「京の次のスパコンを考える」パネル討論を開催

9月17日

理研東京事務所

各分野から1~2名集まり、サブWGで作業

10月3日全日

理研AICS

第3回HPCI戦略プログラム合同研究交流会

10月4日午前

理研AICS

第3回アプリケーション作業部会

10月4日午後

理研AICS

サブWG

11月5日

東大理学部7号館

サブWG

11月21日

文部科学省

第4回アプリケーション作業部会

2012年1月13日

理研AICS

執筆者での最終調整ミーティング

 

サブWGでは、「各分野の主要なアプリケーションについて」「ハードウェアに対する要求」「ソフトウェア(言語、通信ライブラリ、OS) に対する要求」などについて、突っ込んで議論し、その結果を作業部会に報告した。

7) コンピュータアーキテクチャ・コンパイラ・システムソフトウェア作業部会
本作業部会(以下計算機科学作業部会と略す)は、サイエンスロードマップを達成するために、サイエンス達成年の2年前である2018年までに消費電力20~30 MW、設置面積2000平米に設置できる計算機システムに必要となる技術開発を検討し、複数の追求すべきHPCシステムとこれを開発していく体制案をとりまとめる。作業は、SDHPC(戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ)に託し、同時に、企業のより強いコミットメントを求めるとともにより幅広い組織からの参加を呼びかける。取りまとめは石川裕(東大)。以下の4つの検討グループでの検討を中心に作業を進める。

◆ アプリケーション/数値計算ライブラリ/アルゴリズム/自動チューニング――取りまとめ:須田礼仁(東大)
◆プログラミング言語/モデル――取りまとめ:丸山直也(東工大)
◆ システムソフトウェア――取りまとめ:實本英之(東大)
◆ アーキテクチャ――取りまとめ:近藤正章(電通大)

主催は、筑波大、東大、東工大、京大、産総研、理研情報基盤センター、文科省、HPCIコンソーシアムである。筆者は関係していなかったので、記録は不完全であるが、以下のような作業が行われた。

7月26日

鹿児島市天文館

計算機科学作業部会

8月26日

東大理学部7号館

計算機科学作業部会。アプリケーション作業部会からも数人が参加

9月29日

 

計算機科学作業部会

 

 

8) アプリケーション・コンピュータアーキテクチャ・コンパイラ・システムソフトウェア合同作業部会
両者の合同作業部会は、以下の通り3回開催された。

10月15日

第1回合同作業部会

秋葉原コンベンションホール

計算機科学側からの全体概要、アプリケーション作業部会からの現状報告ののち、ロードマップを議論

11月26日

第2回合同作業部会

ベルサール八重洲

午前にアプリケーション作業部会の報告、午後はアーキテクチャ作業部会の報告、開発体制を議論

12月26日

第3回合同作業部会

秋葉原UDX 4F

サイエンスロードマップなどを議論

 

複数の追求すべきシステムとこれを開発していく体制案の取りまとめ(案)を作成した。第3回合同作業部会のアジェンダは以下の通り。

12:30~13:00

受付

13:00~13:10

オープニング

13:10~13:30

アーキテクチャグループからの報告

13:30~14:30

アプリケーション部会からサイエンスロードマップ

14:30~15:00

アプリケーション部会からのアーキテクチャ要求

15:30~15:30

BREAK

15:30~16:00

アプリケーション部会から利便性・発展性・継続性

16:00~16:30

修正すべきところの自由討論(富田)

※収束させることを目的とする。

16:30~16:50

システムソフトウェアグループからの報告

16:50~17:10

プログラミングモデル・言語グループからの報告

17:10~17:30

数値計算ライブラリグループからの報告

17:30~17:50

今後の体制に関する議論

17:50~18:00

まとめ

 

その後もメールで厳しい議論を行って文章をまとめた。

2012年1月13日

理研AICS

執筆者での最終調整ミーティング

 

この成果として要約版(スライド形式)の「今後のHPCI技術開発に関する報告書」と詳細版の「計算科学研究ロードマップ白書」と「HPCI技術ロードマップ白書」が2012年3月に公表された。これに基づいてポスト「京」の開発計画が方向付けられた。2012年4月からは「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」の公募が開始された。

9) 新聞報道
文部科学省は、2011年7月15日に、「「今後のHPC技術の研究開発について」の報告書のとりまとめ」および「今後のHPC技術の研究開発を検討する作業部会の開催について」に関する報道発表を行った。これを受けて、8月7日(日)の日本経済新聞に「次世代スパコン開発へ 計算速度「京」の100倍 文科省、省エネ技術を後押し」という表題の記事が出た。曰く、

  「計算速度は今年6月に世界一のスパコンになった理化学研究所の「京(けい)」を100倍上回る。自動車部品の設計や省エネ半導体などの開発を後押しし、日本の産業競争力の向上につなげるのが狙い。2020年ごろの実用化を目指す。」
  「次世代スパコンは毎秒100京(京は1兆の1万倍)回の計算能力を目指す。地震・津波の予測や新材料の開発などに利用するデータを短時間で処理できるほか、宇宙開発に欠かせない情報も提供する。また次世代スパコンの消費電力は既存の技術をそのまま導入すると原発1基分になるといわれ、研究開発を通じて省エネ型半導体の実用化も後押しできる。」
  「文科省は富士通やNEC、理化学研究所などの研究者が参加した作業部会を設置し、次世代スパコンの実用化に必要な課題の検討に着手した。12年度の概算要求に研究開発費を盛り込む方向で、年内にも具体的な開発計画を決める。」
  「世界一のスパコンを巡っては、日米中が激しく開発競争を繰り広げる。理化学研究所と富士通が共同で開発した「京」は、昨年1位だった中国の「天河1号A」を上回り、日本のスパコンとして7年ぶりに世界一を奪還した。ただ、欧米や中国の研究機関はエクサ(100京)レベルの計算能力を持つ次世代スパコンの開発計画を進めており、1位を奪われるのは時間の問題だ。」
  「文科省は新たな開発で世界一を維持したい考え。ただ開発費は1千億円以上に達するとみられ、国からの予算捻出は難しい。このため、文科省は開発の初期段階から「防災」や「医療」など利用目的をあらかじめ設定したうえで、民間企業などの協力を得る。」

「京の100倍」「エクサフロップス」「世界一」というキーワードが並んでいるが、報告書には1 EFlopsは努力目標であるが、現在考えられる技術進歩では想定する電力では達成できないと注意深く書いてある。またこの記事では、作業部会には企業や理研の人しかいないみたいだし。作業部会関係者は、「違うなあ」という印象であった。

10) HPC技術の高度化のための調査研究
文部科学省は、これまでの議論に基づき、2012年度から2013年度までの2年間の事業として、「HPC技術の高度化のための調査研究」をまとめた。この研究では、「我が国の社会的・科学的課題の解決という視点から複数のシステムを厳選し」「各システムについて、ハードウェアの技術動向調査、システム設計研究・システムソフトウェアの検討等を行い、5~10年後の日本のHPCシステムに必要な技術的知見を獲得し」「事業終了年度に各システムに関し評価を行い、その結果を踏まえ、国として実施すべきHPC研究開発のあり方に反映する」ことを計画している。公募により、4課題程度を採択する予定である。

この事業は2011年9月16日の第73回情報科学技術委員会に提出され、了承された。委員から、「京」の成果を踏まえて、という視点を明記すべきではないかとの意見があったが、文部科学省としては、その視点は重要であるが、この調査研究が「京」の単なる継続という印象を与えることを危惧して文章に入れていない、とのことであった。

9月30日、HPCI構築予算の一部として、8.59億円の概算要求がなされた。

次回は、「京」、ポスト「京」以外の日本政府関係機関の動きや、大学センター等の動きについて述べる。

 

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