HPCの歩み50年(第214回)-2012年(h)-
アメリカでは、国際会議の経理に関係したスキャンダルが発覚し、DOEが会議への参加も出展も制限する動きとなった。SCなどへの影響が懸念された。オバマ政権は「ビッグデータ研究開発インシアティブ」を発表した。PEZY Computingは、第1世代のPEZY-1(512コア)を開発した。
日本の企業の動き
1) 富士通
各紙の報道によると、6月25日に横浜市内で開催された富士通の株主総会において、山本正己社長は、「京」に続く新しいスパコンの開発に着手していることを明らかにし、「富士通は技術の会社だ。世界一を目指すところに様々な技術が付いてくる」とスパコン開発の意義を説明、「近日中に世界一を取り戻したい」と意欲を示した。後継スパコン開発はいいニュースであるが「再び世界一目指す」は余計である。こういうことを言うから「伝統工芸技術の継承(式年遷宮)だ」「自己目的化している」などと言われるのではないか。エコシステムを考えると、スパコンでも「ものづくり事業」から「プラットフォーム事業」に土俵を変えないと生き残れないのではないかとの見方もあった。
2) 日立製作所
IBM社のPOWER7/7+を搭載したSR16000の稼働が相次いだ。2012年3月26日、東北大学金属材料研究所は、「新規材料設計による抜本的な新エネルギー創成と環境問題解決」をめざして、SR16000 model M1が稼働したと発表した。2012年6月Top500では、コア数10240、Rmax=243.9 TFlops、Rpeak=306.4 TFlopsで69位にランクしている。 また、2012年5月24日、気象庁もSR1600 model M1が6月5日に稼働すると発表した。なお、東北大学金属材料研究所は、2018年5月、日立をSIerとしてCray XC50にリプレースした。気象庁も、2018年5月、日立をSIerとしてCray XC50にリプレースした。
2012年11月1日、情報通信研究機構(NICT)は、SR16000 model M1の稼働を開始したと発表した。宇宙天気予報に活用する予定。
日立製作所は2012年12月7日、情報・通信システム事業の競争力強化に向けた経営リソースの最適配置を目的として、情報・通信機器など向け半導体の自社製造事業を終了すると発表した。開発・設計と製造の水平分業は時代の趨勢であるが、みんながやめてしまっては単なる空洞化である。日本のTSMCはなぜできなかったのか?などの思いが浮かんだ。
3) NVIDIA Japan
エヌビディアジャパン社は、2012年7月26日(木)、4回目となるGTC Japan 2012を東京ミッドタウン&カンファレンス(六本木)で開催した。珍しく筆者も参加した。
4) 日本IBM
日本アイ・ビー・エム株式会社は、2012年5月、橋本孝之(2009年1月から社長)に代わってMartin Jetter(マーティン・イェッター、ドイツ出身)が社長となった。日本インターナショナル・ビジネス・マシンーンズ社としての初代C. M. Decker社長(1950年から1956年)以来56年ぶりの非日本人社長。なお2015年1月からはポール与那嶺(日系三世、プロ野球選手与那嶺要の息子)。
5) PEZY Computing社
NEDOのイノベーション実用化事業の助成を受けて、同社は2012年4月、第一世代のPEZY-1(512コア)を開発した。7月、第二世代の1024コアのプロセッサ開発(後のPEZY-SC)のプロジェクトが、NEDOの戦略的省エネルギー技術革新事業に採択された。
標準化関係
1) MPI 3.0
MPI Forumは、2012年9月21日、MPI 3.0標準を公表した。852ページのハードカバーの規格書 “MPI: A Message-Passing Interface Standard Version 3.0” が、€19.50または$25.00で発売された。主要な変更点は以下の通り。
Major improvements are: – Improvements to the one-sided communication: — New window allocation methods — New RMA interfaces — Special support for clusters of shared memory nodes – Nonblocking collectives – Scalable sparse collectives (neighbor communication in topologies) – Thread-safe message probe – New MPI Fortran binding that is the first time consistent with the Fortran standard: the new mpi_f08 module – Enhancements for the existing Fortran mpi module – Non-collective communicator creation – Support for large counts (larger than 32 bit values) – Enhancements to MPI_Init, etc. – Additional new tools interface – The MPIR process acquisition interface (an extra document).
Major removals are: – Some MPI-1.1 functionality that was deprecated since MPI-2.0. – For C++ programming, the C++ bindings were substituted by the C bindings. For this, several MPI-2.2 errata items were defined. |
2012年には6回のMPI Forumが開催されたが、3回目は5月28日~30日につくば市のダイワロイネットホテル筑波で開催された。初日には、NUDTの天河1AのMPIについてMin Xie氏から、「京」におけるOpen MPIの拡張については富士通から発表があった。残りは標準化の作業。
アメリカ政府関係の動き
1) ビッグデータ研究開発イニシアティブ
オバマ政権は2012年3月29日、前年のPCAST (President’s Council of Advisors on Science and Technology)の提言を受けて、「ビッグデータ研究開発インシアティブ」を発表した。このイニシアティブは、
a) 大量なデータの収集・蓄積・保存・管理・分析、そして共有のために必要となる最先端の革新的技術を前進させること
b) それらの技術を、科学工学における発見の速さの加速・国家安全保障の強化・教育と学習の変容のために利用すること
c) ビッグデータ技術の開発とその使用に必要とされる人材を育成すること
を目的としている。OSTP (White House Office of Science and Technology Policyの主導の元、NSF、NIH、DOD、DARPA、DOE、USGSの連携によってなされ、合計$200M以上の資金が拠出される。このイニシアティブは、オバマ政権の科学技術政策において、推進される5つのイニシアティブの一つである。
2) DOE (GSC Scandal)
HPCとは直接関係のないアメリカの公金のスキャンダルで、SCが縮小を余儀なくされるのではないかというニュースが流れてきた。これは、2010年10月にLas Vegasで開催され、約300人が出席したthe Public Buildings Service 2010 Western Regions Conferenceにおいて、不当な支出(旅行、仲間同志の飲み食い、過大な契約など)があったというもので、2012年4月2日、U.S. General Services Administrationに監査人から報告書が提出された。
これを受けて、DOEは会議ごとの(研究所ごとではなく)支出を10万ドル(当時で800万円)に押さえることにしたそうである。これでは、展示の費用も、旅費もまかなえない。すでに、BNL, LANL, NNSA, SNLは展示への出展を取りやめたとの話もあった。ANLではSCそのものに行ける人数が40人に制限された。また、DOEの研究機関では「いつ出張が取りやめになってもいいように、full refundable なチケットを買え」という命令も出ているそうであるが、その方がよっぽど金がかかるのではないか。SCの参加者全体からみればDOEからは数%なのでそれほど影響はないが、研究所の出展が中止になったり、合併展示になったりしたら士気が下がるという見方もあった。
3) Michael Strayer (DOE)
これとは別のスキャンダルがアメリカのHPC界を駆けめぐり、これでエクサスケールが遅れるのではともささやかれた。Michael StrayerはDOEのOffice of ScienceのAdvanced Scientific Computingの副部長であり、DOE側の人間としてわれわれも時々会うチャンスがあった。例えば、1993年9月に北京で開催したICCP-2では組織委員会の共同議長であり、1999年10月11~13日に金沢の石川県地場産業振興センターで開催したICCP-5では、国際諮問委員会のメンバであった。2003年1月のJapan-US Computational Science Roundtable(ハワイ島)では、“Supernova Science”という講演を行っている。SC07 (Reno)において、アメリカのDOEの有力者と、日本のHPCの関係者が非公式に会食したが、そのキーマンの一人でもあった。
Michael Strayer夫妻は2012年5月に起訴された。起訴状によると、Michael Strayer (69)は2006年にガールフレンド(当時)のKaren Earle (48)を、SciDAC Reviewを発行する出版社の顧問に押し込み、DOEは予算をつぎ込んだ。ころから2人はデートをするような関係になった。Michaelの力により、この出版社は8号まで発行したが、Karenは顧問として、1号あたり$100K近い報酬を受け取った。2008年、二人は$120Kで家を買った。
2009年、MichaelはKaren Earleの関係するDOEの仕事から身を引き、2009年8月に結婚した。その後、Michaelは、2010年のSciDAC Review発行のために妻に$980K以上を支払うという3つの契約を裏で進めた。2009年10月、不適切との指摘により、出版社は[妻への]下請け契約を停止した。Karenは4つの契約に関して訴えを起こし、和解金を出版社から得た。夫が手を引いてからの契約でKarenの得た純収入は$104Kと見られている。
Karen Strayerは、$1Mを越える契約について、今回、有罪を認めた。夫も訴えられていたが、6月に銃で自殺した。Karenは最高1年の懲役と、その後1年の保護観察と$100Kの罰金が予想される。また、$104Kを賠償金として支払うとも述べている。判決は12月6日の予定である。判決についてはニュースでは確認できなかった。
4) ORNL
昨年のところに書いたように、2011年10月11日、ONRLはTitanの構築に関してCray社と契約したことを明らかにした。具体的には、現在ピーク性能2.3 PFlopsのCray XT5システムを、ピーク性能10~20 PFlopsのCray XK6に置き換える。Cray XK6は、AMD社の16コアのOpteronプロセッサ(コード名Interlagos)と、NVIDIA社の次世代Tesler GPU(コード名Fermi)を採用する。
第1段階ではCray XK6に更新してノード当たりプロセッサを1基搭載し、メモリを倍増した。2012年6月のTop500では、Jaguarの名称を変えず、Rmax=1.941 PFlopsでTop500の6位を獲得した。第2段階ではCray XK7に更新し、7000~18000基のTeslaを設置してTitanと名付け、2012年11月のTop500において、Rmax=17.59 PFlopsで、Sequoiaを抜いてトップに躍り出た。
5) DOE (Exa)
DOEの3研究所が主催し、1981年以来毎年4月頃オレゴン州のSalishan Lodgeで開催されるSalishan Conference on High-Speed Computingに出席していたさる人から、アメリカのエクサスケール・プロジェクトに暗雲が立ち込めているという話が聞こえてきた。つまり、DOEでは2013年度(2012年10月から1年)の予算は見送り、早くとも2014年度予算であろうとのことである。前述のStrayerの事件が関係しているのかどうかは不明。現在、政府・議会筋がエクサスケールに熱心でなく、このペースでは、2024年の完成となってしまう、と関係者は失望しているとのことである。
6) LLNL訪日視察団
アメリカでは科学者による海外視察団がしばしば組織されるが、2012年2月にLLNLのDona Crawford女史(計算担当副所長)を団長とする視察団が日本を訪問した。かなりのハードスケジュールで、20日には文部科学省、22日には午前東大、午後東工大、23日は東大情報基盤センター(柏キャンパス)、24日には「京」コンピュータを訪問するという。筑波大にも打診があったが都合が合わなかったようだ。日本側としては、Sequoiaの状況を知りたいところであるが、筐体がそろったという程度の話しか聞き出せなかったとか。
ご存じのように、Sequoia (BlueGene/Q)は、2012年6月のTop500において、コア数1572864、Rmax=16324.8 TFlops、Rpeak=20132.7 TFlopsで、「京」を抜いて堂々の1位となった。
7) NERSC
2012年7月、NERSC はピーク2 PFlopsのCray Cascadeを注文したというニュースが流れた。2013年中に設置される予定。GPUもMICも含まれていないので、将来拡張するという奥の手ではないか、との観測もあった。公開されているCascadeとしては、ドイツStuttgart大学HLRSと京都大学に次いで3台目とのことである。Top500には2014年6月にEdison – Cray XC30, Intel Xeon E5-2695v2 12C 2.4GHz, Aries interconnectとして登場し、コア数133824、Rmax=1654.7 TFlops、Rpeak=2569.42 TFlopsで18位となっている。結局拡張はなかったようである。
世界の学界の動き
1) Alan Turing Year
Alan Turingの生誕100年を記念して、Turing Centenary Advisory Committee (TCAC) は2012年を Alan Turing Yearとし、一年を通して世界各地でチューリングの生涯およびその功績を称えるイベントを行った。TCACには、マンチェスター大学、ケンブリッジ大学、ブレッチリー・パークなどの関係者が協力している。
次回と次々回は、国際会議である。
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