世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


12月 21, 2020

新HPCの歩み(第24回)-1961年(a)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

日本のメーカー各社はコンピュータの開発製造に力を入れた。通産省の主導により、国産コンピュータを利用しやすくするレンタル会社JECCが設立された。また、電子工業振興協会および国産メーカー8社が連名で、「電子計算機の輸入抑制に関する陳情書」を通産省に提出した。

社会の動き

1961年(昭和36年)の社会動きとしては、1/3アイゼンハワー大統領がキューバとの国交断絶を発表、1/15横浜マリンタワー開業、1/17アイゼンハワー大統領が、退任演説で産軍複合体が国家に及ぼす影響力について指摘、1/20アメリカ大統領にJohn F. Kennedyが就任、1/22ポルトガルの豪華客船 Santa Maria号乗っ取り事件、2/?小田実『何でも見てやろう』(河出書房新社)初版、2/1嶋中事件(風流夢譚事件)発生、3/15三島由紀夫『宴のあと』が訴えられる、3/28名張毒ぶどう酒事件発生、4/11アイヒマン裁判、4/12人類初の有人衛星Vostok 1号がガガーリン飛行士を載せて地球一周、4/15ピッグス湾事件、4/19駐日アメリカ大使にライシャワーが着任、4/25国鉄大阪環状線全通、5/5アメリカの初の有人宇宙船Mercury-Redstone 3号がAllan Sheard Jr.を載せて打ち上げ、5/16韓国で朴正煕らの軍事クーデター発生、5/25 Kennedy大統領が「1960年代のうちに、人間を月に着陸させて、地球に無事帰還させる」と宣言(アポロ計画開始)、5/31南アフリカ連邦が英連邦を脱退、6/3-4米国のKennedy大統領と、ソ連のKhrushchev首相がウィーンで会談、6/23南極条約発効、7/2李正煕が国家再建最高会議議長に就任、7/31北陸トンネル貫通、8/1第1次西成(釜ヶ崎)暴動、8/6ソ連のVostok 2号が、チトフ少佐を乗せて地球を17周、8/8仙台高裁、松川事件の差し戻し裁判で全員に無罪判決、8/13東ドイツが東西ベルリンの境界を壁により封鎖、8/20『スーダラ節』レコード発売、9/16第2室戸台風が室戸岬に上陸し、大阪湾岸に大きな被害、9/17国連のハマーショルド事務総長が謎の墜落事故で死亡、9/20武州鉄道事件で、元運輸相逮捕、9/30経済協力開発機構(OECD)が発足、10/2大関の柏戸と大鵬が同時に横綱昇進、10/15坂本九「上を向いて歩こう」リリース、11/1地下鉄銀座線・丸の内線の均一料金(25円)を廃止し、区間制運賃を導入、11/1国立国会図書館新庁舎開館、11/27公明政治連盟発足、12/7秋田で偽千円札発見(チ-37号事件)、12/10伊豆急行線開業、12/12三無事件(クーデター未遂)、など。

話題語・流行語としては、「巨人、大鵬、卵焼き」「現代っ子」「女子大生亡国論」「トサカにくる」「お呼びでない」「わかっちゃいるけどやめられない」「地球は青かった」「東洋の魔女」「クレジットカード」「ジーパン」「トリスを飲んでハワイへ行こう」など。

ノーベル物理学賞は、原子核内での電子線散乱の研究に対しRobert Hofstadterに、ガンマ線の共鳴吸収に対しRudolf Ludwig Mössbauerに授与された。化学賞は植物における光合成の研究に対しMelvin Calvinに授与された。生理学・医学賞は、内耳蝸牛における刺激の物理的機構の発見に対しGeorg von Békésyに授与された。

日本政府関係の動き

1) 日本電子計算機(JECC)設立
1960年8月、通産省は昭和36年度の重要政策として、電子計算機国策会社設立構想を掲げた。国産電子計算機メーカーが外国メーカーに対抗して発展するためには、次の4点の解決が必要とされた。

(1) 計画的生産:資金の効率的運用、技術者の重点配置、生産機種の分担などを行って、メーカーごとに専門的量産体制を確立する。

(2) レンタル制の導入:電子計算機のレンタル販売には国産電子計算機メーカーの負担限度を超える膨大な資金を必要とする。

(3) 大型機の開発:大型機の開発は国防用、科学技術用に不可欠なものであるが、メーカーは中・小型機に全力を挙げており、大型機開発まで行うことは資金的に困難である。

(4) プログラマ、プランナなどの養成:プログラマ、プランナ、サービス要員などの養成は、メーカーが個々に行っていたのでは不十分である。

この観点から、政府が半額出資する国策会社を設立し、長期低利の資金を供給して、これらの事業を一元的におこなわせるという構想であったが、関係省庁間の意見の調整で難点が生じ、実現に至らなかった。

通産省は、このうちレンタル販売のみを取り出し、メーカー共同出資による民間会社の設立を指導した。メーカーの出資金と日本開発銀行(後の日本政策投資銀行)その他からの低利の融資の道をつけ、国産電子計算機の一元的なレンタルを行おうとした。

1961年8月16日に、メーカー7社(沖電気、東京芝浦電気、日本電気、日立製作所、富士通信機製造、松下電器産業、三菱電機)の共同出資により、資本金10億5,000万円で、「日本のコンピュータ産業の育成発展」を目的として日本電子計算機(JECC「ジェック」)が設立された。レンタル業務は10月15日(一説には5日)に開始した。これによりメーカーはレンタル資金の問題が軽減できた。反面、国策会社の代替で始まったことから、海外にその役割を誇示したがり、「これが日本株式会社論を誘発した」と高橋茂は述べている。『コンピュータ白書1969』によると、日本電子計算機の年度別機械購入金額は以下の通り(単位:億円)。急速に増大している。

年度

1961

1962

1963

1964

1965

1966

1967

1968(予想)

金額

11

32

59

117

208

269

368

600

 

同社の沿革によると、1968年までに日本各地で「国産電子計算機シンポジウム」を開催している。

2) 日本電子工業振興協会(陳情書、大阪センター)
1961年1月28日、電子工業振興協会および国産メーカー8社(沖、東芝、日本電気、日立、富士通、北辰電気、松下、三菱)が連名で、「電子計算機の輸入抑制に関する陳情書」を作成し、通産省に提出した。

1961年11月29日、大阪に関西電子計算機センターを設立し、MADIC IIAおよびMELCOM 1101を設置した。

3) 電気試験所(ETL Mark IV B)
通産省電気試験所の西野博二、渕一博らは、入出力専用の計算機ETL Mark IV Bを開発し、1961年2月に完成した。プログラムへの自動割込み技術を用いた入出力専用のトランジスタ計算機で、磁気テープ4台を制御できた。1961年末には、ETL Mark IV Aとの接続も行われた。その後数年間、電気試験所内の計算に利用された。

4) 理化学研究所(電子計算機導入)
理化学研究所板橋分所は、1946年からの宇宙線研究、1949年からのフェライト研究に加え、1961年、湯川秀樹博士を主任研究員に迎え(1967年まで)、理論物理研究室が発足した。湯川は電子計算機を活用した新しい研究に強い関心を示し、導入予算の獲得に尽力した。その結果、1964年に電子計算機(OKITAC 5090H)の設置を実現した(『理化学研究所百年史第I編第1部第5章 第II編第1部第11章)。理研がコンピュータに関わり始めた原点に湯川秀樹先生がおられたことは印象的である。

5) 新技術開発事業団
1961年7月、理化学研究所の開発部門を分離し、新技術開発事業団発足。1989年に新技術事業団に名称変更し、1996年に日本科学技術情報センターと合併し、科学技術振興事業団(JST)を設立。2003年10月に独立行政法人科学技術振興機構に変更。

日本の大学センター等

1) 東北大学(SENAC-1)
1961年12月5日、東北大学計算センターを設置した。この段階では、電気通信研究所が日本電気と共同開発したパラメトロンSENAC-1 (NEAC-1102)(1958年11月公開)を学内で共同利用していた。

2) 名古屋大学(NEAC-2203)
1961年3月、綜合計算機室にNEAC-2203を設置した。

3) 京都大学(KDC-I公開)
京都大学は、1961年1月に計算機室を開設し、 1960年10月に完成披露を行ったKDC-Iの試用期間に入った。その後、使用料を決め、4月1日から学内向けにサービスを開始した。

4) 慶応義塾大学(計算センター、K-1など)
1961年3月、工学部(小金井キャンパス)内に計算センターが設けられた。総工費約800万円で前年10月に着工し、300m2の広さであった(「慶応理工学部75年史」による)。慶応義塾大学百周年記念で北川節らが自作したK-1(別名KCC, Keio Centennial Computer)と、アナログ電子計算機と、IBMパンチカードシステム(407会計機など)を設置した。7月8日、管理工学科ならびに計算センターの諸施設を公開披露した。初代センター室長は山内二郎である。1970年には全学組織の情報科学研究所が日吉に設立され、1979年には大学計算センターが設立された。1999年の日吉ITC(インフォメーション・テクノロジー・センター)に連なっている。

5) 早稲田大学(NEAC-2203)
1959年、LGP-30を導入し、電子計算室を設置したが、計算能力が足りなくなったため、1961年2月24日、日本電気制のNEAC-2203を設置した。これは十進浮動小数演算がハードで実装されていたので、数値計算を主とする利用はしだいにNEACに移った。

1961年3月5日、横河電気からアナログ計算機の交流計算盤の寄贈を受けた。

学内の事務処理や採点事務のため、1961年3月24日に、日本IBM社からPunch Card System一式を導入した。(『情報処理』1962年7月号)

6)専修大学(OKITAC 5090C)
1961年11月、専修大学は翌年開設の経営学部のため、OKITAC 5090Cを導入した。翌1962年1月、電子計算室を神田校舎に設置。このコンピュータは、役目を終えて永年倉庫に保存されていたが、2001年に現在の情報処理センター(生田キャンパス9号館)受付前に展示された。情報処理学会から2018年度の情報処理技術遺産に認定された。OKITAC 5090はベストセラーであったが、現在存在が確認されているのはこれだけである。

7) 日本大学(OKITAC 5090)
1961年、文学部にOKITAC 5090を設置した。

日本の学界

1) パラメトロン計算機
パラメトロン計算機の開発はそろそろ終わりを迎える。1961年に完成したものを示す。資料は、Wikipedia「パラメトロン」、「日本のコンピュータの歴史」(情報処理学会歴史特別委員会編)オーム社1985年、情報処理学会コンピュータ博物館など。[]は納入先(『情報処理』1961年5月号)。

日立製作所

1961年8月

HIPAC 103

48bit語、二進固定/浮動、メモリは磁気コアで1024/4096Wおよび磁気ドラム8192W。科学技術計算用。FORTRANコンパイラ(HARP)を開発[関西電力(1961/12)他30台]

日本電気

1961年5月

NEAC-1201

事務用。

 

2) 京都大学(KT-pilot、KDC-I)
京都大学の萩原宏らは東京芝浦電気(1979年から東芝)の天羽浩平らと共同で、1961年12月、KT-pilotを開発した。わが国初のマイクロプログラム方式のコンピュータであった。新しく開発したシリコンのメサ型トランジスタを採用した高速度基本回路を用い、並列非同期式高速演算方式を採用した。京都大学で運用されたわけではない。現在、東芝未来科学館に保存され、情報処理学会情報処理技術遺産に認定されている。その後、KTパイロット計算機を原型として、科学技術用の大型汎用計算機TOSBAC-3400が開発された。

京都大学の学内措置でできた電子計算機室は、1961年4月からKDC-Iの学内全部局に対する正式のサービスを開始した。数か月で、計算機使用有資格者は200名を超え、毎月のサービス時間は200時間前後である。KDC-I年報から、4月から12月までの利用状況を記す。敬称略

題  目

責任者

所属

使用時間

Monte Carlo法による行列の反転

西原(宏)

工・原子核工学

2:35

微分方程式

清水

理・宇宙物理

2:15

最小自乗法によるパラメータの推定

青山

経済学部

1:40

ローレンツおよび偏光因子の補正

田中(哲)

化研

3:00

複素積分の計算

佐々

理・地球物理

9:05

つり橋の地震応答の線型解析

山田

工・土木工学

6:55

階差方程式による板の解法

成岡

工・土木工学

18:20

Error-correcting codeの構造の決定 (2)~(6)

坂井

工・電気工学

7:05

アンテナ指向性の計算

加藤

工・電離層

3:00

函数表の作成

後藤

化研

2:00

濃縮分離装置の解析

大石

工・原子核工学

16:45

変形法による連続アーチの解法

成岡

工:土木工学

20:40

プラズマ振動の解析

清野

工・電子工学

20:50

結晶内原子間距離の計算

田中(哲)

化研

0:05

液・液平衡の混合熱の関係

吉田

工・化学工学

2:00

気液接触段の周波数応答解析

高松

工・衛生工学

8:20

行列の固有値および固有ベクトル

宇野

薬・薬品分析学

0:20

酵素反応の伝達函数の解析

田中(正)

理・化学

4:05

多段精溜段における組成変動周波数伝達函数

高松

工・衛生工学

5:50

震央距離の計算

三木

理・阿武山地震

3:15

相関係数の計算

庄司

工・衛生工学

1:10

大気の熱振動に関する固有値

加藤

工・電離層

4:05

分子振動の固有値の力の定数の計算

宇野

薬・薬品分析学

0:10

電磁流体の流れ

玉田

工・航空工学

1:20

分子振動の固有値問題

宇野

薬・薬品分析学

1:00

Few group diffusion(原子炉の臨界計算)

西原(宏)

工・原子核工学

14:55

電磁流体の流れの計算

得丸

工・航空工学

0:15

因子分析(Guttman法)

庄司

工・衛生工学

0:40

3質点系の非線型振動の計算 (1)~(3)

南井

防災研

1:40

函数表の作成

後藤

化研

1:10

Curve-setting

佐々木

工・数理工学

7:25

積分方程式

神元

工・航空工学

0:20

函数の多項式近似(ダイオードの接合容量)

池上

工・電子工学

0:35

放射性同位元素の半減期の計算

西

工研

0:40

磁場内での電磁流体の管流

得丸

工・航空工学

2:50

El-Centro地震記録の解析

南井

防災研

1:00

地震波パターンの作成

南井

防災研

0:45

完全混合槽直列結合系における物質移動 (1), (2)

高松

工・衛生工学

9:05

原子核崩壊の計算

西

工研

1:20

El-Centro地震波の自己相関係数 (1)~ (6)

金多

防災研

23:10

連立一次方程式

田村

教養部・物理

0:35

重回帰係数の計算

農・農業工学

4:30

固有値および固有ベクトル (1), (2)

庄司

工・衛生工学

1:35

原子炉のバーンアウト熱負荷の計算

岐美

工・原子核工学

6:55

完全整定制御系の設計

得丸

工・航空工学

3:30

Li原子の電子状態

富田

理・物理学

5:35

無極性分子の圧力誘起赤外吸収(1), (2)

山本

理・化学

19:10

圧力水室内の速度分布

末石

工・衛生工学

10:25

変動流速のスペクトル解析

農・農業工学

1:30

表面沸騰時管内自然循環流速

岐美

工・原子核工学

6:55

電離層における超低周波の反射エネルギー(1), (2)

加藤

工・電離層

22:05

二変数関数表の多項式近似

清水

理・宇宙物理

2:30

定積分の計算

佐々

理・地球物理

5:10

西宮インターチェンヂの中心線

佐々木

工・数理工学

1:00

振動方程式の解析

会田

工・鉱山学

2:00

電離層電波伝播拡散係数

加藤

工・電離層

1:10

原子核反応におけるスピン分布の計算

岩田

工研・原子炉

1:15

平均値、分散、標準偏差、共分散、相関係数

青山

経済学部

9:10

静圧空気スラスト軸受けの負荷容量

工・機械工学

0:50

単純支持合成桁橋

成岡

工・土木工学

1:00

風負荷を受ける吊橋の変形量

山田

工・土木工学

3:00

設備投資の分析

青山

経済学部

26:55

学習過程を持つ自動翻訳

坂井

工・電気工学

1:30

等価地震波の研究 (1)~(7)

南井

防災研

16:10

宇宙線エアシャワーの計算(Monte Carlo法)

福留

基礎物理研

20:15

地震波に対する質点系の弾塑性応答 (1)~(8)

南井

防災研

42:35

自己相関係数

庄司

工・衛生工学

1:00

リブアーチ構造の解法

成岡

工・土木工学

86:45

分子の電子状態に関する計算

福井

工・燃料化学

78:40

助走域における液体金属の層流熱伝導

佐藤

工・機械工学

4:00

高速中性子の臨界計算

西原(宏)

工・原子核工学

48:45

チョッパ式偏重回路の統計的解析

林(重)

工・電気第2

6:10

チョッパ式偏重回路の波形の計算

林(重)

工・電気第2

3:00

Mathieu-Hill微分方程式

林(重)

工・電気第2

12:00

非線形要素を持つサンプル値制御系の解析

林(重)

工・電気第2

4:10

掃引拡散分離塔の解析

大石

工・原子核工学

8:10

液体中における気泡の形状

友近

理・物理学

0:20

(合計)

 

 

574:20

 

長々と引用したのは、計算機の初期においてもいかに多様な研究に利用されていたかを見ていただきたかったからである。

3) 東京大学原子核研究所(東京都田無市(当時))
東京大学原子核研究所では、1961年12月16日、0.75 GeVの電子シンクロトロンが完成した。数年後に増強され、1.3 GeVとなった。

国内会議

1) プログラミングシンポジウム
第2回のプログラミングシンポジウムは、1961年1月8日~10日に開催され、84名(大学関係42名、会社関係42名)が参加した。会場は不明(伊東か?)。テーマは、論理設計、自動ブログラミング、関数近似、標準問題、自由課題など。

次回は、1961年現在で日本に設置されている商用コンピュータの一覧を掲載する。

 

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