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HPCの歩み50年(第64回)-1998年(b)-
クリントン大統領が始めたPITAC第1期の中間報告が出され、長期的根源的な情報技術研究開発への投資を重点的に強化する必要性を勧告した。日本電気がSX-5を、日立がSR8000を発表した。アメリカ政府はインドなどへのスーパーコンピュータの禁輸を決定したが、インドのC-DACではPARAM 10000が完成した。
日本の企業の動き
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NEC SX-5 出典 |
1) 日本電気
日本電気は1998年6月4日、ベクトル並列スーパーコンピュータSX-5を発表した。0.25μプロセスで4 nsのクロックサイクルを実現し、CPU当たり16本の乗加算パイプで8 GFlops、ノード当たり最大16 CPUで共有メモリ最大128 GB、最大32ノードまで接続可能で最大ピーク速度4 TFlopsであった。OpenMPをサポートする。マルチノードの場合は日本電気独自のIXS接続(ノード間を8 GB/sで接続)のSX-5/Mと、HIPPI接続(100 MB/s)のSX-5/Hとがある。下の表では同じになっているが、IXSとHIPPIとでLinpack性能に違いはないのだろうか。
1999年初頭に、4 CPUの小規模マシンが、分子科学研究所(岡崎)に初出荷された。2000年11月のTop500から主要なSX-5の設置先を示す。Beは1999年6月に発表されたエントリモデルで、パイプラインの本数を半分(4 GFlops/CPU)にしたもの。
設置機関 | 機種 | Rmax | 順位 | 設置年 |
CNRS/IDRIS(フランス) | SX-5/38M3 | 280 | 67 | 2000 |
Bureau of Meteorology / CSIRO HPCCC(オーストラリア) | SX-5/32M2 | 243 | 77tie | 2000 |
Meteorological Service of Canada (MSC) | SX-5/32M2 | 243 | 77tie | 1999 |
金属材料技術研究所 | SX-5/32H2 | 243 | 77tie | 2000 |
韓国気象庁 | SX-5/24M2 | 181 | 100 | 2000 |
地球環境フロンティア研究センター(海洋科学技術センター) | SX-5/16A | 123 | 157tie | 1999 |
東京工業大学学術国際センター | SX-5/16A | 123 | 157tie | 1999 |
日本電気府中工場 | SX-5/16A | 123 | 157tie | 1999 |
ONERA国立航空宇宙研究所(フランス) | SX-5/16A | 123 | 157tie | 1999 |
東北大学流体科学研究所 | SX-5/16A | 123 | 157tie | 1999 |
German Aerospace Laboratory (DLR) | SX-5/16Be | 60.7 | 442 | 2000 |
National Aerospace Laboratory (NLR)(オランダ) | SX-5/8B | 59.6 | 446tie | 1999 |
Swiss Scientific Computing Center (CSCS) | SX-5/8A | 59.6 | 446tie | 1999 |
Veritas DGC(アメリカ) | SX-5/8B | 59.6 | 446tie | 2000 |
VW (Volkswagen AG)(ドイツ) | SX-5S/16H4 | 56 | 494 | 2000 |
フランス、ドイツ、オランダの航空宇宙研究所はこぞってSX-5を導入し、エアバス社の航空機開発に協力した。競争相手はボーイング社のCrayであった。
2000年6月、日本電気はクロックを4 nsから3.2 nsに短縮した新モデルを開発し、10 GFlops/CPUのピーク性能を実現したと発表した。2001年には新モデルのSX-5/128M8が大阪大学サイバーメディアセンターに設置され、Rmax=1192 GFlopsを実現した(2001年11月のTop500で12位)。小型ではあるが、同じく新モデルのSX-5/4Cが京都大学基礎物理学研究所に設置された。
日本電気は、1998年1月、ピーク32 GFlopsの「地球シミュレータ」の開発に着手したと発表した。
2) 日立
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HITACHI SR8000 出典 |
日立は、SR2201に続いて、SR8000を1998年5月に発表し、12月に出荷した。多次元クロスバネットワークなどSR2201の技術を引くものもあるが、いくつかの点で異なっていた。
a) CPUのアーキテクチャがPA-RISCベースから64 bit PowerPCベースに変わった。サイクル当たり5命令発行のスーパースカラ、out-of-order実行。 b) サイクル当たり浮動小数4演算発行 c) Slide-Windowed Floating-Point RegisterによるPseudo Vector Processingはサポートするが、浮動小数レジスタは論理的には128個、物理的には160個。Pre-loadによりキャッシュをbypassしてレジスタに読み込む。 d) データキャッシュ128 KBで、4-way set associative、pre-fetch可能 e) ノードは、(ユーザから見て)8個のCPUから構成され、メモリを共有し、高速な同期機構を持つ。これを協調型マイクロプロセッサ機構COMPAS (CO-operative Micro-Processors in single Address Space)と呼ぶ。 |
日立はこれらの機能をもつCPUを独自に製造した。詳細はHot-Chipsで発表した。
1998年12月、SR8000(128ノード)を東京大学大型計算機センターに設置した。1999年10月4日に金田康正は2,061億桁の円周率計算世界記録を樹立。2002年12月6日1兆2411億7730万桁に自己更新。
SR8000の設置状況を、2001年11月のTop500から示す。
設置機関 | 機種 | Rmax | 順位 | 設置年 |
Leibniz Rechenzentrum(ドイツ) | SR8000-F1/112 | 1035 | 7 | 2000 |
高エネルギー物理学研究所(KEK) | SR8000-F1/100 | 917 | 9 | 2000 |
東京大学大型計算機センター | SR8000/128 | 873 | 13 | 1999 |
気象庁(日本) | SR8000-E1/80 | 691.3 | 18 | 2000 |
東京大学物性研究所 | SR8000-F1/60 | 577 | 24 | 2000 |
産業技術総合研究所(TACC/AIST) | SR8000/64 | 449 | 37 | 1999 |
気象研究所 | SR8000/36 | 255 | 73 | 1999 |
北海道大学大型計算機センター | SR8000/32 | 229 | 87 | 2000 |
統計数理研究所 | SR8000/20 | 144 | 125 | 1999 |
Stuttgart大学 | SR8000/16 | 115 | 185 | 2000 |
3) 富士通
これらに続き、富士通も新しいベクトルコンピュータVPP-xxxを発表するとの予想記事が日経コンピュータ1998年7月17日号に出たが、実際には1999年4月に発表された。
アジアの政府の動き
1) シンガポールiHPC
シンガポール政府は1998年4月iHPC (Institute for HPC)を設立した。これは、シンガポール内唯一のスーパーコンピュータ・センタであり、大学も、研究所も、政府機関も、軍もこの資源を用いていた。もちろん、独自の研究も行う。筆者は、1999年6月にiHPCの外部諮問委員を頼まれ、2002年8月まで務めた。現在では、スーパーコンピュータ資源提供センタとしての機能はA*STARに移り、iHPCは研究機関となっている。
2) インド
インドのC-DACは1998年4月、UltraSPARC IIを使用した、PARAM 10000を発表。ピークは100 GFlops。アメリカ商務省は、3月にインドなどに対するスーパーコンピュータの禁輸を発表したばかりであった。
アメリカ政府の動き
1) PITAC
前年、クリントン大統領の大統領令によって設置されたPITAC (President’s Information Technology Advisory Committee)は1998年8月に中間報告を提出した。そのなかで、アメリカは長期的根源的な情報技術研究開発への投資を重点的に強化する必要性を勧告している。
1998年の下院科学委員会報告書(「未来への扉を開く:新しい国家科学政策」)は科学技術の重要項目として,
a) 基礎研究の促進 b) 科学技術成果の新産業技術への活用と社会・環境問題の解決への応用 c) 科学教育の充実 |
を挙げている。このうち基礎研究の重視については、その研究費の伸び率が応用研究、開発よりも大きく、予算に反映されている。また米国では、科学技術は経済発展のための牽引力であると位置付けられており、研究開発からその成果の製品化を推進するために、産学官の連携を強化し、技術移転を推進する様々なプログラムが実施されている。科学教育については、2001年1月にブッシュ大統領が発表した「No Child Left Behind」においても、理数科教育の改善が重要な柱の一つとなっている。
科学技術の重点分野についてみると、ライフサイエンス分野では1988年にNIHが中心となってヒトゲノムの解読が本格的に開始され、1990年には「脳研究10か年計画」が提唱された。NIHの予算は2001年度に1996年度の1.7倍と大幅に伸びており、さらに2000年度からの5年間で予算の倍増を目指している。情報通信分野では、1993年(平成5年)に「全米情報通信基盤イニシアティブ( NII)」が提唱され、2000年度予算からは「21世紀のための情報技術イニシアティブ( IT2)」が開始された。ナノテクノロジーの分野では、1999年9月にNSTCから出されたレポート等を踏まえ、2001年度予算において「国家ナノテクノロジーイニシアチブ( NNI)」が開始されている。
2) ASCI
ASCI Programは、LLNLにおいて2000年に建設予定のASCI White(IBM、10 TFlops)までは目途がついていたが、汎用商用製品をもちいたスーパーコンピュータには限界が見えていた。2001年に30 TFlopsの実現や2003年に100 TFlopsの実現には新たな技術開発の必要性が痛感された。1998年2月、Clinton大統領は、ASCIの一環としてPathforward Programを発表し、Digital Equipment社、IBM社、Sun Microsystems 社、Silicon Graphics/Cray社の4社と4年間$50Mの契約を締結した。これにより、現在の商用品の製品開発を加速し、汎用品をスケールアップして30 TFlops以上のマシンを目指す。目標とする技術領域は、1) 高性能相互接続とスイッチ技術、2) 分散並列OSや並列プログラミング・ツールなどのソフトウェア、3) 高性能大規模記憶装置の3領域である。
同時にASAP (the Academic Strategic Alliances Program)という計画では、アメリカの大学に研究費を与え、
a) ASCIに関連した問題のために働こうとするビジョンを持った有能な人材を引き込み、
b) ASCI Programを成熟させることのできる経験に富んだ技術者・研究者のプールを作る、
ことを目的にしている。ちなみに、ASAPは”as soon as possible”の省略形としても使われ、この計画の緊急性を際立たせている。
さて、1999年始めに3.5 TFlops (peak)を目標としていたASCI Blue Pacificは、予定より3ヶ月早く、1998年10月3日にIBMからLLNLに納入された。価格は$94M。10月29日(日本時間)、ゴア副大統領じきじきに、ホワイトハウスから「世界最高速のコンピュータ」と発表した。11月に公表されたTop500には、2セクター(3904プロセッサ)と1セクター(1952)が別々に6位と7位として登録されているが、Rmaxとしては同一の547 GFlopsとなっている。1セクターしか稼働しなかったのであろう(最終的には3セクター)。ところが、現在(2015年)公開されている1998年11月付のリストでは、6位に1952プロセッサが547 GFlopsで、8位に1344プロセッサで468.2 GFlopsが載っている。その後、1999年11月には2.144 TFlopsで2位を獲得している。このマシンは、5856個のPowerPC 604eマイクロプロセッサを含み、ピークは3.9 TFlopsである。
11月にはASCI Blue MountainがLANLで 完成し、Top500において、690.9 Gflopsで4位獲得した。SGIは会期中に記者会見を開き、「実はすでに1.61 TFlopsの性能を性能を実測した」と発表した。Horst Simon(元SGI)から聞いた話では、LANLでは幾晩も徹夜したにもかかわらず、締め切りまでにはTFlops以下の値しか出なかったとのことである。1999年11月には1.608 TflopsでASCI Blue Pacificに次いで3位に付けている。これは、6144個のMIPS R10000プロセッサを含む。
1998年2月12日に、DOEとIBMは10 TFlopsの性能をもつASCI Whiteを$85Mの費用を掛け開発する契約を結んだ。
3) NSF PACI
1997年の歴史として述べたように、NSFのPACIプログラムはスーパーコンピュータ・センタとしてSDSCとNCSCだけを残し、CTC (Cornell Theory Center)とPSC (Pittsburgh Supercomputer Center)の2センタはメージャーセンタに選ばれなかった。両センタには$11Mの予算が再転換のために付けられた。
CTCは全国レベルのセンタとしての役割を終了し、Cornell大学の学内センタに転換する。運営費用はNew York州から(年$1.2M)、IBMを含む企業やNIHから支援をうけ、あとは学内予算でまかなう。現在設置してあるIBM SP2/512は、新型のPower2チップ1個からなる160ノードのマシンに入れ替える。前センタ長であったMalvin Kalosは1998年7月LLNLに転任した。NSFの支援でCTCを利用していたユーザのファイル計13 TBは、5000本の磁気テープでSDSCに送られた。
PSCはDOEのASCIプロジェクトから$4.5Mの予算を得て、全国レベルのセンタにとどまることとなった。PSCに置かれていた3 TBのデータは、SDSCやNCSCに転送された。3月、NSFから$2.7Mの資金を得てネットワークの研究センタ(National Center for Network Engineering)を設立し、次世代インターネットに関する技術開発や実装支援を受け持つこととなった。
4) Next Generation Internet Research ACT of 1998
1998年10月28日に、”Next Generation Internet Research Act of 1998,P.L. 105-305”が成立した。これはHigh Performance Computin Act of 1991を改正し、Next Generation Internet programのために、1999年度に$67Mを、2000年度に$75Mを計上する権限を与えるものである。目的として、
a) HPC, 人間中心のシステム、高信頼性システム、教育訓練、人材養成などに関係した研究プログラムを推進し、
b) 連邦政府のネットワーク相互をつなぐ経済的で高速なネットワーク・インフラストラクチャを構築することを挙げている。
5) 禁輸措置
アメリカ商務省は、3月、50カ国へのスーパーコンピュータの輸出や再輸出の規制を発表した。その中にはインド、中国、イスラエル、パキスタン、ロシアなどが含まれる。
次回はSC98について述べる。
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