世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


4月 20, 2026

新HPCの歩み(第276回)-2008年(o)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

AMD社はカナダのATI Technologies社を買収し、CPU-GPU統合に乗り出した。NVIDIAは3本の製品ラインをもつことになった。Bill Gates会長は、Microsoft社の第一線から退いた。Quadrics社は、低レイテンシの相互接続ネットワークを開発していたが、事業継続が困難になった。

アメリカの企業の動き(続き)

 
   

13) AMD 社(x86、APL)
Intel社がItaniumに精力を取られている間にAMD社はOpteronで躍進した。2008年6月のTop500の上位10件を見ると、KrakenもRangerもJaguarもRoadrunner(のCPU)もOpteronである。XeonはEncantoとEKAだけ。日本のT2KもすべてOpteronであった。ロゴはWikipediaから。

2006年頃、Intel社は新たな製品を開発し、市場シェアを奪還しようと奮闘していた。2007年になると形勢は逆転し始めた。ケチがついたのは、初のquad-coreであったコード名BarcelonaのチップをAMD社が予定の2007年3月に発売できず、9月10日となったことである。しかも初版発売直後にバグが見つかり一時出荷停止となった。この混乱の背景にはATIの買収に精力をそがれたのではという見方もある。このため、AMDは2008年の第1四半期が$358Mの赤字(1株当たり$0.59)となった。(HPCwire 2008/4/18) (New York Times 2008/4/17) その間、Intel社は着々と売り上げを伸ばした。Quad-coreでも、1つのチップに4コアを搭載するのではなく、2つのdual-core chipをパッケージするという安全策を取り、成功した。

どういうわけかこの頃からAMD社はプロセッサ開発コード名にF1のサーキット名を使っている。おそらく最初は2007年9月10日に発売されたBudapet/Barcelonaであろう。Budapest郊外にはHungaroringサーキットがあり、Barcelonaには廃止されたものを含め3つものコースがある。次のSuzuka/Shanghaiももちろんサーキット名である。ちなみにIstanbulにもサーキット(アジア側らしい)があり、Magny-Cours(マニクール)はF1フランスグランプリを開催したサーキットである。また、Lisbon郊外にはEstoril Circuitがある。Interlagosはブラジルのサンパウロ市のコース、Valenciaはスペインの市街地コースであるが、Zurichにはあるのか?

さて、AMD社は2008年10月2日、当初の予定を前倒しして次世代OpteronのShanghaiを出荷すると発表した。Barcelonaでの失策を名誉挽回し、Intel社を追撃するためであろう。これはAMD社初の45 nm quad-core CPUである。IntelはAMDより1年早い2007年11月に、同社初の45nmCPU「Penryn」(コード名)を発売していた。実際にはSuzukaとともに2008年11月13日に発売された。Suzuka は 13xx シリーズで1ソケットに対応、Shanghai は 23xx シリーズ(最大2ソケット)と 83xx シリーズ(最大8ソケット)である。Intel社は1年前の2007年11月12日に45 nm quad-core CPUであるHarpertownを発売しているので、やっと追いついたことになる。

ソフトウェアでは、208年2月21日、オープンソースのライブラリAPL (AMD PerformanceLibrary)提供すると発表し、Framewave 1.0と命名した(TechPowerup 2008/2/21)

14) AMD社 (GPU)
前に述べたとおり、2006年6月6日、AMD社はカナダのATI Technologies社を買収すると発表し、10月25日手続きを完了した。AMD社はワークステーションやHPC用のGPUであるATI FireシリーズをAMD Fireシリーズとして引き継いだ。(HPCwire 2008/4/4) SC07の展示ですでに紹介していたが、2008年4月、AMD社はFireStreamボードとSDK (Software Development Kit)を発売した。AMDはNVIDIAとGPGPU市場で競争できるか?NVIDIAはすでに2007年にTeslaとCUDA環境とを提供している。(HPCwire 2008/4/4)

最初に発売するプラットフォームはFireStream 9170ボードで、2 GBのGDDR3オンボードメモリとATI Radeon 3870 GPUを搭載している。このGPUは320個のstream processors(グラフィック流に言えばshaders)を搭載し、単精度で500 GFlops、倍精度で102 GFlopsのピーク性能を持つ。AMD社は市場初の倍精度GPUであると主張している。このGPUは55 nmプロセスで製造し消費電力は100W以下である。これに対し、当時発売中のNVIDIAのTesla C870は、単精度500 GFlopsのピーク性能でメモリは1.5 GBで170Wである。でも、これは90 nmプロセスなので、65 nmに移ればAMDより良くなるであろう。NVIDIAは2008年初めに次世代GPUを発表し、倍精度演算をサポートする予定であったが、今のところ発表はない。科学技術計算の観点からは倍精度は必須である。

ソフトウェア開発環境としては、AMD社はCUDAに対抗してBrook+という開発言語を提供している。これはStanford大学のBrook言語の拡張である。Brook+はC言語を拡張して、GPU上でのデータ並列演算の機能を持たせたものである。もう一つの要素は、ACML (AMD Core Math Library)である。これはBLASやFFTなどを含む。3つめの要素は、CAL (the Compute Abstraction Layer)で、GPUの低レベルのインタフェースである。AMD社は当初CTM (AMD’s Close to the Metal)を導入したが低レベルすぎて使いにくかった。CALは適度の抽象度を持つ。このようにAMD社はNVIDIA社に追いつこうとしているが、道は遠い。

当時筆者は、AMDのGPUなど悪あがきではないかと思ったが(失礼!)、その後の発展は素晴らしい。

15) NVIDIA社(Quadro、AGEIA社買収、Tesla)
2008年1月8日、NVIDIA社はQuadro FX 3700ボードを出荷した。コア500MHz G92、メモリ512MB/256bit/1600MHz GDDR3。2系統のデュアルリンクDVI。HDCP対応。ソフトはOpenGL 3.3, DirectX 10, ShaderModel 4.0, CUDA対応。CADやDCC Visualization用途向けで、会話型可視化を可能にする高いバンド幅を持つ。(HPCwire 2008/1/11)(NVIDIA Quadro)

NVIDIA社は2008年2月に、物理シミュレーションエンジンPhysXおよびPanel向け物理シミュレーションチップ(PPU)を開発製造しているAGEIA社を買収した。GeGorce8シリーズ以降のGPUを搭載したすべてのビデオカードでGPUをPPUとして利用できるようになると発表された。

昨年のところに書いたように、2007年6月20日、同社はGeForce 8 (G8x)アーキテクチャのTeslaを発表し、HPCを直接に目指すことを発表した。これまでGeForceやQuadro製品をCUDAによりHPCのために利用することはできたが、本来PCやワークステーション上の可視化を目的としているので、HPCクラスタにスケールできるかは明らかでなかった。(PC Watch 2008/6/19

これによりNVIDIAは3本の製品ラインをもつことになった。GeForceはコンシューマおよび娯楽の可視化を、Quadroはプロの設計および創作を、そしてTeslaは伝統的なHPC応用を目指している。2007年末までには倍精度演算のハードウェアを組み込むということであった。計画は大きくずれ込んだが、NVIDIAは2008年6月1日発売の“GeForce GTX 280(GT200)”と“Tesla T10P”で、倍精度演算サポート(ただし78 MFlops)と、900GFLOPS台~1TFLOPS超のピーク性能(単精度)のGPUを送り出すことができた。AMD社も1TFLOPSと倍精度を謳っており、競争は熾烈である。

汎用CPUが、GPU統合とデータ演算の強化(AVXやSSE5やmanycoreなど)へ向かっているので、NVIDIAとしては可視化だけに頼っていては市場が縮小してしまう。GPUを汎用的なコンピューティングに利用する「GPUコンピューティング」に向かわざるを得ない。

ベストシステムズのメールマガジン2008年11月15日号によると、日本でもエルザジャパンからNvidiaの最新GPGPUカードTesla C1060が発売され、単精度で933 GFlops、倍精度で78 GFlopsのピーク性能だそうである。消費電力は、ピーク225W、通常160Wで、別電源が必要である。この記事によると、倍精度演算の実装法がNVIDIAとATIと異なり、ATIでは単精度演算器5個を使用して計算しているのに対し、NVIDIAでは、独立のDFMA (Double Floating-point Multiply and Add unit)を8個のSPにつき1個搭載している。

NVIDIA社創業者かつ社長兼CEOのJen-Hsun Huang(黃仁勳)は来日し、2008年12月2日、東京工業大学・大岡山キャンパス70周年記念講堂において、特別講演会「エンジニアの未来を語ろう―米国トップIT企業NVIDIA講演会― 」が開催された。

16) NVIDIA社(Tegra)
NVIDIA社はアクセラレータだけでなく、スマートフォンやPDA (personal digital assistant)やMID (mobile internet devices)などのために、TegraというシリーズのSoC (system on a chip)を発表した。名前はin-TEGRA-tedから来ているのであろうか。Tegraは、ARMアーキテクチャのCPUと、GPUと、northbridege(元々、CPUとFSBで結合され、メモリや高速グラフィックスを制御するチップ)と、southbridge(元々、northbridgeと接続され、周辺機器を制御するチップ)やメモリコントローラなどをすべて内蔵している。最初は高速なマルチメディアプロセッサとして設計されたが、用途は次第に広がり、とくにDenverマイクロアーキテクチャになってからは、省電力なHPCチップとしても使われている。

最初のTegra APX 2500は2008年2月12日に発表された。アーキテクチャはARM11で1コア、クロックは0.6 GHzでNEON(ARMのSIMD、128 bit長)非対応であった。モバイル用のTegra 6xxファミリは2008年6月2日に発表された。Tegraを搭載した最初の製品は、MicrosoftのZune HD mediaplayerであり、2009年9月に発売される。その後、SamsungのM1やMicrosoftの携帯電話Kinにも採用された。(Wikipedia:NVIDIA Tegra)

17) SGI(Irene、Linux Networx社買収)
Irene Qualters女史は、1976年に博士号取得後Cray Researchに入社し、ソフトウェア担当の副社長などを務めていたが、1996年にSGIに吸収合併されたのち、1997年にはSGIの技術計算担当副社長兼、子会社となったCray Research社の社長に任命された。その後SGIを離れ、1999年からはMerck社副社長、2005年からはAgeia Technologiesの副社長などを務めたようであるが、2008年1月、SGIのソフトウェア開発担当上級副社長に返り咲いた。しかし2009年12月にはSGIを辞め、NSFのProgram Directorに移った。2014年4月からはNSFのDivision Director, Advanced Cyberinfrastructureに就いている。

2006年、連邦破産法第11章からどうにか立ち直ったSGI社は、米国時間2008年2月14日、なんと不振にあえいでいたLinux Networx社の中核資産を買収したと発表した。(HPCwire 2008/2/14)(ITmedia 2008/2/16) (ITpro 2008/2/19)同社は1989年創立で、Salt Lake Cityに本社を置くHPC向けソリューションのベンダーである。2002年12月にベストシステムズ社と合弁で日本法人を設立していたが、2007年、日本から撤退した。報道によるとSGI社は自社株39万株の発行と引き替えにLinux Networxの資産を手に入れ、技術はもちろん、クラスタの最適化、設計、電力供給、冷却に関する特許を手に入れた。SGI社のCEOであるBo Ewald氏は、2007年4月までLinux Networx社のCEOを務めていた。つまり前のCEOに助けられた形である。「このような重要な技術を買収するのは、今回が初めてだ。これにより、当社のソフトウェア環境開発の促進とクラスタシステムのサポートの充実が期待できる」と Ewald 氏は語った。

SGI社は4月、再度可視化に力を入れると発表し、”Back to the Furture”だと評された(HPCwire 2008/4/11)

しかし終焉は忍び足で近づいていた。SGI社が三度目にChapter 11(連邦破産法第11章)の保護を申請し、全ての資産をRackable Systems社に売るのは、翌年2009年4月1日であった。Linux Networxの買収がSGI社の命取りになったかどうかは知らない。

18) Sun Microsystems社(TSMC委託)
2008年2月19日には、次世代UltraSPARCの45ナノのファブリケーションをTSMSに委託すると発表した(TSMC News Release 2008/2/19)。2008年2月のISSCC 2008では、16コアで最大32スレッドを並行実行し、アウト・オブ・オーダーを採用し、動作周波数2.3 GHzを実現するとされたが、提供時期は最適化のために2009年以降へ延期が発表された。結局開発は2010年に中止された。

19) SiCortex社
2003年にMIPS64アーキテクチャに基づく省電力スーパーコンピュータ製造のために設立されたSiCortex社は、2007年1月5日、元Cray社CEOであったJohn Rollwagenを取締役会長に迎えた。2008年1月にはチップ上のHPCシステムを開発するためにeSilicon社(2000年にSan Joseで設立されたファブレスの半導体会社)と連携した。最初のPersonal ClusterをRutgers大学に設置し、3月にはColorado大学もSiCortexのクラスタを設置した。同社はパーソナル・スーパーコンピュータに狙いを定めたようである。4月にはJack DongarraもSciCortexに協力するとのニュースが流れた。(HPCwire 2008/4/11)

しかし、同社は2009年5月に廃業する。

 
   

20) Massively Parallel Technologies社
しばしば書いているように、John Gustafson氏はいろんな会社や大学や研究機関を渡り歩いていたが、2008年5月中旬、ClearSpeed Technology社を辞してMPT (Massively Parallel Technologies)社のCEOに任命された。CEOは初めてであった。MPT社なんで聞いたたことがなかったが、本社はコロラド州でHPCのアクセラレータ技術を開発している。ClearSpeedとも近い技術である。氏は「それによって世界を変えるような何かを真に見つけるまでは、私は会社を代えようとは思わない。」と述べていたが、在職は11ヶ月であった。

LinkedInによると、氏の職歴は以下のようである。

期間

所属

Position

1982 - 1987

Floating Point Systems, Inc.

Senior Staff Scientist

1986 - 1987

nCUBE

Scientist

1987/8 - 1989/8

Sandia National Laboratories

Member of the Technical Staff

1989/8 - 1998/10

Ames Laboratory (Iowa)

Computational Scientist

1989 - 1999

Department of Energy

Pricipal Investigator-Ames Lab

1998/10 - 1999/7

Colorado MEDtech

Director of Ames Operations

2000 - 2003

Sun Microsystems, Inc.

Senior Manager

2000 - 2005

Sun Microsystems, Inc.

Principal Investigator

2002 - 2005

Sun Microsystems Laboratories

Principal Investigator

2004 - 2005

Enterprise Cluster Solutions

CTO

2005/9 - 2008/5

ClearSpeed

CTO

2008/5 - 2009/3

Massively Parallel Technologies

CEO

2009/3 - 2012/2

Intel Corporation

Director

2012/2 - 2012/8

Intel Labs

Senior Architect

2012/8 - 2013/6

AMD

Senior Fellow/Chief Product Architect

2007 - 2014/5

Massively Parallel Technologies

Board Member

2013/11 - Present

Stealth startup company

CTO

2015/8 - Present

National University of Singapore

Visiting Professor

2015/8 - Present

A*STAR (Singapore)

Visiting Scientist

 

兼務の職もあるようだが、すごい経歴である。筆者が最初に会ったのは1986年にオレゴン州BeavertonのFPS本社を訪問した時であった。次には、1991年にハワイのKauai島でのJapan-US Workshop for Performance Evaluationであったが、参加者のGustafson (Ames Lab.)が、FPSのGustafsonとは気づかなかった話は前に書いた。[写真はWikipediaから]

 
   

21) Fixstars社
Fixstars社(2002年8月創業)は、2008年、Yellow Dog Linux v.6.1を発表した。これはRed Hat Enterprise Linuxから派生したCentOSを基に開発されたもので、対象はApple G4/G5、Sony PLAYSTATION3、PowerStation、IBM Power SystemsなどのPOWER系チップである。これまではTerra Soft Solutions社が開発していたが、2008年11月11日にFixstars社が全事業を買収し、米国子会社Fixstars Solutions社として再出発した。V 6.1はFixstars社として初めてのバーションである。YDLのロゴはWikipediaから。

理由はわからないが、2010年4月1日にPlayStation 3の新システムファームウェア公開により、対応が打ち切られた。

22) Microsoft社(Windows Server 2008、Bill Gates退任)
Microsoftはスパコン市場においても、数年前から本腰を入れた取り組みを開始し、クラスタコンピュータ専用の別バージョンのWindowsも開発してきた。2003年にMicrosoft社は、Windows 2000 Serverの後継として開発した小規模~大規模サーバ用のOSとしてWindows Server 2003を、アメリカでは4月24日に、日本では6月25日に発売した。これに続く版はWindows VistaをベースにLonghornというコード名で開発していた。2007年5月16日、正式名称をMicrosoft Windows Server 2008と発表。製品版は米国で2008年2月27日に提供を開始した。日本では4月15日から提供開始。2008年6月のTop500では500件のうち5件がWindowsクラスタであった。Microsoft社としてはWindows Server 2008がハイエンド機で普及すれば、より多くのWindowsクラスタがTop500に登場するのではないかと期待しているようである。

2008年9月22日、Microsystems社はWindows HPC Server 2008を出荷した。Microsft Windows CCS 2003の後継である。2008年11月のTop500で、上海スーパーコンピュータセンターのMagic CubeはDawning 5000Aであるが、Windows HPC 2008をOSに採用し、Rmax=180.6 TFlopsで11位にランクした。(Wikipedia: Microsoft Windows Server 2008)

Bill Gates会長は、2006年6月15日に予告したとおり、2008年6月30日をもって、第一線を退いた。会長職にはとどまる。2014年2月4日には会長職からも退いた。

22) PGI社
PGI(Portland Group Inc.)社は、2008年11月(おそらくSC08)に、コンパイラでGPUをサポートすると発表した。当時リリースされているPGI 8.0のCおよびFORTRAN95コンパイラではOpenMP3.0をフルサポートしていたが、2009年1月にはPGI Accelerator Compiler機能をリリースする。CUDAを覚えなくてもNVIDIA GPUを使えるとのことであった。将来は他のGPUにも拡張する予定である。

23) Tech-X社(GPU用数学ライブラリ)
1994年にColorado大学のJohn R.Cary教授らによってBoulderで設立されたTech-X社は、2月22日、NVIDIAのGPUのための数学ライブラリGPULIBを発売した。(insideHPC 2008/2/22)

ヨーロッパの企業の動き

 
   

1) Quadrics社
Quadrics Supercomputer World社は、1996年、Alenia Spazi社とMeiko Scientific社との合弁会社としてをブリストルとローマで設立された。ロゴはWikipediaから。Quadrics社は、低レイテンシの相互接続ネットワークを開発していたが、事業継続が困難になったようである。Top500 の上位システムのうち、ベクトル機を除けばその多くが QsNet によるクラスターが占めていたこともあった。2008年に ISC08 で展示された QsNet3 は、帯域を 2 GB/s まで拡大し 10 Gigabit Ethernet と互換性を持つというもので、大規模な計算システムを構築予定であった世界中の HPC 関係者から、そのリリースを心待ちにされていた。ハードウエア開発は完了しており、ソフトウエア開発を残すのみという状況の中、リーマンショックの煽りを受け事業継続が困難となった。SC08 (Austin)のところに書いたように、1週間前に突如不参加が伝えられた。ブースがあるはずだったところは産総研のブースの向かい側で、オープンテラスになってしまっていた。最終的に幕を下ろすのは2009年6月29日。

2) ClearSpeed Technology社
2002年にBol(英国)で創業したClearSpeed Technology社は、John Gustafson CTOの下でがんばるかと思っていたが、前項に述べたように5月に突然辞めてしまった。会社の路線と合わなかったのか、サブプライム危機で金融系への販売が減って会社が危ないのか、憶測が乱れ飛んだ。人員削減も進められた。

同社はその直後6月にCSX700を発表した。東京工業大学のTSUBAMEが2008年11月のTop500で47.38 TFlopsを出したのは(Opteronと)ClearSpeedのCSX600であった。CSX700は、96個のコアからなるprocessing arrayを2基搭載している。各コアは、32/64ビット浮動小数乗算器と加算器、6 KBのSRAM、整数算術演算器、16ビット整数積和演算器からなる。クロックは250 MHz。(Wikipedia:ClearSpeed)

同社は2009年7月にはロンドン証券取引所から上場廃止となる。

3) Mellanox Technologies社
同社は2008年6月、世界初の40 Gb/sのInfinicandを発表し、7月、the Virginia Polytechnic Institute and State UniversityのCHECS (the Center for High-End Computing Systems)の29 TFlopsのクラスタSystemGに利用されたと発表した。これは、324台のApple Mac Proを接続したもので、コア数は2592である。(vmblog.com 2008/7/21) SystemGは、2008年11月Top500において、コア数2048、Rmax=16.87 TFlops、Rpeak=22.94 TFlopsで、280位にランクしている。

カナダの企業の動き

1) D-Wave Systems社
D-Wave Systems社は、1999年、Haig Farrisらにより、カナダのブリティッシュコロンビア州Burnabyで創業された。最初はD-Wave超伝導体を用いた量子コンピュータの研究を行っていたが、その後量子アニーリングに基づく量子コンピュータの開発に移った。ロゴはWikipediaから。2007年2月13日には、カリフォルニア州MountainviewのComputer History MuseumでOrion Quantum Computerを披露し、3つの異なるアプリケーションを走らせた。SC07では28 qubitの量子アニーラを披露した。

 
   

この効果であろうか、同社は2008年1月31日、$17M(おそらく米ドル)の投資資金を獲得したと発表した。この資金により、discrete optimization, pattern matching, machine learning and constrained search with preferencesのための量子コンピュータを開発する。2009年の早い時期にネットワーク経由で利用できるようになる予定である。(HPCwire 2008/1/31)(HPCwire 2008/2/25)

2) Liquid Computing社
2003年にカナダのOttawaで創業したLiquid Computing Corporationは、HyperTransportに直結した相互接続を開発していたが、2006年のLiquidIQ 1.0に続いて、2008年、LiquidIQ 2.0を発表した。(Wikipedia: Liquid Computing)

企業の創立

 
   

1) Globalfoundries社
2008年10月7日、AMD社が半導体製造部門を分社化し「The Foundry Company」を発足させた、2009年3月4日、ATICからの投資を受けGLOBALFOUNDRIESとして正式に設立されることになる。株式は、AMDが34.2%、ATICが65.8%を所有する。ATICはアラブ首長国連邦のアブダビ首長国が所有する投資会社である。ロゴはWikipediaから。

企業の終焉

1) Linux Networx社
Linux Networx社は、Linux OSに基づくHPCソリューションを提供する会社として、1989年ユタ州Salt Lake Cityで創立。SGI社の所に書いたように、2008年2月14日にSilicon Graphics社によってSGI株39万株で買収された。2002年12月にベストシステムズ社と合弁で日本法人を設立していたが、2007年、日本から撤退した。会社ごとの買収でなく、会社の資産の売却であるが、その資産がなくなると会社に残る資産はゼロとなり、事実上、LinuxNetworxはなくなった。(ITpro 2008/2/16)(HPCwire 2008/2/22)

2) ニイウス株式会社
1992年に日本IBMと野村総合研究所との合弁会社として設立されたニイウス株式会社は、2007年6月期決算で債務超過となることが判明し、第三者増資を行い、経営陣の刷新を行った。その過程で、過去5会計年度にわたる循環取引を利用した粉飾決算で、682億円の売り上げを過大計上していたことが発覚した。2008年4月30日に民事再生法を申請した。負債総額は、持ち株会社のニイウスコーが408億円、ニイウスが732億円で、総額1140億円。(東洋経済オンライン 2008/5/13) 2010年、創業者(元代表取締役会長)末貞郁夫などが逮捕され、9月24日解散する。

2009年はリーマンショックの嵐が吹き荒れ、日本の次世代スーパーコンピュータ計画が「ニ番じゃダメでしょうか?」で存亡の危機を迎えるとともに、SGI社もSun Microsystems社もQuadrics社もTransmeta社もSciCortex社も買収か廃業の憂き目にあうことになる。

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