世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


5月 7, 2019

HPCの歩み50年(第196回)-2011年(h)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

筑波大学ではHA-PACSプロジェクトが始まった。神戸大学はシステム情報学研究科を新設するとともに、ポートアイランドの理研計算科学研究機構の隣に統合研究拠点を設置した。Winnyの開発者として2004年に逮捕された金子勇氏は、最高裁で無罪が確定した。

日本の学界の動き

1) 筑波大学

 
  HA-PACS (筑波大学のプレスリリースより)
   

2011年4月、筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータPACS/PAXシリーズの一環である、密結合並列演算加速機構実証システム「HA-PACS」(Highly Accelerated Parallel Advanced system for Computational Sciences)のプロジェクトが開始した。

このベースとなるクラスタFCS (Frontier Computing System)として、9月14日、Appro社のXtreme-X Supercomputerを採用した。これは今後発表されるXeon E5ファミリ(Sandy Bridge-EP)のクラスタである。筑波大学のApproの採用は、T2Kに続くもので2回目である。IDCのEarl JosephがHPCwireに載せた談話で“Tsukuba Japanese University”と述べたので、最初どこの大学かと思った。このシステムは、ノード当たり2個のCPUと4個のGPUを搭載し、全体ではCPUが4288コア、GPUが548864コア、ピーク性能は802.07 TFlopsである。相互接続はdual-rail Mellanox Connect X3 QDR InfiniBandである。このシステムの名称にある、GPUの密結合機構は今後開発する。納入は2011年12月で、2012年1月からは稼働する予定。2012年6月のTop500では、Rmax=421.6 TFlops、Rpeak=778.128 TFlopsで41位にランクしている。ちなみにAppro社は2012年11月にCray社に買収された。

2005年4月から開発プロジェクトを開始し、2006年7月に稼働開始したPACS-CSはシャットダウンし、2011年9月12日に筑波大学国際会議室でPACS-CS終了シンポジウムが行われた。

2) FOCUSのスパコン歴史展示
財団法人計算科学振興財団(FOCUS, Foundation for Computational Science)は、2008年1月、兵庫県、神戸市、神戸商工会議所の出捐により設立された。2011年、理化学研究所計算科学研究機構に隣接する「計算科学ビル」が出来、その1階2階にFOCUSが入居した。2階のロビーに展示コーナーを置き、「計算機の歴史コーナー」を設けるというので、3月ごろ、相談を受けた。パネルだけではなく、日本の歴代のスーパーコンピュータの筐体や基盤も展示するとのことで、Top500のトップを飾ったことのある、数値風洞、CP-PCAS、地球シミュレータと、開発中の「京」コンピュータが展示されている。CP-PACSについてはボードを筑波大学の金谷氏から寄贈していただいた。2013年3月には、情報処理学会から2012年度分散コンピュータ博物館に認定された。

3) 神戸大学
神戸大学は、先端的学際融合研究を、社会実装を視野に入れて推進するための組織「統合研究拠点」を設置し、その活動拠点として神戸ポートアイランド地区の「京」コンピュータの隣に建屋を建設した。2011年4月には研究棟が竣工し、筆者も入居した。また、2007年から構想されていた新研究科も、2009年に文部科学省から認可を受け、2011年4月から「システム情報学研究科」として発足した。

これらを合わせて、6月29日には統合研究拠点開所式が、6月30日には新研究科設置記念シンポジウムが、いずれも、ポートライナーで2駅先の市民広場駅に隣接するポートピアホテルで開催された。

4) 神戸大学企業牽引
筆者が雇われていた神戸大学企業牽引プロジェクトは2年目を迎えた。2011年第1回アドバイザリーボード会議が8月29日に開催された。シミュレーションスクールは、5日間の基礎コースとして、年2回行う。メインコース(テーラーメード教育)は、参加者自身の興味のあるシミュレーションプログラムの作成または既存ソフトの使用法の習得を行う。今年度は30名の修了者を出したい。そのほか、集中講義やセミナーを随時行う。

問題は計算科学教育を行える人材で、そのための人材バンクのようなものが必要ではないか、との議論があった。

2011年前期としては、9月26日~30日に企業関係者を対象にシミュレーションスクールを開催した。

5) PCクラスタコンソーシアム
2011年2月18日、理化学研究所計算科学研究機構にて、PCクラスタワークショップ in 神戸を開催した。プログラムは以下の通り。設置途上の「京」関係の施設の見学も企画された。

10:30

オープニング

石川 裕 (PCクラスタコンソーシアム/東京大学)

10:40

京速コンピュータ「京」の最新状況

黒川 原佳 (理化学研究所)

11:10

ペタスケールシステムを使いこなすプログラミング環境を目指して

佐藤 三久 (理化学研究所/筑波大学)

11:50

計算科学研究機構(AICS)施設見学(午前の部)

堀 敦史 (理化学研究所)

11:50

昼休み

 

13:10

計算科学研究機構(AICS)施設見学(午後の部)

堀 敦史 (理化学研究所)

13:40

TSUBAME2.0のペタスケールデータ処理基盤

佐藤 仁 (東京工業大学)

14:20

AMD Opteron™プラットフォームおよびBulldozerの最新情報

林 淳二 (日本AMD株式会社)

14:50

コーヒーブレーク

 

15:20

企業発表

15:20

「DDN ストレージシステムのご紹介」

住商情報システム株式会社小林 裕之

15:40

「日立のテクニカルコンピューティングへの取り組み」 

株式会社日立製作所 清水 正明

16:00

「バイオインフォマティクスを加速するConvey社HC-1システム」

株式会社ベストシステムズ 西 克也

16:20

「富士通のPCクラスタへの取り組み」

富士通株式会社 久門 耕一

16:40

「HPCクラスタシステムへの取り組み」

日本電気株式会社 島本 浩樹

17:00

クロージング

 

17:10

懇親会

 

 

2011年12月8日~9日に秋葉原コンベンションホールにおいて、「第十一回PCクラスタシンポジウム」が開催された。プログラムは以下の通り。

12月8日

13:30

オープニング

石川 裕 (東京大学)

13:40

今後のHPC技術の研究開発課題とロードマップの検討状況ならびに意見交換

13:40

アプリケーション

富田 浩文 (理化学研究所)

14:15

アーキテクチャ

近藤 正章 (電気通信大学)

14:50

システムソフトウェア

野村 哲弘 (東京工業大学)

15:25

BREAK

 

15:40

プログラミングモデル・言語

丸山 直也 (東京工業大学)

16:15

数値計算ライブラリ

片桐 孝洋 (東京大学)、高橋大介 (筑波大学)、伊藤 聡 (東京大学)

16:50

クロージング

石川 裕 (東京大学)

17:00

第3回クラスタシステム上での並列プログラミングテスト優秀者発表

 

12月9日

9:45

コンソーシアム新体制の紹介

石川 裕 (東京大学/PCクラスタコンソーシアム)

10:00

特別講演「京コンピュータでシミュレートされる将来の台風」

富田 浩文 (理化学研究所)

10:45

PCクラスタプラットフォームの最新動向

10:45

Exascaleの実現に向けて:インテル技術動向のご紹介

Dr. Paresh Pattani (Intel Corporation)

11:30

AMD Opteron(TM)プラットフォームの最新情報

林 淳二 (日本AMD株式会社)

12:15

昼休み

 

 

13:45

企業発表

13:45

NECのHPCへの取り組み

林部 信行 (日本電気株式会社)

14:00

DataDirect Networks ソリューションのご紹介と当社の取組 

小林 裕之 (SCSK株式会社)

14:15

日立のテクニカルコンピューティングへの取り組み

清水 正明 (株式会社日立製作所)

14:30

富士通のPCクラスタ用ファイルシステム「FEFS」ご紹介

甲斐 俊彦 (富士通株式会社)

14:45

クラスタマネジメントソフトウェア Bright Cluster Manager

西 克也 (株式会社ベストシステムズ)

15:00

コーヒーブレーク

 

15:30

PCクラスタ上の実用アプリケーション

15:30

講演「日産自動車のCAE業務におけるPCクラスター利用状況と課題」

藤谷 克郎 (日産自動車株式会社)

16:15

パネル討論

 

 

テーマ:実用アプリの加速のために何が必要か:PCクラスタコンソーシアムに何ができるか

モデレータ:姫野 龍太郎 (理化学研究所) 

パネリスト :

‐藤谷 克郎 (日産自動車株式会社)

‐中島 研吾 (東京大学 情報基盤センター) 

‐黒石 浩之 (株式会社ソフトウェアクレイドル) 

‐大下 文則 (株式会社JSOL)

‐西川 武志 (計算科学振興財団) 

18:00

クロージング

 

18:00

懇親会

 

 

6) IPAB
2011年2月24日、東京工業大学 蔵前会館において、公開セミナー「CASP9特集 タンパク質立体構造予測の最新動向」を開催した。

2011年12月9日、秋葉原ダイビルにおいて第12回 IPABシンポジウム ~超並列スパコンとバイオ計算~を開催した。プログラムは下記の通り。

10:00

開会挨拶

 

10:10

「震災対策としてのクラウド型電子カルテ‐情報共有、地域医療連携、バックアップ」

水島 洋 (国立保健医療科学院)

11:00

「医療クラウドにおける高次医用画像保管伝送システムの課題と展望」

山本修司((株)リジット)

 

13:00

「日本DNAデータバンク(DDBJ)での新規電算機システムによる超並列型シーケンサ由来の大規模塩基配列情報解析支援の試み」

中村保一(国立遺伝学研究所)

 

13:50

「環境メタゲノミクス」

黒川 顕(東京工業大学)

15:00

「スパコンとバイオデータベース」

五斗 進(京都大学)

15:50

「高性能シークエンサ大規模データのスーパコンピュータ上での効率的な管理と解析環境の構築」

長崎正朗(東京大学)

16:50

「NVIDIA GPU コンピューティング ライフサイエンス分野での取組み」

林 憲一(エヌビディア ジャパン)

 

18:00

IPAB&PCクラスタコンソーシアム合同懇親会

 

 

7) 新学術領域研究
新学術領域研究「コンピューティクスによる物質デザインン:複合相関と非平衡ダイナミクス」(代表押山淳)は、3月4日~5日に東大工学部でシンポジウムを開催した。プログラムは以下の通り。

3月4日(金)

13:25 – 13:30

はじめに

押山 淳

「スピンエレクトロニクス材料の探索」

 

13:30 – 14:10

スピンエレクトロニクス材料の探索

佐藤 和則、小田 竜樹

14:10 – 14:20

ディスカッション

 

「第一原理系励起状態の多体論と高転移温度超伝導物質デザイン」

 

14:20 – 14:30

第一原理からの多体問題:我々の視点

高田 康民(東大物性研)

14:30 – 14:45

電子ガス中の1原子問題:遮蔽電子の遍歴と局在

吉澤 香奈子(上智大理工)

14:45 – 15:00

ホウ素、硬い半導体による高Tc超伝導探索

白井 光雲(阪大産研)

15:00 – 15:10

ディスカッション コーヒー・ブレーク

 

「第一原理有効模型と相関科学のフロンティア」

 

15:30 – 15:45

芳香族超伝導体の電子構造

三宅 隆

15:45 – 16:05

第一原理有効模型導出法のさらなる改善に向けて

中村 和磨

16:05 – 16:10

補足

今田 正俊

16:10 – 16:20

ディスカッション

 

「第一原理分子動力学法による構造サンプリングと非平衡ダイナミクス」

16:20 – 16:40

 

熱伝導の第一原理計算と常行班全体報告 。

常行 真司

16:40 – 17:00

GRAPE-DRを用いた平面波基底第一原理計算 

吉本 芳英

17:00 – 17:10

ディスカッション

 

「密度汎関数法理論に基づく非平衡ナノスケール電気伝導ダイナミクス」

17:10 – 17:40

 

密度汎関数法理論に基づく非平衡ナノスケール電気伝導ダイナミクス 

渡邉 聡

17:40 – 17:50

 

実空間輸送特性計算コードの開発と輸送特性シミュレーションの進展 

小野 倫也

17:50 – 18:00

ディスカッション

 

 

懇親会

 

 

3月5日(土)

「多自由度・大規模系における反応と構造空間探索」

 

10:00 – 10:20

視物質ロドプシンの吸収波長制御メカニズム

倭 剛久

10:20 – 10:40

ミオグロビンと気体分子の相互作用解析

倭 剛久

10:40 – 10:50

ディスカッション

 

「プロトン・ミューオンで探る新物性と量子ダイナミクス」

 

10:50 – 11:20

 

物質環境下におけるプロトン・ミューオンの第一原理計算法の開発、多体系量子状態計算手法の開発、高圧下における金属水素化物にみる水素効果

中西 寛

11:20 – 11:30

Pd(110)単結晶表面における水素吸収ダイナミクスと触媒反応性

Markus Wilde

11:30 – 11:40

ディスカッション

 

「ナノ構造形成・新機能発現における電子論ダイナミクス」

 

11:40 – 11:50

炭素ナノチューブの基板表面への選択的配列可能性

押山 淳

11:50 – 12:00

オーダーN法プログラムCONQUESTの最近の進展

宮崎 剛

12:00 – 12:10

密度汎関数法における低次スケーリング法の開発

尾崎 泰助

12:10 – 12:20

質量最適化による第一原理MDの高速化

土田 英二

12:20 – 12:30

ディスカッション

 

 

ランチ

 

「計算物質科学の基盤となる超大規模系のための高速解法」

 

13:30 – 14:10

計算物質科学の基盤となる超大規模系のための高速解法

張 紹良(名古屋大学工学系研究科)

14:10 – 14:20

ディスカッション

 

「大規模並列環境における数値計算アルゴリズム」

 

14:20 – 14:50

大規模並列環境における数値計算アルゴリズム

高橋 大介

14:50 – 15:00

Block Krylov アルゴリズムによる連立一次方程式の求解高速化

多田野 寛人

15:00 – 15:10

ディスカッション

 

「超高速・超低消費電力物質科学シミュレーション方式の研究開発」

 

15:10 – 15:30

次世代超低消費電力スーパーコンピュータへの基礎検討

平木 敬

15:35 – 15:50

高生産性言語と最適化コンパイラ

稲葉 真理

15:50 – 16:00

ディスカッション

 

16:00 –

おわりに

 

 

10月7日~8日には、第1回研究会が東大工学部6号館で開催された。

11月7日には、依頼により筆者が「計算科学者のための“コンピュータの基本原理”」という講義を行った。これは、岩波講座計算科学の別巻『スーパーコンピュータ』の第1章に基づくものである。

8) 岩波講座計算科学
岩波書店の『岩波講座計算科学』編集委員会(委員長宇川彰)は、「京」が正式稼働する2012年の刊行開始を目指していたが、全執筆予定者への執筆依頼を発送し、朝日新聞の2011年元日号に岩波からの出版予告を掲載した。別巻『スーパーコンピュータ』は、スパコンへのよい導入本として最初の配本にしたいということで、筆者を含む4人の執筆者に鞭が入った。筆者が第一稿を書き上げたお盆のころ、夢で「エクサに向けて、という節を書け」というお告げ(?)を受けたので、1ページほど書き足した。

9月21日に、和達三樹氏の葬儀のあと岩波書店で「別巻執筆者会議」を開いたが、台風が襲来し、神戸にも牛久にも帰れなくなってしまい、横浜の老母の家に転がり込んだ。しかし、会議を強行したおかげで執筆者にアドレナリンが注入され、第2巻『計算と宇宙』に次いで2012年3月には出版にこぎつけた。個別の分野の巻の執筆は進んだが、第1巻『計算の科学』の構想はなかなかまとまらなかった。

9) 応用物理学会
同学会の機関紙「応用物理」7月号は、「ハイパフォーマンスコンピューティング技術の進展と計算科学への展開」の特集号で、筆者も「ハイパフォーマンスコンピューティングによる計算科学の歴史・現状・展望」という総合報告を執筆した。英文アブストラクトの英文校閲者に「High Performance Computing は英語的におかしい。High-performance computationとすべきだ」と食い下がられて往生した。たしかに単なる英語としてはこの方が文法的には正しいかも知れないが、これではただ高い性能の計算というだけで、HPCの持つ深さが表現されていない。「この語は世界的に通用している」と強弁してどうにか説得した。

10) Winny事件無罪確定
P2P技術に基づくファイル共有ソフトWinnyの開発者である金子勇氏が、「著作権法違反幇助」の嫌疑で、東京において、京都府警に逮捕されたのは2004年5月10日であった。金子氏は2002年1月から、東京大学情報理工学系研究科の「ソフトウェア創造人材養成プログラム」の特任助手をしていた。筆者は当時、副研究科長をしており、対応に走り回ったことは2004年のところに書いた。

2006年9月4日、第25回公判が開かれ、結審した。12月13日、罰金150万円(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡された。弁護側、検察側両者が控訴したが、2009年10月8日に大阪高裁で逆転無罪となった。さらに、2011年12月19日、最高裁第三小法廷は検察側の上告を棄却し、無罪が確定した。

金子勇氏(41)は20日夜、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「長く待たされたが、素直にうれしかった。ほっとした」と笑顔を見せた。氏は冒頭、「私の開発態度が正しく認められ、ありがたい。インターネットをめぐる問題の解決のために微力ながら最大の努力をしていきたい」とするコメントを読み上げた。Winnyについては「悪用しかできないと勘違いされているが、効率よく情報を送る技術に使える」と有用性を強調。「作るとたたかれる風潮が出てきたが、作ることには問題ないことを示せて良かった」と振り返った。今後の技術開発の在り方については「慎重に、かつ前に進むことを諦めてはいけない」と自らに言い聞かせるように語った。(時事通信)

しかし氏は、2年も経たないうちに、2013年7月6日急性心筋梗塞で急逝した。

11) 和達三樹氏死去
ソリトンの研究で仁科賞を受賞した和達三樹氏は、東大を定年後東京理科大学に移ったが、2011年9月15日に大腸がんで死去し、21日、カトリック麹町聖イグナチオ教会で葬儀が行われた。享年66歳。初代気象庁長官で地震学者の故和達清夫氏の子息で、筆者の1年後輩であった。

前述のように筆者も参列した。

次回は日本国内の会議をまとめる。SACSIS 2011では、大震災を受けて、招待講演「地震津波シミュレーションの現状と課題:東北地方太平洋沖地震発生を受けて」(古村孝志氏)が急遽企画された。

 

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