世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


10月 23, 2023

新HPCの歩み(第160回)-1999年(b)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

筑波大学計算物理学研究センターでは、8年間日夜稼働したQCDPAXが稼働停止した。日本電気基礎研究所の量子コンピュータ研究センターでは、超伝導量子ビットが制御できることを示した。Parallel Computing誌は15周年記念にHPCの歴史を特集することになり、三社からの協力を得て筆者は日本のスーパーコンピュータの歴史を論文にまとめた。PDCが最終年度を迎え、研究成果を成果物としてまとめることとなった。

日本の大学センター等

1) 東北大学(Origin 2000, SX-5)
東北大学流体科学研究所は、1999年11月、1994年に導入したCray C916に代えて、SGI Origin 2000およびNEC SX-5/16Aを導入した。Origin 2000(R10000, 300 MHz)は、256 CPU を1台、128 CPUを2台、64 CPUを2台の5ノード構成とした(CPU総数640台)。256 CPUのマシンは、1999年11月のTop500において、コア数256、Rmax=101.4、Rpeak=153.6(GFlops)で、98位tieにランクしている。残りは、128 CPUのOrigin 2000を3台という構成として、それぞれ157位tieにランクしている。SX-5/16Aは、2000年6月のTop500において、Rmax=123.0、Rpeak=128.0(GFlops)で、98位Tieにランクしている。

2) 東京大学(情報基盤センターへ、HITACHI SR8000)
1999年4月より、東京大学大型計算機センターは教育用計算機センターおよび附属図書館の一部と合併して情報基盤センターとなり、スーパーコンピューティング部門が発足した。6月30日には、工学部8号館において学内外関係者230名の出席を得て、設立記念式典が行われた。式典終了後、齋藤忠雄情報基盤センター長の「大学の情報化と情報基盤センターについて」と題する講演会が行われた。終了後、山上会館において記念祝賀会が開催された。

次期超並列型スーパーコンピュータ(SR2201の後継)の仕様についての検討が始まった。

この年3月頃、HITAC S-3800/480のリプレースとしてHITACHI SR8000 (128 node, 8 GB/node)を導入した。1999年6月のTop500では、Rmax=873.0 GFlops Rpeak=1024.0 GFlopsで4位にランクしている。2001年までは、SR2201と並行して稼働していた。

3) 名古屋大学(VPP5000/56)
名古屋大学大型計算機センターは、1999年12月、富士通のVPP5000/56を導入した。CPUは56個、メモリは504 GBである。2000年6月のTop500では、Rmax=492.0、Rpeak=537.6 GFlopsで25位にランクしている。

4) 京都大学(VPP800/63)
京都大学大型計算機センターは、1999年3月、Fujitsu VPP800/63 (63 CPU, 504 GB, 504 GFlops)にリプレースした。1999年12月のTop500において、Rmax=482.0、Rpeak=504.0で、15位にランクしている。

1999年12月に、メインフレームもM1800を、CMOSテクノロジのFujitsu GS8800/10S (1 CPU, 101 MIPS, 2 GB)に更新した。UnixのUXP/Vが搭載されている。また、UnixサーバGF7000Fも導入した。

5) 群馬大学
1999年4月、情報処理センターを総合情報処理センターに改組した。

6) 名古屋市立大学
1999年4月1日、計算センター(1967年発足)を情報センターに名称変更。

7) 慶応義塾大学
大型計算機の管理運営を一元的に担ってきた大学計算センター(1979年設立)は、1999年(要確認)インフォメーションテクノロジーセンターに改称された。

8) 宇宙科学研究所(VPP800/12)
宇宙科学研究所は1999年にVPP500/7をVPP800/12に更新した。12台のCPUのうち、8台は8 GBメモリ搭載、4台は16 GBメモリ搭載である。1999年3月から運用を開始した。Top500には登場しない。

9) 統計数理研究所(SR8000/20)
1999年、Hitachi SR8000/20を導入した。1999年6月のTop500では、Rmax=144 GFlops、Rpeak=160 GFlopsで、51位にランクしている。

SR8000に付属する物理乱数発生器としては、熱雑音をA/D変換してから0と1が等確率になるよう回路を工夫した乱数発生ボードを、1999年、日立製作所、東芝、東京エレクトロンデバイスの協力を得て開発した。

10) 分子科学研究所(SX-5)
分子科学研究所電子計算機センターでは、1999年に、汎用計算機のうちNEC HSPが日本電気製 SX-5(8 CPU) に更新され、既存のIBM製並列計算機 SP2と合わせて、汎用計算機枠がすべてスーパーコンピュータとなった。スーパーコンピュータ枠はSX-3/34R(1994年設置)のまま。

11) N-1ネットワークの運用停止
1977年10月から実証実験を始め、大型計算機センターを各大学のセンターの汎用計算機と接続していた日本独自のN-1ネットワーク(正式には大学間コンピュータネットワーク)は、2000年問題に対応できないため、1999年10月運用を停止した。

日本の学界の動き

1) PDC
並列分散処理研究コンソーシアム(PDC、代表田中英彦)では産業界と連携して並列処理の応用の研究を進めて来たが、3月15日~16日には、1998年度総括のPDC報告会が東大工学部で開催された。工学部14号館ロビーではいくつかのデモも行われた。前日が東大後期入試となり、準備がやりにくかった。湯淺太一(京大)を座長として、パネル討論会「PDCは何を生み出しつつあるか」が開かれた。

1999年度は最終年度となった。筆者の属したカテゴリー4(代表、村岡洋一)は8名からなり、筆者のグループは「不規則構造の疎行列を係数とする線形計算」をテーマとした。具体的には、疎行列非対称固有値問題、疎行列正定値係数連立一次方程式、MGCG法、2次元3角メッシュ上のMG法などを含むParasuitというパッケージを納めることとした。PDC全体で集め、これを最終成果物としてCD-ROMに焼いて参加企業に配布することとなった。

科学研究費補助金重点領域研究(代表田中英彦)において、1991年から開発研究を進めて来た超並列計算機JUMP-1は、PDCにおいて完成し、PDC報告会で披露された。

2) 筑波大学計算物理学研究センター(QCDPAXシャットダウン、外部評価)
1989年度末に完成したことになっているQCDPAXは、1年弱の調整やデバッグの後、1991年初め頃から本格的に稼働し始めた。計算物理学研究センター発足後には星野研究室からセンターに移設され、CP-PACS完成後も同じ部屋で動き続けていたが、1999年3月25日13時25分、永久にシャットダウンした(涙ポロポロ)。「(平成1)1年3月25日13時25分」という語呂合わせだそうである。正味8年間日夜稼働し、数々の物理学や計算機工学の論文を産出した。筆者にとっても、割り算器や基本関数のためのハードやソフトの設計に寄与した思い出深いマシンであった。6筐体のうち、センターで1筐体、アンリツ株式会社で1筐体、科学博物館で1筐体を保存し、他は廃棄した。筆者など希望者は記念にボードをもらった。

10月2日には、筑波大学3L307教室でQCDPAXお別れ会を行った。なお、QCDPAXを含むPAX関係のボードが、上野の国立科学博物館の地球館2階に一時常設展示されていたが、その後は不明。

11月9日~10日、計算物理学研究センターの外部評価委員会が開かれた。メンバは下記の通り。

菅原寛孝(委員長)

高エネルギー加速器研究機構 機構長

荒船次郎

東京大学宇宙線研究所

Norman Christ

Dept. of Physics, Columbia University

島崎眞昭

京都大学工学研究科

杉本大一郎

放送大学

田中英彦

東京大学工学系研究科

寺倉清之

工業技術院産業技術融合領域研究所

Jack Dongarra

Dept. of Computer Science, University of Tennessee

 

評価報告書が公開されている。

 
  提供:松岡聡氏
   

3) 東京工業大学(PRESTO II)
東京工業大学の松岡聡研究室では、昨年のPRESTO Iに続いて、PRESTO IIを構築した。2基のPentium IIIを搭載したPCを64台接続したもので、ピーク性能は64 GFlopsである。これは2000年にはCPUをクロックアップしてピーク102.4 GFlopsとした。その後CPUボードをさらに追加し200 GFlopsとなった。(写真は情報処理学会 コンピュータ博物館から)

4) フラグメント分子軌道法(FMO法)
フラグメント分子軌道法(Fragment Molecular Orbital method、FMO法)は、1999年11月、北浦和夫(大阪府立大学)らにより提唱された。タンパク質や核酸等の生体高分子の量子化学計算は、計算量が膨大であるため、そのまま全体を解くことは困難であるが、FMO法では、巨大分子を小さなフラグメントに分割し、フラグメントとフラグメントペアの電子状態を周辺からの環境静電ポテンシャル存在下で解き、それらを組み合わせることで全体の電子状態を構築する。

5) 量子ビットの制御
日本電気基礎研究所の量子コンピュータ研究センターの蔡 兆申 チームリーダーと中村 泰信 センター長は、1999年4月、量子コンピュータの演算素子である「超電導量子ビット」の開発に世界で初めて成功し、Nature誌に発表した。Josephson素子を用いて、単電子素子の重ね合わせ状態を生成し読み出すことができた。これにより10年以内に量子コンピュータが実現するとの予想については、批判的な見方も多い。(HPCwire 1999/4/30)

6) ATIP(Gordon Bell、ワークショップ)
1995年のところに書いたように、David Kahanerは1995年2月、NISTやARPA他からの資金を得て、New Mexico大学の協力の下にATIP (Asian Technology Information Program)を創立した。アジアの技術について情報発信を行う一方、六本木のオフィスでさまざまなセミナーやワークショップを開いた。

5月24日3時

Seven Future Computing Challenges

Dr. Gordon Bell

 

このGordon Bellの特別講演会の時、筆者は愛媛大学で特別講義の先約があり、出席できなかった。9月21日には、ATIP- 1st HPC Technical Workshop “New Technical Directions in HPC”という丸一日のワークショップが開かれた。筆者の講演は、は次項の歴史論文に基づくものである。

9:30

Opening

Dr. Kenneth Ho (ATIP)

9:35

Keynote Speech 1

“Overview of HPC Activities”

Dr. David Kahaner (ATIP)

10:00

Keynote Speech 2

“Future and Past Activities of HPC in Japan”

Prof.  Yoshio Oyanagi (University of Tokyo)

 MORNING SESSION (Session Chair: Prof. Oyanagi)

10:40

“High-end computing technology: What is happening?”

Greg Astfalk (Chief Scientist, Hewlett Packard)

11:20

“High Performance Computing with Vector-Parallel Processing Technology — VPP 5000 System —“

Dr. Kenichi Miura (Chief Scientist, Fujitsu)

12:00

Lunch

 AFTERNOON SESSION (Session Chair: Dr. Kahaner)

13:00

“IBM’s Deep Computing Institute”

Mr. Marshall Schor (Senior Manager, T.J. Watson Research Division, IBM)

13:40

“New Technical Progress in Hitachi SR8000”

Humiyuki Kobayashi(General Manager, Research and Development Division, Hitachi)

14:20

Coffee Break

LATE AFTERNOON SESSION (Session Chair: Dr. Ho)

14:40

“Big Data and the Next Wave of InfraStress -Problems, Solutions, Opportunities”

Dr. John Mashey (Chief Scientist, SGI)

15:20

“NEC Supercomputer SX5 Series”

Mr. Tadashi Watanabe,(General Manager, NEC)

16:00

“Tera MTA System and Future of Multithreaded Architecture”

Dr. Burton Smith (Chief Scientist, Tera)

16:40

Closing

Dr. Kazuhiro Goto (ATIP)

 

HPC関係の企業では、Sun Microsystems社の講演がなかったが、KahanerはアメリカでBill Joyに声をかけておいたそうである。何かの行き違い(Bill Joyが忙し過ぎ?)で日本支社まで伝わらなかったようだ。筆者は翌日、日本サン・マイクロのMM氏から抗議のメールをいただいたが、企画者ではないので、答えようがない。

7) HPCの歴史特集(Parallel Computing誌)
Parallel Computing誌(Elsevier社、1984年創刊)の15周年記念にHPCの歴史を特集(Parallel Computing: Special Anniversary Issue)することとなり、筆者が日本のHPCの歴史についての論文を投稿するよう依頼された。そもそも筆者がこういうことに興味を持ち始めた発端である。当初は、日立の河辺峻、富士通の三浦謙一、日本電気の渡辺貞の3名とともに共著で執筆するつもりで何度か会合して議論を重ねたが、企業側の3名から、「われわれの名前が入っていると書きにくいでしょうから、小柳さんの単名で自由に書いてください。資料はいくらでも出しますから。」との申し出があり、山のような資料をいただいて単名で書くことになった。”Development of Supercomputers in Japan: Hardware and Software,” Parallel Computing 25 (1999) 1545-1567 である。この論文では、1980年から5年ごとに1期として区切り、日本の3社の製品をCray Research社などの製品と比較分析した。1970年代後半はCray-1が登場した時代であるが、筆者は「神代時代」と位置づけた。

この話が、東京大学経済学部の藤本隆宏らを中心に組織されている「コンピュータ産業研究会」の目に止まったらしい。この研究会は、1992年9月16日に第1回(準備会)を発足させている。藤本隆宏は、トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られるが、コンピュータ産業にも関心を持っている。1999年5月13日に開催された第51回コンピュータ産業研究会で、「日本におけるスーパーコンピュータ開発の歩み」という講演を行った。スーパーコンピュータと汎用コンピュータが、半導体技術開発でどうからんでいるかに興味があったようである。

8) IPAB設立
並列生物情報処理イニシアティブ、英語名Initiative for Parallel Bioinformatics(略称IPAB)は、1999年11月30日、生物データの情報処理を行うためのバイオインフォマティクスの技術とその高速化を主なテーマとして、先端技術の啓蒙と社会還元の方法を議論するため、任意団体として設立された。会長小長谷明彦、副会長秋山泰。その後、2003年11月21日、特定非営利法人(NPO法人)として認可される。

9) AEARU(Computer Science Workshop)
東アジア研究型大学協会 AEARU (The Association of East Asian Research Universities)の第2回Computer Science Workshopは1999年12月15日に香港科学技術大学で”Internet Research in Asia Universities”というテーマで開催されたが、上記学術振興会のチェコ訪問と重なり出席できず、平木教授が出席した。

10)「2010年のコンピュータ」
世紀末が近づくと予言が流行るようで、朝日新聞の浅井文和記者に「2010年のコンピュータはどうなっている」と聞かれ、「ペタフロップスが実現しているだろう」と答えたところ、気に入ったらしく、11月24日夕刊の写真付き記事になった。Top500のトレンドを見れば明らかで、あまりにも安易な「予言」であった。実際に、2008年11月のTop500で、Roadrunnerが1.105 PFlopsを実現している。日本国内でもTsubame 2.0が2010年11月に1.192 PFlopsに達している。筆者が、「応用はバイオにも広がる」「ペタフロップス時代には予想もしないような応用分野がでてくる」と指摘したのは当たっていた。最後に「情報科学分野で十年以上先を予想するのは無理です。」と結んだ。それは、1992年にTim Berners-LeeのWorld Wide Webのデモを見ながら、その重要性に気付かなかったことを恥じていたからである。

次回は国内の会議および日本の企業の動きである。PSC 99(並列ソフトウェアコンテスト)では、国内国外から6台の並列計算機をプラットフォームとして用意した。富士通は最後のベクトル計算機VPP5000を発表した。

 

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