世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


6月 17, 2024

新HPCの歩み(第190回)-2002年(f)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

Top500に刺激されてChina HPC Top100が始まった。シンガポールにSV1が導入された。韓国で政府が遊休グリッドビジネスを始めるとの報に驚く。ECMWFでは富士通を退けてIBMシステムが勝った。Folding@homeは2年間の活動で大きな成果を得たと発表した。WWWの発明者Tim J. Berners-Lee 氏が、2002年の日本国際賞を受賞した。

アジアの動き

1) 聯想集団(Legend)
1984年に中国科学院計算機研究所からのスピンオフとして出発した聯想集団は、2002年8月29日、中国初の商用スーパーコンピュータDeepComp1800(深騰1800)を開発したと発表した。これはIntel社のXeonプロセッサと272 GBのメモリを搭載したノード526台で構成され、6 TBのHDを持つ。ピーク1 TFlops。9月には中国科学院に設置する予定。北京での発表会は、全人代の幹部も出席して大々的に開催された。聯想の楊元慶CEOは「われわれのスーパーコンピュータ開発の成功は、中国のHPC市場の外国支配を終わらせるものとなる」と宣言した。(毎日新聞 2002/8/30)(HPCwire 2002/9/6) 2002年11月のTop500では、聯想集団の2 GHz XeonクラスタがRmax=1.046 TF (Rpeak=2.048 TF)で43位に入った。

なお聯想集団はLegendというブランド名を使用していたが、2003年4月、商標および英語社名をLenovoに改める。

2) 龍芯(Loongson)1号
中国科学院計算技術研究所の胡偉武(Weiwu Hu)は、2001年から龍芯プロジェクトを率いてきたが、2002年、江蘇綜藝集団(Jiangsu Zhongyi Group)と官学共同投資のBLX IC Design Corporationを設立し、MIPSアーキテクチャの32ビットプロセッサLoongson(龍芯)を開発した。正式名称はGodson。180 nmのCMOSプロセスで製造され、266 MHzで動作。データキャッシュ8 KB、命令キャッシュ8 KB、倍精度演算は200 MFlops。この時点ではMIPS Technologies社からライセンスを得ていなかったので、MIPSが特許をもつ4命令を欠いていた。中国科学院は、その後2009年にMIPS社とライセンス契約を締結する。

3) 中国のインターネット規制
2002年9月第1週に、中国国内でGoogle検索エンジンが使用できない状況になっていることが判明した。これまでも中国はCNNなど国の政策に会わない情報を提供しているサイトをブロックしてきたが、サーチエンジンをブロックしたのは初めて。他方、Yahoo!は利用可能らしい。(Internet Watch 2002/9/3)

4) China HPC Top100
このころDongarraらのTop500に刺激されてか、中国のスーパーコンピュータのリストを作ろうという動きが始まった。最初がChina HPC TOP100(2002年中国高性能計算机性能TOP100排行榜)である。中国語はよくわからないので、対応する繁体字、簡体字に似た日本の字体などを適当に混ぜて表示する。10位までは以下の通り。Top500は2002年11月のTop500での順位。Top500の方だけにあるものも記す。なお、「机」は「機」の簡体字、「中科院」は「中国科学院」、「与」は「and」、「系統」はsystemである。性能の単位はGFlops。Rmaxの数値がTop500と若干違うものもある。HP社のSuperDomeが目に付く。

順位

Top500

設置場所

製造

機種

Cores

Rmax

Rpeak

1

43

中科院数学与系統科学研究院

聯想

深腾1800/ LSSC-II Xeon, 2.0GHz(256×2)/Myrinet 2000

512

1027.0

2048.0

2

中科院計算所

(1)

Dawning 3000 Power3-II 375MHz Myrinet

256

279.6

403.2

3

250

北京社会保険

HP

SuperDome 750MHz/HyperPlex 4xSD/32

128

245.3

384.0

344

内蒙移動通信

HP

SuperDome 875 MHz/HyperPlex

96

213.1

336.0

4

370

黒竜江移動通信

IBM

pSeries 690 1.1GHz GigEth

96

198.0

282.0

5

458

山東農業銀行

HP

SuperDome 552MHz/HyperPlex 2xSD/64

128

196.7

282.0

6

 

河南移動通信

HP

SuperDome 750MHz 4xSD/32

96

184.03

288.0

7tie

 

国家気象中心

(2)

神威-1

384

146.69

384.0

7tie

 

上海超級計算中心

(2)

神威-1

384

146.59

384.0

9

 

光大銀行

HP

SuperDome 750MHz 2xSD/32

56

116.09

168.0

10tie

 

湘南農行

HP

SuperDome 750MHz 2xSD/32

48

113.8

144.0

10tie

 

内蒙古移動通信

HP

SuperDome 750MHz 2xSD/32

48

113.8

144.0

10tie

 

山西農行

HP

SuperDome 750MHz 2xSD/32

48

113.8

144.0

(1) 中科院計算所NCIC
(2) 国家並行計算机工程技術中心
Top500の344位の「内蒙移動通信(NeiMeng Mobile)」と、10位tieの「内蒙古移動通信」が同一かは不明

5) 台湾(NCHPC)
台湾新竹にあるNCHPCは、IBM社のpServer690 turbo 1.3 GHzを導入し、2002年6月のTop500では、コア数256、Rmax=590.20 、Rpeak=1,331.20で、59位tieにランクしている。

6) シンガポール(SV1)
2002年2月、National University of Singapore (NUS), Medical Facultyは8プロセッサのCray SV1を設置し、3月11日、BioEd2002シンポジウムにおいて正式に披露された。Cray社とNUSはバイオインフォマティクスのソフトウェアについて共同して開発する。

NUSコンピュータセンターでは、クラスタを導入した(ピーク193.80 GFlops)。

7) 韓国のグリッド
「韓国政府が、家庭のパソコンをインターネットでつないで、膨大な計算や解析作業に利用する事業に乗り出す」と2002年2月9日の朝日新聞が伝えた。このような事業はEntropiaなど民間企業が行っている例はあるが政府が乗り出すのは珍しい。

 
   

8) インド(PARAM Padma)
インド電子省のC-DAC (Centre for Developmento of Advanced Computing)は、自前のスーパーコンピュータの開発を続けており、1998年にはSun Enterprise 250サーバ(UltraSPARC II)をノードとして接続したPARAM 10000(ピーク6.8 GFlops)を作ったが、今度はTFlops級のスーパーコンピュータPARAM Padmaを製造するとのことである。(HPCwire 2002/11/1)正式発表は2002年12月(一説では2003年4月)。Padmaはサンスクリット語で「蓮の花」とか1015を意味するらしい。2003年6月のTop500において、コア数248、Rmax=532 GFlops、Rpeak=992.00 GFlopsで169位にランクしている。写真は、ChattopadhyayのCERNでの講演スライドから。

筆者は12月のHPC Asia2002(後述)で実物を見学した。ピーク性能は1 TFlops、価格は$5Mで「半額」(何と比べて?)との触れ込みであった。将来的には16 TFlopsまで拡張できるとのことである。(HPCwire 2002/12/20)

9) インド(BARC、NCMRWF)
Bhabha Atomic Research Centre (BARC)のコンピュータ部門は、64ノードのANUPAM-PIVスーパーコンピュータを開発した。ノードは1.7 GHzのPentium 4と256 MBのメモリを搭載する。実効性能は43 GFlopsである。また、中期予報センター(National Centre for Medium Range Weather forecast (NCMRWF))はSV1を輸入した。実効性能は4 GFlopsとのことで、4ノードであろうか。(HPCwire 2002/9/20)

ヨーロッパの動き

1) DEISA結成
ヨーロッパの11のスーパーコンピュータセンターが集まりDEISA (the Distributed European Infrastructure for Supercomputing Application)を結成した。2004年から2008年までFP6 (Framework Programs for Research and Technological Development)の一環としてECの予算が付いた。2008年から2011年まではFP7の予算によるDEISA2として継続された。2011年にPRACEができてからはそのTier-1に位置づけられた。

2) イギリスのGrid
UK National Grid Centreが創設された。中核センターは、Edinburgh/Glasgow,で、この他にOxford大, Newcastle大、Belfast大, Manchester大, Cardiff大, Cambridge大、 Southampton大 、Imperial Collegeに地域センター(8センター)を置く。このセンターはIBM社と契約し、IBM社はGRIDプロジェクトに対してキーテクノロジとITインフラストラクチャを提供する。

3) CSCS(スイス)
Swiss Scientific Computing Centre (CSCS, Centro Svizzero di Calcolo Scientifico)は、1991年以来、日本電気のSX-3、SX-4、SX-5を導入してきたが、2002年にpSeries 690 Turbo 1.3GHzを導入した。ヨーロッパとしては最大のスーパーコンピュータである。(HPCwire 2002/3/1) 2002年6月のTop500では、Gigabit Ethernetの相互接続だったので、Rmax=590.2 GFlopsで59位tieであったが、11月にはIBM製の接続網Colonyに換えてRmax=736.6 GFlopsに上がった。でも順位は71 位tie。

4) ECMWF(p690クラスタ)
ECMWF (European Centre for Medium-Range Weather Forecasts、ヨーロッパ中期予報センター)は、1975年に設立されたヨーロッパの国際組織で、イギリスのReading(レディング)に置かれている。当初は、所外の計算資源を利用していたが、1978年10月24日にCray-1Aを導入して以来、1996年までCray Research社のスーパーコンピュータを設置してきた。1996年、富士通のVPP300/16の導入を発表し、世界があっと驚いた。その後、VPP700を導入しノード数を増やしてきた。1999年にはVPP5000を導入した。

2001年に行った入札で、富士通を退けてIBMシステムが勝ち、再び世界を驚かせた。2002年、2機のIBM Cluster 1600 systemsが導入された(主機と副機か?)このクラスタは、30台のp690サーバをSP2 switchで接続した(当時のニュース)ものである。2002年11月のTop500によると、pSeries 690 Turbo 1.3 GHzというシステムで、CPUはPOWER4 2C 1.3 GHzの960コア(つまり480チップ)で、相互接続網はColonyとある。14位にランクしている。2003年3月4日に、このシステムを使って最初の予報が出された。 これまでの富士通のシステムと比べて、ベクトル演算器がなく、大量生産品である点が違っている。2004年には2176コアのeServer pSeries 690 (1.9 GHz Power4+)の2機が、2006年には2240コアのeServer pSeries p5 575 1.9 GHの2機が、2007年には2080コアのeServer pSeries p5 575 1.9 GHzの2機が導入される(順次更新されたらしい)。その後も、Power 775, POWER7 8C 3.836GHz, Custom InterconnectなどIBM機を使っている。 2014年には再びCray社のシステムに戻ることになる。

 
   

5) ドイツ気象庁(SX-6)
Hamburgにあるドイツ気象予報コンピュータセンターDKRZ(The German Climate Computing Center)は、2001年12月、これまでのCray Y-MP C916/16256の更新として、日本電気のSX-6を発注したと発表した。導入は2段階に分けて行われ、2002年春の第1段階ではSX-6/128M16を導入し、9月に披露が行われた。2002年6月のTop500において、コア数128、Rmax=982.00 GFlops、Rpeak=1024 GFlopsで49位tieにランクしている。

2003年の第2段階ではSX-6/196M24にアップグレードする。(HPCwire 2001/12/21) SX-6/196M24は、2003年6月のTop500において、コア数196、Rmax=1,484.00 GFlops、Rpeak=1,536.00 GFlosで33位にランクしている。

6) HLRN (the North German Supercomputing Alliance)
2001年、北ドイツの6州が連合して、HLRN (Norddeutscher Verbund für Hoch- und HöchstleistungsrechnenまたはHochleistungsrechnenzentrum Nord)を設立した。コンピュータ資源の提供およびネットワークの整備を行う。2002年11月13日、6州の関係大臣およびドイツIBMのErwin Staudt, CEOが集まり、盛大な開所式を行った。昨年の記事に書いたように、合計ピーク性能4 TFlops、2 TBメモリの2システムは、Hannover大学のRRZN (Regional Computer Centre of Lower Saxony)とKonrad Zuse-Zentrum (Berlin) に分散配置されている。それぞれ1.3 GHzのpSeries 690 Turboで、コア数384、Rmax=708.00 GFlops、Rpeak=1996.80 GFlopsで48位tieにランクしている。HPCwireの記事を書いたUwe Harms は、「合計ピーク性能はTop10クラスである」と書いているが、ピーク性能(しかも合算)とLinpack性能を比較しても意味がない。(HPwire 2002/11/15) この2システムは2002年6月のTop500に登場しているので2002年前半に設置されたものと思われる。11月のTop500では両者とも接続網をGigEからColonyに変え、Rmax=1038.00 GFlopsに上昇し、44位tieとなっている。

7) Max-Planck-Gesellschaft MPI/IPP(p690)
ドイツのMax Planck Instituteは、2001年6月に、POWER 4を搭載したIBM pSeries 690 Turbo 1.3GHzを発注し、2002年に設置された。2002年11月のTop500では、コア数752、Rmax=2010.00、Rpeak=3910.40で21位にランクしている。発注当時には、一般利用のスーパーコンピュータではヨーロッパ1位とのふれ込みであった(HPCwire 2001/6/22)が、同じころイギリスのEdinburghのHPCxに設置されたpSeries 690 Turbo 1.3GHzが、コア数1280、Rmax=3241.00、Rpek=6656.00で、9位にランクしている。

世界の学界の動き

1) Folding@home(成果発表)
一般ユーザのPCの遊休資源を活用する分散コンピュータでは、2000年10月1日にStanford大学のVijay PandeグループがFolding@homeを始めた。2002年10月21日、このグループは、3万台のPCの参加により、villinというアミノ酸36個からなるheadpiece(ポリペプチド)のnative構造へのたたみ込みを再現するのに成功したとNature誌オンライン版で発表した。Pandeらはensemble dynamicsという手法を用い、対象分子の初期座標は同一だが、PCごとに初期速度が異なる独立の分子動力学計算を行い、その結果からタンパク質のたたみ込みの障壁エネルギーや速度を求めるものである。従って、完全なmaster-worker型の並列計算で、いわゆるEP (embarrassingly parallel)のカテゴリーに属する。

2) 「グリッドの3条件」
「グリッドとは何か?(What is the Grid?)」とよく聞かれるので、NCSAは特別なサイトを設け、10人ほどの有名人がそれぞれの解答を載せている(HPCwire 2002/2/22)。

その中の一人でもあるが、これはGRIDtodayの2002年7月22日号に載ったIan Foster (ANL)の解説である。年ごとに少しずつニュアンスが変わっていることを指摘している。

 1998年にCarl Kesselmanと私は”The Grid: Blueprint for a New Computing Infrastructure”という本を出版し、その中で「計算グリッドとは、先端的計算能力への、信頼性が高く、一貫性があり、普遍的で安価なアクセスを可能にする、ハードウェアおよびソフトウェアの情報基盤である」と定義した。

続いて2000年にSteve Tueckeと書いた”The Anatomy of the Grid”では、社会的政策的課題に対応するために、グリッド計算は「ダイナミックで、複数組織にわたるvirtual organizationにおいて、調整されたリソース共有と問題解決」に関係していると述べた。

重要な概念は、リソースの提供者と消費者の間のリソース共有を調整し、得られたリソースプールを特定の目的のために使用する能力である。「問題とする共有はファイル交換に限られず、むしろコンピュータ、ソフトウェア、データや他のリソースへの直接アクセスである。それは、産業、科学、技術から生じる共同の問題解決およびリソース仲介戦略によって決定される。同時に標準プロトコルが相互運用性や共通インフラを可能にする手段として重要であると指摘した。

 この定義のエッセンスは簡単なチェックリストで確認することができる。あるシステムがグリッドであるためには、以下の条件を満たさなければならない。

a) リソースが中央集権的な制御の下にないこと。グリッドとはそもそも、異なる制御ドメインの下にあるリソースやユーザを統合するものである。グリッドとは、異なるセキュリティポリシーや支払いやメンバシップなどから生じる問題を解決するべきものである。

b) 標準的で公開された汎用のプロトコルやインタフェースを使うこと。グリッドとはそもそも、認証、許可、リソースの発見やアクセスなどの根本的な問題を解決するための、多目的なプロトコルやインタフェースなのである。

c) 並以上の質の高いサービスを提供すること。グリッドはそもそも、それを構成するリソースを調整された形で提供することにより、応答時間、スループット、可用性、セキュリティなどの多様なサービスの質を提供し、複雑なユーザの要求に合致するよう複数の型のリソースを同時に割り付けるものである。こうして、グリッドは部分の和よりずっと大きい有用性を与える。

このチェックリストの解釈について問題がないわけではないが、たとえばSun Grid Engineのようなクラスタ管理システムは、中央集権的であるのでそれ自身はグリッドではない。他方、Platform Computing社のMultiClusterや、Condor、Entropia、United Devicesの提供する分散コンピューティングシステムはグリッドと呼ぶことができる。

 

3) LHC Grid
CERNのLHC(the Large Hadron Collider)における高エネルギー実験のために、Caltech、Fermilab、UCSD、U of Florida、U of Wisconsin-Madisonの研究者は、データグリッド上で、実用レベルの品質のシミュレーションデータの生成に成功した。これはLHC実験のためのGrid middlewareが実戦に使えることを示し、画期的である。(HPCwire 2002/6/7)

4) Heidelberg大学(HELICSクラスタ)
ドイツHeidelberg大学のThe Interdisciplinary Centre for Scientific Computingは、Mannheim大学と協力して、大規模なクラスタを開発した。これはHELICSと名付けられ、512個のAthlon MP (1.4 GHz)を搭載したボードをMyrinet 2000で接続したものである。(HPCwire 2002/4/5) 2002年6月のTop500では、コア数512、Rmax=825.00 GFlops、Rpeak=1,433.60 GFlopsで、35位にランクしている。PCクラスタとして最高速である。次は47位の東工大のPresto IIIであった。

5) アメリカのLattice QCD専用計算機(Jefferson Lab、BNL、Fermilab)
アメリカでは、QCD研究者のグループが、2001年頃からNational Infrastructure for Lattice QCDと称する予算要求を行い、FNAL、Jefferson Lab、BNLの3カ所にそれぞれ10 TFlops級のマシンを設置する計画を進めていた。Jefferson LabはAlphaクラスタ、BNLはQCDOCの予定。

Fermlabでは1987年からACPMAPSプロジェクトを開始し、1989年、1991年、1993年にマシンを製作して来たが、2001年からSciDAC (the Scientific Discovery through Advanced Computing)プログラム(DOE)の支援を受け、80ノードの汎用PCクラスタのプロトタイプを建設し、今後さらに176ノードを追加するとのことである。最終的には512ノードを予定している。 (HPCwire 2002/3/22)

6) MVAPICH2
Ohio State Universityでは、2001年ごろからMVAPICH Projectが始まった。MPI-1に対応するMVAPICHおよびMPI-2.2やMPI-3.1に対応するMVAPICH2の最初の版が2002年ごろ開発され、SC2002で披露された。

7) Gordon Moore(大統領自由勲章)
Intel社の名誉会長Gordon Mooreは2002年7月4日Bush大統領から大統領自由勲章(the Presidential Medal of Freedom)を授与された。これは文民に授与される最高の勲章で、このときNelson MandelaやPlacido Domingoなどももらっている。かれは電話インタビューで、「今後、トランジスタ数が倍増する時間は遅延するかもしれない。30 nmになるとデザインの壁がある。現在の技術に代わってナノを使う可能性もあるが、技術が十分発展していない。」と述べた。でも人間の創造性は科学的予言を越えてきた。「振り返ってみると、光学的限界のため1ミクロンより小さくなることなど考えられなかった。今後ぶち当たる壁は、かつての壁より遙かに根源的なものとなるに違いないが、きっとデザイナーは何十億トランジスタを組み込む方法を見いだすであろう。」(HPCwire 2002/7/12) なおMooreは、1990年にお父さんのブッシュ大統領(41代)からアメリカ国家技術賞(the National Medal of Technology)を受賞している。

Gordon Moore氏は、2023年3月24日、94歳で亡くなられる。

8) Tim Berners-Lee(日本国際賞受賞)
World Wide Webの発明者Tim J. Berners-Lee 氏が、2002年の日本国際賞(Japan Prize)、計算科学・技術分野の受賞者に決まった。国際科学技術財団の発表は2001年12月13日、授賞式は2002年4月25日。

9) Computer History Museum(移転)
1979年にDigital Computer MuseumとしてDigital Equipment社の社内で始まったが、1984年にComputer MuseumとしてBostonに移動した。1999年、Computer Museumは閉鎖され、展示物の一部はボストン科学博物館に移設された。残りの展示物はカリフォルニア州のMountain ViewのComputer Museum History Centerに移動した。そして、2002年12月、Computer History Museumは、Mountain Viewでランドマークビルの建物を購入して再開した。2階建て、119000 ft2(約10700 m2)の1994年建造の建物である。2001年12月7日には「まず2002年夏にNASA Research Park内の41000 ft2の施設に仮移動し、2005年に新しいビルに移る」と発表していた(HPCwire 2001/10/7)が、この建物が入手可能になって計画を変更したとのことである。(HPCwire 2002/10/18) (HPCwire 2002/12/6)

10) HPCwire 10周年(三浦謙一インタビュー)
HPCwire英語版は1992年から始まり、2002年は10周年に当たる。これを記念して何人かの重要人物のインタビューを企画したが、2月22日号の最初の人物は三浦謙一(富士通)であった (HPCwire 2002/2/22)。 三浦は、富士通のHPC市場への参入について、1977年のFACOM230-75APUから始まり、VP、VPPの歴史を語るとともに、自分がIllinois大学の院生としてILLIAC IVプロジェクトに関わった話、富士通に入って1980年代のスパコン大プロに関わった話などをした。

最近の10年を振り返っては、Bipolar (ECL)からCMOSへの移行が最大の変化だと述べた。富士通のHPCの将来動向については、ベクトルからスカラSMPへ移行し、高い費用効率により広いユーザのニーズに応える。富士通がHPCそれ自体から撤退するというのは悪意の噂である。今後はグリッドコンピューティングが重要になるが、日本は地域ごとに強力な資源が置かれているのでアメリカとは違う形になるであろう。あと自分の家族、趣味の天文観測や所蔵するビンテージ・カーにまで話は及んだ。

11) 素数判定
インド工科大学のManindra Agrawal教授と、その学生のNeeraj Kayal、Nitin Saxenaは、2002年8月6日に“PRIMES is in P”という論文を発表し、多項式時間の素数判定法があることを証明した。AKS素数判定法と呼ばれる。

12) ポアンカレ予想解決?
Clay Mathematics Instituteから$1Mの賞金のかかっているポアンカレ予想(Poincaré conjecture)を解決したとイギリスのSouthampton大学教授のMartin John Dunwoodyが発表し話題となった(HPCwire 2002/5/3)。残念ながら証明の誤りが発見され、論文は撤回された。しかし、2002年11月11日、ロシア人の数学者Grigori Yakovlevich Perelmanが論文をarXivで公開し、ポアンカレ予想を解決したと主張した。複数の数学者チームによって検証が試みられ、正しいことが確認される。2006年のFields賞が授与されるが本人は辞退した。$1Mの賞金も辞退した。

13) Bell研究所論文捏造疑惑
2002年5月21日のNew York Times紙で大きく報道されて以来アメリカで騒ぎになっていたが、日本でも5月28日に新聞報道された。ノーベル物理学賞受賞者を11人も出しているBell研究所(Bell Labs、当時、親会社はAT&TからLucent Technologies社に変っていた)で、NatureやScienceに、2年半に17本もの論文を発表したJan Hendrik Schön(32歳)の論文が捏造ではないかとの疑惑が出され、調査委員会が作られた。同一のグラフがテーマの違う論文に使われているとのことである。

問題となった論文はいずれも「分子エレクトロニクス」分野で、これまでの懸案を解決する画期的な論文であった。テーマとしては、

(1)有機単結晶を用いたキャリアの電界効果注入による超伝導現象。Tcがこれまでの最高。
(2)同じ結晶を用い、電界効果でレーザー発振
(3)単分子(LB)膜を用いた電界効果トランジスタ
(4)ゲート絶縁体も分子にした一個の分子からなる電界効果トランジスタ

などで、ノーベル賞候補とも言われていた。 (HPCwire 2002/5/24)

2002年9月25日、調査委員会は報告書を公表し、Bell研究所はその日にSchönを解雇した。(HPCwire 2002/9/27) また、アメリカ特許庁を始め各国の特許・商標管理部局に、関連する特許の取り下げを行った(HCwire 2002/10/11)。共著者からの要請により、2002年10月31日、8件のScience誌掲載論文が取り下げられた(HPCwire 2002/11/8)。また、2002年12月20日に、Physical Review誌は6件の掲載論文を取り下げた。2003年3月5日には、Nature誌が7件の論文を取り下げた。(Wikipedia:「ヘンドリック・シェーン」)筆者の勤務している神戸の島で2015年に起こった事件を思わせる。 

14) ダイクストラ教授死去
プログラミング言語の大家Edsger Wybe Dijkstra(オランダ生まれ、テキサス大学オースチン校)が8月6日にオランダのニューネンで死去。72歳。8月10日に荼毘に付された。1972年チューリング賞受賞。

次回は国際会議である。ISC2002、SC2002、HPC Asia 2002は別に記す。

 

left-arrow   new50history-bottom   right-arrow