世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


9月 22, 2025

新HPCの歩み(第250回)-2007年(c)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

JSTが独立行政法人改革の中で危うく廃止されそうになったが、これを跳ねのけ、多くの研究プロジェクトを推進した。筑波大学、東京大学、京都大学の3大学センターが共通の基本設計で次期スパコンを導入するという計画は順調に進み、2007年12月25日に入札結果が発表された。神戸大学では「大学連合による計算科学の最先端人材育成」が始まった。

日本政府の動き(続き)

10) JST廃止か?
JST(科学技術振興機構)とJSPS(日本学術振興会)とを統合せよという行革の要求を独法化のときに跳ね返し、2006年の中期計画評価でも跳ね返してきた。報道によると、政府(渡辺喜美行革相)は、2007年9月26日、独立行政法人(独法)を整理合理化する一環として、科学技術振興機構(所管・文部科学省)、労働政策研究・研修機構(厚生労働省)を廃止する方針であると発表した。この2法人は、国からの財政支援が予算全体の9割を超えているにもかかわらず、給与水準が国家公務員よりも高く「存続させる意味がない」と指摘されていたとのことである。JSTの給与水準は知らないが、予算の大部分が財政支援だ、というのは競争的資金の配分組織だから当然であろう。何を言いたいのであろう。

これに応えてか、JSTの理事長が10月1日付で、元科学技術庁次官の沖村憲樹氏から、高温超伝導で有名な元東大教授の北澤宏一氏に代わることが発表された。北澤氏は、2002年から旧科学技術振興事業団の専務理事を務めていた。

その後の経緯は記憶にないが、JSTが現在も存続していることを見ると、廃止の策動は免れたようである。

11) JST審議会
JSTは、研究開発事業に関する実質的な最高審議機関として科学技術振興審議会が置かれている。筆者も、2000年10月以来、科学技術振興事業団の新技術審議会委員を経て、科学技術振興事業団の科学技術振興審議会委員を務め、2004年1月からは研究部会部会長代理、2006年1月からは基礎研究部会副部会長を務めてきた。

ところが、改革の嵐の中で、独法に「審議会」はふさわしくないということで2007年12月に廃止された。これに伴い、筆者は委員を退いた。なお、2008年4月からは自己評価委員会の外部委員を務めている(2012年6月まで)。

12) JST シミュレーション
2002年から始まったJSTシミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築(CREST型とさきがけ型の混合)は、2007年6月19日~20日アルカディア市ヶ谷でさきがけの合宿を行い、2007年11月21日には「JSTシミュレーションシンポジウム」を開催した。

「複合手法を用いた電子構造計算技術の開発」(代表:藤原毅夫)では12月23日にInternational Workshop on Large-scale Matrix — Computation and Applications in Physics and Engineering Scienceを開催した。筆者も呼ばれてInvited Lecture “Architecture-Algorithm Codesign”を行った。

13) JST CREST「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」
2005年から開始された標記のCREST(研究総括 南谷崇)は、最後の採択を行った。研究代表者と課題は以下の通り。

市川晴久(電気通信大学)

環境知能実現を目指す超低消費電力化統合システムの研究開発

西川博昭 (筑波大学)

超低消費電力化データ駆動ネットワーキングシステム

前田龍太郎(産総研)

ULPユビキタスセンサのITシステム電力最適化制御への応用

松岡聡(東京工業大学)

ULP-HPC:次世代テクノロジのモデル化・最適化による超低消費電力ハイパフォーマンスコンピューティング

 

14) 科学技術・学術審議会学術情報基盤作業部会
文部科学省、研究環境基盤部会 学術情報基盤作業部会(主査:有川節夫)は、2005年1月から開催されているが、2007年には以下の会議が開催された。「学術情報基盤の今後の在り方等」が議論された。

 

日付

主な議事

第7回

2007年4月27日

学術情報基盤について、「最先端学術情報基盤形成の現状と展開」について(議事要旨) 

第8回

2007年8月10日

研究環境基盤部会および学術研究の推進体制に関する作業部会合同会議における審議経過の概要等について、次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトについて、学術情報基盤の整備に関する検討について。特に、東工大と筑波大は情報基盤センターには入っていないが、今後とも全国共同利用施設として議論すべきであるとの発言あり。 (議事要旨)

第9回

2007年10月11日

平成20年度概算要求について、学術情報基盤作業部会について、情報基盤センターの在り方等について、(議事要旨)この回から議事要旨に発言委員名が明記されている。

第10回

2007年11月8日

学術情報ネットワークの在り方等について、東京工業大学学術国際情報センターGSICのご紹介、作業部会委員による情報基盤センター訪問及び意見交換の概要(議事要旨)

第11回

2007年12月6日

有識者からの意見発表(小柳義夫と村岡洋一)、(議事要旨)

 

筆者は委員ではないが第11回に招聘された。「学術情報基盤を取り巻く状況及び課題等を把握し、今後の審議に資するため、先生から、スーパーコンピュータに関する有識者として、情報基盤センターの今後に期待することを中心に我が国の学術情報基盤の今後の在り方について、幅広い観点からご意見をお伺いし、意見交換を行いたい」ということだったので、「大型計算機センター」の草創期から論じ、国立大学の法人化後は「使用料金を取って計算資源を切り売りする」というビジネスモデルだけでは役割を果たし得なくなること、センター自ら研究プロジェクトを推進するというモデルを併用すべきことを強調した。すなわち、現在のJHPCNやHPCIに連なる方向性を提案したことになる。

15) 産学人材育成パートナーシップ
2007年、経済産業省と文部科学省にイニシアティブの下、IPA(情報処理推進機構)の協力を得て、「産学人材パートナーシップ」の議論が始まった。これは、各分野・業界を取り巻く環境変化を踏まえ、社会ではどのような活躍の場が想定され、そのためにどのような人材が必要とされるか、そのための人材を育成するためには、どのような取組が必要か、産業界と大学界でどのような役割分担及び協力が可能か、産業界・大学界が協力して実施していくべき取組は何かなどを議論するためとのことであった。筆者も文部科学省高等教育局専門教育課の依頼を受け、情報処理分科会(座長、阿草清滋名大教授)に参加した。分科会は2007年11月15日の第1回から、2012年5月11日の第11回まで開催され、その結論を受けて産学連携推進委員会がIPAに設置された。

16) 情報大航海プロジェクト
経済産業省は、2007年度から2009年度に計113億円を投じて、「情報大航海プロジェクト」を行った。情報爆発をイノベーションに結び付けるため、多種多様な大量の情報の中から新たな価値を創出する先進的なサービスを実証することにより、国際競争力のある新たな産業の育成を図ることが目的であったが、社会実装という点では成功とはいえなかった。

17) JEITA
2007年9月14日、筆者はJEITA(電子情報技術産業協会)のSTRJ-WG12 (ERD-WG)(半導体ロードマップ委員会)に招かれ、「HPCから見たデバイスの将来」と題して講演を行った。

日本の大学センター等

 
   

1) 東北大学(金材研NIWS Gene/S Turbo)
東北大学金属材料研究所は、2006年12月、ニイウス株式会社から小型スーパーコンピュータ「NIWS Gene/S Turbo」を購入すると発表していたが、2007年3月運用開始した(東北大金材研計算材料学センター沿革)。これはニイウス社がIBM社よりOEM供給を受けている製品で、BlueGene/Lの1/8 rack(128ノード、256コア)に相当し、ピーク0.72 TFlopsである。写真はCCS Newsから。

同時に、Hitachi SR11000-K2/51なども新規稼働した。

2) 東京大学(SR11000/J2、T2K)
東京大学情報基盤センターは、2007年3月7日にSR8000/MPPのサービスを終了した。また、SR11000/J1は、2007年3月25日にサービスを停止し、4月2日からSR11000/J2に増強された。ノード数128、ノード当たりの主記憶128 GB、ピーク性能18.8416 TFlopsである.2007年6月のTop500では、Rmax=15.811 TFlopsで51位にランクされている。

T2Kオープンスパコンの仕様策定は、東大では石川裕を中心に進められた。結果は少し後に別項で示す。

3) 京都大学(HPF講習会、T2K)
京都大学学術情報メディアセンターでは、2007年11月29日、「キャンパスプラザ京都」6階大学院等共同サテライトにおいて、HPF推進協議会と共催で、HPF(High Performance Fortran)に関する講習会を開催した。講師は岩下英俊 氏(富士通)と林康晴(NEC)、テキストは『プラズマ核融合学会誌』連載コラム「High Performance Fortran で並列計算を始めよう」であった。

T2Kオープンスパコンの仕様策定は、京大では中島浩を中心に進められた。

4) 大阪大学(SX-8R)
大阪大学サイバーメディアセンターは、2007年1月、2001年に導入したSX-5をSX-8Rに更新した。20ノードでピーク性能は5.3 TFlopsである。うち12ノードは高速メモリ型、8ノードは大容量メモリ型である。2008年に次期SXを追加導入する予定。

5) 九州大学(PRIMEQUEST+PRIMERGY+SR11000/J1+SR11000/K2)
2007年4月、九州大学情報基盤センターと九州大学事務局情報企画課を統合・改組して、九州大学情報統括本部を設け、傘下に情報基盤研究開発センター等を設置する形となった。2007年6月、スーパーコンピュータを更新し、32台のFujitsu Server PRIMEQUEST 580 (Itanium2, dual core, 1.6 GHz)からなるSMPクラスタ(1ノードは64コア)や、384台のPRIMERGY RX200S3 (Xeon, dual core, 3.0 GHz)で構成されたクラスタなどを導入した。(Fujitsu News Release 2007/3/14) 2007年11月のTop500において、PRIMERGYシステムは、コア数1536、Rmax=15.09、Rpeak=18.432 TFlopsで79位にランクされている。PRIMEQUESTシステムは、2008年6月のTop500において、コア数2048、Rmax=10.85、Rpeak=13.107で336位にランクされている。また、高性能アプリケーションサーバとして、日立のSR11000/J1とSR11000/K2を合計23ノード、184プロセッサを設置した。

6) 筑波大学
筑波大学学術情報メディアセンター内に設置されたVPP5000は2007年2月末日をもって運用を停止した。2006年度からはこのスーパーコンピュータに関する管理・運用が計算科学研究センターに順次移行されていた。T2K-Tsukubaはこの予算で導入された。

計算科学研究センターは、宇川彰センター長が4月から学長特別補佐となったので、佐藤三久がセンター長となった。T2Kの仕様策定は、筑波大学側では佐藤センター長や朴泰祐を中心に進められた。計算物理学研究センターからの改組拡充(2004年)から3年を経過し、また特別教育研究経費で開発したPACS-CSも稼動開始したこともあり、「第三者評価」を10月30日~11月1日に実施することになった。委員は以下の通り。

氏名

分野

所属・職

Richard Kenway(委員長)

 

素粒子物理学

Vice-Principal, Tate Professor of Physics, School of Physics, The University of Edinburgh

Yoshio Oyanagi小柳義夫(副委員長)

計算機科学

工学院大学情報学部長・教授

Michael L. Norman

 

宇宙物理学

 

Professor, Center for Astrophysics and Space Sciences, University of California, San Diego

Kiyoyuki Terakura寺倉 清之

物質科学

北陸科学技術先端大学院大学・教授

Akimasa Sumi住 明正

地球科学

 

東京大学サステイナビリティー学連携研究機構、地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクタ・教授

Herve Philippe

生物科学

Professor, Department of Biochmistry, Faculty of Medicine, University of Montréal

Horst Simon

計算機科学

 

Director, Computational Research Division, Lawrence Berkeley National Laboratory

Masaru Kitsuregawa喜連川 優

情報科学

東京大学生産技術研究所・教授

 

Kenway委員長のリーダーシップのもとに、3部にわたる長文の評価書(Part I, Appendix, Part II, Part III)が手際よくまとめられた。

2007年4月に情報環境機構が設立され、学術情報メディアセンターは同機構内に位置づけられた。5月にはSINET3に接続し、運用を開始した。

7) T2Kオープンスパコン
2006年9月5日に発表された筑波大学、東京大学、京都大学の3大学センターが共通の基本設計で次期スパコンを導入するという計画は順調に進み、2007年12月25日に入札結果が発表された。構成は以下の通り。

筑波大学

Appro社(住商情報システム)

XtreamServer-X3を648ノード。メモリ20 TB。Infiniband  8 GB/s×2で接続。

東京大学

日立

HA8000を952ノード。メモリ31 TB。Myrinet 10Gで接続。4クラスタに分割

京都大学

富士通

HX600を416ノード。メモリ13 TB。Infiniband 8 GB/s×2で接続。SPARC Enterprise M900のSMPサーバを併設。

 

受注会社は異なるが、いずれも各ノードはAMDのquad-core Opteron (Barcelona, 2.3 GHz) 4基をHyperTransportで接続した構成である。IntelのNehalemは間に合わなかった。

 

日本の学界の動き

1) 神戸大学
神戸大学は、九州大学、金沢大学、愛媛大学と共同して文部科学省大学院教育改革支援プログラム 大学院GP (Good Practice) 「大学連合による計算科学の最先端人材育成」を申請し、2007年度~2009年度のプロジェクトとして採択された。後にこのプロジェクトのアドバイザリなどを引き受けることになるが、神戸大学と深く付き合うことになるのはこの頃からである。

7月25日、筆者は一橋講堂で開催されたNGArch2007の最中に神戸大学関係者(松澤孝明氏、賀谷信幸氏)とお会いし、計算科学の将来、次世代スーパーコンピュータが神戸に建設される好機を神戸大学はどう活かすべきかなど語り合った。この時、次世代スーパーコンピュータの建設予定地を見に来ないかということになり、8月21日、九州に行く途中神戸に立ち寄った。ポートライナーの「ポートアイランド南駅」(その後の「京コンピュータ前(神戸どうぶつ王国)」、現「計算科学センター」)のホームから見ただけであるが、建物はまだなく整地の最中であった。隣に温泉施設ができるということで、コンピュータ利用の合間に汗を流す、などという妄想を膨らませていた。この温泉の計画はキャンセルとなったが、できていたら「スーパーコンピュータセントー」だったのに残念。その晩は、酒心館「さかばやし」で灘の風情を味わった。ちなみに神戸市には有馬温泉もあり、ちょっと深く掘れば温泉が出るらしい。先日、JR三ノ宮駅前でも温泉が発掘された。著者の現在の自宅の近くにも、温泉の出る銭湯がいくつもある。

神戸大学では「計算科学」を軸にした新研究科を作りたいという意向があるようで、そのプロモーションのためであろうか、9月5日のスーパーコンピュータ学術講演会(百年記念館)に招待され、「スーパーコンピュータの歩み-日米の戦略」という講演を行った。前晩、何人かの大学の重鎮と神戸ビーフを食べたが、余りのおいしさに驚いた。だいぶ後(2010年)になって「神戸大学に来ないか」と言われたとき、神戸に行けばコウベビーフが毎日食べられるのかと思って即座にOKした(そんな訳ないか!)。この学術講演会のプログラムは以下の通り。

13:00

野上学長

開会の挨拶

13:10

Bruno Buchberger, Johannes-Kepler大学, Linz (Austria)

Computation: Challenges for Supercomputing

14:20

小柳義夫、工学院大学

スーパーコンピュータの歩み-日米の戦略-

15:40

Amitava Majundar, SDSC

Computational Science – from Teraflop to Petaflops

17:30

懇親会(滝川会館)

 

この後11月に、神戸大学から「シミュレーション科学研究科(仮称)」を作りたいので、アドバイザリ・ボードに加わるよう依頼された。2008年1月7日にアドバイザリ・ボード委員会が神戸大学百年記念館で開催された。

2) 大阪大学
大阪大学では、2002年4月に大阪大学総合学術博物館が全国で第8番目の国立大学総合博物館(省令施設)として発足した。2005年8月に開設された待兼山修学館(旧医療技術短期大学部本館)は、建物ごと全面改装し、2007年8月より3階建て+屋上ルーフテラスの待兼山修学館展示場として一般公開した。1階には「コンピュータの黎明期」のコーナーがあり、さまざまな機械式計算機とともに、1950年に城憲三教授(1904-1982)が試作したENIAC型10進演算装置、1950年代に本格的に開発に取り組んだ大阪大学真空管計算機を展示している(写真は博物館webより)。

 

3) 早稲田大学COE
2007年2月26日、早稲田大学COE主催で“International Workshop on Numerical Verification and its Applications”が開催された。筆者は招かれて招待講演”Supercomputing in Japan — Past, Present and Future”を行った。

4) IPv6の長距離・バンド幅の新記録
2007年4月24日、Internet2の春期メンバ・ミーティングにおいて、東大、WIDEプロジェクト、NTT コミュニケーションズ、JGN2、SURFnet、Northwest Gigapop and other institutionsの共同で、2年続いてIPv6の長距離・バンド幅(I2-LSR, Pacific Internet2 Land Speed Records)の新記録を樹立したと発表した。9.08 Gbpsのスループットで、IPv6マルチストリーム、シングルストリームの両方のカテゴリーで272,400 Tb-m/sの記録を達成した。

5)学術情報ネットワーク
2007年6月、国立情報学研究(NII)はSINET3の運用を開始した。SINET3は3つのネットワーク階層(レイヤ)から構成され、最大40 Gbpsの接続が可能である。L3ではIPネットワークを、L2では広域LAN間接続を、L1では専用線のサービスを提供する。利用者は、目的や用途に合わせてこの中から自由にサービスを選択することができる。

6) 統計数理研究所
統計数理研究所(2009年9月までは港区南麻布)では統計数理研究所・教育研究活動外部評価を行うことになり、筆者も委員を委嘱された。委員長は垂水共之(岡山大学)、副委員長は竹村彰通(東京大学情報理工)と矢島美寛(東京大学経済)、総勢18人であった。7月30日と9月10日に統計数理研究所外部評価委員会が開催された。この間に、講堂においてシンポジウムが開催された。筆者は研究所の活動を知ってもらうよい機会なので公開したらよいと提言したが、評価が前提ということで非公開となった。

8月13日

数理・推論研究系の評価のためのシンポジウム

8月13日

データ科学研究系の評価のためのシンポジウム

8月20日

モデリング研究系の評価のためのシンポジウム

 

7) ATIP(東京事務所)
1995年2月にDavid Kahanerによって設立されたATIP (Asian Technology Information Program)は、東京事務所を国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の六本木のオフィスの一部に置いていたが、2007年2月一杯で閉鎖し、virtual officeとした。

8) 『スーパーコンピューターを20万円で創る』
7月頃、集英社から伊藤智義『スーパーコンピューターを20万円で創る』が出版された。これは、東大駒場の杉本大一郎研究室で、戎崎俊一助手、大学院生の牧野淳一郎と伊藤智義の3人でGRAPE-1を作った話である。著者の伊藤智義は、最初作ったあとGRAPEには興味を失ったようで、このグループとは別に、群馬大学で計算機ホログラフィーの専用計算機をつくるプロジェクトをJSTのさきがけやSORSTで挑戦している。ただGPUにはかなわなかったようである。

9) 『岩波数学辞典 第4版』
日本数学会編の『岩波数学辞典 第4版』は2007年に発行された。依頼されたので、無謀にも『応用数理』(2007年第4号)で書評を書いた。

10) 中村誠太郎死去
東大物理学科・物理学専門課程在学中に大変お世話になった中村誠太郎先生(湯川秀樹博士の初期の弟子)が2007年1月22日に亡くなられた。享年93歳。26日、葬儀を四谷たちばな会館で行うことになり、司会を依頼された。仏式や神道式の葬儀はいろいろ経験があり、教会の葬儀にも慣れているが、無宗教の葬儀は初めてのことで足がすくんだがどうにかやり遂げた。3月28日には工学院大学(新宿)において「故 中村誠太郎先生を偲ぶ会」が開催された。

『東京大学百年史』等によると、湯川秀樹先生は1942年11月21日から1946年1月28日まで東京大学理学部教授を兼務しておられたが、中村誠太郎氏はその間の1943年に東京大学理学部に助手として着任した。湯川秀樹先生は、1945年に東京大学の専任教授になることになっていたが、辞退したので中村誠太郎先生はいわば取り残された形となった。1958年5月31日に助教授、1971年1月1日に教授となられた。定年退職後は、日本大学教授、東海大学教授、同特任教授を歴任した。晩年はがんの粒子線治療の普及に尽力され、医学関係者と協力を進めていたが、異分野間の意思疎通に苦労されていたようである。

11) 湯川秀樹生誕100年記念講演会
この講演会が6月3日(日)午後に東京国際フォーラムで開催された。原子核物理学国際会議(INPC2007)の一環として開催されたので、博士のコンピュータ分野への貢献(新HPCの歩み(第24回)-1961年(a)-参照)は話題にならなかったようである。

次回は国内での会議である。筆者はIBM HPC Forumで、米国IBM社からの講演者3人に、「IBMは、BGもやり、Cellもやり、POWERもやっている。本当に今後もこの3つを続けるのか?」と質問した。

 

left-arrow   new50history-bottom   right-arrow