世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


4月 16, 2018

HPCの歩み50年(第159回)-2008年(l)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

2年前破産から立ち上がったSGI社は、2月、なんと不振にあえいでいたLinux Networx社の中核資産を買収した。2009年には自分が買収されることになる。量子アニーリングに基づく量子コンピュータを開発しているD-Wave社はシリコンバレーでオリオンシステムのデモを行った。

欧米の企業の動き(続き)

10) Intel社(x86)
Intel社は2008年4月の上海におけるSpring Intel Developer Forumにおいて、AVX (Advanced Vector Extensions)を発表した。これはSSEをレジスタ幅256 bitsに拡張したもので、浮動小数演算のために設計された。3個または4個のオペランドの命令もサポートする。2010年に利用可能になると予告された。実際には、2011年1月に発表されたSandy Bridgeに実装された。

さて、Intel社がAMD社を逆転したことはすでに述べた。2008年は両社からquad-coreを初めとするマルチコアCPUが多数投入される。Intel社は2006年のCoreマイクロアーキテクチャ以降、いわゆるTick-Tock戦略を採用しており、回路はそのままで製造プロセスを微細化した世代をTick、機能向上のために新しいマイクロアーキテクチャを実装した世代とTockと呼び、毎年交互にTick(奇数年)とTock(偶数年)を繰り返すことになっている。2007年はTickで45 nmを適用しPenryn(コード名)ファミリが登場したが、2008年はNehalemマイクロアーキテクチャが11月に登場した。Nehalemは、もともと米国北西部のTillamookというアメリカ原住民を指していた。製品名はCore i7である。

Nehalemでは、メモリ・コントローラをCPUコアに統合し、データ転送レートが増大した。また、GPUコアがCPUと同じチップに搭載される。メモリはDDR3 SDRAMをサポートする。2009年にはnativeなquad-coreを計画している。

Intel社は2008年9月15日、6コア“Xeon 7400”プロセッサ(コード名Dunnington)を発表した。このプロセッサは6個のコアと16 MBのキャッシュを搭載している。Penrynファミリーの最後である。

11) Intel (Atom)
Intel社は2008年3月2日、携帯端末、組み込みシステム、低価格PC向けの低消費電力プロセッサAtomを発表した。2008年4月2日~3日に上海で開かれたSpring Intel Developer Forumで詳細が発表された。Silverhorne(コード名)はAtom Z5xxシリーズと呼ばれ、Diamondville(コード名)はAtom N2xxシリーズと呼ばれる。前者は高価格でモバイル端末用であり、後者は低価格デスクトップPCやノートPC用を想定している。Intelとしては、低消費電力用としてマイクロアーキテクチャから新規に開発された初めての製品であった。

2009年頃の観測として、Atom系のCPUが、IntelのPC向けCPUの市場を侵食して、Intel自身の利益を減らすという事態を引き起こしているとのことであった。

Intel社は2016年4月19日に12000人規模のリストラを発表し、それに遭わせてPCおよびモバイル向け事業の再構築を行うことを明らかにした。4月26日には、CEOのBrian Krzanich氏からの書簡で、同社の将来計画を公表したが、その中でPCおよびモバイル機器むけの事業はCoreプロセッサをベースとしたものに集中するとしており、明言されてはいないものの、Atomシリーズを終了するのではないかという報道が流れている。また、Xeon PhiのKNH (Knights Hill)はAtomのマイクロアーキテクチャを使っているので、KNH開発の中止(2017)はAtomの終了と関係があるのではと見られている。

12) Intel (Itanium)
Intelは、2008年2月3日~7日にSan Francisco Marriott Hotelで開催されたISSCC 2008 (IEEE International Solid-State Circuits Conference)でTukwila(コード名)の概要を明らかにした。TukwilaはItainumで初めてのquad-core CPUであり、65 nmプロセスのdual-core CPUのMontvale(コード名、2007年10月31日発売)をベースにしている。ダイサイズは700 mm2で、トランジスタ数は20.5億で、キャッシュメモリは計30 MB、消費電力は170 Wである。面積も電力もすごい。動的に動作周波数と電圧を切り替えられるが、4つのCPUコアが連動して切り替わる。TukwilaはCPUにDRAMコントローラが統合され、CPU同士はQPI (QuichPath InterConnect)で相互接続される。キャッシュは3階層で各コアが占有し、L3は6 MBである。2010年2月9日、当初の予定から3年遅れてItanium 93xxとして発表された。

前に述べたように、2004年12月15日、HP (Hewlett-Packard)社とIntel社は、10年にわたるItaniumの共同開発契約を終了し、HPのItanium開発チームはIntelに吸収されると発表した。HP社はItaniumの開発から手を引き、ハイエンドサーバの開発に集中する(実際にはItainumのサーバより、x86のサーバに力を入れたようである)。HP社はIntel社に対し、Itaniumプロセッサの開発・製造を2009年から2014年まで継続するために、2008年に$440Mを支払っていたことが後に分かった。2010年には、Intel社がItaniumプロセッサを2017年まで製造することを義務づけて、さらに$250Mを支払うことに合意した。この件は、2012年にHP社とOracle社とのSanta Clara郡裁判所での訴訟の過程で明らかになった。この裁判は、2011年3月にOracleがItanium向けソフトの新規開発を打ち切るとしていたのにHP社が反発し、裁判所に訴えていたものである。Santa Clara郡裁判所は2012年8月1日にOracleに対して、Itanium向けソフトの新バージョンを開発するよう命じる判決を下した。この判決を受けてOracle社は、2012年9月4日にOracle DBなどの主要ソフトの新バージョンをItaniumサーバ向けに提供すると発表した。

13) Intel (Ct)
Intel社は2008年6月11日にカリフォルニア州MountainviewのComputer History MuseumでIntel研究所のオープンハウスを行った。このオープンハウスでは多くのプロジェクトが展示された。多くは実用化までに相当時間が掛かると思われるが、将来のTera-Scaleのマルチコアコンピュータのために開発されたIntel Ctというプログラミングモデルは、比較的近未来に実用化するのではないかとHPCwireが報じている。これは2007年から始まったプロジェクトで、SIMDを最大限活用して自動的に並列化を行うものである。
Wikipediaによると、Intel社は2009年4月に、年末までにCtをプログラミングツールとして公表すると発表した。2009年8月19日に、カナダのWaterlooに本社をおくRapidMind社を買収し、その技術とCtとを連携させてIntel Array Building Blocks (ArBB)というC++ライブラリを開発し、2010年9月に公開した。2012年10月に、Cilk PlusやThreading Building Blocksのプロジェクトの方がすぐれていることでArBBは中止された。

14) Intel社(独占禁止法)
Intel社は、各国から何度も独占禁止法違反の調査を受けてきたが、2008年1月にはニューヨーク州が、マイクロプロセッサの価格設定や販売における独占禁止法違反の疑いで、文章や情報を求める召喚状を送付した。2008年6月には連邦通商委員会(FTC)が独占禁止法違反の調査を始めた。約2年間の調査を経て、2009年11月4日、ニューヨーク州のAndrew Cuomo司法長官(民主党、2011年からはニューヨーク州知事)が、Intel社を賄賂と強要の罪で告訴した。訴状によると、Intel社はコンピュータ製造会社(複数)に対しリベートを提供し、AMDなどの競争社より多くのチップを購入することを要求し、もし従わなければ報復措置を取ると脅していたとのことである。Intel社はこの主張を否定している。

2009年11月12日、Intel社とAMD社は和解を発表し、AMD社に$1.25B(当時$1=\90 として約1100億円)を支払うことで合意した。また、両社は独占禁止法やライセンスなどのすべての訴えを取り下げ、5年間の特許クロスライセンスを締結することとした。Cuomo司法長官の訴訟は、後任者により2012年に$6.5Mで解決した。またFTCは2009年12月にIntel社を訴えたが、2010年8月にIntel社と合意に達し、不当な契約を行わないことを約束し、顧客への賠償のために$10Mの基金を作った。

15) SGI
Irene Qualters女史は、1976年に博士号取得後Cray Researchに入社し、ソフトウェア担当の副社長などを務めていたが、1996年にSGIに吸収合併されたのち、1997年にはSGIの技術計算担当副社長兼、Cray Research社の社長に任命された。その後SGIを離れ、1999年からはMerck社副社長、2005年からはAgeia Technologiesの副社長などを務めたようであるが、2008年1月、SGIのソフトウェア開発担当上級副社長に返り咲いた。2009年12月にはSGIを辞め、NSFのProgram Directorに移った。2014年4月からはNSFのDivision Director, Advanced Cyberinfrastructureに就いている。

2006年、連邦破産法第11章からどうにか立ち直ったSGI社は、米国時間2008年2月14日、なんと不振にあえいでいたLinux Networx社の中核資産を買収したと発表した。同社は1989年創立で、Salt Lake Cityに本社を置くHPC向けソリューションのベンダーである。2002年12月にベストシステムズ社と合弁で日本法人を設立していたが、2007年、日本から撤退した。報道によるとSGI社は自社株39万株の発行と引き替えにLinux Networxの資産を手に入れ、技術はもちろん、クラスタの最適化、設計、電力供給、冷却に関する特許を手に入れた。SGI社のCEOであるBo Ewald氏は、2007年4月までLinux Networx社のCEOを務めていた。つまり前のCEOに助けられた形である。「このような重要な技術を買収するのは、今回が初めてだ。これにより、当社のソフトウェア環境開発の促進とクラスタシステムのサポートの充実が期待できる」と Ewald 氏は語った。

しかし終焉は忍び足で近づいていた。SGI社が三度目にChapter 11(連邦破産法第11章)の保護を申請し、全ての資産をRackable Systems社に売ったのは、翌年2009年4月1日であった。Linux Networxの買収がSGI社の命取りになったかどうかは知らない。

16) SiCortex社
2003年にMIPS64アーキテクチャに基づく省電力スーパーコンピュータ製造のために設立されたSiCortex社は、2007年1月5日、元Cray社CEOであったJohn Rollwagenを取締役会長に迎えた。2008年1月にはチップ上のHPCシステムを開発するためにeSilicon社(2000年にSan Joseで設立されたファブレスの半導体会社)と連携した。最初のPersonal ClusterをRutgers大学に設置し、3月にはColorado大学もSiCortexのクラスタを設置した。同社はパーソナル・スーパーコンピュータに狙いを定めたようである。4月にはJack DongarraもSciCortexに協力するとのニュースが流れた。

しかし、同社は2009年5月に廃業した。

17) Quadrics社
Quadrics Supercomputer World社は、1996年、Alenia Spazi社とMeiko Scientific社との合弁会社としてをブリストルとローマで設立された。Quadrics社は、低レイテンシの相互接続ネットワークを開発していたが、事業継続が困難になったようである。Top500 の上位システムのうち、ベクトル機を除けばその多くが QsNet によるクラスターが占めていたこともあった。2008年に ISC08 で展示された QsNet3 は、帯域を 2 GB/s まで拡大し 10 Gigabit Ethernet と互換性を持つというもので、大規模な計算システムを構築予定であった世界中の HPC 関係者から、そのリリースを心待ちにされていた。ハードウエア開発は完了しており、ソフトウエア開発を残すのみという状況の中、リーマンショックの煽りを受け事業継続が困難となった。SC08 (Austin)のところに書いたように、1週間前に突如不参加が伝えられた。ブースがあるはずだったところは産総研のブースの向かい側で、オープンテラスになってしまっていた。最終的に幕を下ろしたのは2009年6月29日。

18) Massively Parallel Technologies社

しばしば書いているように、John Gustafson氏はいろんな会社や大学や研究機関を渡り歩いていたが、2008年5月中旬、ClearSpeed Technology社を辞してMPT (Massively Parallel Technologies)社のCEOに任命された。CEOは初めてであった。MPT社なんで聞いたたことがなかったが、本社はコロラド州でHPCのアクセラレータ技術を開発している。ClearSpeedとも近い技術である。氏は「それによって世界を変えるような何かを真に見つけるまでは、私は会社を代えようとは思わない。」と述べていたが、在職は11ヶ月であった。

LinkedInによると、氏の職歴は以下のようである。

期間 所属 Position
1982 - 1987 Floating Point Systems, Inc. Senior Staff Scientist
1986 - 1987 nCUBE Scientist
1987/8 - 1989/8 Sandia National Laboratories Member of the Technical Staff
1989/8 - 1998/10 Ames Laboratory (Iowa) Computational Scientist
1989 - 1999 Department of Energy Principal Investigator-Ames Lab
1998/10 - 1999/7 Colorado MEDtech Director of Ames Operations
2000 - 2003 Sun Microsystems, Inc. Senior Manager
2000 - 2005 Sun Microsystems, Inc. Principal Investigator
2002 - 2005 Sun Microsystems Laboratories Principal Investigator
2004 - 2005 Enterprise Cluster Solutions CTO
2005/9 - 2008/5 ClearSpeed CTO
2008/5 - 2009/3 Massively Parallel Technologies CEO
2009/3 - 2012/2 Intel Corporation Director
2012/2 - 2012/8 Intel Labs Senior Architect
2012/8 - 2013/6 AMD Senior Fellow/Chief Product Architect
2007 - 2014/5 Massively Parallel Technologies Board Member
2013/11 - Present Stealth startup company CTO
2015/8 - Present National University of Singapore Visiting Professor
2015/8 - Present A*STAR (Singapore) Visiting Scientist

 

兼務の職もあるようだが、すごい経歴である。筆者が最初に会ったのは1986年にオレゴン州BeavertonのFPS本社を訪問した時であった。次には、1991年にハワイのKauai島でのJapan-US Workshop for Performance Evaluationであったが、参加者のGustafson (Ames Lab.)が、FPSのGustafsonとは気づかなかった話は前に書いた。[写真はWikipediaから]

19) ClearSpeed Technology社
2002年にBristol(英国)で創業したClearSpeed Technology社は、John Gustafson CTOの下でがんばるかと思っていたが、前項に述べたように5月に突然辞めてしまった。会社の路線と合わなかったのか、サブプライム危機で金融系への販売が減って会社が危ないのか、憶測が乱れ飛んだ。

同社はその直後6月にCSX700を発表した。東京工業大学のTSUBAMEが2008年11月のTop500で47.38 TFlopsを出したのは(Opteronと)ClearSpeedのCSX600であった。CSX700は、96個のコアからなるprocessing arrayを2基搭載している。各コアは、32/64ビット浮動小数乗算器と加算器、6 KBのSRAM、整数算術演算器、16ビット整数積和演算器からなる。クロックは250 MHz。

同社は2009年7月にはロンドン証券取引所から上場廃止となる。

20) D-Wave Systems社
D-Wave Systems社は、1999年、Haig Farrisらにより、カナダのブリティッシュコロンビア州Burnabyで量子アニーリングに基づく量子コンピュータを開発するために創業された。2007年2月13日には、カリフォルニア州MountainviewのComputer History MuseumでOrion Quantum Computerを披露し、3つの異なるアプリケーションを走らせた。
同社は、2008年1月31日、$17M(おそらく米ドル)の投資資金を獲得したと発表した。この資金により、discrete optimization, pattern matching, machine learning and constrained search with preferencesのための量子コンピュータを開発する。2009年の早い時期にネットワーク経由で利用できるようになる予定である。

21) Fixstars社
Fixstars社は、2008年、Yellow Dog Linux v.6.1を発表した。これはRed Hat Enterprise Linuxから派生したCentOSを基に開発されたもので、対象はApple G4/G5、Sony PLAYSTATRION3、PowerStation、IBM Power Systemsなどである。これまではTerra Soft Solutions社が開発していたが、2008年11月にFixstars社が全事業を買収し、米国子会社Fixstars Solutions社として再出発した。V 6.1はFixstars社として初めてのバーションである。理由はわからないが、2010年4月1日にPlayStation 3の新システムファームウェア公開により、対応が打ち切られた。

22) Microsoft社
Microsoftはスパコン市場においても、数年前から本腰を入れた取り組みを開始し、クラスタコンピュータ専用の別バージョンのWindowsも開発してきた。2003年にMicrosoft社は、Windows 2000 Serverの後継として開発した小規模~大規模サーバ用のOSとしてWindows Server 2003を、アメリカでは4月24日に、日本では6月25日に発売した。これに続く版はWindows VistaをベースにLonghornというコード名で開発していた。2007年5月16日、正式名称をMicrosoft Windows Server 2008と発表。製品版は米国で2008年2月27日に提供を開始した。日本では4月15日から提供開始。2008年6月のTop500では500件のうち5件がWindowsクラスタであった。Microsoft社としてはWindows Server 2008がハイエンド機で普及すれば、より多くのWindowsクラスタがTop500に登場するのではないかと期待しているようである。

Bill Gates会長は、2006年6月15日に予告したとおり、2008年6月30日をもって、第一線を退いた。会長職にはとどまる。2014年2月4日には会長職からも退いた。

22) PGI社
PGI(Portland Group Inc.)社は、2008年11月(おそらくSC08)に、コンパイラでGPUをサポートすると発表した。当時リリースされているPGI 8.0のCおよびFORTRAN95コンパイラではOpenMP3.0をフルサポートしていたが、2009年1月にはPGI Accelerator Compiler機能をリリースする。CUDAを覚えなくてもNVIDIA GPUを使えるとのことであった。将来は他のGPUにも拡張する予定である。

次は、ヨーロッパ、中国、インドなどの動き

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