世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


提 供

11月 11, 2019

HPCの歩み50年(第209回)-2012年(c)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

文部科学省は概念設計作業部会と中間評価作業部会の資料・議事録を公開した。「ベクトルで3ペタ達成可能であるならば、作る意味はある。3ペタが達成されないならば意義は低い。」などという筆者の発言が白日のもとにさらされた。

京コンピュータ開発(続)

13) 共用開始
9月28日午後3時から、「京」の共用が開始された。もともとの予定では10月からとなっていたが、2011年12月8日の衆議院・決算行政監視委員会の決議においても、「京」について「早期に共用を開始する」とされており、利用者選定及びシステム調整に必要な期間等を踏まえ、2012年9月末を目標に準備をすすめることとなっていた(第8回計画推進委員会)。

毎日数百本のジョブが投入され、順調に処理され始めた。予想されたように、最初のユーザは戦略プログラム関係の人が多く、一般の利用の立ち上がりがそれに続いた。9月21日(金)にポートピアホテルにおいて、「京」共同利用記念式典が開催された。

「京」のような巨大な超並列コンピュータのジョブ管理はむつかしく、理研も次第に経験を積んでいった。とくに、Gordon Bell賞に挑戦するような大規模ジョブのフルノード実行は、他のすべてのジョブが終了してからからしか実行に入れず、一般のジョブキューでは運用効率が悪い。ほどなく、フルノード実行の時間を週末等に設けるようになった。

14) 若手人材育成
HPCIコンソーシアム準備段階WGの議論では、「京」に若手人材育成枠を設けることになっていた。枠は設けられていたが、実際には一般課題募集と一緒の審査であり区分が違うだけであった。課題選定後、ある大学から相談があり、「次世代シミュレーション技術者教育プログラムの開発」という人材育成プログラムを5年間実施する予定で、教育後(あるいは教育中)に「京」での大規模シミュレーションを通して人材育成をスムースに行かせたいとのことであった。今回の課題選定では大学等の教育カリキュラムで「京」を利用させることは想定されていない。結局実現しなかった。当時の感覚では、「京」のような貴重な資源を、学生の演習で使わせるのはもったいない、別の計算機を使った方がよい、ということであったが、適当な時点で「京」を高校生や学部生に使わせる可能性を考えてもよかったのではないか、と思われる。

15) HPCI戦略プログラム
HPCI戦略プログラム推進委員会は、2012年中4回開催された。文部科学省のwebでは第5回以降しか記録が残っていない。

 

日付

主な議題

第3回

2012年3月21日

1.各分野の平成24年度実施計画について

2.平成24年度の「京」の戦略プログラム利用枠における計算資源配分について

3.戦略プログラムにおける一般利用枠の利用形態について

第4回

2012年5月23日

1.HPCI戦略プログラム優先課題選定ヒアリング

第5回

2012年10月31日

1.5分野の進捗報告

2.平成24年度戦略プログラム加速枠の資源配分の方針について

3.資料5 平成25年度戦略プログラム枠の資源配分の方針について

議事要旨)(配布資料

第6回

2012年11月28日

1.平成25年度戦略プログラムにおける「京」の計算資源配分の方針について

2.戦略分野4における研究開発課題5の課題責任者交代について

3.ゴードン・ベル賞の受賞報告

議事要旨)(配布資料

 

2012年1月17日、連携推進会議が理研東京連絡事務所(富国生命ビル)で開かれ、人材育成について報告した。

私が分野マネージャーを務めている分野5では、2月16日に作業部会を開催した。3月7日~8日には秋葉原コンベンションセンターで分野5のシンポジウムを開催した。

4月9日に開催された第9回HPCI計画推進委員会で「京」の戦略プログラム利用枠の配分が決まった。40%(全体の20%)を「重点配分枠」とし、5月のHPCI戦略プログラム推進委員会で、戦略プログラム実施課題およびグランドチャレンジ実施課題の中から申請に基づいて選定する。50%(全体の25%)は一般利用枠として、5分野に均等に配分。10%(全体の5%)は戦プロ加速枠として、課題の進捗状況を踏まえ推進委員会で配分することとした。

5月7日に締め切ったところ、23課題の申請があり、まず書類審査で17件に絞り、第4回HPCI戦略プログラム推進委員会でヒアリングの上決定した。10時から18時30分という長丁場となった。7件の課題を優先課題として選定した。この結果は、一般課題の審査結果の発表と同時に9月3日に公表された。

16) 議事録公開
例の事業仕分けから2か月後の2010年1月22日、川端達夫文部科学大臣は次世代スーパーコンピュータプロジェクト中間評価作業部会報告書を公開したが、2012年6月13日18時、文部科学省は概念設計作業部会、及び中間評価作業部会の資料・議事録を公開した。国会からの決議を受けて、非公開の部会の資料・議事録を公開するということになったとのことである。一部企業秘密等に係る部分が黒塗りになっているところもある。また、「中間報告書」のように、非公開だった報告書、見え消し版の報告書、公開版と3種類の文書が公開されているものもある。委員の発言は名前付きで公開されている。

筆者としては、「10ペタを公約にするのはいいが、世界一を公約するのは相手があることで止めた方がいい。」と主張した記憶があったが、はっきりとは見つからない。また、土居主査に、「1000億もの税金を使う以上、世界一という納税者にわかりやすい目標が必要だ。」と反対され、筆者の意見は少数意見で採用されなかった記憶もあるが、議事録にはないようである。「ベクトルで3ペタ達成可能であるならば、作る意味はある。3ペタが達成されないならば意義は低い。」(中間報告書)という意見は確か筆者の意見であった。1ペタなどという案が噂になっていたので。1ペタだったら、地球シミュレータの更新として入れた方がよいという意見も言った記憶がある。

17) 朝日新聞の批判
この公開資料を見て、8月1日の朝日新聞(大阪版)朝刊の記者有論という論説のページに大阪科学医療部の小宮山亮磨という記者が「スパコン京 世界一=開発成功ではない」という論説を書いている。たしかに、Linpackで世界一になったら成功というわけではないことは間違いではない。しかし、「米国を上回った過去の栄光を取りもどすという目標にしばられ、開発が迷走した。」と総括しているが、トップの性能を目指すのは、社会的科学的諸問題を解決するためであって「過去の栄光を取り戻す」ためではない。もちろん、世界一をこのプロジェクトの達成目標に挙げているからでもあるが。

「開発の遅れを知った委員からは、もうだめだ、米国の計画が遅れることを神頼みするとの声が出た。計算速度の目標を下げて製造を早める検討もされ、とにかく1回1番を取っていただけないか。もうすべてをかなぐり捨てて、と懇願する発言もあった。」

この引用は不正確で、「京」に委員の知らない開発の遅れはなかった(アメリカより遅れるということか?)。「目標を下げる」のではなく、部分的な完成でLinpackを測定して、その時の一番を取る可能性を考えたということである。ISC11で半分の5 PFを出すというような可能性である。実際には、2011年の6月で8 PFを記録した。「すべてをかなぐり捨てて」なんて発言はなかった。「懇願」って誰にしたのでしょう。財務省なら分かるが。

この論説には書いてないが、本当の問題は、そしてこれが仕分けで問題になったことであるが、100億円の追加投資をして、半導体のラインを増やし、半年完成を早め世界一を取る、というこの委員会の勧告であった。仕分けではこの追加が削られ、半年早める計画を元に戻した。

続いて、「その後神頼みが通じて、米国での開発が遅れた。リーマンショックに始まる経済危機が米IBMの経営に影響したとの見方もある。世界一の達成にはツキに恵まれた面もあった。」と書いている。まあ、これは当たっている点もあるが、ツキのあるなしは各国お互い様である。

また、Sequoiaが、計算速度が1.5倍なのに消費電力は6割、設置面積も小さいと指摘し、「京」が大艦巨砲だと批判している。ただ、計算性能をピークやLinpackで比較すると、Sequoiaの方が上であるが、その後の流れを見ると、HPCGでもGraph500でもSequoiaは「京」に勝てていない。この記者は、「Linpack世界一が成功ではない」といいながら、成果ではなくLinpackを基準にSequoiaと比較している。きわめてご都合主義の議論である。

「京の市販版は競争力が相対的に低い。確実に世界一になることを重視したあまり、技術的な冒険をあまりしなかったためだ。」という松岡聡(東工大)のコメントも引用されている。非常に大きな冒険はしなかったが、国家基幹技術開発としては技術的な冒険にも限度が出て来る。

最後にこの論説は、「文科省は京の次の世代機の開発を検討している。京は成功の前例にはならない。」と結んでいる。次世代機はLinpackのためのコンピュータを計画している訳ではないのに、諸分野での応用に一言も触れずに京を論じるというのはいかがなものか。京が成功かどうかは、諸分野での成果に掛かっていると思われる。足を引っ張るだけで何の提言もない議論も困ったものである。

小宮山亮磨記者とは、以前(2010年10月30日)にお会いしている。そのときしゃべった印象は悪くなかったが、この記事はめちゃくちゃである。

また、10月4日の朝日新聞朝刊の小宮山亮麿記者の書いた科学面の記事「スパコン京開発、米より割高 半導体産業振興ならず」で、京は高いというような特集があり、牧野氏や私のコメントが載っている。わたしは「守旧派」と位置づけられているようである。「京の開発費は総額1120億円。そのほぼ6割に当たる665億円が、富士通による演算装置の開発に投入された。一方、6月に京から計算速度世界一の座を奪った米IBM製スパコンの開発費は200億円以下とされる。京の1.5倍の速度を3分の1未満の費用で達成したことになる。開発費、製造費に何をどこまで含めるのかは場合によって違うので、この比較は乱暴である。IBMに他の研究開発予算が入っていないかどうかも分かりない。開発せずにSequoiaを3台買ってくればよかったのか?

もちろん、自主開発は割高につくことも事実である。文科省の担当者は「割高感」を認めた上で、「日本でもスパコンを作る技術を維持し、強化することを目標の一つにした」と説明した、と記事に書かれている。

もう一つの問題は、富士通が京のCPUを生産するため、三重工場に製造設備を新設したが、富士通は三重工場を売却する方針だということである。売り先は当初台湾のTSMCと報道されていたが、2014年ごろから情勢が変わり、2018年6月29日、台湾のUMC (United Microelectronics Corporation聯華電子)が三重富士通セミコンダクターの全株式を取得することで合意したと発表された。後の報道によると、TSMCの名前を挙げて事業再編計画を発表した2013年の時点で、実は同社からはほぼそっぽを向かれており、交渉の“空白期”がしばらく続いていたという。

小宮山記者に、「富士通が京のチップを作った三重のファブをTSMCに売ること」についての感想を求められ、「コンピュータ屋として売却方針は残念だ」「設計と生産の両方を持っていなければ、どうしても性能が劣る心配がある」「しかし、ビジネスのことは分かりません。」というようなことを答えた。小宮山記者に、「日本の原子力平和利用の始めのころ、日本の物理学者(湯川、坂田など)は基本的に賛成だったが、ただし自主開発を主張した。しかし、経済界や政治(日米関係を含め)は、時間がかからず安いということで出来合いの輸入を決めた。湯川先生は抗議して原子力委員を1年で辞めた。福島事故の遠因のひとつだ(つまり津波はアメリカにないので、設計指針になかった)。」というようなことも言ったが、全然そういう事情はご存じないようである。最近の新聞などにはときどき書いてあるので、科学記者として勉強不足である。

18) 「スパコンとは何か 1位か2位か、それが問題か」
2012年6月20日に金田康正著の標記のタイトルのがウェッジから発売された。スーパーコンピュータの解説書としてさらっと読めばよく書けている。「地球シミュレータには三好さんとか平野さんとか「顔」が見えたのに対して京には顔がない。」という批判はまあ当たっていないこともない。国家基幹技術開発は「顔」でやるものでもないからである。。事業仕分けについて、「「事業仕分け」の仕分け人になって/スパコン事業の「目的」から「仕分け」まで/「事業仕分け」批判/自民党も行なっていたスパコン「事業仕分け」/2009年11月事業仕分けにおける問題提起/事業仕分けその後」などを書いているが、HPC研究者としての自分の立場を棚に上げて、他人事のように解説しているところは気になった。

「京」の共用開始の前から、ポスト「京」の検討が進んでいる。次回は、「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」など。

 

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