世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


4月 11, 2016

HPCの歩み50年(第78回)-2001年(b)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

「グリッド」は人口に膾炙するようになったが、相変わらず「グリッドとはネットワークで結んだスーパーコンピュータ群のことである」というような偏った認識が幅をきかせていた。JSPPの付帯イベントとして8年間続いたPSC(並列ソフトウェアコンテスト)は当初の役割を終えたので今年で終えることになった。

日本の学界の動き

1) Hokke-2001
第8回「ハイパフォーマンスコンピューティングとアーキテクチャの評価」に関する北海道ワークショップ(Hokke-2001)は、2001年3月8日(木)~9日(金)に公立はこだて未来大学で開催された。主催は情報処理学会ハイパフォーマンスコンピューティング研究会と計算機アーキテクチャ研究会、協賛は情報環境領域システム評価研究グループ。発表は33件。はこだて未来大学は公共交通が不便なので、JTB斡旋のホテルからは乗り合いバスを用意した。懇親会は函館ビアホール。残念ながら筆者は入試関係の業務と重なり出席できなかった。

2) 情報処理学会
創立40周年を迎えた情報処理学会は、全国大会に合わせ2001年3月13~15日に慶應義塾大学矢上キャンパスにおいて、記念展示会「情報技術のエポック展」を開催した。多くの歴史的なコンピュータを展示した。展示会は入場無料で2400名来場。

3) JSPP 2001
第13回並列処理シンポジウムJSPP2001(Joint Symposium on Parallel Processing)は、2001年6月5日(火)~8日(金)に京都リサーチパーク西地区で開催された。実行委員長は島崎眞昭(京大)、副委員長は木村康則(富士通研)、プログラム委員長は天野英晴(慶應義塾)であった。21世紀の初頭を飾るJSPPとして、例年より会期を1日延ばし、記念イベントとした。基調講演は中里和郎(日立ケンブリッジ研究所)の「ナノデバイスの可能性」、招待講演はSid Karin (NPACI, SDSC)の”The Computing Continuum”とRenato Recio (IBM)の”InfiniBand the Standardization for Server Area Networks”、5件のチュートリアルがあった。一般講演は35件、ポスターは34件。

4) PSC2001
JSPP2001にあわせて8回目となるPSC2001 (Parallel Software Contest 2001)が開催された。実行委員長は佐藤三久(新情報)、委員は岡部寿男(京大),関口智嗣(電総研),長嶋雲兵(融合研),朴泰祐(筑波大),伊藤能一(富士通),後保範(日立),斎藤智秀(日本SGI),谷澤昭次(日本SGI)、佐々木祐二(日本電気),田村榮悦(日本IBM),水田正人(日本サン),鷲尾巧(日本電気)である。過去の委員長は顧問で、小柳義夫(東大),金田康正(東大),村岡洋一(早大)、島崎 眞昭(京大)。

使用マシンとして提供していただいたのはSGI 2800(統数研)、RWCP Score Cluster (NEC Express)(RWCPつくば研)、Sun Enterprise10000(東大情報)であった。問題はそろそろネタが尽きた感もあったがN-body問題とし、誤差や検証方法について議論を重ねた。筆者は賛成でなかったが、再現性を確保するため整数で座標や力を計算することとした。予選問題は20000粒子の250ステップの計算、本選は予選問題のものに、外側粒子を配したものとした。参加は54チーム。

マシン SGI 2800 RWCP Cluster Sun E10000
CPU数 80 32 64
提出者 17 17 18
予選通過 5 5 5
1位 工藤 誠(東大) 工藤 誠(東大) 工藤 誠(東大)
2位 蓬来 祐一郎(東大) 城田祐介,上田清詩,川島祐介,田邊浩志,宮澤広哲,Ngo Tau Van(電通大) 額田 彰(東大)
3位 林田 守広(東大) 蓬来 祐一郎(東大) 蓬来祐一郎(東大)

3部門で1位を独占したのはこれがはじめてであった。これまでと同様だが、入賞者に東大が多すぎるという印象が強い。

自由部門の記録も手元に残っている。これは同じ問題を各種のマシンで実行した結果である。参加資格も自由。

順位 氏名・所属 マシン名 ノード数(CPU数) ピーク性能(GFlops) 実行結果(秒)
1 工藤誠(東大) SR8000/MPP 16(128) 230.4 5.98
2 廣安知之(同志社大) Gregor 64(128) 128 16.6882
3 建部修見(産総研) SR8000 32(256) 256 21.0886
4 岩下武史(京大) VPP800 40 320 54.7045
5 岡部寿男(京大) AlphaServer DS20E*6 11 15 67.729
6 岡部寿男(京大) AlphaServer ES40*2 8 10 69.79
7 建部修見(産総研) ETL-Wiz 32 21.312 87.05
8 松岡聡(東工大) Presto Cluster 32 16 97.7049
9 平野彰雄(京大) GP7000/900 14 16.8 100.128
10 廣安知之(同志社大) Cambria 10 8.0 253.563
11 朴泰祐(筑波大) RCCP Hyades Alpha-Cluster 8 9.6 496.9

 

終了後、今後の方向性について関係者で議論した結果、現在の形のコンテストは今回第8回で終了することになり、本年と来年の実行委員長に以下のような書簡を送った。

——————–
JSPP2001実行委員会 委員長 島崎先生
JSPP2002実行委員会 委員長 山口先生
JSPP2001の行事の一つとして開催させていただきました並列ソフトウエアコンテストPSC2001も無事、成功裡に終りました。いろいろご支援いただき感謝しております。
さて、これからのPSCについてですが、PSC2001委員会で議論したところ、「これまでの委員会、やり方によるコンテストについては今回で終了する」という結論に至りました。1994年から始まったPSCは今回で8回目になりました。並列処理技術の普及と促進を目的に始まったPSCは、一応、当初の目的をはたせたのではないかと考えております。PSCの問題のいくつかは、その後の並列処理の研究のテーマとして取り上げられたり、論文の材料として用いられたりしているものもあります。また、情報関係のみならず、他分野の学生・大学院生の興味を引き並列処理の底辺の拡大に寄与できたのではと自負しております。しかし、その一方でクラスタなどの並列処理プラットフォームの多様化や問題作成の困難さなどの状況の変化はこれまでやり方のPSCの実施を難しくしております。また、昨今の経済状況により計算機ベンダの協力が得られにくくなっていることもあります。(以下略)

——————–

5) 数値解析シンポジウム
第30回数値解析シンポジウムは、2001年5月23~25日に那須ビューホテルで開催された。参加者は103名、担当は筑波大学数値解析研究室であった。30回目を記念して、「つくばWANとその応用」(関口智嗣)、「Gfarm広域大容量データ解析システム」(建部修見、関口智嗣)、「マルチメディア遠隔講義の実践」、「印象派絵画における色彩情報の自己組織化」(水森龍太、蔡東生)、「和零関係に基づく多変数多項式の近似因数分解」(佐々木建昭)、「暗号小史」(一松信)、「情報化時代を生き抜く暗号技術」(西村和夫、駒澤大学)などの企画講演が行われた。

6) SWoPP沖縄2001
2001年並列/分散/協調処理に関する『沖縄』サマー・ワークショップ(SWoPP沖縄2001)は、2001年7月25~27日に宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで開催された。第14回目である。主催研究会は、電子情報通信学会コンピュータシステム研究会(CPSY)、フォールトトレラントシステム研究会(FTS)、 情報処理学会計算機アーキテクチャ研究会(ARC)、プログラミング研究会(PRO)、ハイパフォーマンスコンピューティング研究会(HPC)、 システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会(OS)であった。特別講演として「The Network must be a Computer」(村岡洋一)が行われた。懇親会はラグナガーデンホテル。会場から2 kmほど北に行ったところに「JA温泉アロマ」という農協経営の温泉があり、オール込み1500円で一日中居られるようであるが、筆者は一人で行ったので40分で帰ってきた。

7) 数理解析研究所
京都大学数理解析研究所において加古孝(電通大)を代表者として、「微分方程式の離散化手法と数値計算アルゴリズム」研究会が11月14~16日に開催された。この年からキーパーソン方式をとり、中尾、張、山本、杉原、三井、田端、河原田、岡本がキーパーソンとなった。講演は25件。講演内容は、数理解析研究所講究録No. 1265に収録されている。

8) Toyota Conference
トヨタ自動車は、社会貢献活動の一環として1987年から「トヨタコンファレンス」を毎年行っている。第15回トヨタコンファレンスは、“Scientific and Engineering Computations for the 21st Century — Methodologies and Applications —”のテーマで10月28~31日に三ヶ日研修所で開催された。組織委員会を作り、委員長は森正武(京大数理解析研究所)、副委員長は三井斌友(名大人間情報)、委員は河原田秀夫(千葉大工)、小林メイ(日本IBM東京基礎研)、小柳義夫(東大理)、杉原正顯(名大工)、山本哲朗(愛媛大理)、監事は高橋理一(豊田中央研究所所長)であった。名古屋駅近辺に何度も集まって企画を行った。会議録はJournal of Computational and Applied Mathematicd誌の149巻1号(2002年12月)として発行されている。筆者は”The Future of Supercomputing”と題して講演した。

これに関係した公開講演会「計算科学は人類を救えるか?」が11月19日に科学技術館サイエンスホールで行われた。講演は「気象予測への挑戦」(隅健一)、「ゲノム解析への挑戦」(宮野悟)、「金融工学への挑戦」(今野浩)、「科学技術と市民意識」(柳田博明)であった。

9) 学振未来開拓研究事業「計算科学」
1997年から始まっている学振未来開拓研究事業「計算科学」の主催する第4回計算科学シンポジウムが2001年1月30日、岡崎コンファレンスセンターで開催された。フロリダ州立大学のBernd A. Bergが特別講演“Multicanonical Simulation Methods and Selected”を行った。

計算科学における異分野でのアルゴリズムの類似性を軸とした研究会を昨年から行ってきたが、第2回アルゴリズムワークショップを金田プロジェクト(名大)の世話で、6月28~29日に名古屋大学VBLで開催した。今回のキーワードは「多階層性」。

7月13日(金)には、未来開拓プロジェクトの一環として、「世界最高速重力多体問題専用計算機GRAPE-6完成記念講演会――GRAPEで探る宇宙–月の形成から宇宙の大規模構造まで」が東大山上会館で開催され、GRAPE-1からGRAPE-6までの歴代の計算機の展示とデモを行った。

第3回アルゴリズムワークショップを12月14~15日に東大物性研(柏)で開催した。テーマは「部分と統合」とした。

10) RIST
RIST(高度情報科学技術研究機構)は、ナノサイエンス&テクノロジーに関する「次世代型計算科学ソフトウェアに関するシンポジウム」を、2001年2月20日、東京都港区の笹川記念会館において開催した。

RISTが一昨年から主催している次世代気候モデルに関する会議は、第3回目として、2001年3月30日東京大学先端科学技術研究センターにおいて、“The 3rd International Workshop on Next Generation Climate Models for Advanced High Performance Computing Facilities”として開催した。

2001年11月5日、笹川記念会館において「計算科学のための次世代計算環境に関するワークショップ」が開催され参加した。このワークショップは、今後10年の計算科学の将来を考え、新世代の計算科学にふさわしい次世代計算環境はどのような姿か、またそれらを実現する次世代計算機技術はどのような方向なのかなどについて、講演やパネル討論が開かれた。RISTはナノテクや気候や固体地球に関する会議はいろいろ開いてきたが、計算科学一般に関するオープンな会議を開いたのはこれが初めてではないかと思う。

また、GMDや東大工の共催を得て、“SSS2001, Workshop on Scalable Solver Software — Multiscale Computing and Computational Earth Science”を12月3~5日東京大学山上会館・弥生講堂で開催した。筆者も参加した。アメリカからはH. D. Simon (NERSC)、W. Kramer (NERSC)、E. Ng (NERSC)、B. Soni (Mississippi State U.)、J. Zhang (U. of Kentucky)などが、ドイツからはU. Tronttemberg (SCAI、元GMD)、G. R. Hoffmann (German Weather Service)、K. Stuben (SCAI)、K Wold (SCAI)、G. Lonsdale (NEC Europe)、J. Fingberg (NEC Europe)などが参加した。

経緯は忘れたが、この頃から、RISTがJSTから受託している「次世代計算科学に関する調査研究」に調査委員会委員としてつきあっていた。

11) Grid Computing
いよいよ「グリッド」が一般のマスコミの話題となり始めた。NHK教育テレビ(東京では3チャンネル)では2001年8月25日23時30分からの番組「ネット社会の未来技術(4)」が放送された。松岡聡、関口智嗣の両「さとし」が出演し、分散処理、グリッド、クラスタ、Grape/MDM、地球シミュレータがごちゃ混ぜで紹介された。関口氏の映像が消えた途端、何とか原人の絵が現れたり、ホモサピエンスの若い♂の全裸映像が出て来てビックリした。筆者が恐れたことは、「グリッドを作ればコンピュータなど買わなくても大きな計算ができる」と財政当局に誤解されることであった。本当は、「新たなインフラだからより広範囲の人が使う。だからこれまでより一層(計算資源に)投資せねばならない」「今で以上にCost Performanceがよくなるから、何十倍の計算力が得られて、それにより新しいレベルのサイエンスが可能になる。」などという認識を期待した。

直後9月7日号の日経産業新聞では「グリッドコンピューティング」が何と一面に掲載された。中身は、SETIの話やスーパーコンピュータを接続する話だったり、とりとめがなかったが、業界誌の一面に載るような話題になったことは感慨深かった。

当時のよくある誤解
「グリッドとはネットワークで結んだスーパーコンピュータ群のことである」
「グリッドとは、スーパーコンピュータの予算を取る方便である」
「スーパーコンピュータはいつも満杯のはずだから、グリッドなど成立する余地はないはずだ」
「グリッドとはSETIのようなものである」
まあ、どれも部分的には当っていますが。

12) 東大情報理工学系研究科
東大では、理学系の情報と工学系の情報が合体して「情報理工学系研究科」が4月から発足した。研究科長は田中英彦。3月2日はこれを記念してシンポジウム「情報が拓く21世紀の科学と技術」が弥生講堂で開催された。

13) 「谷山・志村予想」
Fermatの大定理に関係する谷山・志村予想がアメリカの4人の数学者によって解決されたことが12月7日に報道された。まあ、HPCに直接関係ないですが。

次回は、日本の企業の動きとアメリカ政府の動きについて述べる。TeraGridが始まる。

(タイトル画像: 1998年に出版されたGRIDの本)

left-arrow 50history-bottom right-arrow