HPCの歩み50年(第79回)-2001年(c)-
日本電気は、地球シミュレータの技術で新しいベクトルコンピュータSX-6を発表した。富士通はSPARC V9に基づくPRIMEPOWER 2000を発表した。日米3社が協力してCellプロセッサの開発が始まった。また世界中のGrid関係者を集めたGGFが開催された。

日本の企業の動き
1) Linux
Linux OSは1999年頃から急速に世界のコンピュータ大手が採用するようになったが、日本でも遅ればせながら同様の動きがあった。日経BPによると、米IBM社、日本電気、日立、富士通の4社は、2001年5月30日、Linuxの機能強化に関して共同開発を実施し、開発成果をLinuxのオープン・ソース・コミュニティに対して共同で提案することに合意したと発表した。4社では2003年までに、Linuxを企業の基幹系システム用OSとして利用できるよう、商用UNIXレベルまで信頼性と可用性を強化するとしている。
9月には、Microsoft社のCEOであるSteve Ballmerが「Linuxに気をつけよ。Linuxが地歩を占めないようがんばれ」と従業員に檄を飛ばしたことが報じられている。
2) 日本電気
日本電気は2001年6月、2種類の新しいサーバを発表した。”Express5800/1000 Series”はExpress5800製品の最上位に位置するもので、Itaniumを16個まで搭載し科学技術計算市場を狙う。”TX7/AzusA Series”は、HP-UX OSに基づく新しいTX7ファミリに一つでありビジネス市場を狙う。
2月16日、日本電気は国立天文台野辺山太陽電波観測所からスーパーコンピュータ「SX-5/2Cf」とサーバ群から構成される電波へリオグラフ電子計算機システム一式を受注したと発表した。
2001年10月3日、新しいベクトルコンピュータSX-6を発表した。地球シミュレータのノードを改良したもので、ノード当たりCPUは8個(64 GFlops)まで、地球シミュレータよりメモリ容量が倍増され、64 GBまで。11月にはデスクサイドモデルSX-6iを発表した。CPUは1個でメモリは8 GBまで。
2003年11月のTop500リストによると、主要な設置先は以下の通り。
順位 | 設置場所 | 設置年 | 型番 | Rmax |
69 | DKRZ(ドイツ気象庁) | 2003 | 192N24 | 1482 |
133 | 日本電気府中工場 | 2002 | 128M16 | 982 |
138 | 英国気象庁(2台) | 2003 | 120M15 | 927.6 |
249 | カナダ気象庁 | 2002 | 80M10 | 616.9 |
343 | 国立環境研究所(日本) | 2002 | 64M8 | 495.2 |
343 | 航空宇宙研究所(日本) | 2002 | 64M8 | 495.2 |
343 | 気象研究所(デンマーク) | 2003 | 64M8 | 495.2 |
スーパーコンピュータに関するCray社との合意については、「日米貿易摩擦」のところで述べる。
3) 日立
日立は、2001年3月に米IBM社と提携協定を締結し、これに基づき10月4日最大32個のPOWER4プロセサ搭載するUNIXサーバ「EP8000 690」を発表した。これは米IBMからOEM供給を受けた製品であるが、搭載するL3キャッシュは日立製作所が独自に開発した。EP8000 690は、1.1GHzまたは1.3GHz駆動のPOWER4プロセサを8個~32個、最大256GBのメイン・メモリー、最大582GBのHDDが搭載可能。OSはAIX 5L。また、ハードウエアを論理的に最大16分割できる「論理分割機能(LPAR)」を搭載。
2001年1月17日号の日経システムプロバイダ誌の報道によれば、日立とIBM社は、大型メインフレームの共同開発プロジェクトの交渉がまとまり、日立がIBM zシリーズ・エンタープライズ・サーバを分担生産することになったとのことである。共同開発機は32ビットマシンである。
またメインフレームのMPシリーズで動作するLinux環境「Linux for MP Series」製品群を2001年4月2日に発売した。出荷は同年7月から。同Linux環境はメインフレームOSと最大14個のLinuxカーネルの同時動作を実現する。このLinux環境はMPシリーズが備えるプロセッサ資源分割管理機構(PRMF)を利用し、MPシリーズ搭載OS「VOS3/FS」とLinuxカーネルの同時動作を行う。
このころから日立の売り上げの中でのストレージの比率が増える傾向にある。7月Sun Microsystems社はストレージの供給について日立と合意した。それまでのストレージのトップはEMCであった。
4) 富士通
7月、SPARC V9に準拠したSPARC64 GPプロセッサ(675 / 788MHz)を最大128個搭載できる並列サーバPRIMEPOWER 2000を発表した。OSはSolaris Operating Environment。TPC-Cベンチマークで高い性能を出している。2002年3月7日にはSPECjbb 2000ベンチマークで世界トップの性能を達成した。UltraSparc III を用いたサーバを発売しているSun Microsystemsは、富士通と協力関係にある一方、手強い競争相手として認識し始めたようである。
同社はまたVPPの後継機となるスカラ型スーパーコンピュータ(後のPRIMEPOWER HPC)を開発していることも報道されている。この頃、富士通がベクトルコンピュータの開発から手を引くのではないかという噂が出ていたが、関係者は断固として否定していた。撤退が表明されたのは2002年1月5日であった。
2001年10月29日、PRIMERGY TS225を16台2.5 Gp/sのInfinibandで接続し動作させることに成功したと発表した。PRIMERGY TS225は933 MHzのPentium III×2、メモリ512 MBを搭載したシステムである。クラスタソフトウェアはRWCPで開発されたSCore、アプリはAMBER(分子動力学)であった。
5) 日本SGI
SGIの日本法人は、1987年にアメリカのSGIの100%子会社「日本シリコングラフィックス」として設立されたが、1996年のCray Research社とSGI社との合併に伴い、1997年に日本クレイと合併し、「日本シリコングラフィックス・クレイ」に社名を変更した。1998年に日本シリコングラフィックスに社名を戻した。2000年にアメリカのSGIがCray部門をTera社に売却した後、日本シリコングラフィックスは2001年10月に日本電気は同社の株式の40%を取得し、アメリカのSGIから独立した。なお2011年3月10日にアメリカのSGIの100%子会社に戻った。
6) Cellプロセッサ
3月9日(日本時間)、ソニー・コンピュータエンタテインメント、IBM社、東芝の3社は、次世代のブロードバンド・ネットワークの機関となる、汎用プロセッサのアーキテクチャの研究・開発に着手する合意ができたことが発表された。3社は共同で米国テキサス州AustinのIBM施設内に、共同研究・開発センターを設立することとなった。新しいプロセッサのコードネームはCellと名付けられた。Supercomputer-on-a-chipではないかという観測もあった。
アメリカ政府の動き
1) 政権交代
2001年1月21日より、民主党のクリントン大統領から共和党ブッシュ大統領に交代した。2000年11月の開票のドタバタもあり、僅差の勝利であったがアメリカ政府の方針、とくに科学技術政策が大きく変わることが予想された。1997年に発足したPITAC (President’s Information Technology Advisory Council)は1999年から第二期(共同議長は、Raj Reddy (Carnegie Mellon University)とIrving Wladawsky-Bergy (IBM))が始まっており、任期は2001年2月11日までとなっていたが、これを6月1日まで延長した。
レーガン政権下の1986年にできたアメリカの非営利団体Council on Competitivenessは、2月ブッシュ新大統領に対し、先端技術に対する投資がまだ不十分であるという勧告を行っている。
2) TeraGrid
2001年8月、NSF (National Science Foundation)は、NCSA, SDSC, ANLおよびCACR (Caltech)の4機関に$53Mを投じ、分散的テラスケール環境DTF (Distributed Terascale Facility)を構築し、40 Gb/sの光ネットワークで結合すると発表した。TeraGridと名付けられた巨大なグリッド環境である。
a) NCSAは、第2世代のItanium(McKinley)を搭載したIBM Linux クラスタを設置し、ピーク性能は6.1 TFlops。既存の設備とあわせて8 TFlopsの演算性能と、240 TBのストレージを持つ。
b) SDSCもMcKinleyを搭載したIBM Linuxクラスタを設置、ピーク性能は4 TFlops。ストレージは225 TB。グリッド上に分散したデータへのアクセスを管理するために、次世代のSun Microsystemsのサーバを設置する。なお2月にSid KarinはSDSCおよびNPACIの所長を辞任し、後任は2月23日付けでFran Bermanが就任した。
c) ANLは1 TFlopsのIBM Linuxクラスタと高精度可視化の設備を用意する。
d) Caltechは、科学データに焦点をあて、0.4 TFlopsのMcKinleyクラスタと32ノードのIA-32クラスタを設置する。
2002年10月にはPSC (Pittsburgh Supercomputer Center)が加わり、Los AngelesとChicagoのハブを持つ形に整備された、2003年10月にはAtlantaに第3のハブを設置し、ORNL、Purdue University、TACC (Texas Advanced Computing Center)のサイトを追加した。産業界の参加者は、当初はIBM、Intel、Qwest Communicationの3社であったが、その後Myricom、Oracle、Sun Microsystemsも加わった。
特徴的なことは、演算性能の大部分が第2世代のItaniumに依存していることで、全体では3300個のItanium (McKinley)を搭載し、ピーク性能の合計は13.6 TFlopsである。発表された頃、現実には第1世代のItanium (Merced)がやっと出荷されたところであった。直接に受注したのはIBM社で、同社は2001年8月9日、4研究機関からコンピュータやストレージやネットワークを受注したと発表した。
8月、NCSAは160台のdual Itanium IBM IntelliStationからなるマシンTitanを稼動させた。これは当時世界最大のItanium Linuxクラスタであった。Itanium 2のクラスタが稼動したのは2002年11月であった。
3) Pittsburgh Supercomputer Center
PACIの戦いに破れたPittsburg Supercomputing Centerは、2001年4月1日、TCSini (Initial phase of the Terascale Computing System, 342 GFlops)を開始し、これを6 TFlopsの TCS-1(Terascale Computing System) に発展させることになった。予算は$45Mで、これによりPSCはPACIの第3の中心サイトとなることができた。TCS-1はCompaq社製で、750台の4プロセッサ構成のAlphaServer ES45をQuadricsの相互接続網で結合したものであり、10月1日に公式に設置を完了した。
4) SciDAC
2001年度予算の中で、DOE, Office of Scienceは公募制の資源提供プログラムSciDAC (Scientific Discovery through Advanced Computing)を当初5年計画で開始した。単に既存の資源を提供するだけでなく、スーパーコンピュータを使った科学的発見を促進するために、科学計算用のハードウェアおよびソフトウェアのインフラを開発することを目的としている。分野としては、先進的科学計算、基礎的エネルギー科学、生物的環境的研究、核融合エネルギー科学である。当初計画(2000年3月24日付け)によれば、重要なポイントとして、
- 重要な科学的チャレンジを解決するために、モデル化や計算手法の開発、テラスケールのコンピュータを利用するための計算コード
- 計算システムと数学ソフトウェアへの長期的な投資
- 地域を越えて協力を可能にするソフトウェア・インフラストラクチャ
などを挙げている。
5) NERSC
DOE関係では、NERSC (National Energy Research Scientific Computing Center, LBNL)が2001年1月“Seaborg”という新しいスーパーコンピュータをOaklandの新しい拠点で運用を開始した。これは3328個のPower3プロセッサ(375 MHz)から構成されるIBM RS/6000 SPシステムであり、ピーク性能は5 TFlopsである。2001年6月のTop500では2.526 TFlopsのLinpack性能で第2位にランクされている。
ちなみに“Seaborg”という名称は、U.C. Berkeleyの物理学者で、超ウラン元素の合成および研究の業績により1951年度のノーベル化学賞を受賞したGlenn Theodore Seaborg教授を記念したものである。教授は、1999年2月25日に亡くなられていた。
6) Maui HPC Center
アメリカではDOEや軍の研究所の運営は、契約でどこかの大学に委託される。ハワイのマウイ島にあるMaui HPC Centerの運営は、1993年からこれまでNew Mexico大学が行って来たが、2001年10月からHawaii大学に移行した。
7) アメリカ同時多発テロ事件
9月11日朝(日本時間11日晩)、4機の定期便の飛行機がハイジャックされた。ボストン空港をロサンゼルスに向けて離陸した2機の航空機、American Airlines Flight 11(Boeing 767)とUnited Airlines Flight 175(Boeing 757)は、相次いでニューヨークの世界貿易センタービルに突入した。ワシントンのDulles空港をロサンゼルスに向けて離陸したAmerican Airlines Flight 77(Boeing757)はペンタゴン(国防総省)に突入し、ニューアーク空港からサンフランシスコに向けて離陸したUnited Airlines flight 93(Boeing 757)は乗客の反抗によりペンシルベニア州に墜落した。その後の展開はご存じの通り。筆者はたまたま数人の学生らとともに母校の海の家に泊まっており、近くにテレビがなかったので、ポケットラジオでニュースを聞いていたが朝まで状況がつかめなかった。マンハッタン南部で非常線が張られたCanal Streetは、2000年12月に家内と泊っていたホテルの近くであり、他人事とも思えなかった。筆者の密かな期待は、「これでアメリカ人も広島・長崎の痛みを理解するのでは」ということであったが、現実は「やられたらやり返せ」という論理で、対イスラム十字軍を結成することになった。
この事件はAl-QaedaのOsama bin Ladenが首謀者とされる。彼の名は、1993年2月26日の世界貿易センター爆破事件など以来知られていた。この一二年前からbin Ladenの名前はニュースを賑わせており、彼らの方がインターネットをより巧妙に利用しているという報道もあった。
これに続いて9月18日と10月9日の二度にわたり、アメリカのテレビ局、出版社、上院議員に対し炭疽菌(しかも兵器級の)が封入された封筒が送りつけられる事件があり、これもAl-Qaedaの仕業かとアメリカ全土を震撼させた。大量破壊兵器を口実にしたイラク攻撃の根拠にされたり、アメリカの生物兵器関係の研究者が疑われたりしたが、真相は謎である。
2001年10月7日には、アメリカ合衆国が主導する有志連合によるアフガニスタン攻撃が始まった。SC2001の開催や参加が危ぶまれた。日本のいくつかのの企業や研究機関は出展を見合わせた。筑波大学では、中止はしないもののポスター展示だけにとどめることにした。渡航中止勧告でも出ない限り。
標準化
1) XML標準化調査
2000年7月から始まった日本規格協会INSTACのXML関連標準化調査委員会(筆者が委員長)は、3月に100ページに及ぶ2000年度の報告書「わが国におけるXML標準化への提言」を完成させた。草案では電子政府についてかなり厳しい批判を書いたのだが、最終版では多少軟化させた。「現状の電子政府やe-commerceなどの根本原理を忘れてはならない。紙の様式をそのまま電子化したって意味ない、受益者である国民、市民の観点から、ワークフローモデルそのものを変革しなくては。」などと書いた。
4月からも月1回の頻度で委員会を開催した。2001年度は電子政府への提言やビジネスプロトコル標準化検討に重点を置くこととした。
2) Java
マイクロソフト社とサンマイクロシステムズ社は、1997年10月からJavaをめぐって訴訟を続けてきたが、2001年1月23日に和解が成立し、マイクロソフトは$20Mをサンマイクロシステムズ社に支払うこととなった。また裁判所は、マイクロソフト社に対してサンマイクロスシステムズのライセンス条件に従うことを命じた。
3) GGF
2000年10月にアメリカ、ヨーロッパ、アジア太平洋の3つのグリッド組織が連騰して結成されたGGF (Global Grid Forum)は、その第1回の会議GGF-1を2001年3月にオランダのAmsterdamで開催した。28カ国の200の組織から350人が参加した。10個のWorking Groupsが活動した。参加者の話では、アメリカはコンピュータ科学を軸としているのに対し、ヨーロッパはCERNのLHC (Large Hadron Collider)実験を見据えたdata gridが牽引役となっている点が対照的だったとのことである。年3回の開催が計画されている。
第2回は、6月15~18日に米国 Washington, D.C.のTysons Cornerで開催され300人が参加した。Steering GroupおよびArea Director制をつくり、日本からは関口智嗣と松岡聡がArea Directorsに就任した。第3回は10月7~10日にイタリアのRomaで開催された。
4) 汎用JPドメイン名
これまでインターネットの.jpのドメイン名は第2レベルに.acや.coなどの組織種別や地域(県名)を表示していたが、このころ第2レベルを直接指定する「汎用JPドメイン名」が解禁された。これは法人格を持つかどうかに関係なく早い者勝ちで登録でき、しかも1組織から何種も申請できる。既にドメイン名を持っている組織は3月までに優先線登録を申請できることとなった。同じ文字列のドメイン名に複数の申請が行われた場合は抽選によって決定する。2001年5月7日から、先着順で登録申請の受付が開始された。
次回は世界の学界の動き。1986年から続いてきたMannheim Supercomputer SeminarがISC (International Supercomputing Conference)としてHeidelbergで開催される。
(タイトル画像:NEC SX-6 画像提供:日本電気)
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