世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


6月 6, 2016

HPCの歩み50年(第85回)-2002年(a)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

日本として最大の事件は、地球シミュレータが稼働し、Top500でぶっちぎりのトップを占めたことである。CompaqはHPと合併したが、前途は多難であった。IntelはItaniumに続いてItanium 2を発表した。グリッドがいよいよ本格化し始めたが、IBMはOGSAを提唱し、グリッド技術に一石を投じた。

社会の動きとしては、1/1ユーロ現金流通開始、1/6アメリカのBoston Globe紙、カトリック教会の聖職者による多数の未成年者性的者虐待事件とその組織的隠蔽工作についてキャンペーン開始、各紙も追随、1/19新宿中央公園に爆弾、1/23雪印食品牛肉偽装発覚(4/30雪印食品解散)、1/29ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言、2/8 Salt Lake Cityオリンピック開幕、3/26辻本清美が議員辞職、4/1いわゆる「ゆとり教育」スタート、5/8中国官憲、瀋陽の日本公館内で5人を拘束、5/20東ティモール独立、5/31サッカーのFIFAワールドカップが日本と韓国で始まる(6/30まで)、6/19鈴木宗男逮捕、7/21米国の電気通信業者Worldcomが連邦破産法第11章申請、8/5住基ネット稼動、8/6日本ハム牛肉偽装発覚、8/9田中眞紀子議員辞職、9/17小泉首相が訪朝し日朝首脳会談、金正日総書記が日本人拉致を認める、10/12バリ島で爆弾テロ(その後2005/10/1にも起こっている)、10/15北朝鮮拉致被害者5名帰国、10/23モスクワで劇場占拠事件、11/1稲敷郡茎崎町がつくば市に編入(つくば市最終形)、11/14アルゼンチンが債務不履行、12/1東北新幹線、八戸まで開通、12/19韓国大統領選挙で盧武鉉当選。この年、小柴昌俊がノーベル物理学賞を、田中耕一がノーベル化学賞を受賞。Jimmy Carter, Jr.米国元大統領がノーベル平和賞受賞。

ITバブルの崩壊により、前年の9.11同時多発テロもあって、アメリカは深刻な不況に突入した。2002年のアメリカのIT関連失業者数は56万人に達した。6月Worldcom社は内部監査により$3800Mの巨額粉飾が発覚し、7月に破産した。ITを中心に7年にわたる奇跡的な経済成長を続けてきたアイルランド経済も2002年に急激に失速した。また9.11テロは航空旅客の減少を招き、8月11日US Airwaysが、続いて12月9日United Ailinesも連邦破産法第11章(会社更生法に相当する)の適用を申請した。両社とも裁判所の監督下で会社再建を目指した。

地球シミュレータ

詳細は『地球シミュレータ開発史』参照。

1) 運用開始
昨年の記事で述べたように、2001年12月末に全筐体の搬入が完了した。「京」でも同様であったが、個別に入念に事前評価したとはいえ、ハードウェア、基本ソフトウェア、運用管理ソフトウェア、アプリケーションなどどれも、実スケールでは搬入されたこのシステムでしか動かせないので、すべて同時に昼夜兼行でテストを行った。2月20日付けの朝日新聞には、「世界最高速のコンピュータが横浜に完成し、3月から動き出す。」と書かれている。2002年3月15日、完成披露式が行われ、運用が開始された。

1月末頃、Robert Triendl(当時ATIP所属)から連絡があり、地球シミュレータについて、Nature誌のために2~3ページの記事を書いているとのことでインタビューを求められた。出た記事は2ページのもので、多くの人のインタビューが消え、佐藤哲也センター長と東大のK氏と文部科学省の篠崎情報課長補佐のコメントだけになり、きわめて不満足なものとなった。地球シミュレータがなくても気候研究はできるなどという話も出ていた。筆者を含めインタビューに応じた面々はがっかりした。

2) “Computenik”
最初の大規模計算は、Linpackベンチマークへの挑戦であった。4月14日に3回のテストが行われ、2回は失敗、1回は638 nodesで35.61 TFlops(ピーク比87.2%)を達成した。全体では640 nodesなので2 nodesは調子が悪かったのであろう。これまでのトップであったASCI Whiteの7.226 TFlopsの5倍近かった。この数字がDongarraらのLinpack Report(注:Top500ではない)に登録され、4月18日に海洋科学技術センターから発表されると、国外からも大きな反響があった。4月20日付けのNew York Timesのトップ記事として掲載されるとともに、テクノロジ欄には”Japanese Computer Is World’s Fastest, as U.S. Falls Back”という解説記事が載っている。

「地球シミュレータはアメリカのトップ20のコンピュータの性能の合計よりも高い性能をもつ。アメリカのほとんどの技術者はアメリカが技術競争に勝っていると思っているが、その時代は終わった。アメリカと日本の科学技術上の優先順位の違いを如実に物語っている。日本は気象、気候変動、地震などを解析するためにコンピュータを開発したが、アメリカは兵器のシミュレーションに力を入れており、気候モデルのような科学の領域で遅れを取っている。」

「地球シミュレータは、アメリカのスーパーコンピュータ政策立案者の自己満足に激震を及ぼした。スーパーコンピューティングへの唯一の道は、既製品のチップを使った超並列計算機だという考え方を打ち壊した。」

「日本のスーパーコンピュータの到来は、1957年のソ連のスプートニク衛星のような衝撃を感じている科学者もいる。Tennessee大学のJack Dongarra教授は”In some sense we have a Computenik on our hands.”と述べている。アメリカのこれまでの努力は自己満足であり、今後はアメリカの気象学者も日本のコンピュータを使い始めるかもしれない。CaltechのThomas Sterlingは”The Japanese clearly have a level of will that we haven’t achieved.”と述べている。」

「そもそも、アメリカの議会や商務省が保護政策を取り、日本のスーパーコンピュータを締め出し、commodity路線を押し進め、そして Crayをつぶしてしまったのは間違いではないのか。演算速度よりも、メモリバンド幅、相互接続網の速度などが重要であり、やはりベクトルは速い。」

「スカラのMPPがよいという1990年代のアメリカの政策は、マイクロプロセッサを使ったシステムのベンダを元気にしたが、それは保護された自国の市場内部での話であった。アメリカ以外では、航空や気候・気象の分野はNECによって席巻されてしまった。気候変動の現実的なシミュレーションのためにはテラフロップが必須である。1990年代には大都市の大気汚染のシミュレーションを実行することにより、効果的な対策が取れるようになり、その効果は毎年10兆円にも及ぶ。スーパーコンピュータに払っても十分おつりが来る。」

言うまでもなく日本は地球シミュレータを秘密にして来たわけではない。これまで書いてきたように、関係者は開発開始以来さまざまな国際会議で地球シミュレータ計画について予定性能を含めて講演してきた。Dongarra教授だってもちろん知っていた。けしてComputenikではなかった。前述の記事は「見せかけの驚き(feigned surprise)」とまで述べている。これまでアメリカが一番であったのに、日本に5倍も凌駕されたこと、しかもそれがアメリカでは絶滅死しそうなベクトル技術を用いていたことは、アメリカに大きな衝撃を与えた。日経コンピュータ2002年8月13日号の田中一実記者の記事には、筆者のコメントが引用されている。「東京大学大学院情報理工学系研究科の小柳義夫教授は『地球シミュレータの出した実効性能は,欧米の多くの研究者に大変なショックを与えた』とコメントしている。『彼らにしてみれば,日本のマシンがここまで凄い性能を出せるとは予想外だったようだ』(小柳教授)。この地球シミュレータこそ,いまや日本でしか商用機が作られることがなくなった,ベクトル型のスーパーコンなのである。」

残りの2 nodesまで入れた全640 nodesでの測定は2002年5月3日に成功し、35.86 TFlopsを達成した。6月のTop500では堂々の1位を獲得した。

3) アメリカの反応
Dongarra教授の“Computenik”という名言の効果は抜群であった。2002年5月15~16日には、エネルギー省が全米のスーパーコンピュータ研究者や政策担当者を集め、“Earth Simulator Rapid Response Meeting, ES performance, a credible threat to US computational science leadership”という会議を行い、今後、地球シミュレータが米国にどのような影響を与えるかを分析し、その対抗策を政府に勧告した。5月下旬、SDSCのFran Berman新所長から、ある人を通して「アメリカのサイエンティストが地球シミュレータでベンチマークをしたいのだが、どこにコンタクトしたらよいか」という問い合わせがあった。近年めずらしいことであった。

6月12日にはIBM/ORNL/NCARの会議が、6月14日にはOSTPの会議が、6月20日にはCray/ORNL/NCARの会議が開かれた。6月に発表されたエネルギー省の報告書は、次のように述べている。「米国は気象科学研究で首位の座を失った。計算科学は、エネルギーと国家の安全を保障するというエネルギー省の任務に大きく貢献しているため、影響は広範で、重大な意味を持つ可能性がある」(AP通信、12月17日)7月8日にはSIAMのMini-Symposium “Presentation of ES challenge”が開かれた。7月22日にはDOEの調査団が横浜の地球シミュレータを訪問した。

8月には、核融合、化学、天体物理学、加速器設計、ネットワーク、ナノ材料などの広い分野の研究者コミュニティと議論している。いわゆるTown Hall Meetingである。例えばナノ材料については、「シミュレーションの重要性」「DOEに対する意義」「どんなブレークスルーが必要か」「それからどんな結果が出るか」「ブレークスルーのためには、どんなコンピュータやネットワークが必要か」「日本の地球シミュレータが当該分野に及ぼすチャレンジ」などが議論されている。

2002年11月にはエネルギー省長官がワシントンのプレスクラブで講演し、米国は国家プロジェクトとして技術開発の遅れを取り戻し、再び世界一の座を奪還すると発言し、「打倒、地球シミュレータ」を高らかに宣言した。

4) ヨーロッパの反応
IBM社は地球シミュレータの優れた性能に自尊心を傷つけられ、即座に、第2位という地位に説明を加えた。「実用状態での性能では、実際これまでのところわれわれがナンバー1だ」と、ヨーロッパにあるIBM社の科学技術コンピューティング事業部の責任者、ウラ・ティール氏は話す。「ローレンス・リバモア国立研究所の『Blue Gene/L』を稼動させれば、われわれは200 TFlopsでリストのトップに立つだろう」「米国の一部の科学者たちは今年、地球シミュレータについて驚いたふりをしていたが、全員がかなり以前からそれについて知っていたのだ」とティール氏は語った。(Hotwired 7月9日)

5) インターネット接続
地球シミュレータがインターネットとつながっていず、ネットワーク経由で使えないという記事が日本経済新聞6月3日朝刊に出た。外国からは不思議がられた。アメリカの調査団が見学から帰ってきて,筆者達に「なんでインターネットにつながっていないのか」と質問するので、「我々に聞かずに、地球シミュレータセンターに聞いてくれ」と答えた。上層部の意向から来ているようで、セキュリティやユーザ管理のためであろう。その結果、ユーザは毎回、横浜杉田のセンターまで直接足を運ぶことになった。ファイルシステムだけはインターネットにつながった。

6) 運用
6月21日、地球シミュレータ運用推進課は、平成14年度(2002年度)の利用登録申請の受付を開始した。締め切りは7月1日。非公式に聞いた話では、半分のリソースは一般公募するが、全能力の1/12以上を占有するような提案、つまり地球シミュレータでなければできないような規模の計算しか採用しないとの方針が伝えられた。残りの半分は、原子力研究所、NASDA、海洋センターおよび地球シミュレータがほぼ1/8ずる利用するとのことである。一般公募の選定結果は7月15日付けで発表された。

7) 地球シミュレータセンター・シンポジウム
2002年9月28日(土)に、パシフィコ横浜において「第1回地球シミュレータセンター・シンポジウム――人と地球のやさしい関係」が開始された。これは一般向けの講演会で、佐藤哲也「地球シミュレータセンターの紹介」や山形俊男「アジア気候変動の謎に迫る」、平朝彦「未踏の地球深部への挑戦」などとともに、高木美保の「木立の中に引っ越しました」とか、佐野寛の「宇宙船地球号の行方」などの招待講演もあった。

8) 次期計画「コスモシミュレータ」?
2000年頃新聞に報道されていたが、筑波大学と理化学研究所が共同で131 TFlopsのスーパーコンピュータを開発する計画が検討されていた。完成は2005年を予定しており、地球シミュレータの向こうを張って「コスモシミュレータ」と呼ばれていた。もし完成すれば地球シミュレータに続いてトップクラスのスーパーコンピュータとなるはずであった。この計画は実現せず、Top20に日本製のスーパーコンピュータが見あたらない年もあった。

日本政府の動き

次に、その他の日本政府の動きを記す。

1) 新世紀重点研究創生プラン(RR2002)
第2期科学技術基本計画(2001年度~2005年度)に則り、我が国が21世紀において真の科学技術創造立国を実現するために、産官学の最適な研究期間によって、国家的・社会的課題に対応した研究開発プロジェクトに重点的に取り組むことにより、これまでにない優れた成果を創生しようとする事業である。RRはResearch Revolutionを意味する。2002年度には総額369億円の予算が付けられた。2004年には中間評価を行う。2006年度まで。具体的なプロジェクトは以下の通り。

(1)ライフサイエンス分野(ライフサイエンスプログラム)
「タンパク3000プロジェクト」「ナショナルバイオリソースプロジェクト」「21世紀型革新的先端ライフサイエンス技術開発プロジェクト」
(2)情報通信分野(ITプログラム)
「世界最先端IT国家実現重点研究開発プロジェクト」「『eサイエンス』実現プロジェクト」
(3)環境分野(環境プログラム)
「人・自然・地球共生プロジェクト」
(4)ナノテクノロジ・材料分野(ナノテクノロジ・材料プログラム)
「ナノテクノロジ総合支援プロジェクト」
(5)防災分野(都市再生プログラム)
「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」

 

 

 

 

 

 

 

 

情報通信分野(ITプログラム)のプロジェクトと代表者は以下の通り。

● 世界最先端IT国家実現重点研究開発プロジェクト

(1) 次世代モバイルインターネット端末の開発(坪内 和夫 東北大学電気通信研究所)
(2) 超小型大容量ハードディスクの開発(中村 慶久 東北大学電気通信研究所)
(3) 高機能・超低消費電力メモリの開発(大野 英男 東北大学電気通信研究所)
(4) 光・電子デバイス技術の開発(荒川 泰彦 東京大学生産技術研究所)
(5) 大規模データ解析・提供に必要な超高速光・電気変換技術の開発(石黒 正人 国立天文台)
(6) 戦略的基盤ソフトウェアの開発(小林 敏雄→加藤千幸 東京大学生産技術研究所)総額36.4億
「有機高分子の量子力学計算」「タンパク質-化学物質の相互作用解析」「ナノスケールの物質・材料シミュレーション」「 LESによる流体解析」「 連成現象を伴う大規模構造解析」「統合プラットフォーム」「HPCミドルウェア」

● 「eサイエンス」実現プロジェクト

(1) スーパーコンピュータネットワークの構築(下條 真司 大阪大学サイバーメディアセンター)。バイオインフォマティックス向けのグリッドを構築
(2) スーパーコンピュータネットワーク上でのリアル実験環境の実現(松澤 照男 北陸先端科学技術大学院大学)北陸先端大学、富士通、京都大学、広島大学、日本原子力研究所、金沢医科大学の6機関で実施。
(3) ITを活用した大規模システムの運用支援システムの構築(北村 幸雄 株式会社ギャラクシーエクスプレス)

2) 文部科学省知的クラスター創生事業
2000年度に、地域の大学等の地位的特色のある研究成果と研究人材を核とした技術革新による新たな産業の創出を目的として、「知的クラスター」を構築するための方策等の研究を行い、2001年度には全国30地域において実現可能性調査を実施し、2002年1月に各自治体から事業構想の提案を受けた。この中から2002年度からの知的クラスター創生事業の実施地域として、12地域10クラスタを選定した。2002年7月からは6地域で施行を開始した。5カ年計画である。その後もいくつか選定されている。

IT関係やバイオ・ナノテク関係が多いが、情報関係では、「札幌ITカロッツェリアクラスター」「仙台サイバーフォレストクラスター」「長野・上田スマートデバイスクラスター」「浜松オプトニクスクラスター」「福岡県システムLSI設計開発クラスター構想」「北九州ヒューマンテクノクラスター」がある。

福岡では、財団法人福岡県産業・科学技術振興財団を中核機関として、「システムLSIのアプリケーション技術」「次世代システムLSIアーキテクチャ技術」「システムLSI設計支援技術」の3本柱を進める。企業等からの出向者を含めて2~30人規模の規模を予定しているとのことであった。

3) 21世紀COEプログラム
文部科学省は6月14日、世界的な研究教育拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある世界最高水準 の大学づくりを推進するために、「世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援-21世紀COEプログラム-」を募集し、9月30日に113件を採択した。情報・電気・電子分野では20件で、その中に筆者の所属している東大情報理工学系研究科から提案した「情報科学技術戦略コア」(リーダー田中英彦)も入っていた。期間は5年間。筆者らは「超ロバスト計算原理プロジェクト」を担当した。

4) 産総研グリッド研究センター
話は前年末から広まっていたが、2002年1月4日の日本経済新聞7面等に、「今回、経済産業省がグリッド技術の研究開発に特別予算を付けて、民間企業の開発を助成する。2003年に専用の施設を建設し、補正予算で170億要求中」という記事が出た。産総研の「グリッド研究センター」の幕開けである。例によって、「パソコンを○万台つないで」などと解説されていた。センターは4月に発足した。センター長は関口智嗣。関連するベンチャーとして、(株)グリッド総合研究所(社長西克也)も3月15日に発足した。

産総研は、SC2002の最中に、バンド幅チャレンジで、1万キロ以上離れたアメリカと日本の7つのグリッド・クラスタを統合して、multiple TCPにより一個のアプリで多量のデータを707 Mb/sの高速で送ることに成功した、と11月26日発表した。日本側のクラスタは、産総研、高エネルギー研、東工大、東大で、アメリカ側はIndiana大学、SDSC、BaltimoreのSC2002会場である。

5) アジアグリッドイニシアチブ
平成14年度(2002年度)の科学技術振興調整費は、10倍を超える競争率であったが、関口智嗣を代表とする産総研「アジアグリッドイニシアチブ」が採択された。文部科学省から外部の意見を取り入れるために推進委員会を設置するよう指導を受け、推進委員会を発足させた。外部からの委員は、姫野、小西、合田、筆者であった。

6) RWCP最終評価
昨年のところで述べたように、2001年8月頃「次世代情報処理開発機構(RWCP)」のRWCP最終評価を行うという話が持ち上がり、今度は筆者が評価委員長を仰せつかった。事務局は川鉄テクノリサーチであった。第1回評価委員会は10月25日、第2回は11月8日、第3回は11月20日に開催された。

2001年の中間評価では各チームの担当者までヒアリングを行ったが、最終評価では中隊長以上の話を聞くに留めたので、比較的高い評価結果が出た。「並列分散分野においては、前半の超並列計算機RWC-1に代えて、当時未知数であったPCクラスタを中心とする技術、特に高速光ネットワークによるシームレス並列分散という目標を設定とした先見の明は高く評価される。SCore、OpenMP などは実用化され、SCoreについてはコンソーシアムも発足した。日本発の基本ソフトが少ない中で極めて意義深い。人数を適正に絞り、計画初期段階で優れた要素技術を開発し、2~3年目から集中研、分散研が協力して実用ソフトとしての成果を出していることは評価できる。また、RHiNETという10 GbpsクラスのスイッチとNICを開発するという計画も、つくば研究室が企業、大学と連携を取って進めたものであり、研究開発を効果的に進めたと同時に、わが国のレベルの向上に貢献しており、事業体制・運営も適切であった。光インターコネクションのテーマが基礎的開発の段階にあったため、その実用化としての並列分散システムという形にならなかったことは残念であるが、技術的な困難さを考えると理解できる。並列アプリケーションのテーマについては、分野の広さのため個別テーマ間の有機的連携は必ずしも有効に働かなかったが、それぞれ実用的な大規模問題を取り上げて、並列分散処理により問題解決するという典型例を示したといえる。」

プロジェクト評価の最終的な討論の場である経済産業省産業構造審議会評価小委員会RWC評価WGは2002年1月29日に開かれた。

7) NAREGI構想
NAREGI(National Research Grid Initiative)は、2003年度から文部科学省が推進した「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトであるが、5月30日の新聞にも報道されていた。2002年6月頃、これが概算要求に載りそうだという話が流れてきた。6月25日の夜、産総研の上野オフィスに何人かが集まって、深夜まで議論し、構想を練った。この頃には、NAREGI(またはNaReGI)という名称はすでに決まっていたようである。総予算700億円の可能性があるということで(一説には300億円)、総性能300 TFlops、ディスク3 PBの資源と、3 Tb/sのネットワークが可能で、世界最大級の研究グリッドが構築できると盛り上がった。研究開発テーマ、研究分担、研究体制、人材養成、国際標準化、運用組織など詳細に議論した記録が手元にある。NAREGIは翌年実現したが、このとき考えたものとはだいぶ違っていた。

8) JSTシミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築
JSTの事業「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」が2002年度から始まった。この研究領域は、計算機科学と計算科学が連携することにより、シミュレーション技術を革新し、信頼性や使い易さも視野に入れて、実用化の基盤を築く研究を対象とするものである。CRESTプログラムとさきがけプログラムの混合型領域として設定された。研究総括は土居 範久(中央大学 理工学部情報工学科 教授)。領域アドバイザは大蒔和仁、小柳義夫、武市正人、寺倉清之、東倉洋一、三浦謙一、宮原秀夫(2005年度まで)、矢川元基である。

2002年度のCRESTとしては、「粒子法によるマルチフィジクスシミュレータ」(越塚誠一)、「放射線治療の高度化のための超並列シミュレーションシステムの開発」(斎藤公明)、「多階層的バイオレオシミュレータの研究開発」(土井正男)、「大規模シミュレーション向け基盤ソフトウェアの開発」(西田晃)、「ナノ物性計測シミュレータの開発」(渡邉聡)の5件が採択された。期間は5年。さきがけとしては、「超効率的高分子物性機能計算システムの開発」(青木百合子)、「相関電子系の新しい大規模計算アルゴリズム」(今田正俊)、「相対論的分子理論プログラムの開発」(中嶋隆人)、「特異値分解法の革新による実用化基盤の構築」(中村佳正)、「マイクロ流体デバイス開発のための流体―構造連成共振現象逆解析」(松本純一)、「離散・連続複合系の分散最適化シミュレーション」(室田一雄)、「ハイブリッド型分子動力学シミュレーションの開発」(山本量一)、「生物型飛行の力学シミュレータの構築」(劉浩)の8件が採択された。期間は3年。

次回は日本の学界の動きを述べる。

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