HPCの歩み50年(第87回)-2002年(c)-
日本でもグリッド・ビジネスが始まった。大日本印刷は企業内などのパソコンの遊休パワーを活用して高速演算を行う自律分散型並列処理プラットフォームを開発した。中国ではMIPSアーキテクチャの32ビットプロセッサLoongson(龍芯)を自主開発した。

日本の企業の動き
1) 富士通
すでに噂では流れていたが、2002年1月5日、富士通はベクトルコンピュータの開発から撤退する方針を明らかにした。3月6日には、スカラ型のスーパーコンピュータを開発していることを発表した。CPUは1 GHzを越える4命令同時実行の高性能プロセッサ、これを128個SMP(対称型マルチプロセッサ)として結合したものをノードとし、光結合により128ノードまで拡大できるという壮大な売り込みであった。OSはSolaris。従来のベクトルユーザがスムーズに移行できるよう、コンパイラやツールを提供するとのことである。これでベクトルスーパーコンピュータを開発するのは日本電気とCray社だけとなった。
2002年8月22日、富士通はピーク性能最大85.1 TFlopsのPRIMEPOWER HPC2500を販売開始し、2003年1月から出荷すると発表した。CPUは1.3 GHzのSPARC64 Vを搭載し、1ノードには最大128プロセッサ搭載できる。OSはSolaris。ノードの最大理論性能は665.6 GFlops。これを片方向16 GB/sの高速光インターコネクトで最大128ノードまで接続できる。ベクトル型の“VPP”シリーズから移行するための“VPP Fortran(VPPフォートラン)”仕様を含む並列コンパイラ『XPFortran(XPフォートラン)』や、Fortran、C/C++コンパイラなどを提供するほか、チューニングサービスや移行支援サービスを提供するとしている。
独立行政法人宇宙航空技術研究所(NAL) は128 CPU搭載のノード14台を接続したPRIMEPOWERシステムを「新NSシステム」として導入し、10月から稼働を開始した。ピークは9 TFlops。
2005年6月のTop500リストには以下の3件が掲載されている。
順位 | 設置場所 | 機種 | CPU数 | Rmax (GFlops) | 設置年 |
41 | 名古屋大学 | HPC2500 (2.08 GHz) | 1884 | 6860 | 2005 |
55 | NAL | HPC2500 (1.3 GHz) | 2304 | 5406 | 2002 |
67 | 京都大学 | HPC2500 (1.56 GHz) | 1472 | 4552 | 2004 |
HPCwire英語版は1992年から始まり、2002年は10周年に当たる。これを記念して何人かの重要人物のインタビューを企画したが、2月22日号の最初の人物は三浦謙一(富士通)であった。三浦は、富士通のHPC市場への参入について、1977年のFACOM230-75APUから始まり、VP、VPPの歴史を語るとともに、自分がIllinois大学の院生としてILLIAC IVプロジェクトに関わった話、富士通に入って1980年代のスパコン大プロに関わった話などをした。最近の10年を振り返っては、Bipolar (ECL)からCMOSへの移行が最大の変化だと述べた。富士通のHPCの将来動向については、ベクトルからスカラSMPへ移行し、高い費用効率により広いユーザのニーズに応える。富士通がHPCそれ自体から撤退するというのは悪意の噂である。今後はグリッドコンピューティングが重要になるが、日本は地域ごとに強力な資源が置かれているのでアメリカとは違う形になるであろう。あと自分の家族、趣味の天文観測や所蔵するビンテージ・カーにまで話は及んだ。
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NEC SX-7 (画像提供:日本電気株式会社) |
2) 日本電気
日本電気にとって最大の事件は、最初に書いたように地球シミュレータが稼働し、ぶっちぎりの世界一を占めたことである。この技術を基にしたSX-6は2001年に発表されている。
地球シミュレータが動き出したばかりであるが、日本電気はSX-7を発表した。筆者が最初に知ったのは東北大学情報シナジーセンターの「大規模科学計算システムニュース(9月3日付け)で、2003年1月にSX-4からSX-7に更新するということであった。10月11日に正式に発表された。CPU当たりの演算性能は少し上がって8.83 GFlops、1ノード最大32 CPUまで、メモリは256 GB。2004年11月のTop500では核融合研のSX-7のみで東北大は載っていない。
日本電気は、2002年月3日、64-bit MIPSプロセッサVR7701を発表したクロックは400 MHz、256 KBのオンチップL2キャッシュとSDRAMメモリコントローラを搭載している。L2キャッシュは4-way set associativeでLRUアルゴリズムのwriteback方式(フラッシュされるとき主記憶に書き戻される)、ECC保護されている。
3) 日立
日立は2002年12月17日、サービスプラットフォームコンセプト「Harmonious Computing」を発表した。「Harmonious Computing」は、ユーザのビジネスを実行するシステム基盤であるサービスプラットフォームに対して、ユーザがポリシー(実行規準)を設定するだけで高付加価値なサービスを快適に利用できるITシステムを提供するというコンセプトで、IBM社の“On Demand Computing”やHewlett-Packard社の“Self-Adaptive Computing”に対抗するものと考えられる。「H」で始まるところがミソらしい。
「Harmonious Computing」では、各種の機能やサービスが相互連携することが重要でであることを指摘し、日立は、先行開発した技術や仕様を各種標準化団体に積極的に提案し、他社と協調し、仕様の普及につとめて行くことを宣言している。具体的には、
・IETF(Internet Engineering Task Force):ネットワークやシステムのポリシー管理標準化
・DMTF(Distributed Management Task Force):システム運用管理情報モデル(CIM: Common Information Model)標準化
・SNIA(Storage Networking Industry Association):ストレージシステム運用管理の情報モデル標準化
・OASIS(Organization for the Advancement of Structured Information Standards):Webサービスセキュリティ、管理メッセージングの標準化
・ GGF(Global Grid Forum):グリッドサービスインタフェースの標準化
などを挙げている。
4) 日本IBM社
日本IBM社は、2002年8月1日付けでグリッド・ビジネス事業部を新設し、今後、グリッドコンピューティング事業を本格展開していくと発表した。米IBMは、グリッドコンピューティングの標準化団体であるGGF (Global Grid Forum)に参加しており、グリッドの標準アーキテクチャ『Open Grid Services Architecture』(OGSA)による標準化を推進している。今回のグリッド・ビジネス事業部の設立に合わせて、エマージング・ビジネスを再編。グリッドコンピューティングのほか、「オートノミック・コンピューティング」「セキュリティ&プライバシ」「ネットワーキング」「ゲーム」「eビジネス・オン・デマンド」の6つの新規ビジネス分野を追加し、積極的に推進していく方針とのことである。
5) 富士ゼロックス
富士ゼロックスは、分子動力学を用いて、超高速・高精度にコンピュータ・シミュレーションを実行する「MD法専用クラスタシステム」を商品化していた。ソフトは大正製薬。科学技術振興事業団バイオインフォマティクス推進センターの研究開発課題「高速計算機システムによる蛋白質フォールディングの研究」(代表研究者 肥後順一)に採用が決定し、MDエンジン II PCを搭載したクラスタを納品したと4月4日に発表した。
6) 大日本印刷
5月のJSPP2002のポスターでも発表されていたが、6月4日、大日本印刷は企業内などのパソコンの遊休パワーを活用して高速演算を行う自律分散型並列処理プラットフォーム『AD-POWERs』を開発したと発表した。AD-POWERsは「Autonomous Decentralized communication protcol based Platform for Omnipresent Workers without Expensive Resources」から命名された。地球外生命探査プロジェクト『SETI@home』のように、ネットワーク上のPCに処理を分散して、大きなプログラムを実行する。演算処理を多数のステップに分割し、ネットワークに接続した複数のPCに処理させたあと、結果を統合する。専用ソフトを各PC上にコピーしておき、各PCは専用スクリーンセーバーが起動すると、「遊休中」と判断して並列処理に参加する。処理能力のばらつきや、異種OSの混在も動作には支障ないとのことである。日本版Entropiaである。実際、2003年4月21日にこのソフトウェアは発売された。価格は1ネットワークセグメントあたり19万9,800円と低価格に抑えられている。2005年11月にはVer. 2が発売された。
7) NTT
電電公社が1984年11月30日からサービスしていたビデオテックスサービス「キャプテンシステム」が、インターネットの普及により、2002年3月31日にサービスを終了した。1995年9月にNTTビジュアル通信株式会社に社名変更していた。
アジアの動き
1) 聯想集団(Legend)
1984年に中国科学院計算機研究所からのスピンオフとして出発した聯想集団は、2002年8月29日、中国初の商用スーパーコンピュータDeepComp1800(深騰1800)を開発したと発表した。これはIntel社のXeonプロセッサと272 GBのメモリを搭載したノード526台で構成され、6 TBのHDを持つ。ピーク1 TFlops。9月には中国科学院に設置する予定。北京での発表会は、全人代の幹部も出席して大々的に開催された。聯想の楊元慶CEOは「われわれのスーパーコンピュータ開発の成功は、中国のHPC市場の外国支配を終わらせるものとなる」と宣言した。2002年11月のTop500では、聯想集団の2 GHz XeonクラスタがRmax=1.046 TF (Rpeak=2.048 TF)で43位に入っている。
なお聯想集団はLegendというブランド名を使用してきたが、2003年4月、商標および英語社名をLenovoに改めた。
2) 龍芯(Loongson)1号
中国科学院計算技術研究所は、2002年、江蘇綜藝集団(Jiangsu Zhongyi Group)と官学共同投資のBLX IC Design Corporationを設立し、MIPSアーキテクチャの32ビットプロセッサLoongson(龍芯)を開発した。正式名称はGodson。180 nmのCMOSプロセスで製造され、266 MHzで動作。データキャッシュ8 KB、命令キャッシュ8 KB、倍精度演算は200 MFlops。この時点ではMIPS Technologies社からライセンスを得ていなかったので、MIPSが特許をもつ4命令を欠いていた。中国科学院は、その後2009年にMIPS社とライセンス契約を締結。
3) 中国のインターネット規制
2002年9月に、中国国内でGoogleが使用できない状況になっていることが判明した。これまでも中国はCNNなど国の政策に会わない情報を提供しているサイトをブロックしてきたが、サーチエンジンをブロックしたのは初めて。他方、Yahoo!は利用可能らしい。
4) インド
インド電子省のC-DAC (Centre for Developmento of Advanced Computing)は、自前のスーパーコンピュータの開発を続けており、1998年にはSun Enterprise 250サーバ(UltraSPARC II)をノードとして接続したPARAM 10000(ピーク6.8 GFlops)を作ったが、今度はTFlops級のスーパーコンピュータを製造するとのことである。HPCwire11月1日号に報道された。正式発表は2003年4月。
筆者は12月のHPC Asia2002で実物を見学したが、名前はPARAM Padmaで、中身はIBMの4-way SMPを独自開発のPARAMnetで結んで箱にいれたものであった。ピーク性能は1 TFlops、価格は$5Mで「半額」(何と比べて?)との触れ込みであった。将来的には16 TFlopsまで拡張できるとのことである。
ヨーロッパの動き
1) イギリスのGrid
UK National Gridセンターが創設された。中核センターは、Edinburgh/Glasgow,で、この他にOxford大, Newcastle大、Belfast大, Manchester大, Cardiff大, Cambridge,大 Southampton大 、Imperial Collegeに地域センター(8センター)を置く。このセンターはIBM社と契約し、IBM社はGRIDプロジェクトに対してキーテクノロジとITインフラストラクチャを提供する。
2) CSCS(スイス)
Swiss Scientific Computing Centre (CSCS, Centro Svizzero di Calcolo Scientifico)は、1991年以来、日本電気のSX-3、SX-4、SX-5を導入してきたが、2002年にpSeries 690 Turbo 1.3GHzを導入した。2002年のTop500では、Gigabit Ethernetの相互接続だったので、Rmax=590.2 GFlopsで61位であったが、11月にはIBMの接続網に換えてRmax=736.6 GFlopsに上がった。でも順位は73位。
3) Quadrics Supercomputer World社
1996年、Alenia Spazi社とMeiko Scientific社との合弁会社としてブリストルとローマで設立したQuadrics Supercomputer World社は、1998年、Alphaプロセッサ搭載のシステムのために高速な相互接続ネットワークQsNet Iを発表した。2002年10月8日、同社はIntel社のItanium 2とXeonプロセッサのためのネットワークカードとソフトウェアを提供すると発表した。今のところPCIスロットに差し込むようになっているが、2003年前半に登場予定の次世代製品は、もっと高速なPCI-Xを採用する予定。
ライバルのMyricomはすでにItanium搭載のシステムをサポートしている。
2002年11月のTop500では、上位5件のうち3件、上位10件のうち5件がQuacricsの接続網QsNetを利用している。
次はアメリカ政府の動き。NSFのTeraGridは動き始めた。ASCI Qは全体の完成が遅れたが、次の(当初では最後の)マシンASCI Purpleが発表された。同時に、ASCIの次としてBlueGene/LおよびRed Stormが発表される。
(タイトル画像:PRIMEPOWER HPC2500 画像提供:富士通株式会社)
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