世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


11月 21, 2016

HPCの歩み50年(第103回)-2003年(i)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

中国は輸入したプロセッサを用いてコンピュータを開発するとともに、独自に64ビットプロセッサ龍芯(Loongson)2号(英語名Godson-2)を完成させるが、HPC目的ではないようである。中国はIBMと協力して中国グリッドを構築する。

アメリカ企業の動き(続き)

9) Sun Microsystems
2003年1月1日、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターでゲノム研究の最新システムとしてSun Microsystems社の最上位機種である「SunFire 15K」8台ならびに「SunFire 6800」2台が本格稼働を始めた。CPUの合計は788、メモリ総容量は1.7 TBである。

2003年2月6日、x86向けのSolaris 9をリリースした(x86版のサポートは1993年5月のSolaris 2.1/SunOS 5.1から)。同社によると、アジア太平洋地区でよく利用されているとのことである。Sun Microsystems社は2月、AMD社のAthlon XP-Mプロセッサ(クロック1.2 GHz)を年内に出荷するブレードサーバに採用すると発表した。SunもSPARCからx86に軸足を移すのかと話題になった。Sunの関係者は「将来Intelプロセッサを使う可能性も残っている。われわれはどちらとも結婚したわけではない。」と述べた。UltraSparc Iiiプロセッサを搭載したブレードサーバも4月に登場する。

2003年4月、Sunは「独自の」Linuxを止めて、Red HatとUnitedLinuxのサポートに切り替えると発表した。顧客は「もう一つの」Linuxを好まないからだそうである。Sun独自の(own)Linuxというのは聞いたことがありません。

10) Transmeta社
2003年3月、Transmeta社はCrusoe後継の次世代CPU「TM8000」の概要を明らかにした。TM8000はx86命令をVLIW型のコードモーフィングで実行するマイクロプロセッサである。Crusoeはクロック当たり4命令であるが、TM8000はクロックに最大8命令実行できる。Crusoeの弱点であった、浮動小数演算やSIMD命令が強化されている。

11) NVIDIA社
アメリカIBM社とNVIDIA社は2003年3月26日に、NVIDIAの次世代GPUの製造に関する戦略的提携を結ぶことで合意し、IBMのニューヨークのEast Fishkill工場で製造することになった。この工場は、IBMが$2.5Bを投じて昨年完成したものである。現在のGeForce FX 5800 (NV30)はTSMCの130 nmプロセスを採用しているが、歩留まりの悪さから製造に手間取っていると言われている。ただし、TSMCもNVIDIAと共同で3月26日にニュースリリースを出し、TSMCが今後もNVIDIAのプライマリファウンダリであることを再確認したと発表している。

IBMのファブがうまく行けば、今後90 nmプロセスに移行し、大きくリードを広げられるだろう。NVIDIAはハイエンドなGPUをIBMの工場に移して行くものと思われる。

今から思えば、ORNLのSummitやLLNLのSierraに見られるIBMとNVIDIAとの連携はすでにこの頃から始まっていたのであろうか。

12) MIPS社
R16000は1996年に登場したR10000の最後の派生品である。SGIが開発し、日本電気が110 nmプロセス銅配線で製造した。2003年1月9日に発売された。SGIのワークステーション Fuel で700MHz版が使われたのが最初で、2003年4月には600MHz版を搭載した Origin 350 が登場した。従来からの改良点は一次キャッシュが命令・データ共に64KBになった点である。

13) Fedora
Fedora Projectは、2003年9月22日、Red Hat Linuxが企業向けのRed Hat Enterprise Linuxと一般向けのFedoraとに分割すると決定したことにより始まった。2003年11月5日にFedora Projectとしては最初のリリースであるFedora Linux Core 1が公開された。Red Hat社が後援しているが独立の組織である。

14) Microsoft
Microsoft社は、Windows 2000 Serverの後継として開発した小規模~大規模サーバ用のオペレーティングシステムWindows Server 2003を、アメリカでは4月24日に、日本では6月25日に発売した。これによりUnixに独占されていたItaniumのハイエンドサーバ分野でWindowsを進出することをねらっていた。Windows Server 2003のトップエンドである「Datacenter Edition」は、64基相当のプロセッサを搭載したマシン上で動作する。これは、今まで同社には手の届かなかった、IBMやHP、サン・マイクロシステムズ(サン)が提供しているUNIXサーバを市場から追い払うおうとする取り組みの中で新しい武器となると期待している。とくにHPは、夏の終わりに発表予定のMadisonプロセッサ搭載サーバにWindowsをインストールした「Superdome」の売り上げ増に期待を込めた。またDell社は4月24日、Itanium搭載サーバとしては同社初となる厚さ3.5インチのラックマウント型デュアルプロセッササーバを発表した。

Windows Server 2003を基に、Itanium 2用のWindows XP 64-bit Edition Version 2003を4月に発表した。OEM供給の形でのみ提供。2005年1月に販売終了した。

2003年9月23日に、Microsoft社はAMD Athlon 64のためのWindows XPを開発していると発表した。発売は2004年前半の予定。発表の中で、「もしIntel社が(命令セットを変えずに)64ビットのデスクトップチップを出すならば」その上でも動くと述べた。そして、「複数の版を管理したくないので、(Intelのために)リコンパイルする予定はない」と付け加えた。この時点で、Intelがx86-64のプロセッサを出すという発表はされてなかったが、このニュースを聞いて「ハハーン」と直感した人は少なくなかった。ただ、Itaniumのビジネスに差し支えるので、x86-64プロセッサは少し先になるだろうと予想した。

x86-64にnativeで対応したWindows Server 2003 x64 Editionは、2003年4月に開発中であることが発表されていたが、2005年6月にリリースされた。

Microsoft社は次世代のWindows OSとして、2001年5月からWindows XPをベースにLonghornというコード名で開発を開始しており、2003年にリリースする予定であったが、セキュリティ問題で遅れ、Windows Server 2003をベースに変更され、2005年にWindows Vistaとしてベータ版が公開された。正式リリースは2006年11月8日。筆者はXPからWindows 7/8に飛んでしまったのでVistaを使うチャンスはなかった。

MicrosoftのCEOであるSteve Ballmerは2013年8月に辞意を表明したが、11月末にZDNetのMary Jo Foleyは、ワシントン州RedmondのMicrosoft社本社の氏のオフィスでインタビューを行った。氏はこのLonghornについてこう述べた。「振り返ってみて言えること、うん、その時に感じていたのは、私のCEO時代だけでなく、Microsoft在職全期間を通じても、『LonghornをVistaにする』という決定は最も悔いが残るものであったのは間違いないということだ。これが私のしでかした最も大きな過ちだった」「なぜかって?この製品が素晴らしいものでなかったという点だけでなく、出荷までに5年も6年もかかったという点を思い出してほしい。次は、そういった問題を改善しなければならなかった。その結果が『Windows 7』だったと言っていいだろう」(ZDNet 2014年1月10日)

Microsoft社は、12月17日、Internet Explorer, Outlook Express,Outlookにおいて、URLが偽装表示される脆弱性が見つかったと発表した。URLアドレスの中に「%00」や「%01」「@」の文字が含まれた場合、その後ろの部分が表示されないバグがあり、なりすましが可能になる。当時はニュースとして報じられたが、だんだんニュースにもならなくなる。

Microsoft社はアカデミアへの接近を強めていた。同社は2003年2月21日、Rice大学を含む25の大学のプロジェクトに、the 2003 Microsoft Research(MSR) University Relations Innovation Excellence research grantsを合計$3.5M提供したと発表した。申請は152件もあった。

15) ヨーロッパにおけるMicrosoft社への訴訟
アメリカにおける反トラスト法訴訟は、2002年11月1日の判決で決着したが、ヨーロッパでも1993年から訴訟が起こされていた。1994年にMicrosoftはライセンス規定の一部廃止で和解した。その後、1998年に、Sun Microsystems社がWindows NTのインターフェース情報の一部の公開がなされていないと主張してこの争いに加わった。欧州委員会はMicirosoft社による地位乱用が継続していることを理由に、2003年に予備決定を下し、Microsoft社に対し、Windows Media Playerを抱き合わせないWindowsの販売と、必要な情報の開示を命じた。2004年3月には、120日以内にサーバ情報を開示し、90日以内にWindows Media Playerを抱き合わせないWindowsの生産というこれまでの決定に加えて、制裁金€496Mの支払いを命じた。(Wikipedia『マイクロソフトの欧州連合における競争法違反事件』)

16) VMware社
1998年10月26日にカリフォルニア州Palo Altoで創立されたVMware社は、2003年11月、オープンな仮想インフラプラットフォームを発表した。VMware Virtual Center(複数の仮想化システムを一元的に管理運用), the VMotion(稼働中のゲストOSを他の物理マシンに手動で引き継ぎできる), and Virtual SMP technologyなどである。また2003年5月12日、日本法人「ヴイエムウェア株式会社」を設立した。

VMware社は、2004年EMC社に$625Mで買収された。

17) Avaki社
Avaki社は、2003年7月、Avaki Data Grid 4.0ソフトウェアを発表した。これにより、組織全体に分散しているデータの供給、アクセス、統合を使いやすい形でサポートする。

18) Oracle社
2003年9月7日~11日にSan Franciscoで開催されたOracleWorldにおいて、データベースのOracle 10gにおいて“Enterprise Grid Computing”を導入しweb技術のアプリを実装すると発表した。10gのgはgridを意味する。この動きはGGFとは別のGridコンソーシアムを組織して商用グリッドの別の標準を定めるのではないかとの疑惑を生んだ。GGF会長のCharlie Catlettがコメントを出した。OracleもGGFのメンバであり、GGFには多くの企業が参画している。商用のグリッドと研究用のグリッドでは違うところも多くあるが、共通点も多いので、よく対話して標準化を行うことの重要性を述べている。

10gの発売は2004年。

19) LSI Logic社
2003年11月、LSI Logic社の日本法人LSIロジック社はつくば市の営業所をローム社に売却した。筑波大学のQCDPAX関係者や旧電総研のEM4関係者などがお世話になったところである。

ヨーロッパの企業の動き

1) ClearSpeed Technology社
SIMDプロセッサを開発するために、2002年イギリスのBristolで創業したClearSpeed社は、2003年10月パソコン用演算チップCS301を「史上最速」という触れ込みで発表し、11月にはデモを行った。CS301には64個のPE (multiply & add)があり200 MHzで動作するので25.6 GFlops(32 bit演算)ということである。各PEは64B のregister fileと、programmed I/O (PIO)とstreaming I/O (SIO)と4KBのlocal memoryを持つ。Register fileは隣接register fileと32 bit幅で接続、PIOとSIOはそれぞれ64 bit幅でClearConnectBusに接続される。消費電力はわずか2~3Wという。製造はIBMの130 nmプロセス。

2) Quadrics社
Meiko Scientific社は、1996年、Alenia Spazi社とMeiko Scientific社との合弁会社としてQuadrics Supercomputer World社をブリストルとローマで設立し、Meiko Scientific社の技術者はQuadrics社に移転した。Quadrics社は、QsNet I (1998)に続いてQsNet IIを2003年に出荷した。これはQsNetと同様fat treeトポロジーであり、4096ノードまで拡張可能である。バンド幅は両方向に1.3 GB/sずつ。Top500のところに示したように、上位のマシンのいくつかはこれを使っている。

中国の動き(政府、企業)

1) 曙光
「人民網日本語版」2003年6月13日によると、中国石油集団・東方地球物理探査有限責任公司はこのほど、4.2 TFlopsの計算能力を持つ「曙光4000L」スーパーコンピュータを正式に購入したとのことである。 8月初に納品され、計772個のCPU(プロセッサ名不明)を持つ。このスーパーコンピューターは石油探査に利用される。

曙光信息産業有限公司(Dawning Information Industry)は、1996年、中国科学院コンピュータ技術研究所からのスピンオフとして設立され、1993年に曙光一号を、1995年に曙光二号(Dawning 1000)を開発したが、1998年曙光-2000Iを発表した。

2) Lenovo
1984年11月、中国科学院計算機研究所の11名の研究員が「中国科学院計算所新技術発展公司」を設立した。聯想集団はLegendというブランド名を使用していたが、2003年4月商標および英語社名をLenovoに改めた。「新しい(novo) Legend」を意味するのであろう。「Legend」という商品名が欧米ですでに登録されてたためとのことである。翌年2004年12月、Lenovo社はIBMからPC部門を買収することを発表し、世界を驚かせた。

Lenovo社はいくつかのスーパーコンピュータを設置している。

a) 中国科学院計算机網絡信息中心(The Computer Network Information Center, CNIC)は、Lenovo社と協力した、1024個のItanium 2プロセッサ(1.3 GHz)を用いて、256ノードのスーパーコンピュータ(DeepComp 6800)を開発した。相互接続網はQsNetである。Rmax=4.183 TFlopsで、2003年11月のTop500では14位である。
b) 中国科学院数学与系統科学研究員(Academy of Mathematics and System Science)は、Lenovo社製のDeepComp 1800を2002年に設置した。これは512個のPentium 4 Xeon (2 GHz)からなる。相互接続網はMyrinet。Rmax=1.297 TFlopsで、2003年11月のTop500では82位である。
c) 中国科学院大気物理研究所(Institute of Atmospheric Physics)はLenovo社製のDeepComp 1800を2002年に設置した。これは256個のPentium 4 Xeon (2.4 GHz)からなる。相互接続網はMyrinet。Rmax=0.7358で、2003年11月のTop500では188位。

3) その他の中国のマシン
2003年11月のTop500から他のマシンをいくつか示す。

a) 深圳大学では、清華大学と協力して256個のPentium 4 Xeon (3.06/2.8 GHz)をMyrinetで結合したDeepSuper-21Cを2003年設置した。Rmax=0.8301 TFlopsで、163位。
b) 某公共機関は、IBMのxSeries Clusterを導入した。Xeon 2.4 GHzプロセッサを622個Gig-Eで接続し、Rmax=1.17519で90位。
c) Xin Jiang Oil(新疆石油?)は、IBMのBladeCenter Clusterを導入した。Xeon 2.4 GHzプロセッサを448個Gig-Eで接続し、Rmax=0.924231 TFlopsで141位。

4) 中国科学院
中国科学院計算技術研究所は、2002年、江蘇綜藝集団(Jiangsu Zhongyi Group)と官学共同投資のBLX IC Design Corporationを設立し、MIPSアーキテクチャの32ビットプロセッサLoongson(龍芯)を開発したが、2003年、龍芯(Loongson)2号(英語名Godson-2)を完成。64bitプロセッサで、いろいろな版がある。クロックは300~500 MHz。初期の龍芯2B号のテクノロジーは180 nmでクロックは250 MHzであった。L1 cacheは命令・データ各32 KB、L2 cacheなし、MIPS III 64bitアーキテクチャを採用しているが、この段階ではまだ正式契約を結んでいない。

5) 中国グリッド
2003年10月、中国教育省とIBMは協定を結び、グリッド技術を用いて全国の大学が研究教育で協力できる基盤を作ると発表した。この中国教育研究グリッドは政府主導のグリッドプロジェクトとしては最大級のもので、10月には6大学で始まったが、将来的には中国中の百近い大学の20万人の学生や職員をつなぐものである。Phase Iは2005年に完了し、6 TFlops以上の計算能力を提供する。

中国グリッドはIBMの提供するWebSphereという新しいWebサービスを用いる。これはOGSA標準を活用し、49台のLinuxで走るIBM eServer xSeriesが設置される。加えて、AIXで走る6台のpSeriesサーバも設置される。 これにより中国の大学は開発コストを節約でき、グリッドを通して種々のアプリを使うことができる。

中国グリッド上で走る最初のプロジェクトとしては、バイオインフォマティックス、ビデオ授業、e-learningなどがある。

6) 中国版Office
2003年8月27日のCnetの報道によると、上海の公立学校では、海賊行為取締官が学校を捜査すると報じられたことと、米Microsoft社の出したライセンス料支払い要求を受け、9月1日から、Microsoft Officeの代わりに中国のソフトウェアメーカKingsoft製のWPS Office 2003が導入されることになった。 ほとんどの学校では、中国産ソフトのインストール準備として、Microsoft Officeプログラムが削除された。WPS Office 2003の価格($156)は、Office XP($465)の約半分である。来月からは、Microsoft Officeに関連する記述がほとんど無い、新しいコンピュータの教科書も採用される。

中国全体としても、中国政府は、ソフトウェアの購入に関して新しい方針を打ち出し、次の更新期からは各省庁が購入できるソフトウェアを国産のものに限定する。この動きは、米Microsoftがデスクトップコンピュータ向けソフトウェア市場を独占している状況を打破することを狙ったもので、中国政府の使用する数十万台のコンピュータから、数年間でWindowsオペレーティングシステムとOffice Suiteを排除する。

中国のソフトウェアベンダーKingsoftは、かつて中国語ワードプロセッサ市場の90%を確保していたが、1990年代初期にMicrosof tWordが参入すると、マーケットシェアのほぼすべてをWordに奪われてしまったとのことである。どこかの国にも似たような話がありますね。専門家によると、中国市場でMicrosoft Officeの独占状態に対抗できる製品は、WPSシステムだけだという。

これに対し、米国のIT企業400社を代表する業界団体、ITAA(Information Technology Association of America)は8月20日(米国時間)、ワシントンDCにある中国大使館の職員および北京のCIITA(Chinese Information Industry Trade Association)宛てに書簡を送付し、政府購入のソフトを中国企業製品に限定すると報じられたことについて、その真偽の確認を求めるとともに、この政策は保護貿易主義的と見なされ、貿易の障害となる、と述べた。

次は2004年。Hewlett-Packard社とIntel社は10年にわたるItaniumの共同開発を終了し、HPはハイエンドサーバ開発を、Intelはマイクロプロセッサ開発を担当することになった。Itaniumの運命はいかに。PCの遊休計算資源を集めて分散コンピューティングを行うソフトを開発していたEntropia社は活動を中止した。日本では次世代スーパーコンピュータ計画(「京」コンピュータに連なる)が正式に動き出すとともに、アメリカでは(何と)エクサスケールに連なる”The Path to Exteme Supercomputing”シンポジウムが開催されている。

(タイトル画像: 曙光 4000L )

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