世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


3月 21, 2017

HPCの歩み50年(第114回)-2004年(k)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

Cray社は、SNLのために開発したRed Stormを商品化したCray XT3の発売を開始した。Sun Microsystems社は、Java紛争でMicrosoft社から約$2000M(約2160億円)を受け取ったが、その金でCray社を買収するのではという噂が一時立った。

アメリカの企業の動き(続き)

10) Sun/Microsoft紛争
さかのぼれば1997年10月7日に、Sun Microsystems社はMicrosoft社に対し、同社が自社製品に互換性のないJava製品を出荷していたとして提訴した。両社は2001年1月23日に和解し、7年間に限りMicrosoft社はSun Microsystems社のJavaの既存製品を搭載できることとなった。同社はWindows XPにJava VMを標準搭載しないこととした。

Sun Microsystems社は、2002年3月、再びMicrosoft社を独禁法違反で提訴し、Microsoft社がJavaプラットフォームの普及を妨害し、ライセンスを受けていないJava対応製品を配布したと主張した。連邦地裁は、2002年12月にSun Microsystems社の言い分を認める判決を下し、Microsoft社に対し、Sun Microsystems社のJava技術をWindowsに即座に搭載するよう仮命令を下した。Microsoft社は、この裁定が市場の自由な活動に対する不当な干渉であるとして、2003年2月に控訴した。これに対し、2003年6月26日、第4巡回区連邦控訴裁判所はMicrosoft社が著作権を侵害しているとの連邦地裁の判断を支持しつつも、Java搭載の仮命令については差し戻しとしていた。

2004年4月2日、Sun Microsystems社とMicrosoft社は、両者間のJavaをめぐる紛争が全面的に解決したと発表した。過去の特許侵害訴訟についてすべて和解し、将来も提訴しないことで合意。さらに両社は、特許のクロス・ライセンス契約に向けた交渉を開始する。これにより、Microsoft社は、独占禁止法関連の和解金$700Mと、特許関係の和解金$900MをSun Microsystems社に支払う。さらにMicrosoft社は、特許使用料$350Mを前払いする。両社が結んだ提携の期間は10年間とのことである。

11) Cray社(X1)
Cray社は幅広くビジネスを行っているが、まずベクトルコンピュータX1について述べる。2004年4月29日、Cray社は、韓国気象庁が行ったスーパーコンピュータの入札でX1が採用されたと発表した。5月21日、$43.2Mの契約が締結されたことが発表された。同時に、Cray社と韓国気象庁は、東アジア太平洋地域の高度な気象モデルを研究するための「地球システム研究センター」を共同で設立する。2004年後半に、第1フェーズとして2 TFlops以上のCray X1システムを導入する。2005年にはこれをX1Eにupgradeしより高精度な気象モデルの計算を可能にする。

同じく5月には、GMRI (Gulf of Main Research Institute)からCray X1を受注したと発表した。GMRIはメーン州Portlandにある非営利の海洋科学研究センターである。

7月には、Ohio Supercomputer CenterからCray X1とCray XD1を受注したと発表した。X1は空冷で、2004年第3四半期にSpringfieldの施設に設置される。XD1も第3四半期に設置される。XD1システムについては後述。
2004年11月のTop500リストからCray X1を示す。

順位 設置場所 システム コア数 Rmax Rpeak 設置年
29 ORNL Cray X1 504 5.895 6.451 2004
69 米国某政府機関 Cray X1 252 2.9329 3.2256 2003
87 韓国気象庁 Cray X1 188 2.1882 2.3064 2004
201 Cray社 Cray X1 124 1.4484 1.5872 2004
201 ARSC Cray X1 124 1.4484 1.5872 2003
201 US Army HPC Res. Center Cray X1 124 1.4484 1.5872 2003
446 米国某政府機関 Cray X1 80 0.937 1.024 2004

(ARSC: Arctic Region Supercomputing Center, Univ. of Alaska)

12) Cray社(Red Storm, XT3)
Cray社は、SNL (Sandia National Laboratory)に、OpteronのMPPであるASC Red Stromを建設中であったが、9月末には最初の1/4のシステム(41.5 TFlops)が設置される、とBill Camp (SNL)が述べた。汎用品を用い、安価で省電力で短期間に製造できるところに特徴がある。性能の測定は翌年から始まる。2005年末には、クロックを増強した(2 GHz→2.6~3.0 GHz)dual-core Opteronに変更することにより100 TFlopsに達する見込みである。SNLはこれで世界一と豪語していたが、さて実際は?

2003年10月、(IBMからCrayに移った)Peter Ungaroはその商品版を2004年から発売すると発表した。早速多方面から引き合いがあったようである。5月7日、PSC (Pittsburgh Supercomputing Center)は注文の一番手となった。予算は$9.7M、設置は2004年第3四半期の予定。同じ5月にはカナダの機関からも注文を受けた。2004年末に設置される予定。7月末には、非公開の顧客から$3.5Mのシステムを受注したと発表された。

10月になってこれらのマシンがCray XT3と名付けられ、SNLにはRed Stormとして設置され、、ORNLには20 TFlopsのXT3と20 TFlopsのX1Eが設置され、PSCには10 TFlopsのXT3が設置されることが発表された。

2006年11月のTop500からXT3の設置状況を示す。このマシンはチップ数やコア数によりスケーラブルなので、どんどん進化している。

順位 設置場所 システム コア数 Rmax Rpeak 設置年
2 SNL Red Storm 2.4G dual 26544 101.4 127.4 2006
10 ORNL Jaguar 2.6 dual 10424 43.48 54.20 2006
15 AWE (UK) 2.6 GHz dual 7812 33.93 40.62 2006
26 ERDC DSRC Sapphire 2.6 GHz 4096 16.975 21.30 2005
85 PSC BigBen 2.4 GHz 2060 7.936 9.888 2005
94 CSCS (Switzerland) 2.6 GHz 1644 7.182 8.653 2005
165 US Army HPC Research C. 2.4 GHz 1152 4.444 5.529 2006
453 US Government 2.4 GHz 740 2.86 3.552 2005

Cray XT3の快進撃の影で、1996年4月にPSCに設置された最初のCray T3E/256(1997年4月に512に増強)、愛称Jaromirが、9月30日シャットダウンされた。

13) Cray社(XD1)
2004年2月25日、Cray社は、カナダのHPC開発企業OctigaBayを買収した。OctigaBay社は2001年にCray Canada社としてBritish Columbiaで設立され(このときCray社と関係あったのか?)、2002年にOctigaBay Systems社と社名変更された。Opteronを搭載した科学技術向けのHPCシステム12Kを開発していた。買収はOctigaBay社の全発行済み株式を、Cray社の株式1270万株および$15M弱の現金と交換して行った。Cray社の前日の株価$7.84で換算すると買収総額は$115Mとなる。社名は再びCray Canada社となり、Cray社の子会社となった。本社はBurnaby, British Columbia(Vancouverのすぐ東)にある。Opteronを搭載した並列機という意味ではXT3と競合するので買収してしまったのであろうか。

2004年10月4日、Cray Canada社はいわばXT3の廉価版としてCray XD1を発表した。これはもともとOctigaBay 12Kとして開発されていたものである。ノード当たりdual-core Opteron 4個とXilinx社のVirtex-II Pro FPGA を1個搭載しLinuxで走る。FPGAにはPowerPC 405が2個含まれ、シングル・ノードの性能を増加させる。PCIのボトルネックを解消するためHyperTransport上のDirect Connect Architectureを用い、MPIレイテンシを1.8 μsまで減少させている。これはInfiniband、Quadrics、Myrinetなどの1/4であり、Gigabit Ethernetの30分の1である。マニア好みのなかなか凝ったマシンに見える。

9月、早速ドイツのHelmut Schmidt大学がCray XD1を発注したと発表された。ヨーロッパでは初めて。第4四半期に設置される予定。10月、ASA (Alabama Supercomputer Authority)から12シャーシーのCray XD1の注文を受けたと発表した。もともと72プロセッサのCray XD1を設置していたが、これを144プロセッサに拡張する。ピーク性能は634 GFlops。

11月、ドイツのZuse Insitute Berlinからも注文を受けたと発表した。プロセッサ数など詳細は不明。計算化学などを実行するとのこと。同じ頃、イタリアのINFN (Istituto Nazionale di Fisica Nucleare)からもXD1を受注したと発表した。年内にPisaに設置する予定。

エントリマシンなのでTop500の上位には登場しないが、2006年11月の表には2件出ている。

順位 設置場所 システム コア数 Rmax Rpeak
408 Naval Research Lab. (USA) XD1 2.2 GHz 864 3.041 3.802
411 Sony System Technological Lab.(日本) XD1 2.2 GHz 825 2.996 3.633

 

14) Cray社(経営問題)

順風満帆のようなCray社であったが、経営状態は火の車だったようだ。同社の第2四半期の収支が7月30日に報告された。第2四半期の収入は$21.7Mで前年同期の$61.8Mから大幅ダウンで、GAAP(米国会計基準)では$54.5Mの赤字である。2003年第1四半期では$7.9Mの黒字であった。赤字の大部分はOctigaBayの買収に関連する$45.8Mであるが、それを別にしても純損となっている。注文残は、前四半期の$75Mから$126Mと大幅に増えている。

CEOのJim Rottsolkによれば、今後の見通しは、X1Eは開発製造の遅れのため2005年第1四半期まで収入を生まず、Red Stormの部品の遅れが、XT3の他のユーザへの納品の遅れにつながる恐れがあるなど、2004年全体の収入は$200Mを下回る見込みなので、開発を早めるとともに20%の経費節減を図る必要がある。2005年には$300Mを越える収入を予定している。

7月9日のHPCwireはSun Microsystems社がCray社を買収するのではないか、という噂を伝えている。1996年にSGI社がCray Research社を買収したとき、CS6400系統のサーバ部門はSun Microsystems社が買収した。今度、もしCray社を買収するとすれば、残りの部分、すなわちSGI社がTera社に売却したベクトルと超並列のビジネスを買い取ることになる。Cray社はSunとIBMとともに、DARPAのHPCSのPhase IIを受注しておりCrayのCascadeは非常に魅力である。前述のように、Sun Microsystems社はMicrosoft社との和解で約$2Bを受け取っており、$650MぐらいならCray社を買収するために使える。Cray社は第2四半期は落ち込んでいるが、昨年はSun Microsystems社より多くの利益を上げた。そこに買収のメリットがある。

15) Transmeta社
Transmeta社は2000年にx86互換の省電力プロセッサCrusoe TM5400/5600を出荷し、2002年にはクロックを向上した第2世代のTM5800を発売した。2003年末にCrusoe TM5700/5900をサンプル出荷し、2004年1月に発売した。、21mm角のチップにコンパクトに実装し、クロックは最大1 GHzで、より省電力になっている。Intel社の低電圧のPentium Mとは苦しい競争となった。

256-bit幅のVLIWを採用したEfficeonは、130 nmテクノロジーの第1世代が2003年に出荷されたが、2004年9月13日、90 nmテクノロジーのEfficeon TM8800が発表され、これを搭載した製品も発表された。このCPUは富士通あきる野向上で製造され、クロックは1.6 GHzである。予告されていた省電力技術LongRun2は結局登場しなかった。詳しい事情は、大原氏の記事「CPU黒歴史 改めて振り返るCrusoe/Efficeon失敗の理由」を参照。

翌2005年1月には、Transmeta社はチップの製造から撤退し、技術ライセンスを販売するビジネスに転換してしまった。

16) Dell社
Dell Inc.の創立者であるMichael Dellは2004年3月、CEOと取締役会長の両方の職を続けることは企業のガバナンス上問題があるとして、CEOを辞任すると発表した。取締役会長の職には止まる。Kevin Rollinsが7月16日からの新しいCEOに指名された。10月7日、同社は日本のHPC市場に低価格路線で参入すると述べた。

17) Microsoft
Microsoft社は、2004年8月27日、次期Windowsとして開発してきたLonghornを2006年中に発売すると正式に発表した。2001年に発表したWindows XPに続くものとなる。Microsoft社の幹部はLonghornの発売時期について2005年と発言していたが、計画より遅れた。Windows Vistaと命名され、実際には、2006年11月8日にボリュームライセンス企業向けに提供が開始され、一般に販売されたのは2007年1月30日であった。2003年の所に書いたように、失敗作だったとBallmer CEOは語っている。

なお、2004年2月には、Windows 2000とWindow NTのソースコードの一部がインターネット上にリークしFBIが捜査に入ったと言うニュースがあった。詳細は不明。

中国の動き

1) Lenovo社
聯想集団はLegendというブランド名を使用していたが、2003年4月商標をLenovoに改めた。2004年4月1日には英語社名もLenovoに改めた。2004年12月7日夜(日本時間8日午前)、IBM社は全PC事業を$1250Mで中国のLenovo社(聯想集団)に売却すると発表し、世界を驚かせた。「IBM」および「ThinkPad」のブランド名も5年間維持するという約束であった。

聯想集団の柳伝志会長は12月8日、IBMとの契約式で「聯想の設立者として、世界企業となるための今回の買収に興奮している」と語ったが、9日付けの中国各紙は冷たい反応を示した。経済日報は、IBMのパソコン事業部門が数億ドルの損失を出しているなどと指摘、米Dell社などが合併に冷ややかな態度を示していることも伝えた。中国青年報も、聯想の経営陣に国際的企業の経営経験が少ないことや、現在の売上高に占める中国以外の比率が東南アジアを中心に3%にすぎない点を指摘。今後IBMの顧客や従業員を引き留めるのは難しいのではないかと報じた。(讀賣新聞、毎日新聞)

売却は2005年5月1日。「IBM」のロゴは徐々に外され、2006年にはLenovoブランドのPCを全世界に発売開始した。2008年以降はLenovo ThinkPad」となった。2014年1月23日にはIBMのPCサーバ部門も買収すると発表された。

HPCでもがんばっており、2004年11月のTop500にはLenovoのマシンが2件登場している。

順位 設置場所 システム コア数 Rmax Rpeak
38 中国科学院計算机網絡信息中心(北京) DeepComp 6800 (Itanium2+QsNet) 1024 4.193 5.3248
229 中国科学院数学与系統科学研究院(北京) DeepComp 1800 (P4+Myrinet) 512 1.297 2.048

 

2) 曙光 (Dawning)
中国の国家智能計算机研究開発中心(National Research Center for Intelligent Computing Systems)がRed Gridと呼ばれるスーパーコンピュータを開発していることは2003年7月に発表されていたが、2004年3月、アメリカのMyricom社はRed GridクラスタにMyrinetが採用されたと発表した。Red Gridの最初の成果はDawning 4000Aモデルで、2192個のOpteronプロセッサをMyrinet PCI-Xで接続したもので、OSはLinuxである。前に述べたように、2004年6月のTop500リストでは、このコンピュータは以下のデータで登場している。プロセッサ数は最初の報道より増えているようである。中国がTop10に入ったのは初めてのことである。

順位 設置場所 システム コア数 Rmax Rpeak
10* Shanghai Supercomputer Center Dawning 4000A (Opteron+Myrinet) 2560 8.061 16.264

実はこのときはまだ工場にあったようで、8月以降に上海スーパーコンピュータセンターに設置された。

ベンチャー企業の終焉

1) VMware社
コンピュータの仮想化用ソフトウェアを開発製造するために1998年カリフォルニア州のPalo Altoで創立されたVMware社(VMware Inc.)は、2004年1月にEMC社(EMC Corporation)によって買収され子会社となった。

2) Entropia社
PCの遊休計算資源を集めて分散コンピューティングを行うためのソフトを開発販売するために1997年にScott Kurowskiにより創立された。The Scripps Research Instituteと協力して、AIDSの薬を探索するFightAIDS@homeプロジェクトに使われた。2004年に活動を中止。

3) COMDEX
HPCとはあまり関係はないが、1979年から2003年まで毎年11月にLas Vegasでは、情報技術の展示会COMDEX (Computer Dealer’s Exhibition)が開催されていた。時期的にSCと重なることもあり、掛け持ちしていた参加者もあった。COMDEXは当初The Interface Groupが主催し、1995年にソフトバンクに売却された。1990年代後半には参加者が21万人に達したが、ITバブルの崩壊とともに参加者が激減して行った。2001年、ソフトバンクはKey3Mediaに売却したが、2003年2月に連邦破産法11章を申請し経営破綻した。再出発した新会社Media Liveが2003年11月の展示会を開催したが、4万人の参加に留まった。2004年6月23日、COMDEXは2004年の開催を中止することを発表し、2005年2006年の開催もキャンセルした。その後開かれていない。

さて、次回は2005年。スーパーコンピュータ議員連盟が政府に勧告を出す一方、文部科学省計算科学技術推進WGは10 PFlops以上のスーパーコンピュータの実現を勧告。ベクトルとスカラーと専用計算機の3部からなる「京速」スーパーコンピュータが提案された。

(タイトル画像:Cray XD1 出典:Jim Austin Computer Collection)

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