HPCの歩み50年(第126回)-2006年(b)-
次世代スーパーコンピュータ概念設計が短時間のうちにまとめられた。それでもターゲットアプリケーションとの適合性が検討され、すでに“co-design”が行われていた。次世代スーパーコンピュータ共用ワーキンググループでは、施設の共用の議論が行われた。
次世代スーパーコンピュータ開発(続き)
4) 概念設計
アーキテクチャの基本は2006年中に方向が決まった。2006年4月6日、理研次世代スーパーコンピュータ開発実施本部は、アプリの検討とともに、「次世代スーパーコンピュータ:概念構築に関する共同研究」を4月21日締め切りで募集していたところ、16組織から17提案があった。このうち具体的なアーキテクチャ提案のあった6組織(日立製作所、東京大学、筑波大学、国立天文台、日本電気、富士通)および2組織(九州大学、海洋研究開発機構)と共同研究を行うと6月20日共発表した。理研側としては、アーキテクチャ検討と同時に、21本のターゲットアプリケーションからベンチマークテスト(BMT)コードを開発する。相手機関は、アーキテクチャを提案し、その上でもBMTコードの性能を予測する。
どのような共同研究が行われたかは、企業秘密もあり一切公表されず、筆者も知らなかった。翌2007年3月から始まった情報科学技術委員会 次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会において委員には経緯が開示され筆者も知ることになった。しかし、その資料は会場限りとされ、一切持ち出すこともできなかった。しかし、2012年6月に秘密指定が解除されweb上で公開された。
2007年3月27日の第2回会議の資料2-2によると、アーキテクチャの概念設計は、汎用システムとアクセラレータに分けて議論された。2006年6月末時点でのシステム案の概要は以下の通り。
文字が小さくて読めないが、アクセラレータ部の消費電力については、以下のような「平成24年6月公開時の注意書き」がある。それによると「消費電力については、10 MW以下、10-20 MW、20 MW-30 MWの範囲でまとめたもの。提案は、ホスト部を除いて、0.68 MW(案1[国立天文台])、0.88 MW(案2[東京大学])であった。」とある。しかし0.xx MWを10 MW以下という区分にまとめるというのは非常識であるが、我々が見せられたときはアクセラレータ案は却下された後なので、気づかなかった。
汎用システムでは、NECと日立の案が統合され、筑波大の超並列システムの提案は実現可能性が乏しいとして外された。アクセラレータでは国立天文台の案と東大の案が統合された。2006年7~9月段階では、汎用システム2案とアクセラレータ1案に絞り込まれ、それぞれから概念設計報告書がまとめられた。
アプリケーション検討部会のところで述べたように、計算機仕様検討チームとターゲットアプリケーション検討チームとの合同検討会が何回か行われた。また、文部科学省では、5月、7月、9月にプロジェクト進捗会議が開かれている。また2006年7月には前年から始まっている要素技術開発プロジェクトの進捗評価を行った。
アクセラレータ案についてどのような議論が行われたかは明らかでないが、9月までの間に候補から外されたようである。2006年9月19日から2007年2月28日の期間に、NEC+日立チーム(NH) と富士通(F)の2者が、概念設計を実施した。主要な要求仕様は、「ピーク性能10 PFlops以上、メモリ容量2.5 PB以上、消費電力30 MW以下(周辺機器、空調機器を含む)、設置面積3,200㎡以下(周辺機器を含む)」であった。2005年のイメージでは、アクセラレータ(専用計算機)で10 PFlopsを実現することになっていたが、この段階では、ベクトルまたはスカラという汎用的なアーキテクチャで10 PFlopsを実現することに変わっている点が大きな変更であった。
この概要は「次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2006」(後述)が開かれた9月19日に理研から発表され、一般紙にも「次世代スーパーコンは富士通、NEC+日立の2案を比較検討へ」(日本経済新聞2006年9月20日 11時46分)などと報じられた。日経エレクトロニクスの野澤哲生氏は「なお、これまで候補となっていたシステム構成は4案あった。今回の決定でこれを二つに絞った。『単純に四つから二つ選んだというよりは、各案の良いところをピックアップして再構成した』(理研)」と報じている。東洋経済2006年9月23日号 pp.102-104に佐藤哲也・地球シミュレータセンター長が「半導体技術は行き詰まっているので国費を出して10 PFlopsのコンピュータを開発する意味はない。」と述べているが、Linpackで世界一になっても意味がない、とか言うならともかく、地球シミュレータを超えるコンピュータだからといって何もそこまで言わなくとも。「手の届かないブドウは酸っぱい」ということか?
朝日新聞11月24日号の時時刻刻には、「スパコン最速、奪還せよ 「5年で世界一」へ」という記事があり、「ノーベル賞学者の野依良治・理研理事長が開発実施本部長に就任、陣頭指揮を執る。12年度までに1154億円を投じ、11年度中に世界最速を達成するのが目標だ。「毛細血管レベルで人体を流れる血液のシミュレーションをする」「地震が心配される地域についてビルや交通に及ぼす被害を計算し、どの対策が最も有効かを選ぶ」など、基礎研究に限らず、様々な用途に使える汎用スパコンを目指す。」どうもこれでは「世界一」が第一目的で、役に立つかどうかは二の次、と言っているようで、心配になった。
2006年12月1日、2者から「システム構成、ソフトウェア・スタックと機能概要、ベンチマーク・テストによる性能予測結果(SimFold, GAMESS, Modylas, RSDFT, NICAM, LatticeQCD, LANS, HPL, NPB-FT)を受領した。最終報告書は2007年2月28日である。両者の提案の概要は以下の通り。詳細なデータは元資料を参照してください。
日本電気・日立の案は quad-coreのベクトルプロセッサを中心とするシステムである。CPUチップ当たりピーク256 GFlopsであり、日本電気が7年後の2013年11月15日に発表したNEC SX-ACEと似ている。ただし、後者は28 nmのテクノロジーを使い、クロック1 GHzでベクトルパイプを2倍持っている。
富士通案はocta-coreのスカラプロセッサを中心とするシステムで、現状の「京」とかなり近い。
アクセラレータは、二者のシステム構成により、目標性能達成の見込みが確認できたため考慮しないとのことである。システムの構成案として、以下の二つが考えられる。
(a) 二者のいずれかを選択(二者択一)。
(b) 二者の案をベースに共同開発。
後者の場合は共同開発のシステム構成の方が単独開発のシステムより、性能が上がること、また共同開発により、将来の我が国のスパコン開発の技術力、国際競争力、ビジネス展開力等の向上に一層貢献すること、および開発予算の範囲内で、共同開発システムが構築できることが条件である。この点は次の年に大きな議論となった。
5) アドバイザリーボード
文部科学省は、研究振興局スーパーコンピュータ整備推進本部に「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクト・アドバイザリーボードを設置した。発足時の委員は下記の通り。第3回会議で、日本自動車研究所の小林敏雄が追加された。
氏名 | 所属 |
(座長) 岩崎 洋一 | 筑波大学長 |
安西 祐一郎 | 慶応義塾長 |
郷 通子 | お茶の水女子大学長 |
小宮山 宏 | 東京大学長 |
立花 隆 | ノンフィクション作家、ジャーナリスト、評論家 |
中澤 喜三郎 | 元明星大学教授 |
中村 宏樹 | 分子科学研究所長 |
平木 敬 | 東京大学大学院情報理工学系研究科教授 |
下記の通り開催された。
日付 | 主な議題 | |
第1回 | 2006年3月15日 | 運営案、プロジェクトの説明。(議事概要) |
第2回 | 2006年5月19日 | 事務局からプロジェクトの実施体制、概念設計のスケジュール、米国におけるスーパーコンピュータ開発の状況等について説明があった。(議事要旨) |
第3回 | 2006年7月28日 | 日本自動車研究所 小林敏雄所長がアドバイザリーボード委員となった。プロジェクトの実施体制、ターゲットアプリケーションによる性能評価、米国のスーパーコンピュータ開発状況、次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発等について報告。(議事要旨) |
6) 次世代スーパーコンピュータ共用ワーキンググループ
文部科学省では、情報科学委員会のもとに「次世代スーパーコンピュータ共用ワーキンググループ」を設置した。その目的は、」次世代スーパーコンピュータは、計算科学技術の分野で比類なき性能を誇る我が国随一の施設となる予定であり、科学技術の広範な分野における多様な研究者等に活用されることにより、その価値が最大限に発揮されるものである。このようなことから、多くの研究者等による次世代スーパーコンピュータの共用を促進するため、当該施設の共用に係る基本的な考え方等について検討を行う。」とされている。
回数 | 日付 | 主な議事 |
第1回 | 2006年4月6日 | 先端大型研究施設の整備・運用に関する状況について、次世代スーパーコンピュータの共用に係る基本的考え方について (配付資料)(議事録) |
第2回 | 2006年4月27日 | 次世代スーパーコンピュータの共用に係る基本的考え方について(配付資料)(議事録) |
第3回 | 2006年5月15日 | 特定高速電子計算機施設の共用の促進に関する基本的な方針(案)について(配付資料)(議事録) |
第4回 | 2006年6月22日 | 特定高速電子計算機施設の共用の促進に関する基本的な方針(案)に関するパブリックコメントの結果について、次世代スーパーコンピュータの共用ワーキンググループにおける意見の整理について(配付資料)(議事録) |
7) 情報科学技術委員会 計算科学技術推進ワーキンググループ
計算科学推進ワーキンググループも「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトなどについて、以下のように議論を進めた。
回数 | 日付 | 主な議事 |
第15回 | 2006年2月1日 | プロジェクトの今後の進め方、アプリケーションソフトウェアの発展に向けて、ソフトウェアの普及方策について、次世代スーパーコンピュータの共用のあり方 (配付資料)(議事録) |
第16回 | 2006年4月18日 | 計算科学技術推進ワーキンググループ報告書骨子について、 計算科学技術に関する研究開発の推進方策について、次世代スーパーコンピュータの共用について (配付資料)(議事録) |
第17回 | 2006年6月5日 | 情報科学技術に関する研究開発の推進方策について 、平成19年度に重点的に推進すべき研究開発について、計算科学技術推進ワーキンググループ報告書素案について (配付資料)(議事録) |
第18回 | 2006年7月31日 | 計算科学技術推進ワーキンググループ報告書(案)について (配付資料)(議事録) |
8) 情報科学技術委員会
親委員会である情報科学技術委員会はつぎの通り会議を進めた。
回数 | 日付 | HPC関連の主な議事 |
第30回 | 2006年3月13日 | 「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」進捗報告、次世代スーパーコンピュータ共用ワーキングループ設置について、ITBLプロジェクト事後評価の方針について。 (配付資料)(議事概要) |
第31回 | 2006年4月26日 | 次々世代超高性能コンピューティングのための基盤要素技術研究の提案 (配付資料)(議事要旨) |
第32回 | 2006年5月15日 | 情報科学技術に関する研究開発の推進方策について、平成19年度に重点的に推進すべき研究開発について (配付資料)(議事要旨) |
第33回 | 2006年6月14日 | 情報科学技術に関する研究開発の推進方策について、次世代スーパーコンピュータの共用について (配付資料)(議事要旨) |
第34回 | 2006年8月3日 | 計算科学技術推進ワーキンググループ報告書について、(配付資料)(議事要旨) |
第35回 | 2006年8月24日 | ITBLプロジェクト事後評価の方針について、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトの進捗状況について (配付資料)(議事要旨) |
第36回 | 2006年10月17日 | ITBLプロジェクト事後成果報告会 (配付資料)(議事要旨) |
第37回 | 2006年11月9日 | ITBLプロジェクト事後評価について、総合科学技術会議による平成19年度概算要求における科学技術関係施策優先順位付けの結果について、総合科学技術会議 評価専門調査会による「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」のフォローアップの結果について、次世代スーパーコンピュータ概念設計の評価について。「次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会」の設置を決定(開催は2007年) (配付資料)(議事要旨) |
続きは次回。次世代スーパーコンピュータを設置する候補地を募集したところ、北海道から九州まで15カ所が手を挙げた。1年近くの議論のすえ、2007年には神戸に決まった。