HPCの歩み50年(第130回)-2006年(f)-
ソニーはCellを使ったPS3を、任天堂はWiiを発売した。IBMはCell Blade Serverを発売した。グリッド関係ではGGFとEGAが合併してOGFとなった。
日本の企業の動き
1) 日本電気
既に述べたように、次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトでは、2006年9月19日から2007年2月28日の期間に、日本電気+日立チームは富士通と並行して概念設計を実施した。主要な要求仕様は、「ピーク性能10 PFlops以上、メモリ容量2.5 PB以上、消費電力30 MW以下(周辺機器、空調機器を含む)、設置面積3,200㎡以下(周辺機器を含む)」であった。
日本電気は2006年10月17日、SX-8Rを発表した。これはSX-8のベクトル演算器を2倍に増加させたもので、CPU当たりのピークベクトル性能は35.2 GFlopsである。8 CPUでノードを構成し、最大構成は512ノードまで可能である。さすがベクトルプロセッサというところであるが、マイクロプロセッサもがんばっていて、2006年11月2日に発表されたIntelのKentsfieldは、2.66 GHzのQuad-Coreで42.5 GFlopsのピーク性能に達していた。メモリ周りでどこまで差が付けられるか?
11月10日、大阪大学のサイバーメディアセンターは、20ノードのSX-8R(Rpeak=5.3 TFlops)を導入すると発表した。設置は2007年1月。
2007年6月のTop500におけるSX-8Rは下記のとおり。大阪大学は提出しなかったようである。もし出していればRmax≒4.77 TFlopsで、370位前後になったのではないかと推定される。
順位 | 設置場所 | 機種 | コア数 | Rmax | Rpeak |
492tie | Meteo France | SX8R 2.2 GHz | 128 | 4.058 | 4.505 |
492tie | Meteo France | SX8R 2.2 GHz | 128 | 4.058 | 4.505 |
要素技術では、2 5Gbpsの直接変調動作が可能な面発光レーザーの開発に成功したと3月7日発表した。従来は850nm帯/AlGaAs系材料が使われていたが、今回は1,070nm帯/InGaAs系材料を採用した。面発光レーザーは、基盤から垂直に光を放出する。プレスリリースによると、しきい値電流0.33 mA@25℃、0.58 mA@85℃、動作電流7 mA (26 Gbps動作時)とのことである。これは、文部科学省の「将来のスーパーコンピューティングのための要素技術の研究開発」(2005年~)における「超高速コンピュータ用光インターコネクションの研究開発」という研究課題の成果である。アメリカのAnaheimで開催される光通信システムの国際会議OFC2006で3月10日に発表する予定。これとの関係は不明だが、少し前の2月8日、San Franciscoで開催されたISSCC (International Solid-State Circuits Conference) 2006 においてシリコン・ナノフォトニック技術について発表を行っている。
9月15日には、1000信号の光伝送を可能にする光モジュールの超高密度実装技術の開発に成功したと発表した。全体で20 Tbps程度の光通信を実現すべく研究開発を進める。面発光はRWCPでも開発が進められたが実用までは行かなかった。
2006年7月11日(火)NEC本社ビル 地下 1階において、「大規模シミュレーション」のテーマで第22回 NEC・HPC研究会が開催された。主要な発表は以下の通り。
平山俊雄(原研) | 基調講演「原子力分野における計算科学の新たな展開と次世代スーパーコンピュータへの期待」 |
荒川忠一(東京大) | 「地球シミュレータを用いた風車の大規模シミュレーション」 |
松元亮治(千葉大) | 「天文宇宙分野における大規模シミュレーション」 |
加藤千幸(東京大) | 「大規模数値シミュレーションの現状と今後の展望」 |
佐藤和浩(富士重工) | 「地球シミュレータを用いたメッシュフリー法による自動車周りの流れ解析」 |
星野利彦(文部科学省) | 「文部科学省のIT研究開発戦略と次世代スーパーコンピュータ-国家基幹技術としての推進ビジョン-」 |
2) 富士通
前に述べたように、次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトにおいて富士通は、日本電気+日立のチームと並行して、2006年9月19日から2007年2月28日の期間に概念設計を実施した。主要な要求仕様は、「ピーク性能10 PFlops以上、メモリ容量2.5 PB以上、消費電力30 MW以下(周辺機器、空調機器を含む)、設置面積3,200㎡以下(周辺機器を含む)」であった。
2006年7月19日、岡崎共通研究施設 計算科学研究センターに、dual-core Itanium2 (1.6 GHz)を搭載したサーバPRIMEQUESTを導入し、7月1日から運用を開始したと発表した。10ノード、合計640コアで構成され、ピーク性能は4 TFlopsである。2006年11月のTop500では、Rmax=3.119 TFlops、Rpeak=4.096 TFlopsで391位にランクされている。同時に、高速I/O演算サーバシステムとして、同じくdual-core Itaniium2 640コアからなるSGI Altix 4700を導入し、合わせて「超高速分子シミュレータ」として運用している。
3) 日立製作所
前にのべたように、次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトでは、2006年9月19日から2007年2月28日の期間に、日本電気+日立チームは富士通と並行して概念設計を実施した。企業秘密保護のため、日立では社内に「クリーンルーム」を設置して、日本電気と共同設計を行ったとのことである。
2006年3月1日、日立製作所のスーパーテクニカルサーバSR11000モデルK1が気象庁で稼動を開始した。これはPower5+プロセッサの16way SMPをノードとして多段クロスバーネットワークで接続したものである。Top500によると、45ノードのマシンを2セット導入したようである。これは2001年3月設置したSR8000を置き換えたものである。
同じく3月1日、日立製作所は高エネルギー加速器研究機構に対し、日立SR11000モデルK1(16ノード)とIBM BlueGene(合計10ラック)からなる複合システムを導入した。
4) ソニー
2006年11月11日、ソニー・コンピュータエンタテインメント社はCellプロセッサを使ったPlayStation 3を世界に先駆け日本で発売した。アメリカ等では11月17日など、国によって異なっている。
5) 任天堂
2006年12月2日、 任天堂のWiiが日本で発売された。アメリカでは11月19日に発売。CPUはIBM PowerPCベースの“BroadWay”で、GPUはATIの“Hollywood”である。
6) Microsoft
2006年11月2日、Microsoft社のXbox 360コアシステム(ハードディスクなど省略)が日本で発売された。欧米ではスタンダードモデルと同時に発売されている。
7) 日本IBM社
2006年2月8日、IBMはCell Blade Serverを発売した。日本でも東京(2/28)や大阪(3/7)でセミナーが開催された。
日本IBMは、2006年3月10日~12日にライフサイエンス天城セミナーを開催した。また7月28日~30日にもライフサイエンス天城セミナーが開催された。HPC天城セミナーは12/8 (金)~10 (日)「HPC新時代」を基本テーマに開催された。
2006年4月19日、The 3rd BG/L Sytems Software and Applications WorkshopがAISTのお台場で開催された。筆者が基調講演”Supercomputing in Japan”を行った。
8) 東京証券取引所
2006年1月16日、ライブドア事件で大量の売り注文が殺到し、全銘柄が取引停止となった。停止した清算システムは、約10年前に導入した日立のメインフレームコンピューターを使い、当初の耐用期限は2004年後半だったとのことである。メーンフレームは動作の安定性や故障しにくさが特徴で、金融機関やチケット予約のシステムにも使われる。朝日新聞電子版の記事には、日立は「10年以上使うことは珍しくない」というが、システム業界に詳しい大学教授は「増強しながら長く使うものだが、10年前の機種ならやはり古いと思う」と指摘している、と書かれている。紙版ではこのコメントは削除されていた。
この「システム業界に詳しい教授」というのは実は筆者であった。1月19日のHPCS2006の最中にケータイに電話が掛かってきて、「次世代コンピュータ」の話かと思ったら、「東証システムについて話を聞きたい。」とのことであった。「トランザクション処理などビジネスコンピュータは専門でないので知らない」と言ったのだが、一般的な話を聞きたいというので、メインフレームの歴史と特徴(ファミリーの概念と、アップワードコンパティビリティーなど)を1964年から説き起こし、ダウンサイジング後も、メインフレームはトランザクション処理などの分野で使われているが、次第にサーバに移りつつある、というようなことを言った。一日450万件の限界がファイル容量だというので、「バンド幅などの問題があるので、ディスクを追加すればいいとは単純には言えないにせよ、ディスクの追加はシステムの増強の中では比較的容易な処理ではないか。」と注意深くコメントした。うっかりして「名前を出すな」といっておくのを忘れたが、まあ、名前が出なかったのでよかった。
標準化
1) GGF16
第16回Global Grid Forum (GGF16)は、2006年2月13日~16日ギリシャのアテネのDivani Caravel Hotelで開催された。Greek Research and Technology Network (GRNET)との共催。グリッド協議会が2006年3月8日に秋葉原ダイビルで開催した第16回GGF調査会で、GGF16総括報告とGGF16報告集が出されている。詳細はこの2資料を参照してください。
2004年9月のGGF12以来のヨーロッパでの開催で、テーマは“Production Grids: The Path to Global Interoperability”であった。参加者は約400人。EGAとの合併交渉が進み、2月6日に「合併に関する覚書(LOI)に署名したことが発表された。合併した新団体は夏に設立される予定。
2) GGF17
第17回Global Grid Forum (GGF17)は、2006年5月10日~12日東京国際フォーラムで開催された。グリッド協議会が2006年6月19日に開催した第17回GGF調査会で、GGF17総括報告とGGF17報告集が出されている。詳細はこの2資料を参照してください。
2002年のGGF7以来の日本開催であり、同じ都市でGGFを開催したのはシカゴ以外では初である(会場は違う)。参会者は300人、53のグループセッションであった。GridWorld2006を併設し、31団体が出展し、3200名が来場した。
3) GGFとEGAとの合併
2006年6月26日、EGA (Enterprise Grid Alliance)とGGF (Global Grid Forum)が完全に合併し、OGF (Open Grid Forum)を設立することがシカゴで発表された。GGF議長のMark LineschがOGFの会長兼CEOに就任する。
OGF は、両方の団体の長所を受け継ぎ、EGA が企業に関する専門知識を持ち、短期的かつ実際的な成果に焦点を当てている点と、GGF がグリッドに関する調査研究、ベスト・プラクティス、標準仕様策定におけるオープンで協調的なアプローチを取っている点を併せ持つことになる。
Mark Lineschは、「この合併によって、EGA とGGF の会員の情熱、専門知識、経験が1つにまとまり、より早く成果を公開し、より明確な形でコミュニケーションを図り、より効果的な仕方で連携することが可能になる。Open Grid Forumという名称は、グリッドの研究者、開発者、教育担当者、ユーザ、ソリューション・プロバイダから構成される、私たちの国際的なコミュニティをイメージして付けられた。それらコミュニティの人々が協力して作業を行い、科学的発見、ビジネス上の価値、世界規模でのグリッドの商用利用へとつながる扉を開く。」と述べた。
EGA 会長のDon Deutschは、「GGF とEGA 両方の参加者によってもたらされる知見と専門知識を合わせることによって、力強い革新的な団体が生まれ、あまねくグリッド・コンピューティング・コミュニティへの貢献度を高めることができる。両団体の最良の面を統合することによって、技術革新を促し、相互運用性を促進し、グリッド・コンピューティングの価値を最大限に発揮するオープンで協調性のある環境の中で、企業、学術分野、政府機関それぞれにとっての利益をうまく結び付けることができる。」と述べている。
4) GGF18
第18回Global Grid Forum (GGF18)は、2006年9月11日~14日、アメリカのWashington DCのConvention Centerで開催された。合併後であるが、この回まではGGFを名乗っている。GridWorldおよびGlobus Worldを併設。グリッド協議会が2006年11月2日に開催した第1回Grid HotlineでオーバービューとGGF18報告集が出されている。
EGAとの合併後初めてのGGFであり、GridWorldはアメリカでは2回目であった。参加者600人、Standard sessionsが66、Community sessionsが43開催された。今後、会合名はOGFとするが、番号は継続することが発表された。
5) グリッドコンピューティングに関する標準化調査研究委員会
2005年の所に書いたように、 2002年度からの日本規格協会「グリッドコンピューティング標準化調査研究員会」に引き続き、産業技術総合研究所グリッド研究センターが、経済産業省情報電気標準化推進室及び日本規格協会情報技術標準化研究センター(INSTAC)から、3年の予定でグリッド技術のガイドライン標準化調査研究活動の委託事業を受けることになり、「グリッドコンピューティング標準化に関する調査研究委員会」を立ち上げ、筆者が委員長を仰せつかった。平成17年度の終わりにあたり、実施報告書を発表した。4月からは2年目に入った。テーマも「グリッドコンピューティングの国際標準化」調査研究委員会とし、グリッドコンピューティング技術のガイドライン(産業の基準規格)を作成し、国際標準規格化することを最終目的とした活動を進めることとした。平成18年度の報告参照。
次はアメリカ政府関係の動きである。
(画像:CELLプロセッサ 出典:Wikipedisより)