HPCの歩み50年(第134回)-2006年(j)-
かねてから経営が危ぶまれていたSGIは5月に遂にChapter 11の保護を申請したが、10月には立ち直った。Intel社とAMD社のx86-64をめぐる競争はますます激化した。Intel社がTerascaleのアクセラレータのようなものを狙っているという発表があった。

アメリカの企業の動き
1) IBM社(Cell)
アメリカIBM社は、2006年2月8日、Cellプロセッサ(正式にはCell Broadband Engine)を採用したブレードサーバーを開発したと発表した。これはBladeCenter QS20と名付けられ、発売は2006年9月。1U程度のサイズの筐体に2基の2.3 GHzのCellプロセッサ、1GBのメモリ、40 GBのHDDなどを搭載している。PLAYSTATION 3以外のCell搭載システムとしては、これまで2005年6月に米Mercury Computer Systemsがサーバー/ワークステーションの開発を表明し、SIGGRAPH 2006でデモを行っている。2006年12月の報道によると、Mercury Computer Systems社はこれをMentor Graphics社に提供し、EDA (Electronic Design Automation)に使うと発表した。また、2005年9月に東芝がデジタル家電向けの開発キットを発表している。
日本では、2月28日、日本IBM大和事業所において、「第一回 Cell ブレード セミナー」が開催された。大阪でも3月7日に開催された。
LBNLのSamuel Williams, John Shalf, Leonid Oliker, Parry Husbands, Shoaib Kamil and Katherine Yelickは科学技術アプリのカーネルを走らせてCellの可能性を分析した。その結果は、5月のComputing Frontier 2006で発表された。
LANLのところに書いたように、2006年9月にはRoadrunnerシステムのアクセラレータにCellを使うことが発表された。Roadrunnerのテスト版はとりあえず現在の32bit版のCellを使い、実用版には64bitのCell を開発するとのことであった。
この頃議論になったのは、CellがHPCの新しい潮流を作れるのかということであった。もちろん、PowerPCベースのSPEが8個も搭載されているので、その潜在能力がすごいことに疑いはない。ヘテロな構成になるが、それだってHPC業界では既に経験を積んでいる。しかし、Cellのヘテロ構造は、従来のものと違ってる。一つの見方によると、ある意味でCellはSeymour Crayの設計をひっくり返したものなっている。つまり、CDC 6600は1つの高速なプロセッサに計算を担当させ、他の10個の遅いシステムにメモリ管理をやらせた。しかしCellは逆に、8個のSPEが計算をやり、中央のプロセッサ(PPE)はそれにデータを供給する。
2006年10月、Terra Soft という会社がCellをつかったスーパーコンピュータを発売すると報道された。その名前がE.coli(大腸菌)で、ちょっと中毒しそうである。当時、アメリカでもO157が騒がれていた。
アメリカIBM社は、Cell B.E.の利用を促進するために大学からの提案を選考していたが、2006年12月、10の大学に対しIBM Shared University Research (SUR) awardsの受賞者を発表した。
2) IBM (POWER)
POWERプロセッサ関係では、2006年2月にPOWER5+を16コア搭載した新しいIBM System p5 570サーバを発表した。これに加えて、2.2 GHzのPOWER5+を16コア搭載したp5 575サーバも発売した。
2006年7月には、64コアのp5 595サーバを発表した。
3) IBM社(ClearSpeed)
2003年3月26日、xSeries 335または345などのIBM製品や、非IBM製品を含む様々なクラスタ技術を統合した製品、IBM eServer Cluster 1350を発表した。2003年11月、Opteronを最大48個搭載したIBM eServer 1350スーパークラスタを発表していた。
2006年6月27日(英国時間)、英国ClearSpeed Technology社と米IBM社は、クラスタ向けブレード・サーバーIBM System Cluster 1350に、演算処理用アクセラレータ・ボードClearSpeed Advanceを搭載すると発表した。ClearSpeed Advance搭載Cluster 1350は、2006年11月7日に発売された。ClearSpeed Advanceは、高速演算用プロセッサCSX600を2個搭載するPCI-X対応アクセラレータ・ボードで、東京工業大学が使っているものと同じであろう。同プロセサは96個の演算コアを内蔵し、64 bit長の浮動小数点演算で最大25 GFlopsを出す。動作周波数が250 MHzと低いので、消費電力は10Wを切る。 ClearSpeed Advance全体としては、最大50GFlopsで連続して倍精度実数行列乗算(DGEMM)を処理できるという。平均消費電力は25W未満。
IBMまでがClearSpeed搭載のサーバを出すというのでビックリした。
4) SGI社
SGI社は5月にChapter 11を申請し、会社更生手続きに入ったが、早くも10月には抜け出した。
昨年の所に書いたように、SGI社は2005年5月9日にNYSE(ニューヨーク証券取引所)から、株価が上場基準を下回ったことを通告されていた。上場を続けるためには30営業日連続で終値の平均が$1.00以上となる必要があるが、このレベルには戻らなかった。かつて1995年ごろには$50にも上昇したことを思うと、昔日の感がある。11月1日SGI社に上場廃止の通告があり、SGI社は11月7日付けでNYSEの上場が廃止になると発表した。取引はthe OTC Bulletin Boardで続けられる。
2006年1月31日、Dennis McKennaが取締役会議長、CEO、会長に即日で就任したことが発表された。前任のRobert Bishopは取締役に止まり、副議長を務める。McKenna会長は、今後もサーバ、ストレージ、可視化の分野で技術革新を続けていくと力強く宣言した。2006年3月には従業員の12%を解雇した。新体制で苦境を脱出できるか?
SGI社は2006年5月8日、ついに連邦破産法第11章に基づく会社更生手続きの適用を申請したと発表した。債権者と合意した条件に沿って組織再編計画を進め、$250Mの負債削減を目指す。製品およびサポートは従来通り継続する。ただし、日本などアジア太平洋、欧州、カナダ、メキシコ、南米など米国外の子会社は対象とならず、今後も業務を継続する。近く再建計画を提出し、6ヶ月以内に破産法の保護下から脱却すると豪語していた。正直「まさか」という感想であった。
2006年8月4日、SGI社は、米国破産裁判所(bankruptcy court、連邦地方裁判所に置かれ、連邦破産法に関する事件を取り扱う)がDisclosure Statement(よく分からないが、資産や負債や再建計画に関する開示情報であろう)を承認した、と発表した。これによって9月末にも破産法の保護から脱出できる見通しが立ったとした。
2006年10月17日、破産後6ヶ月以内で、SGI社は連邦破産法の保護から脱却した。10月16日、SGI社は2006年3月末までの四半期に対する10-Qと呼ばれる報告書と、2006年6月30日までの1年に対する10-Kと呼ばれる年間報告書を提出していた。かつて主流であったMIPSプロセッサと自社のUNIX系OSのIRIXの組み合わせで動作するワークステーションの製造を中止し、代替としてIntel社のXeonやItaniumといったプロセッサとLinuxの組み合わせで動作する機種の開発へとシフトする予定である。多くのChapter 11事件(航空会社なども)と同様、これは一種の徳政令と見ることもできる。その背後にはアメリカ政府への「忖度」があったのではないか。
本当に破綻したのは2009年4月1日で、Rackable Systems社に買収された。
5) Cray社
2006年5月、Cray社はAdaptive Supercomputingという新しいパラダイムを提唱し、今後の製品計画を示した。
まず、XD1の後継技術として、DRC Computer Corportion社のFPGAモジュールを採用すると発表した。DRC社は標準的なAMD Opteronソケットに刺さるコプロセッサを作っている。これにより、このモジュールはHyperTransportのスピードとレイテンシにより、DDRメモリやOpteronプロセッサにアクセスすることができる。後のConveyを連想させる。
Hoodというコード名で開発され、NERSCに納入される予定であったシステムは、2006年11月18日にCray XT4として発表された。これもAdaptive Supercomputingの一環である。Dual-core Opteronを搭載するMPPで最大1 PFlopsのピーク性能が可能である。相互接続もXT3のSeaStarからSeaStar2に更新され、1個のプロセッサが1つの通信インタフェースを占有する。
Cray社は複数の製品ラインの技術をXTラインにまとめるRainierプログラムを推進中で、XT4はこのプログラムに基づく最初の製品である。XT4はFPGAコプロセッサを組み込むこともできる。ちなみにMount Rainierはワシントン州にある4392mの火山である。日系人は「タコマ富士」と呼んでいた。
同時にCray XMTも発表された。Multi-threaded Architectureに基づくCray MTAやCray MTA-2は余り売れなかったが、これを改良したThreadstormというカスタムチップを開発した。各プロセッサは128スレッドを並行して動作させることが可能である。最大8000個のプロセッサが搭載可能で、その場合100万スレッドに達する。
これもRainierプログラムの一環となるものであり、Opteronのソケットと通用性があり、XT4と同じ筐体に組み込むことができる。FPGAと同様、一種のコプロセッサらしい。主たる目的はデータマイニングやデータ解析であり、マルチスレッド技術が活躍する。他の応用も考えれるということであった。ユーザ環境としては、自働並列化を含むCとC++のクロスコンパイラを開発した。出荷は2007年初めの予定。
6) Sun Microsystems社
2006年3月、Sun Microsystems社は、UltraSPARC T1プロセッサのハードウェア仕様を公開した。これは2005年11月14日まではNiagaraというコードネームで知られていたプロセッサである。省電力を重視し1.4 GHzで72 Wである。
T1は全く新しく設計されたSPARCマイクロプロセッサの実装で、完全なSPARC V9命令セットをサポートする。これはCMT (chip multi-threading)を実現し、Sun社に取って初めてのマルチコア、マルチスレッドのチップである。4コア、6コア、8コアのチップがあり、各コアは4スレッドを並列に実行する。すなわち最大32スレッドを処理できる。これはWebサーバやトランザクションサーバなど多数のアクセスを処理する用途に向いているが、FPUは1個が全コアで共有されていてHPC用ではない。
T1はHypervisor権限による実行モードをサポートする最初のSPARCプロセッサであり、Solarisはもちろん、LinuxやBSDなど複数のOSをチップ上で同時に動かすことができる。
2006年8月18日、Sun Fireファミリーの新しい製品を発表した。これらはSolaris 10で走る。一つは1.8 GHz UltraSPARC IV+を搭載したサーバで、もう一つは次世代AMD Opteronプロセッサを搭載したサーバである。
2006年9月10日、Sun社はQuad-Core Opteronを搭載したブレードサーバSun Blade X8440を発表した。同時に、4ソケットの2U quad-core serverも発表した。年末には発売する予定。
Sun社は2005年12月からOpenSPARCと呼ばれるオープンソースのハードウェアプロジェクトを始めたが、2006年10月、OpenSPARC Community Advisory Boardを設立したと発表した。
SC06では東京工業大学のSun Fireを要素とするTSUBAMEが話題になったが、Sun社は「HPCに戻ってきた」と高らかに宣言した。具体例として、
・東工大のTSUBAMEがTop10に入った
・IDCの調査では、HPC市場でのシェアが増えた
・オレゴン州HillsboroにTop500 HPC Benchmark and solution centerを設立した
・HPCに対するSunのパートナーのコミュニティを始めた
・Sun Fire x64製品により、HPC製品の完全なポートフォリオを市場に提供した
・Scaliのような主要なHPC ISVとx86/x64上のSolarisに関する協定を結んだ
・TeraGrid上の汎用システムの入札に勝った(TACCの話であろう)
・x64サーバやWSで125もの世界ベンチマーク記録を打ち立てた
・HPCでのSIerとして日本電気との関係を深めた
などなど。
7) Intel社(x86)
2006年1月、Intel社は世界で初めて45 nmの論理テクノロジSRAMを実現したと発表した。2007年には300 mmウェーファ上でこの技術を使い、Moore則の限界をうち破る。現在は65 nmの工場がArizonaとOregonで動いており、今年中にあと2カ所増える。
2006年4月27日に開催されたIntel社の株主総会で、Intel社の最高経営責任者(CEO)であるPaul Otellini氏はこれまで4~6年ごとに投入していた新チップと新しいマイクロアーキテクチャを、今後は2年ごとに出していく」と語った。そのために、同社は複数の設計チームが平行して開発を進め、交互に新しいマイクロアーキテクチャを投入する体制を敷く。その結果、2006年のCoreマイクロアーキテクチャを手始めに、2008年にはNehalem、そして2010年にはGesherの各アーキテクチャがそれぞれ登場する予定だと、Otellini氏は説明した。
2006年7月27日、Intel社はPC向けのdual-core processorであるCore 2 DuoとCore 2 Extremeを正式に発表した。Pentiumシリーズは終了する。これまでのNetburstアーキテクチャは、クロックを上げることにより処理の高速化を実現してきたが、消費電力の壁にぶつかっていた。Coreアーキテクチャは、処理能力と消費電力のバランスを追求した設計とのことであった。問題はメモリバンド幅であろう。SSE (Streaming SIMD Extensions)はCoreではSSE3である。
Core 2 DuoはデスクトップPC向けの製品4種類と、ノートパソコン向けの製品5種類からなる。デスクトップ向けで最速のE6700は2.66 GHzで動作する。Core 2 Extremeはハイエンド向けでX6800の1種類で、クロックは2.93 GHzである。開発コード名としては、ノートパソコン向けのCore 2 DuoはMerom、デスクトップ向けのCore 2 DuoはConroeと、サーバやWS向けのCore 2 ExtremeはWoodcrestと呼ばれていた。これでライバルのAMDを振り切ることができるのか。
2006年8月29日には、Dual-core Xeon 7100シリーズが発表された。これまでTulsaというコード名で呼ばれていたチップである。
2006年10月27日、日本の報道関係者向けに最新技術動向を紹介するIntel Client Regular Update(第5回)を開催し、quad-core CPUや次世代のCentrino Duoの詳細を説明した。まず、11月にはハイエンド向けquad-coreのCore 2 Extreme QX6700が発表された。[Quad-coreなのにCore 2とはこれいかに?]Dual-coreのCore 2 Extreme X6800と比べて最大70%の性能向上が得られる。またノートパソコン向けの次世代Santa Rosa(コード名)についても発表があった。
8) Intel (Terascale)
Intel社がItaniumに足を取られているうちにAMDが先に行ってしまった。タダでは起きないところがIntelですね。Intelがなんとアクセラレータのようなものを考えているという話が飛び込んで来た。
2006年9月下旬、サンフランシスコで開かれた IDF (Intel Developer Forum)において、Intel社のCEOであるPaul Otelliniは数年のロードマップを語った。これまで4~6年ごとに投入していた新チップと新しいマイクロアーキテクチャを、今後は2年ごとに出していく」と語った。そのために、同社は複数の設計チームが平行して開発を進め、交互に新しいマイクロアーキテクチャを投入する体制を敷く。その結果、2006年のCoreマイクロアーキテクチャを手始めに、2008年にはNehalem、そして2010年にはGesherの各アーキテクチャがそれぞれ登場する予定だ。これは春から聞いている話。
CTOのJustin Rattnerは、テラスケール/プロセッサ開発を含む長期戦略について語った。Intel社はTera-scale Computing Research Programを進めている。これは、商品そのものではないが、80個のRISCコア(IA32とは非互換)をタイル上に並べ、垂直にメモリチップと直接結合するとのことである。他のプロセッサやI/Oとはシリコンレーザで結合する可能性もある。これはまさにチップ上のスーパーコンピュータである。Intelとしては、核兵器のシミュレーションや気候モデリングは成長産業ではないと考えており、このようなTera-scaleチップは大規模なデータセンタやウェブサービスに使われるであろう。これはRMS (Recognition, Mining and Synthesis)と呼ばれる。
Cell B.E.に刺激されたのであろうか。このTera-scaleチップは3.1 GHzで動くそうであるが、各コアが倍精度演算を4演算issueできるならピーク992 GFlopsとなり、まさにTera-scaleである。熱はどうなるのか心配になった。正式ではないが、Larrabeeというコード名で開発されているようである。Larrabeeはワシントン州のLarrabee State Parkにちなんだ名前である。試作品ができたのは2007年2月である。
9) Intel社(Itanium)
Itaniumプロセッサが2001年に発表されたとき、これこそ次世代の64ビットマイクロプロセッサだ、と宣伝された。しかし、暗雲が立ちこめている。
2006年7月18日、Itanium 2シリーズとしてdual-coreのItanium 9000(コード名Montecito)が発表され、即日発売された。当初の予定より1年近く遅れている。プロセスは90 nm、L2 cacheはコアごとに命令1 MB、データ0.25 MB(逆ではないらしい。全体で2.5 MB)で、L3 cacheは最大24 MB。Hyper-Threading technologyが踏査されていて、これはNetBurstのSMT (Simultaneou Multithreading)とは違い、coarse-grainである。
これでSun MicrosystemsのUltraSPARCやIBMのPOWERに打ち勝つことができるのであろうか。ItaniumのEPIC (Explicitly Parallel Instruction Computing) architectureはCISCとRISCのいいとこ取りであり、高い命令並列性(ILP)を実現する、という売り込みであった。
10) AMD社(Opteron)
さて一方のAMD (Advanced Micro Devices)社であるが、2006年4月28日に動作クロックが2.6GHzと2.8GHzのシングルコアOpteronの初期出荷分の一部で演算結果に問題が発生する可能性があることを明らかにした。昔Intelでも似たようなことがあった。問題の原因は製造後の選別テストにおいて出荷時検査が適正に行われなかったユニットが含まれていたことにある、としている。
AMDの説明によると、問題を抱えているOpteronを使っているシステムでは、
(1)浮動小数点演算を集中的に行うコード・シーケンスの実行、
(2)動作においてCPUの温度が高温になる、
(3)システムが高温化で動作している、
という3つの条件がそろった場合に「一貫性のない計算結果を示す」可能性がある。
2006年5月、Opteronは発表3周年を迎えた。Mercury Researchによれば、2006年の第一四半期において、x86の世界市場の22.1%はOpteronが占めているとのことである。2005年の第三四半期では16.4%だったので大幅な増加である。
2006年8月15日、AMD社は、Socket Fを採用した新しいdual-core Opteronファミリを発表した。12yy(コード名Danta Ana)と22yy, 82yy(コード名Santa Rosa)である。テクノロジは90 nm SOIで、L1 cacheはデータ・命令各64 KB、L2 cacheはコアごとに1024 KBである。MMX、拡張された3DNow!、SSE、SSE2、SSE3をサポートする。VCoreは1.35 V、クロックは1.8-3.2 GHz、最大パワーは95Wである。AMD社のアグレッシブな開発計画の裏には、Opteronを採用してるCray社の要求があったということである。次はquad-coreである。
2006年6月1日、AMD社はTorrenzaと呼ばれるプログラムを発表した。これはOpteronのHypertransportを活用して、他社のコプロセッサを統合しようとする計画である。直接に商品として実ったわけではないが、HSA (Heterogeneous System Architecture)として実現した。
11) AMD社(ATI)
2006年6月6日、カナダ・オンタリオ州のATI Technologies社は、同社のGPUであるCrossFire上でシミュレーションなどの数値計算が可能になると発表した。これにより、2台のGPUを搭載し、一方で数値計算し、一方でグラフィックス演算に用いることができる。最上位のRadeon X1900 XTXは360 GFlops(多分単精度)の演算能力がある。NVIDIAもGeForce 7900発表時に、GPUを数値計算に用いる構想を明らかにしていた。
2006年7月24日(アメリカ時間)、AMD社は$5.4BでカナダのATI Technologiesを買収すると発表した。このうち現金は$4.2Bで、残りはAMDの株式5700万株。これにより、CPUとGPUの統合も視野に入れている模様である。後藤弘茂の予想では、GPUがCellのような異種混合マルチコアに進化し、1個のチップのなかに複数のAMD汎用コアと多数のProgrammable Shaderをもつベクトルコアが内蔵されるようになるであろう。まずは、Hyper TransportによりAMD CPUに直結できるGPUが考えられる。次のステップは、CPUパッケージへの統合で、最終的にはオンダイの統合である。ただ、これまでは単精度演算だけでよかったが、汎用GPUとなるためには64ビットの倍精度演算をどこまで実装するかが問題になるであろう(PC Watch 7月25日号)。買収手続が進行中の9月29日、ATI社はGPUを汎用演算に用いる技術Stream Computingを発表した。今から思うとどうってことないように見えるが、当時は大ニュースであった。
2006年10月25日、買収手続が完了した。その報告の中で、AMD社はCPUとGPUをシリコンレベルで統合した新しいプロセッサを開発するFusionプロジェクトが進行中であることを発表した。Fusionプロセッサは2008年末か2009年初頭に登場する見通しである。
しかしこの買収のため、およびx86プロセッサの売れ行き不振のために、2006年第4四半期には$574Mの赤字を出してしまった。
12) NVIDIA社
2006年11月8日、第8世代のGeGorce 8が発表された。これはDirect3D 10を完全にサポートする最初のGPUである。90 nmのテクノロジで、新しいTeslaマイクロアーキテクチャを採用した。
同じ時と思われるが、NVIDIA社はGPU向けの統合環境CUDA (Compute Unified Device Architecture)の構想を発表した。これはGPU向けのC言語の統合開発環境であり、コンパラやライブラリなどから構成されている。公開されたのは2007年6月23日。
2006年12月1日、NVIDIA社はアメリカ司法省からGPUとカードに関する独占禁止法(反トラスト法)違反の疑いで、召喚令状(subpoena)を受け取った。ATIを買収したAMD社も同時に出頭を求められた。2008年10月13日、NVIDIA社は司法省反トラスト部サンフランシスコオフィスから、GPUとカードに関する独占禁止法違反の疑いに対する調査を終了したという正式な通知を受けたと発表した。問題はなかったとのことである。
13) Linux Networx社
Linux Networx社は、2006年2月17日、DOD HPC現代化プログラムから同社最大の注文を受けたと発表した。全体は5台で、3台はATC (Advanced Technology Clusters)、1台はArmy Research Laboratory Major Shared Resource CenterのためのLS-1、もう一台のLS-1をDugway Proving Goundに設置する。2006年11月のTop500には、US Army Research LaboratoryのHumvee – Evolocity II (LS Suersystem)がRmax=15.2 TFlops、Rpeak=19.66 TFlopsで30位にランクしている。Xeon 50xx 2C 3.2 GHzを3368コアでInfiniband結合である。
14) Appro社
2006年5月、Appro社(Appro International Inc.)は、dual-core Intel Xeon(コード名Dempsey)を搭載したHyperBladeサーバB222Xを発売した。また、AMD Opteronを搭載した最初のフラグシップ製品であるXtreme-X Supercomputerを発売し。遠隔管理のためにACE (Appro Cluster Engine)管理ソフトウェアを搭載している。
15) HyperTransport
2006年4月、HyperTransport 3.0の仕様が公開された。最大3.6 GHzで動作し、32 bit単方向で20.8 GB/s、両方向で41.6 GB/sのバンド幅を持つ。AMD OpteronやAthlonは16 bit幅でリンクしているので、バンド幅はその半分。
16) Myricom社
相互接続網Myrinetで一世を風靡したMyricom社は、10GではEthenetとの相互運用性に重点を置き、Myrinetの技術で10 GbpsのEthernetを開発しておりHPCに利用可能であることを強調していた。2006年2月、IBM社の新しいBladeCenter H platformに10 GbpsのMyri-10Gが使われていると発表した。ISC2006でもこのことを強調していた
2006年4月、Myricom社と富士通アメリカは、wireで10 GbpsのMyrinetとEthernetとの相互運用性を確立したと発表した。
17) Microsoft社
日本マイクロソフト社から筆者に、3月2日~3日にMicrosoft Research (ワシントン州Redmond、シアトルの郊外)で開催されるTechFestに参加しないかという話があったので、NDAを書いて参加した。これはMicrosoft研究所の研究成果をMicrosoft本社に宣伝する社内イベントで、私を含めて何人かのアカデミア関係者も参加していた。AIやロボットに重点を置いていること、中国人やインド人の研究者が元気なことなどが印象的だった。アカデミア参加者の夕食会で、自己紹介したとき、さるアメリカ人が「政府(government)です」というので、皆で「つまりNSAですね」と茶化した。
Microsoft社は次世代のWindows OSとして、2001年5月からWindows XPをベースにLonghornというコード名で開発を開始しており、2003年にリリースする予定であったが、セキュリティ問題で遅れ、Windows Server 2003をベースに変更され、2005年にWindows Vistaとしてベータ版が公開された。正式リリースは2006年11月8日。筆者はXPからWindows 7/8に飛んでしまったのでVistaを使うチャンスはなかった。
Windows Compute Cluster Server 2003 (CCS)は2006年6月に公開された。CCSはMS-MPI (Microsoft Message Passing Interface) v.2をサポートする。スーパーコンピュータなどの高性能数値演算クラスタを必要とするアプリケーションの利用を想定して設計されたもの。x64 版のみのリリース。
2006年3月8日、同志社大学とMicrosoft日本法人は、科学技術計算分野でWindows HPCコンソーシアムを4月1日に設立すると発表した。同志社大学は京都府京田辺市のキャンパスに設置するWindows Compute Cluster Server 2003搭載のクラスタの処理能力をコンソーシアムに参加する企業向けに提供する。同志社大学では、これまでも複数台のPCを利用したクラスターサーバの構築・研究を行なってきたが、Windowsベースでのクラスターサーバは初めてとなる。同志社大学工学部の三木光範教授は、「これまでは主にLinuxベースでクラスターサーバの構築を行なってきたが、導入や運用面ではまだ難しい。大企業だけでなく、中小企業などにも導入可能な管理の簡単なクラスターサーバの普及も必要だ」として、Windowsプラットフォームでのクラスターサーバ構築に取り組むことにしたと説明した。
Windows Compute Cluster Server 2003の日本語版は8月下旬にリリースされたが、8月24日、目黒雅叙園においてソリューションセミナーが開催された。
18) Azul Systems社
Azul Systems, Inc.はJavaアプリを実行する実行環境を開発するために2002年3月にカリフォルニア州Sunnyvaleで設立された。AzulがJVM (Java Virtual Machine)として開発したZingはVegaというハードウェアの上で開発された。
19) Apple社
Apple社は2005年6月6日Worldwide Developers Conferenceにおいて、MacintoshコンピュータのCPUを、これまでのPowerPCプロセッサからIntel x86プロセッサに切り替える計画であることを発表したが、2006年1月10日、Intel Core Duoプロセッサを搭載した15インチのMacBook ProとiMac Core Duoを発表した。2006年2月28日、Mac miniもIntelのチップを使うと発表した。2006年4月5日、Boot Campを公開し、IntelチップのMac上でWindows XPが使えると発表した。
Apple社のCEOであるSteve Jobsは、「この転換は、PowerPC技術の発展の進歩があまりに遅くて失望したことと、IntelがAppleの必要に答えようとしていることが分かったからである。とくにIntel社のワット当たりの性能のロードマップは印象的であった。」と述べた。
ヨーロッパその他の動き
1) Liquid Computing社
2003年にOttawaで創業したLiquid Computing Corporationは、2006年3月、革新的なInterconnect Driven Server Architecturesを発表した。これはHypeTransportに直結した相互接続であり、Red Hat Linuxの修正版が走る。11月はじめには、この相互接続を用いた新しいスケーラブルなシステムLiquidIQ 1.0の発売を開始した。2008年にはLiquidIQ 2.0を発売した。2009年には、Xeon 5500 (Nehalem)を用いたLiquidIQ 3.0を発表したが、2010年2月に会社を閉鎖した。
2) LRZ (Leibniz Rechenzentrum)
ミュンヘン近郊のGarchingにあるLeibniz-Rechenzentrum (Leibniz Supercomputing Centre)は、2006年7月、新しいビルの竣工式を行うと同時に、新しいスーパーコンピュータシステムHLRB-IIのお披露目を行った。これはSGI Altix 4700 1.6 GHzでItanium 2 Montecito 2Cを4096コア搭載している。Rmax=24.36 TFlops、Rpeak=26.214 TFlopsで2006年11月のTop500では18位にランクしている。その後9728コアに増強し、2007年6月のTop500ではRmax=56.52 TFlops、Rpeak=62.2592 TFlopsで10位。
中国の動き
1) 国家中長期科学技術発展規画(2006年~2020年)
中国国務院は、2006年2月9日に、中国の科学技術政策の根幹となる計画として国家中長期科学技術発展規画を発表した。電子情報通信分野では、情報産業の重要技術を掌握し、技術水準を世界のトップレベルに引き上げることを目標としている。7つの優先テーマ、「近代的なサービス業の情報支援技術および大規模アプリケーションソフト」「次世代ネットワークの重要技術・サービス」「高効率で信頼性の高いコンピュータ」「センサーネットワークおよびインテリジェント情報処理」「デジタルメディア・プラットフォーム」「高解像度の大スクリーン薄型テレビ」「重要システムの情報安全」を指定し、3つの先進技術「インテリジェント・センシング技術」「自己組織ネットワーク技術」「バーチャルリアリティ技術」を提示している。
また、2006年10月27日には、科学技術部が「第11次5ヵ年」科学技術発展規画を発表した。
2) 中国科学院
2006年11月18日、MIPSアーキテクチャの中国製CPU「龍芯」の英語名をLoongsonと決めたと発表した。これまではGodsonと呼ばれていた。これを開発したのは、中国科学院コンピュータ技術研究所で、開発者はHu Weiwu(胡偉武)教授。2001年から開発を始め、2002年には龍芯1号(32ビット、266 HHz)、2003年には龍芯2号(64ビット、300-500 MHz)を完成している。
3) 江南計算技術研究所
中国江蘇省無錫にある江南計算技術研究所(1951年創立)は、ShenWei(申威) SW-1プロセッサを開発した。これは軍の組織で、正式には中国人民解放軍 戦略支援部隊 網絡系統部第五十六研究所というらしい(日本漢字で)。命令セットはDEC Alphaを基にしていると推測されている。
4) 聯想集団(Lenovo)
既に述べたように、2005年5月、IBM社は全PC事業を中国の連想集団に売却した。2006年、米中経済安全保障検討委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)は、安全保障上の理由からレノボのPCを米国政府機関が使用することに懸念を表明した。CNET Japanによれば、国務省が2006年3月20日にLenovo社から$13Mで購入した16000台のPCについて、機密文書を扱わない業務だけで使用すると5月19日発表した。この発表に対し、Lenovo社の董事会主席の楊元慶氏や役員クラスの人々は、中国の各メディアに対して反論のコメントを出した。
5) 漢芯事件
2003年に発表され、4つめの中国独自チップかと思った「漢芯(hanxin)」が全くのねつ造であったという事件があった。2006年5月12日付けで上海交通大学のweb siteに出た記事によると、中国版のDSP (Digital Signal Processor)として宣伝された「漢芯1号」から「漢芯5号」まですべて他社製品の流用であったことが発覚した。発表会で、「漢芯1号」を載せたポータブルMP3レコーダが展示されたが、これはMotorolaのdsp56858の表面を削って、別のマークを刻印したものであった。「漢芯2号」は他企業からの委託品であったそうだ。それでも自分で設計したのか?「漢芯3号」は「漢芯2号」の微細な拡張で、「漢芯4号」は他所のSoCを使っただけとか。上海交通大学の陳進教授は教授と院長の職を剥奪され、研究費の返還も請求された。日経ビジネスの記事も参照。
次は2007年。次世代スーパーコンピュータは、神戸設置がきまり、概念設計の評価が行われた。ソニーはCell製造施設の売却について東芝と基本合意ができた。アメリカではNSFのTrack 1としてPOWER7を用いたイリノイ大学のBlue Watersプロジェクトを決定した(後でとんでもないことに)。
(画像:NERSCに設置されたCray XT4 出典:NERSC)
![]() |
![]() |
![]() |