世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


10月 16, 2017

HPCの歩み50年(第139回)-2007年(e)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

筑波大学、東京大学、京都大学の3大学センターが共通の基本設計で次期スパコンを導入するという計画は順調に進み、2007年12月25日に入札結果が発表された。日本電気はSX-9を発表した。ソニーはCell B.E.の生産から撤退し、設備を東芝に売却すると報道された。

日本の学界の動き

1) 神戸大学
神戸大学は、九州大学、金沢大学、愛媛大学と共同して文部科学省大学院教育改革支援プログラム 大学院GP (Good Practice) 「大学連合による計算科学の最先端人材育成」を申請し、2007年度~2009年度のプロジェクトとして採択された。後にこのプロジェクトのアドバイザリなどを引き受けることになるが、神戸大学と深く付き合うことになるのはこの頃からである。

7月25日、筆者は一橋講堂で開催されたNGArch2007の最中に神戸大学関係者(M氏、K氏)とお会いし、計算科学の将来、次世代スーパーコンピュータが神戸に建設される好機を神戸大学はどう活かすべきかなど語り合った。この時、次世代スーパーコンピュータの建設予定地を見に来ないかということになり、8月21日、九州に行く途中神戸に立ち寄った。ポートライナーの「ポートアイランド南駅」(現在の「京コンピュータ前(神戸動物王国)」のホームから見ただけであるが、建物はまだなく整地の最中であった。隣に温泉施設ができるということで、コンピュータ利用の合間に汗を流す、などという妄想を膨らませていた(この計画はキャンセル)。できていたら「スーパーコンピュータセントー」だったのに残念。その晩は、酒心館「さかばやし」で灘の風情を味わった。

神戸大学では「計算科学」を軸にした新研究科を作りたいという意向があるようで、そのプロモーションのためであろうか、9月5日のスーパーコンピュータ学術講演会に招待され、「スーパーコンピュータの歩み-日本の戦略」という講演を行った。前晩、何人かの大学の重鎮と神戸ビーフを食べたが、余りのおいしさに驚いた。だいぶ後になって「神戸大学に来ないか」と言われたとき、神戸に行けばコウベビーフが毎日食べられるのかと思って即座にOKした(そんな訳ないか!)。

2) T2Kオープンスパコン
2006年9月5日に発表された筑波大学、東京大学、京都大学の3大学センターが共通の基本設計で次期スパコンを導入するという計画は順調に進み、2007年12月25日に入札結果が発表された。構成は以下の通り。

筑波大学 Appro社(住商情報システム) XtreamServer-X3を648ノード。メモリ20 TB。Infiniband 8 GB/s×2で接続。
東京大学 日立 HA8000を952ノード。メモリ31 TB。Myrinet 10Gで接続。4クラスタに分割
京都大学 富士通 HX600を416ノード。メモリ13 TB。Infiniband 8 GB/s×2で接続。SPARC Enterprise M900のSMPサーバを併設。

 

受注会社は異なるが、いずれも各ノードはAMDのquad-core Opteron (Barcelona, 2.3 GHz) 4基をHyperTransportで接続した構成である。IntelのNehalemは間に合わなかった。

3) IPv6の長距離・バンド幅の新記録
2007年4月24日、Internet2の春期メンバ・ミーティングにおいて、東大、WIDEプロジェクト、NTT コミュニケーションズ、JGN2、SURFnet、Northwest Gigapop and other institutionsの共同で、2年続いてIPv6の長距離・バンド幅(I2-LSR, Pacific Internet2 Land Speed Records)の新記録を樹立したと発表した。9.08 Gbpsのスループットで、IPv6のマルチストリーム、シングルストリームの両方のカテゴリーで272,400 Tb-m/sの記録を達成した。

4) 『スーパーコンピューターを20万円で創る』
7月頃、集英社から伊藤智義『スーパーコンピューターを20万円で創る』が出版された。これは、東大駒場の杉本大一郎研究室で、戎崎俊一助手、大学院生の牧野淳一郎と伊藤智義の3人でGRAPE-1を作った話である。著者の伊藤智義は、最初作ったあとGRAPEには興味を失ったようで、このグループとは別に、群馬大学で計算機ホログラフィーの専用計算機をつくるプロジェクトをJSTのさきがけやSORSTで挑戦している。ただGPUにはかなわなかったようである。

日本の企業の動き

1) 日本電気
2007年には2回のNEC・HPC研究会を開催した。3月8日に開催した第23回 NEC・HPC研究会「大規模シミュレーション」では以下の講演があった。

須藤滋(核融合研) 基調講演「プラズマシミュレーション科学研究の新しい展開」
高林 徹(本田) 「自動車用エンジンのノッキングのモデリングと適用事例の紹介」
田村哲郎(東工大) 「環境・防災問題への乱流シミュレーションの適用」
稲垣昌英(豊田中研) 「スーパーコンピュータ SX シリーズを用いた自動車関連の流体解析」
?(日本電気) 「NECのHPC戦略について」

 

8月7日に開催された第24回 NEC・HPC研究会「ペタスケール・コンピューティングへの期待」では以下の講演があった。

花村 光泰(理研) 基調講演「次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトとアプリケーション開発について」
中村春木(大阪大、) 「HPCによる生体分子機能解析シミュレーション ~新しいパラダイムの解析に向けて」
大野隆央(物材機構) 「第一原理計算の現状と展望」
大島まり(東京大) 「循環系の計算バイオメカニクス」
古村孝志(東京大) 「地球シミュレータと高密度地震観測で見る大地震の強い揺れ、首都直下地震」
?(日本電気) 「NECのHPCにおける取り組み」

 

日本電気は2007年10月25日、SXシリーズの新しいモデルSX-9を発表した。65 nmの半導体技術により3.2 GHzのクロックを実現し、コア当たり102.4 GFlopsと初めて100 GFlopsを越えた。最大16 CPUでノードを構成し、 相互接続網は(回線交換方式からパケット交換方式に変更され)片側128 GB/sで最大512 ノードまで接続できる。「(もし最大構成ができれば)ピーク839 TFlopsでBlueGene/Lの281 TFlopsを大幅に上回る」という発表をしたらしく、いくつかの記事にも「IBMを上回る」と書かれていたが、カタログ性能と実機の性能を比較するのはいかがなものか。「稼動してから言ってくれ」と思わず叫んだ。

11月1日には東北大学の情報シナジーセンターから受注したと発表した。256 CPUである。設置されたのは2008年3月である。また11月9日に東京天文台は、Cray社のCray XT4と、日本電気のSX-9(20 CPU)を導入すると発表した。また2008年3月4日には、JAXAから3台のSX-9を含むシステムを受注した。2008年5月12日には地球シミュレータ次期システム(第2世代)として、。1280 CPUのSX-9が落札した。2009年6月のTop500では、Rmax=122.4 TFlops、Rpeak=131.072 TFlopsで22位にランクしている。2009年3月19日には農林水産省農林水産技術会議事務局筑波事務所にSX-9 (8 CPU)を含むシステムを納入した。2010年5月21日には、北陸先端科学技術大学院大学で4 CPUのSX-9が稼動を開始した。

翌2008年2月になって、SX-9のI/OインタフェースにはXilinxのVertex-5 FPGAが使われているという発表があった。開発費の削減のためとのことである。

2007年12月18日、日本電気とベストシステムズ社はPCクラスタを中心としたHPC分野に於ける販売提携を発表した。

2) 富士通
富士通は、2007年4月、Sun Microsystems社と共同開発したUNIXサーバSPARC Enterpriseに搭載するプロセッサとしてSPARC64 VIを発表した。90 nmテクノロジにより2.4 GHzで動作し、2コア、マルチスレッドを採用した。なお、「京」のプロセッサSPARC64 VIIIfxは2010年9月に発表される。

3) 日立
HAS研(HITACHIアカデミックシステム研究会)では、2007年3月9日、大崎ニューシティ3号館において、平成18年度総会および第21回研究会「新時代のIT人材育成の為に大学は何を果たすべきか!」を行った。プログラムは以下の通り。

13:00 平成18年度総会 平成18年度行事報告、平成19年度活動計画
13:30 角 行之(情報処理国際機構) 「 企業の求める情報人材像 」
14:30 石田 晴久(日本サイバー教育研究所) 「 サイバー大学への期待 」
15:40 中島 秀之(公立はこだて未来大学) 「 未来のIT人材とその育成 」
16:40 神沼 靖子(情報処理学会フェロー) 「 高度IT人材育成に向けた産官学の連携と指定高校の活動 」
17:45 懇親会  

 

2007年9月7日には、第22回研究会を「次世代のインターネット情報活用術!!~膨大なデータを身近にする為に~」というテーマで日立マクセル本社ビルにおいて開催した。プログラムは以下の通り。

13:00 有澤 博(横浜国立大学) 開会挨拶
13:10 萩野 達也(慶應義塾大学) 「セマンティックWebはWeb2.0を越えることができるか」
14:10 渡辺 知恵美(お茶の水女子大学) 「検索エンジンを有効利用したアプリケーション開発事例紹介」
15:30 喜連川 優(東京大学) 「情報爆発時代における研究戦略」
16:30 森 正勝(日立) 「ユビキタス情報社会における企業活動を支えるために~RFID&トレーサビリティシステムを中心に~」
17:45 懇親会  

 

4) 日本Cray社
2007年1月25日(木)~26日(金)に、日本科学未来館 みらいCANホールにおいて第4回Cray HPC カンファレンス 2007が開催された。プログラムは以下の通り。英語講演は逐次通訳付であった。

1月25日

13:00 中野 守, 代表取締役社長 開会の挨拶
13:05 Peter J. Ungaro, CEO & President Cray, >Leading the Way in Supercpmputing
13:55 Horst D. Simon, LBNL Towards Petaflop/s Computing at NERSC
14:55 小柳 義夫, 工学院大学 HPCの方向性
15:35   休憩
16:05 南 一生, RIST 大規模ナノシミュレーションへの挑戦
16:45 山野 洋幸, 日本AMD HPCを加速するAMDの最新テクノロジ
17:05 Steve Scott, CTO Adaptive Supercomputing and the Cray Cascade Program
18:10   懇親会

1月26日

9:55   開会の挨拶
10:00 Duglas B. Kothe, ORNL Science Enabled by Leadership Computing: — Science Highlights and Outlook at the ORNL Leadership Computing Facility
11:00 Marie-Christine Sawley, CSCS Deploying National Capability System for The Swiss Advanced Large Projects in Supercomputing
12:00 森谷 隆之, 住商情報システム 大規模構造解析ソフトウェアADVCのご紹介
12:15   昼食
13:25 渡邉 智彦, 核融合科学研究所 核融合プラズマ研究に於ける大規模シミュレーション~核融合研の事例から~
14:05 Robert Triendl, DDN Japan ペタフロップスコンピューティングへむけたストージ・システムの開発状況
14:20 大室 貴廣, アルテアエンジニアリング ワークロード管理ソリューション「Altair PBS Professional」のご紹介
14:35   休憩
15:00 羽角 博康, 東京大学 気候変動の高精度予測シミュレーションに向けて
15:40 中野 守, 代表取締役社長 Scaling Beyond Commodity Computing – Cray Scalar System Update
16:20   閉会の挨拶

 

非常に充実した会であった。Steve ScottはCray社のロードマップについて講演したが、その中でDARPA HPCSの重要候補であるCascadeのアーキテクチャについて講演した。アーキテクチャの図はPDFで配布されたスライド集では削除されていたが、以下の3つの要素からなるハイブリッド・システムであった。

(a) スカラプロセッサ(多分Opteronであろう)
(b) Granite MVP accelerator:ベクトルとMTA, XMTを融合したもののようである。vector modeとmultithreaded modeとで走る。
(c) FPGA

これらが高速のネットワークで接続されている。しかも、一つの箱に、いずれのプロセッサのボードも自由に差してシステムを構成することができる。元々Cray社がSGI社の傘下にいたころ構想されたもののようである。日本の次世代スーパーコンピュータの最初の構想に何となく似ていたのでビックリした。

筆者の講演では、昔からのコンピュータ高速化の歴史を総括したあと、BLASがベクトル演算のLevel-1から行列演算のLevel-3に進化して来たように、プロセッサもベクトル演算器からテンソル演算器に進化するであろうと述べた。行列乗算ならO(n2)のデータ転送でO(n3)の演算ができるし、行列ベクトル積(Level-2であるが)でも、行列が固定でチップ内に持てるなら、O(n)のデータの転送で、O(n2)の演算ができると指摘した。GoogleがTPU (Tensor Processing Unit)を発表(2016年5月18日)する9年前のことである。まあ、誰でも考えそうなことではあるが。

この後、3月14日に秋葉原ダイビルで「Cray XMTセミナー」が、15日には社内で「Cray XMTプログラミング ワークショップ」が開催された。声を掛けていただいたが、失礼した。

また、10月10日~11日には、信濃町の明治記念館で“Cray Technical Workshop Japan”が開催された。

5) 日本IBM
2007年9月13日(木)に、日本IBM箱崎事業所においてIBM HPCフォーラム 2007が開催された。プログラムは以下の通り。

13:30 日本IBM オープニング
13:40 T. Agerwala (IBM) 「ディープ・コンピューティング分野でのイノベーション」
14:40 G. Chiu (IBM) 「IBM Blue Gene/Pのアーキテクチャ」
16:00 S. Mcaleer (IBM) 「1ペタFLOPSを実現するRoadrunnerのHybrid programmingとシステム管理」
17:00 F. O’Connell (IBM) 「IBM POWER6アーキテクチャとシステムの最新動向」
18:00 懇親会  

 

筆者が、「IBMはBGもやり、Cellもやり、POWERもやっている。本当に今後もこの3つを続けるのか。」と質問した。IBM関係者は、「続ける」とは言わなかったが、マルチコア技術は相互に役に立つ、というようなことを言ってごまかした。

2007年11月23日~25日にはIBM天城ホームステッドにおいてIBM HPC天城セミナーが開催された。筆者は先約があり、一部しか出席できなかった。以下のような講義内容であった。

牧野 淳一郎(国立天文台) 「計算天文学と HPC の将来」
谷 啓二 (日本原子力研究開発機構) 「日本の次世代大規模シミュレーションを概観して」
松田 秀雄(大阪大学) 「ライフサイエンスへのグリッドの応用-バイオグリッドプロジェクトでの経験-」
古村 孝志(東京大学) 「地震・津波災害軽減に向けてのHPC への期待」
小柳 義夫(工学院大学) 「SC07 からHPC の将来を考える」
丸山 宏(日本IBM) 「IBMの研究の最新動向とHPC」

 

6) マイクロソフト社
マイクロソフト社と日本電気は、2007年10月18日に共同セミナー「発売一周年記念 Windows Compute Cluster Server 2003 アップデートセミナー」をマイクロソフト社新宿本社で開催した。プログラムは以下の通り。

午前中 (チュートリアル)「Windows Compute Cluster Server で行うMPI プログラミングとデバッグ」
14:10   ご挨拶
14:10 谷村 吉隆(京都大学) (基調講演)「無駄な電気を食わせるな: PC 上での並列科学技術計算の実現に向けて」
14:50 竹内 義晴(日本電気) CCS に対する NEC の取組みと事例紹介
15:50   休憩
16:10 古賀 正章(マイクロソフト) Windows Compute Cluster Server 2003 の最新情報とロードマップ
16:30 林 憲一, 古賀 正章(マイクロソフト) Windows Compute Cluster Server 2003 デモ101 連発: Road to High Productivity Computing
17:20   質疑応答
17:30   閉会

 

7) ソニー
2007年9月15日、ソニーがPlayStation 3 (PS3)の心臓部に使うCell B.E.などの生産から撤退し、来春にも東芝に売却することを検討していると各紙で報道された。売却額は1000億円程度と見られている。関係はないが、新型『PlayStation Portable (PSP-2000)』が2007年9月20日 に発売される直前であった。ソニーが売却するのは半導体子会社ソニーセミコンダクタ九州の長崎テクノロジーセンター(長崎県諫早市)にあるシステムLSIの製造ラインで、Cellの他ビデオカメラ用の画像処理LSIなどの設備も含まれる。東芝がこれらを買い取り、ソニーと共同出資する新会社で借りて生産する案が有力で、実質的に東芝がソニーへの供給元となる。半導体の売上高世界4位の東芝はシステムLSI事業の強化を狙うとの観測である。

10月18日、東芝、ソニーおよびソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)は、ソニーグループが所有する長崎県諫早市の半導体製造施設を東芝に譲渡することで基本合意したと発表した。売却時期は2008年3月末を予定している。東芝への製造施設の売却後は、両社が出資する新会社が東芝の施設を借りる形で生産を行なう。新会社の出資比率は東芝が60%、ソニーが20%、SCEIが20%。さらに、米IBMおよび東芝との45 nmプロセス量産で合意したと発表。IBMが米国ニューヨーク州に持つ製造施設を、現行の65nm SOI(Silicon on Insulator)から、45nm SOIへと移行。東芝とは新たな合弁会社を通じて、45nmバルクプロセスへ移行させる。このプロセス微細化により、PS3の低消費電力化とコストダウンを図る。

Cell processorについては「アメリカの企業」のIBM (Cell)も参照してください。

次回は国際会議。

(画像:NEX SX-9 画像提供:日本電気)

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