HPCの歩み50年(第174回)-2009年(n)-
2009年には、前年のLehman Brothers破綻の影響であろうか、SunやSGIやTransmetaやQuadricsなど多くの有名な企業が舞台から姿を消した。
その他の動き
1) TSMC
台湾のTSMC(台灣積體電路製造股份有限公司)は2009年8月24日(日本時間)、28 nmプロセスの64 Mbit SRAMの製造に成功したと発表した。業界で初めて動作検証済みの28 nmプロセスによる64 Mbit SRAMの製造である。TSMCの28 nmプロセスロードマップはこれまで、ハイパフォーマンス向けの“HP”、ローパワーの“LP”オプションだけだったが、今回新たにミドルレンジの性能/低電力を対象にした“HPL”を追加。これらのいずれのオプションにおいてもSRAMの製造に成功したという。だんだんマスク代や設計費が高くなって、これをペイできる量産効果を持つチップが難しくなってきている。もう、日本は国内でこのような産業を育てるのは無理なのか?
2) C-DAC
インドのC-DAC (Centre for Development of Advanced Computing)は、2009年7月、PARAMスーパーコンピュータをタンザニアに輸出したとのことである。
3) 南アフリカ
IBM社は、Blue Gene/Pを南アフリカ共和国のCenter for High-Performance Computingに寄贈し、設置された。ピーク性能は11.5 TFlops。これはBG4A (Blue Gene for Africa)というイニシアティブの成果である。
ベンチャー企業の創業
1) GLOBALFOUNDRIES社
2008年10月7日、AMD社は半導体製造部門を分社化し“The Foundry Company”を発足させた。2009年3月2日、ATIC(UAEのアブダビ首長国が所有する投資会社)からの出資を受け、GLOBALFOUNDRIESが発足した。本社はカリフォルニア州Sannyvaleにある。その後、2010年1月13日にChartered Semiconductor Manufacturing社を買収、2014年10月にはIBMの半導体事業も買収した。
ベンチャー企業の終焉
2008年9月15日のLehman Brothers破綻の影響であろうか、2009年には多くの有名な企業が舞台から姿を消した。
1) Sun Microsystems社
2009年3月18日、筆者が「最先端並列計算機における次世代気候モデル開発に関わる国際ワークショップ会議」でORNLにいたとき、インドのBangalore発のReuter電がWall Street Journalの記事として、「IBM社が$6.5BでSun Microsytstems社の買収を狙っている」と伝えた。まさかとは思ったが、この世界は何が起こるか分からない。両社は、Windowsに依存しないシステムを提供しているという共通点がある。最近Sunはいくつかの大手ハイテク企業に接近し買収を持ちかけていたとのことである。Hewlett-Packard社は拒否したと伝えられる。Dell社はコメントを控えた。IBMもHPもSunも2008年第4四半期のサーバ収入は減少している。
Sunは最近52週で株価が71%も下落しており、3月17日のNasdaqでのSunの株価は$4.97であった。Dot-comブームで$258.75を付けたのは夢のようである。でも$6.5Bという買収価格は1株当たり$10~$11であり、100%を越えるプレミアムとなる。
4月2日には、IBM社がSunの買収価格を1株あたり9~10ドルの範囲に下げたと報じられた。Sun側は減額の見返りとして、IBMに規制当局の反対を受けても買収を進めるという保証を求めていると関係筋は伝えている。Sunの株価は2日、前日比2.75%高の8.22ドルで取引を終えた。買収の詳細は来週発表される予定。買収が実現すれば、IBM社にとって最大の買収規模となるが、反トラスト法違反の審査に時間が掛かることが懸念された。
2009年4月5日、関係筋が明らかにしたところによると、米IBM社によるSun Microsystems社の買収交渉が決裂した。IBMが提示した1株当たり$9.40の買収価格を、4日Sun社が拒否した。交渉が再開されるかどうかは不明だという。
などと首を傾げているさなか、4月20日、ソフトウェア大手のOracle社がSun Microsystemsを$7.4Bで買収すると突然発表した。Sunの保有現金や負債を考慮した場合の実質的な買収額は$5.6Bといわれる。いずれにせよだいぶ高く売れたことになる。MSとIBMには寝耳に水であった。Oracle社の創立者でもあるLawrence Joseph Ellison CEOは「Sunの買収でIT産業を変革する」と強調した。SunのJonathan Ian Schwartz CEOは、「顧客や市場に価値を与える技術革新を加速する」と訴えた。シリコンバレーを本拠地とする2大企業の統合は、IT業界の勢力図にも大きな影響を与えそうだ。今回の買収によってOracleはサーバやストレージをはじめとするハードウェア、Solaris、そしてJavaを獲得できる。これによりハードウェアからソフトウェアまでを網羅する統合されたソリューションを提供できるようになる。
2009年8月20日、Oracle社がSun Microsystemsを買収する計画について米司法省が承認したことを明らかにした。残る主要な障害は欧州の独占禁止法規制当局からの承認である。
2) Silicon Graphics社
SGI社は2006年、2度目のChapter 11 (連邦破産法第11章)を申請、同法の下で体制の立て直しを図っていたが、2009年4月1日に3回目のChapter 11の適用を申請した。同法の対象となるのは米国本社、同国内の子会社群で、日本を含む世界各国の法人は含まれない。SGI は一時期、HPC に重点を置き、スーパーコンピュータのランキング リストTOP500で存在感を示したり、米航空宇宙局 (NASA) のペタフロップス級システムを開発したりするなど、足場を得たと思われたこともあったが、売上は下げ止まらなかった。
その直後、Rackable Systems社が約$25Mの現金で買収することで合意した。Rackable社は、SGIの資産とともに、それら資産に関連する一部の負債も引き受けることになる。かなり安価な買収額と報じられた。最終的には$42.5Mで決着したとのことである。Rackable Systems社は1999年、HPCシステム、データセンタ向けのx86システムや可視化システムを製造するためにSan Joseにおいて設立された。2009年4月1日、同社はSilicon Graphics社を買収した。日本SGIは1987年当初は、米SGIが100%出資を受けていたが、2001年に日本電気とNECソフトから資本を受け、NECグループの連結子会社となっている。
2008年にNSFのTrack 2(の3台目)でPSC (Pittsburgh Supercomputer Center)にはSGIのUltraVioletが入ることになっていたが、どうなるのであろう。
HPCwireの4月9日号に「なぜSGIはHPCでうまく行かなくなったのか」という解説記事が出た。「Sunとの競争に敗れた。Crayを買ったとき、並列サーバの技術をSunに売ってしまった(Enterprise 10000)のが間違い。」とかいろいろ挙げているがよく分からない。
SGI社の資産買収を完了したRackable Systems社は、2009年5月11日、Silicon Graphic International社に社名変更した。旧Silicon Graphics社のロゴを継承。しかし、ビジュアリゼーションから撤退するという噂もあった。なお、2016年11月1日、新SGI社はHewlett-Packard Enterprise社によって買収された。
3) Quadrics社
英国Bristolに本社を置き、低レイテンシの相互接続ネットワークを開発していたQuadrics社の事業継続が困難になったようである。もともと 1985年から Meiko Computing (Meiko とは日本語の「名工」に由来)で大規模並列システムを開発していたチームが Alenia とのジョイントベンチャーに移管されたのが始まりであった。2003年に QsNet2 をリリースした際、既に 900 MB/sec を越える転送帯域、MPI レイテンシ 1.2 μs という、当時としては過剰ともいえる性能を叩き出し世界を驚愕させた。この性能は、Infiniband QDR やMyricom 社 Myri 10G をしてようやく太刀打ちできるかというレベルのもので、Top500 の上位システムのうち、ベクトル機を除けばその多くが QsNet によるクラスタが占めていたこともあった。SGI 社や HP 社の HPC 向けフラッグシップモデルにも採用され、まさに大規模並列システム用のインターコネクタの代表格として君臨してきた。
2008年に ISC08 で展示された QsNet3 は、帯域を 2 GB/s まで拡大し 10 Gigabit Ethernet と互換性を持つというもので、大規模な計算システムを構築予定であった世界中の HPC 関係者から、そのリリースを心待ちにされていた。ハードウェア開発は完了しており、ソフトウェア開発を残すのみという状況の中、Lehmanショックの煽りを受け事業継続が困難となった。SC08 (Austin)のところに書いたように、1週間前に突如不参加が伝えられた。ブースがあるはずだったところは産総研のブースの向かい側で、オープンテラスになってしまっていた。最終的に幕を下ろしたのは2009年6月29日。
Quadrics 社はなくなったが、大規模サイトのサポート契約はまだかなりの年数残っており、事業そのものは Vega 社へ移管されている。
4) Transmeta社
1995年にSanta Claraで創業した低消費電力のx86互換のVLIW型のマイクロプロセッサ(CrusoeやEfficeon)を開発していた。ところがIntelやAMDが低消費電力プロセッサを発売し始めたので競争力がなくなり、2005年1月、チップ製造から知的財産ライセンス企業へと方向転換を図った。2008年11月18日、ビデオプロセッサを手がけるNovafora社による$255.6Mの買収に合意し、買収額はTransmeta社の清算に使われた。2009年1月28日、Novafora社はTransmeta社の買収完了を発表した。ところが、6ヶ月後の2009年7月、Novafora社自体が倒産した。
5) SiCortex社
2003年にMIPS64アーキテクチャに基づく省電力スーパーコンピュータ製造のためにマサチューセッツ州Maynardに設立されたSiCortex社は、2007年1月5日元Cray社CEOであったJohn Rollwagenを取締役会長に迎えた。2009年5月27日、同社を支援していた5つのベンチャー・キャピタルが資金を引き揚げると発表し、同社は活動を停止した。大半の従業員は解雇された。同社のシステムは20大学を含む37もの顧客(ANL、MIT、NASA、Karlsruhe工科大、Chevron、GEなど)に75台も設置されていた。結局、白馬の騎士は現れず、これらのシステムは突然に停止することになった。
次は2010年。民主党政権の事業仕分けでの死刑宣告から不死鳥のごとく復活した次世代スーパーコンピュータは、「京」と名付けられ開発が進められる。世界一位となることは公約ではなくなったが、はたしてどうなるのか。アメリカの動向は??