世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


9月 10, 2018

HPCの歩み50年(第176回)-2010年(b)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

次世代スーパーコンピュータの愛称は公募により「京」と決定した。HPCIコンソーシアム内にHPCI検討委員会を設け今後の運営方針を議論する一方、文部科学省では、HPCI基本仕様検討業務選定委員会を設置しコンソーシアムのグランドデザインに基づき、東京大学情報基盤センターを主幹事業実施機関とし、8大学のセンターと理研AICSを協力機関とするグループに計画をゆだねた。

次世代スーパーコンピュータ開発(続き)

5) 計算科学研究機構の設立

 
   

計算機棟は2008年3月21日に、研究棟は2009年1月19日に着工したが、2010年5月31日に全施設が竣工した。(写真は大林組のページから)

理化学研究所は次世代スーパーコンピュータの愛称を4月12日から5月28日まで公募を行った。

2010年7月1日、理化学研究所は計算科学研究機構(AICS, Advanced Institute for Computational Science)を設立した。理化学研究所特任顧問であった平尾公彦が初代機構長となった。

同時に、次世代スーパーコンピュータの愛称を公募により「京(けい)」と決定したと発表した。英語名は“K computer”とあったが、英語通に言わせれば“The K Computer”の方が正しい。「京」は、1016を意味する数詞であると同時に、「出入り口がアーチ型の城門の形」「都をその門で守ったので京は都の意味となり、“大きい”の意味となる」(白川静『常用字解』)とのことである。「ペタスケールの世界への入り口である」との説明もなされた。JAXA関係者の意見では、「宇宙関係ではひらがなの愛称をつけている。そうでないと中国のものと間違えられやすい。」とのことであった。2011年に中国に行って気づいたことであるが、現代中国語では億を超える数詞は一般的でなく、1京回の計算は「億億次計算」などと呼ぶ(億の簡体字は人偏に乙)。1 PFlopsは「毎秒一千万億次計算」ということになる。講演の時にジョークのつもりで「なんなら日本の京という数詞を逆輸出してあげてもいいんだけど」と言ったら聴衆は複雑な顔をしていた。

一般から応募された1529件の候補としてどんな名前が提案されたかはわからないが、2チャンネルでは仕分けにちなんで「ren4」などという名前が大人気であった。

これまで秘密であったわけではないが、富士通は開発している「京」コンピュータのCPUについて、特に省電力性能について発表した。2010年7月9日付けの日本経済新聞 電子版によると、回路から漏れる電流を減らすように工夫したほか、演算に使わない一部回路の電源を切る仕組みを採用するなどして、演算性能が従来の3倍でありながら、消費電力を半分(平均58 W)に抑えたと強調している。それでも次世代スパコン「京」の消費電力は空調設備を含めて30 MWとなると述べている(実際はその半分であった)。

8月18日には、第4回の次世代スーパーコンピュータ技術諮問委員会を、完成した計算科学研究機構の研究棟において開催した。ハードウェアの開発状況、ソフトウェアの開発状況、ファイルシステムの性能評価、アプリケーションチューニングの進捗状況などについて議論した。

6) HPCIコンソーシアム
筆者はコンソーシアムの運営には関与していなかったので情報が不完全であるが、第1回HPCI検討総会が、2010年10月8日に国立情報学研究所12階会議室において公開で開催され、HPCIコンソーシアムの今後の検討の進め方について、運営規定、検討事項、概算要求、その他について議論した。その後、12月3日締め切りでHPCI検討にあたってのアンケート調査が行われた。第2回HPCI検討総会は2011年3月30日である。

コンソーシアム発足にあたり、コンソーシアム本格運営段階に向け必要な検討を行う委員会を設け、所属機関の利益に囚われず検討を行い得る者から構成することになっていたが、コンソーシアム内にHPCI検討委員会を設けた。メンバーは以下の通り。

委員長:宇川 彰 筑波大学 副学長
副委員長:高田 章 スーパーコンピューティング技術産業応用協議会運営小委員会 委員長
副委員長:米澤 明憲 理化学研究所計算科学研究機構 副機構長
秋山 泰 東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻 教授
加藤 千幸 東京大学生産技術研究所 教授
小林 広明 東北大学サイバーサイエンス センター長
関口 智嗣 産業技術総合研究所情報技術研究部門長
常行 真司 東京大学物性研究所 教授
中島 浩 京都大学学術情報メディアセンター長
平尾 公彦 理化学研究所計算科学研究機構長
藤井 孝藏 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 教授
渡邉 國彦 海洋研究開発機構地球シミュレータセンター長

 

HPCI検討委員会では以下のような会議が開かれたようである。一部不明。

  日付、場所 主要議題
第1回    
第2回    
第3回 2010年11月24日、理化学研究所東京連絡事務所 (1) 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの具体化に向けて
(2) HPCIコンソーシアムの具体化に向けて
(3) WGの構成員と検討事項
(4) その他
第4回 2010年12月3日、産業技術総合研究所 秋葉原支所 1. HPC人材育成について(小柳が人材育成について報告)
2. 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの具体化に向けて
3. 京の運用方式について
4. HPCIコンソーシアムの具体化に向けて
5. その他

 

他方、文部科学省では、HPCI基本仕様検討業務選定委員会を設置し、「HPCIの基本仕様に関する調査検討」委託業務を2010年11月9日開始、12月10日締め切りで公募した。選定委員会は3名の外部有識者から構成されており、筆者もメンバーに任命された。趣旨は、HPCIの構築費、必要な各種の課題について、コンソーシアムのグランドデザインに基づき、HPCI利用者の幅広い意見を踏まえながら検討を進めるためであり、具体的な委託業務の内容としては

(1) HPCI上のスパコンの連携利用に関する機能
(2) ストレージに関する機能
(3) HPCI上で共用されていない官・民の計算資源との連携を可能とする拡張性を有すること
(4) 将来的に我が国の計算資源の状況やユーザニーズに応じ柔軟に機能を変化しうる拡張性を有すること
(5) HPCI上のスパコンの連携等のために必要なミドルウェアについては次世代スパコン計画において開発したNAREGIミドルウェアの成果に留意したものとすること

を指定している。

委託先としては、大学、独立行政法人、企業、その他本業務の実施に必要な専門的な知識と経験を有し、文部科学省と委託契約を締結することができる国内の機関(法人格を有するものに限る)に所属する者から成るチームを対象としている。

企画提案の応募は、東京大学情報基盤センターを主幹事業実施機関とし、8大学のセンターと理研AICSを協力機関とする1件だけであった。書類審査および12月17日のヒアリング審査を経て、この提案が採用された。

7) HPCI計画推進委員会
2010年8月10日に文部科学省は、HPCI計画の推進にあたり国として必要な事項等を検討するため、研究振興局長の諮問会議として、新たにHPCI計画推進委員会を設置した。2009年の仕分けまでは、次世代スーパーコンピュータ戦略委員会が、2008年1月25日~2017年9年3月31日の任期で任命されていたが、これに代わるものである。設置文書にはこう書かれている。

○次世代スーパーコンピュータを中核とする革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(以下、HPCIという)の構築については、ユーザ機関等からなるコンソーシアムの主導で行うこととしている。この、コンソーシアム主導のプロジェクトの推進を有効かつ円滑に行っていくためには国が適切に関与することが必要とされている(HPCIグランドデザイン(平成22年5月文部科学省))。
○平成22年7月28日にコンソーシアム(準備段階)の38機関(ユーザコミュニティ機関13機関、計算資源提供機関25機関)が決定され、今後本格的にコンソーシアムが稼働することに伴い、 HPCI計画の推進にあたり国として必要な事項を検討するとともに、コンソーシアムからの提案等を施策として具体化するに際し、その提案等を適切に評価する「HPCI計画推進委員会」を文部科学省に設置する。
○なお、これにあわせ、国主導で次世代スーパーコンピュータの利活用のあり方を検討するために設置されていた「戦略委員会」を廃止することとする。

 

当初のメンバーは以下の通り。

主査 土居 範久 慶應義塾大学名誉教授
小柳 義夫 工学院大学情報学部長
笠原 博徳 早稲田大学理工学術院教授
関口 和一 日本経済新聞社論説委員兼産業部編集委員
鷹野 景子 お茶の水女子大学副学長
所 眞理雄 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役会長
土井 美和子 東芝研究開発センター首席技監
根元 義章 情報通信研究機構 耐災害ICT研究センター長
村上 和彰 九州大学大学院システム情報科学研究院教授
矢川 元基 東京大学名誉教授/公益財団法人原子力安全研究協会理事長

 

第1回HPCI計画推進委員会は以下のように開催された。第2回は2011年1月27日。

  日付 主要な議題
第1回 2010年8月17日 (1)HPCI計画推進委員会について
(2)「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの構築」の事前評価について
配付資料)(議事要旨

 

8) 戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ
HPCI計画推進委員会のもとに、「今後のHPC技術の研究開発のあり方を検討するWG」が設置され、「京」以降をにらんで、以下の作業を行うことが決まった。

(a) 今後の開発を担う若手を中心に、幅広い産学官の関係者による検討を開始
(b) 「アプリケーション」、「コンピュータアーキテクチャ」、「コンパイラ・システムソフトェア」の3つの作業部会が緊密 に連携しながら検討を進めていく体制を立ち上げる。

実は、これについて前項の議事要旨には明確には書かれていない。筆者も出席していたがはっきりした記憶はない。「京」が動き出す前に「ポスト京」ロードマップの検討を始めるのは、日本としてはこれまでにない動きである。

「アプリケーション作業部会」では、2020年までに社会的・科学的課題を如何に解決できるかの視点に立ったサイエンスロードマップをまとめるとともに、計算機システムに対する要求事項を検討する。アプリの分野としては、生命科学、物質科学、地球科学、ものづくり、宇宙・素粒子・原子核を考える。

「コンピュータアーキテクチャ」と「コンパイラ・システムソフトウェア」は、まとめて「コンピュータアーキテクチャ・コンパイラ・システムソフトウェア作業部会」とし、サイエンスロードマップを達成するために、サイエンス達成年の2年前である2018年までに消費電力20~30 MW、設置面積2000平米に設置できる計算機システムに必要となる技術開発を検討し、複数の追求すべきHPCシステムとこれを開発していく体制案をとりまとめる。開発技術としては、アーキテクチャ、コンパイラ、OS、ミドルウェア、プログラミングモデル・言語、数値計算ライブラリを考える。

作業部会は、広くオープンに議論が進むよう文部科学省の広報チャネルおよび各コミュニティに開催案内を広報し、5戦略分野関係者、大学・研究機関、企業などで集中的に討論を行う、という方針を立てた。

このため、2014年まで「戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ」(SDHPC)が11回開催され、「計算科学研究ロードマップ白書」と「HPCI技術ロードマップ白書」をまとめた。2010年には2回開催された。

2010年8月2日、第1回戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップがキャッスルイン金沢で開催された。筑波大学計算科学研究センター、東京大学情報基盤センター、東京工業大学学術国際情報センター、京都大学学術情報メディアセンターの共催で、目的は「5年後にセンター運用可能な高性能並列計算機システムは、どういうシステム仕様が考えられ、そのために、今後どういう研究開発をしていくべきなのか、アプリケーション開発者、数値計算ライブラリ、プログラミング言語、ミドルウェア、システムソフトウェア、ハードウェア開発者とともに議論」することである。そのため、「参加者は全員、プロジェクタを使って、10分程度の意見表明&議論をして頂きます。発表内容は、所属組織とは関係ない研究者・技術者の個人的な意見を期待しています。若手研究者/技術者の参加を期待しています。」と書かれている。プログラムは以下の通り。

13:10 趣旨説明 石川裕(東大)
13:20 アプリケーション&ライブラリ (座長:中島研吾@東大)
三宅 洋平 (京大)、美添 一樹 (東大)、片桐 孝洋 (東大)、西田 晃 (九大)、岩下 武史 (京大)、多田野 寛人 (筑波大)
14:20 Break  
14:30 プログラミング言語 (座長:佐藤三久@筑波大)
中尾 昌広 (筑波大)、大島 聡史 (東大)、建部 修見 (筑波大)、安部 達也 (京大)、平石 拓 (京大)、田浦 健次朗 (東大)、李珍泌 (筑波大)
15:40 ミドルウェア (座長:朴泰祐@筑波大)
中田 秀基 (産総研)、佐藤 仁 (東工大)、竹房 あつ子 (産総研)、滝澤 真一朗 (東工大)、實本 英之 (東大)
16:50 システムソフトウェア (座長:石川裕@東大)
鴨志田 良和 (東大)、大野 善之 (NEC)、山本 啓二 (東大)、高野 了成 (産総研)、松葉 浩也 (日立)、遠藤 敏夫 (東工大)
18:00 Break  
18:10 アーキテクチャ (座長:中島浩@京大)
豊島 隆志 (富士通)、鬼塚 久幸 (日立)、吉村 地尋 (日立)、泰地 真弘人 (理研)、石井 康雄 (NEC)
18:50 サマリ (佐藤三久@筑波大、中島浩@京大)
19:30 懇親会  

 

2010年11月27日には、第2回戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップが秋葉原ダイビルで開催された。筑波大学計算科学研究センター、東京大学情報基盤センター、東京工業大学学術国際情報センター、京都大学学術情報メディアセンター、産業技術総合研究所 情報技術研究部門の共催であった。第1回と同様な目的が示されている。プログラムは以下の通り。

10:00 趣旨説明&前回ワークショップまとめ 石川 裕(東大)
10:30 IESPアクティビティ紹介 松岡 聡 (東京工業大学)
11:00 アプリケーション&ライブラリ (座長:中島 研吾@東大)
中里 直人 (会津大学)、中田 真秀 (理化学研究所)
11:20 プログラミング言語&ミドルウェア (座長:関口 智嗣@産総研)
辻田 祐一 (近畿大学)、八杉 昌宏 (京都大学)、丸山 直也 (東京工業大学)、佐藤 賢斗 (東京工業大学)
12:00 Break  
13:30 システムソフトウェア (座長:石川 裕@東大)
緑川 博子 (成蹊大学)、三浦 信一 (筑波大学)、並木 美太郎 (東京農工大学)、安井 隆 (日立製作所)
14:10 Break  
14:20 ハードウェア (座長:佐藤 三久@筑波大)
石田 大樹 (日立製作所)、鯉渕 道紘 (国立情報学研究所)、佐野 健太郎 (東北大学)、丹羽 竜哉 (産業技術総合研究所)、中條 拓伯 (東京農工大学)、須田 礼仁 (東大)、久門 耕一 (富士通研)
15:30 Break  
15:45 パネル討論「次のスパコンハードウェアはどう作っていく?」 司会:朴 泰祐@筑波大
パネリスト:平木 敬 (東京大学)、中村 宏 (東京大学)、松岡 聡 (東京工業大学)、中島 浩 (京都大学)、泰地 真弘人 (理化学研究所)
17:30 Closing  
18:00 懇親会  

 

次回、「京」の初荷が計算科学研究機構に到着し、その後も出荷が続いた。書家の武田双雲先生による「京」のロゴマークも披露された。ポートライナーの「ポートアイランド南」駅が「京コンピュータ前」駅に名称変更された。

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