HPCの歩み50年(第178回)-2010年(d)-
最先端研究開発支援プログラムは平成21年度補正予算により基金を造成したものであるが、平成22年度予算において「最先端研究開発戦略的強化費補助金」が予算化され、HPCIで構想されたe-サイエンス実現のための大規模共用ストレージを設置することになった。JST CREST「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出」が始まった。
日本政府の動き
1) 日本学術振興会
日本学術振興会では、G8の国際協力で新しい事業多国間国際研究協力事業(G8 Research Councils Initiative)を始めた。学振の説明によると、「2008年京都で開催されたG8の学術振興機関長会議(G8-HORCs)において、ドイツ研究振興協会(German Research Foundation: DFG)からG8各国による多国間の共同研究に対する支援事業の設立について提案がなされた。その後、各国において参加が検討され、日本、カナダ、フランス、ドイツ、ロシア、イギリス、アメリカの7カ国による多国間の国際研究協力事業を開始することとなった。」とのことである。
今年は第1回目の公募で、「エクサスケール・コンピューティングを視野に入れた地球規模課題のための応用ソフトに関する学際的プログラム」ということであった。要件は、3カ国以上の共同研究でなければならない。従来の2国間と同じで国ごとに、それぞれの資金団体から研究資金が支給される。JSTと差別化するために、ボトムアップであることを強調している。学振からの支給経費は1,500万円以内/年/件(間接経費を含む)で、研究費、旅費、人件費、間接経費などに使える。期間は2年~3年。
「地球規模」と言いながら、予算が研究室規模なので、「もの」を作るような研究にはならない。まあ、国際協力のタネを撒くということであろう。7ヶ国の学術研究機関に在籍する研究者による選考委員会を組織することとなり、筆者の名前も学振から選考委員候補として挙げたそうであるが、幸い委員にはならなかった。
第1回公募には79件の応募があり、6件が採択された。日本の研究者が入っているものとしては、
“Enabling Climate Simulation at Extreme Scale”代表 Marc Snir (UIUC) 日本から:松岡聡、佐藤三久 |
“Icosahedral-grid Models for Exascale Earth System Simulations”代表Günther Zängl(独気象庁) 日本から:佐藤正樹、富田博文 |
“Using next generation computers and algorithms for modelling the dynamics of large biomolecular systems”代表:泰地真弘人 日本から:上田昌宏 |
“Nuclear Fusion Simulations at Exascale”代表Graeme Ackland (U. Edinburgh) 日本から:朴泰祐 |
2) 日本学術会議
日本学術会議の連携会員として、情報学委員会やその下にある国際サイエンスデータ分科会、大量実データの利活用基盤分科会などの活動をしていた。2010年2月24日には、国際サイエンスデータ分科会(第3回)を開いた。3月6日には情報学委員会主催で情報学シンポジウム「情報分野のロードマップ」が開催された。
新しく組織された大量実データの利活用基盤分科会では、3月29日、統計数理研究所においてミニシンポジウム「データセントリックサイエンスがつくる未来」を開催した。
3) 地球シミュレータ
昨年から課題選定委員会の委員長を務めている。2010年1月27日(水)~28日(木)には、新杉田の海洋研究開発機構横浜研究所 三好記念講堂で地球シミュレータ利用報告会が開催された。
2010年度の地球シミュレータ課題審査委員会は、3月12日(金)に東京事務所で開催され、採択課題を決定した。9月16日には、海洋研究開発機構 横浜研究所 三好記念講堂において「平成22年度 地球シミュレータ利用者連絡会」が開催された。(写真は、海洋研究開発機構のページから)
4) 気候変動予測に関する計算機検討会
文部科学省研究開発局では、2010年7月13日、「気候変動予測に関する計算機検討会」を設置した。これは、「地球温暖化とそれに伴う気候変化に関する効果的・効率的な対応策に貢献することを目的とする気候変動予測については、より信頼度が高く、詳細な予測情報等が求められる場合、これまで以上に計算機リソースが必要となると予想される。」「また、現在21世紀気候変動予測革新プログラムの下、地球シミュレータが中核となり計算機リソースを提供しているが、平成23年11月の次世代スーパーコンピュータの稼働に向けて、地球温暖化時の台風の全球的予測や集中豪雨の予測については、次世代スーパーコンピュータにおいて、(独)海洋研究開発機構が戦略機関となって関係の大学・機関と協力して実施を予定している。」「以上を踏まえて、今後の気候変動予測における必要な計算機リソース、最適な計算機システム等について、今後のスーパーコンピュータの在り方も視野に入れて検討するとともに、その結果を地球シミュレータの今後の計画を含む気候変動予測に反映することを目的として、専門家で構成する気候変動予測に関する計算機検討会(以下「検討会」という)を設置する。」とのことであった。メンバーは下記の通りで、筆者が主査を依頼された。
小柳 義夫(主査) | 工学院大学 |
平尾 公彦 | 理化学研究所 |
佐藤 三久 | 筑波大学 |
牧野 淳一郎 | 国立天文台 |
松岡 聡 | 東京工業大学 |
渡邊 國彦 | 海洋研究開発機構 |
保坂 征宏 | 気象研究所 |
坪木 和久 | 名古屋大学 |
林 祥介 | 神戸大学 |
余田 成男 | 京都大学 |
高橋 桂子 | 海洋研究開発機構 |
藤井 孝藏 | 宇宙航空研究開発機構 |
江守 正多 | 国立環境研究所 |
室井 ちあし | 気象庁 |
検討を始める前に、文部科学省研究開発局、地球・環境科学技術推進室の依頼により、2010年7月22日、文科省研究開発局の藤木局長のところに伺い、スーパーコンピュータとその学術的社会的役割についてご説明を行った。
気候変動予測に関する計算機検討会は以下の通り開催された。
日にち、場所 | 主要な議事 | |
第1回 | 2010年8月25日、 海洋研究開発機構東京事務所 |
(1)今後の気候変動予測研究における計算機システム(計算機リソース)について |
第2回 | 2010年9月14日、 文部科学省16階 |
(1)次世代スパコン(京)の方向性についての説明 (2)気候変動予測に関する計算機システム(計算機リソース)について |
第3回 | 2010年9月27日、 海洋研究開発機構東京事務所 |
(1)スパコンメーカー(N/F/H)からのヒアリング (2)気候変動予測に関する計算機システム(計算機リソース)について |
主な議論は、気候変動予測研究に必要な計算機リソースとスーパーコンピュータ技術の将来動向であった。2010年10月、「気候変動予測のための計算基盤の整備に向けて(中間とりまとめ)」を公表した。その中で以下の問題を指摘した。
ⅰ)これまで、我が国の気候変動研究では主としてベクトル計算機を使ってきたが、今後のアーキテクチャのトレンドを考えた場合、これまでのプラグラムやモデルの互換性と同時に、ベクトル、スカラという概念をすて、気候変動予測の計算に関して速くて効率のよいアーキテクチャは何かを考える必要がある。
ⅱ)気候変動予測プログラムの高度化・複雑化により、計算機への要求は益々厳しくなっており、全ての要求を満たす計算機を整備することは事実上不可能である。このため、気候変動研究に必要なシミュレーションの多様性に配慮しつつ、主要な計算の特徴を見極めて、それに応じて計算機の設計をある程度最適化していくことが重要となる。
ⅲ)今後、計算機技術は益々発展する一方、計算速度を高めていくためには、消費電力やメモリバンド幅、高並列化への対応、コスト等利用者側の制約も益々大きくなってくる。このため、気候変動研究者等は、これらの制約を十分考慮したうえで、新しい気候モデルの開発や計算機環境の整備を行っていく必要がある。
ⅳ)計算機の高並列化やメモリの階層化などへ利用者が対応していくためには、コンパイラなどのアプリケーションツールの開発・整備が非常に重要である。
これらの検討を行ったうえで、2015年以降、地球シミュレータを代替する計算機の必要性の有無と、必要な場合の各大学・研究機関の計算機との関係等について考え方を明らかにする必要がある、と述べている。
5) e-サイエンス
「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクトは、文部科学省の「次世代IT基盤構築のための研究開発」の一つとして、2008年度から2011年度末まで4年間にわたって実施されている。
その中の、「シームレス高生産・高性能プログラミング環境」プロジェクト(研究代表者:石川裕、東京大学)は、昨年に引き続き第2回目の国際会議WSPE2010 (International Workshop on Peta-Scale Computing Programming Environment)を、2010年2月18日に京都駅近くのキャンパスプラザ京都において開催した。プログラムは以下の通り。
9:00 | Opening | |
9:10 | Towards a stable Peta/Exa Scale Computing Envionment | Pete Beckman (Argonne National Laboratory) |
9:50 | Xabclib: An Iterative Solver with a General Auto-tuning Interface “OpenATLib” | Takahiro Katagiri (University of Tokyo), Takao Sakurai (HITACHI Ltd.), Hisayasu Kuroda (Ehime University/University of Tokyo), Ken Naono (HITACHI Ltd.), Kengo Nakajima (University of Tokyo) |
10:30 | Progress Report of Xcrypt: What You Can Do Now with the Parallel Script Language | Hiroshi Nakashima (Kyoto University) |
11:10 | Lazy functional streams for workflow representation and runtime | Matthew Sottile (University of Oregon) |
11:50 | Lunch | |
13:00 | Preliminary Performance Report on programming in XcalableMP | Mitsuhisa Sato (University of Tsukuba) |
13:40 | Programming Support for Heterogeneous Parallel Systems | Siegfried Benkner (University of Vienna) |
14:20 | Break | |
14:30 | Xruntime: MPI-Adapter for Portable MPI Computing Environment | Shinji Sumimoto (Fujitsu Lab.) Atsushi Hori, Kazuki Ohta, Yutaka Ishikawa (University of Tokyo) |
Xruntime: Parallel File IO Using Ring Communication Topology - From Viewpoint of File Staging - | ||
Xruntime: Scalable Parallel I/O Systems by Client-Side Optimizations | ||
Towards a common runtime system for multicore machines, accelerators and clusters | Raymond Namyst (University of Bordreax, INRIA) | |
Scientific Data Management and I/O - Challenges for Exascale | Alok N. Choudhary (Northwestern University) | |
16:40 | Break | |
16:50 | Current Status of Next Generation Supercomputer in Japan | Mitsuo Yokokawa (RIKEN) |
17:30 | Closing |
「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」第4回運営委員会は、2010年4月21日にJST上野事務所(池之端)で開催された。
5月28日には、第66回科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会情報科学技術委員会が開催され、我々の「次世代IT基盤構築のための研究開発 情報基盤戦略活用プログラム(e‐サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発)」と「次世代IT基盤構築のための研究開発 イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発」の中間報告会が行われ、評価を受けた。
2010年7月16日には、麹町スクエアのJST社会技術研究開発センターにおいて、第3回「次世代IT」PD/PO会議が開催された。課題の中間評価が話題になった。
6) e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの高度利用促進
2009年のところに述べたように、最先端研究開発支援プログラム (先端研究助成基金1,500億円)は平成21年度第一次補正予算により基金を造成したものであるが、平成22年度予算において「最先端研究開発戦略的強化費補助金」(400億円)が予算化された。なお、平成23年度予算には175億円、平成24年度予算には101億円を予定。この補助金は、
○ 将来における我が国の経済社会の基盤となる先端的な研究開発の推進
○ 潜在的可能性を持った研究者に対する支援体制の強化
○ 研究者を最優先した従来にない研究者支援のための制度の創設
○ 我が国の中長期的な国際競争力、底力の強化
○ 研究成果の国民及び社会への成果還元を目的としている。
文部科学省ではこの決定を受け、本補助金の一部(300億円程度)を活用し、若手・女性研究者が活躍する研究基盤等の強化を図る「最先端研究基盤事業」を実施することとし、国際的な頭脳循環の実現に向け、国内外の若手研究者を惹きつける研究基盤の整備を強化・加速するため、研究ポテンシャルが高い研究拠点において、最先端の研究成果の創出が期待できる設備を整備するとともに、運用に必要な支援を行うこととなった。6月22日付で補助対象事業を決定した。その一つに、
12-3 e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの高度利用促進
筑波大学、東京大学、京都大学 2年60億円
があった。内容としては、e-サイエンス(インターネットを介して,実験,観測結果等の巨大データや計算資源を活用する科学の方法論)実現のため,大規模ストレージ,ネットワーク環境等の実証基盤の構築を行い,様々なコンピュータをシームレスに利用できる大規模ネットワーク研究環境を構築する、とのことであった。正確には1年 30億円 で、次年度以降は初年度の実績を踏まえ継続の可否を判断することになっている。選定理由の一つに、「若手研究者を対象としたスーパーコンピュータの無償利用制度を既に導入しており,今後,超大容量ストレージの優先利用制度の導入も予定されている。これらは女性研究者にも適用される予定であり,若手・女性研究者への適切な研究支援が期待できる。」ことも挙げられ、「若手・女性研究者の活躍」という趣旨に合致していることが述べられている。
もちろん、3大学だけのものではなく、東大が受けて、東大柏と神戸にストレージを設置し、Gfarmのインターフェイスを採用し、HPCIが立ち上がったら、その資源として提供する、という構想である。具体的利用方法ならびにそれに必要な措置については、HPCI 参画機関と話をして具体化する。昨年末のHPCI構想のなかに、共用ストレージが書かれていたが、半端な量ではないので予算措置を心配していた。それがこのような形で実現することとなった。
7) JST CREST「ポストペタ」
JST CRESTに以下の新しい研究領域が立ち上がり、8月末に発表があった。
研究領域名:ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出
研究総括:米澤 明憲(東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授)
研究領域のHPによれば、「本研究領域は、次々世代(次世代スーパーコンピュータ「京」の次の世代)あるいはそれ以降のスーパーコンピューティングに資する、システムソフトウェアやアプリケーション開発環境等の基盤技術の創出を目指すも。」応募締め切りは10月24日。
2010年度に採択された研究課題は以下の通り。
研究代表者名 | 所属 | 課題名 |
櫻井 鉄也 | 筑波大学 システム情報工学研究科 |
ポストペタスケールに対応した階層モデルによる超並列固有値解析エンジンの開発 |
建部 修見 | 筑波大学大学院システム情報工学研究科(計算科学研究センター) | ポストペタスケールデータインテンシブサイエンスのためのシステムソフトウェア |
中島 研吾 | 東京大学 情報基盤センター | 自動チューニング機構を有するアプリケーション開発・実行環境 |
堀 敦史 | 理化学研究所 計算科学研究機構 | メニーコア混在型並列計算機用基盤ソフトウェア |
丸山 直也 | 理化学研究所 計算科学研究機構 | 高性能・高生産性アプリケーションフレームワークによるポストペタスケール高性能計算の実現 |
8) JSTシミュレーション
JSTの「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」(CRESTプログラム、さきがけプログラムの混合型領域)は2002年度から開始され、2009年9月に終了した。2010年3月16日に領域評価も終わり、半蔵門のBistro Rafuにおいて土居研究総括とアドバイザで打ち上げを行った。
9) JST先端計測
JSTの研究成果展開事業「先端計測分析技術・機器開発プログラム」は2004年度から開始され、最初からかかわってきたが、このころは先端計測「ソフトウェア開発プログラム」を担当していた。なお、筆者は先端計測技術評価委員会評価委員の任務を2010年度一杯で終了した。
次回は日本の大学センター等の動き。「学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点」(通称JHPCN)が始まった。