世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


10月 1, 2018

HPCの歩み50年(第179回)-2010年(e)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

東京工業大学はTSUBAME2.0を稼働させ、日本で初めてのPFlopsを超えるスーパーコンピュータとなった。JHPCNとともに、筑波大学計算科学研究センターも「先端学際計算科学共同研究拠点」として認定された。

日本の大学センター等の動き

1) JHPCN
文部科学省は、我が国の学術研究の発展には、個々の大学の枠を越えて大型の研究設備や大量の資料・データ等を全国の研究者が共同で利用したり、共同研究を行う「共同利用・共同研究」のシステムが大きく貢献して来たことを踏まえ、2008年に学校教育法施行規則を改正し、国公私立大学を通じたシステムとして、新たに文部科学大臣による共同利用・共同研究拠点の認定制度を設けた。

「学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点」(通称JHPCN)は、北海道大学、東北大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学にそれぞれ附置するスーパーコンピュータを持つ8つの施設を構成拠点とし、東京大学情報基盤センターがその中核拠点として機能する「ネットワーク型」共同利用・共同研究拠点で、2009年6月に文部科学大臣の認定を受けた。期間は、2010年4月から2016年3月末まで。

2010年4月の本格運用に先立ち、2009年9月に10月27日締め切りで「平成21年度学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点公募型共同研究(試行)課題募集」が開始された。拠点各センターの教職員の審査により約10件程度を採択して、2009年11月1日~2010年3月15日まで試験的に実施された。試行なので、共同研究経費は支給できなかったが、計算機などの施設資料料金は拠点の各センターが負担した。

2010年1月に、九州大学情報基盤研究開発センターの青柳睦センター長から連絡があり、外部委員(拠点外の所属)として運営委員会委員を依頼されたので引き受けた。

第1回運営委員会は4月7日に東京大学で開催され、諸規則を定め共同研究課題審査委員を委嘱し、公募要領について議論し決定した。共同研究分野は以下の分野が指定されている。

(1) 超大規模数値計算系応用分野
(2) 超大規模データ処理系応用分野
(3) 超大容量ネットワーク技術分野
(4) 上記技術分野を統合した大規模情報システム関連研究分野

課題応募は4月30日に締め切られ、5月19日の課題審査委員会、第2回運営委員会(於東京大学)で採択課題を決定した。

9月1日には、東京大学山上会館において、「学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点 第1回シンポジウム」を開催した。各拠点の活動紹介があった後、ポスターセッションで今年度採択された37件の課題の発表があった。17時から1階で懇親会が行われた。

2013年度からは、革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の計算機システム(HPCIシステム)の一部として、当構成拠点が提供する計算機システム(HPCI-JHPCNシステム)を当拠点共同研究の研究資源として運用することとなった。

2) 筑波大学
同じく共同利用・共同研究拠点の一つとして、筑波大学計算科学研究センターも、「先端学際計算科学共同研究拠点」として認定された。期間は、2010年4月から2016年3月末まで。日本の国立大学の主要な9センター(旧大型計算機センターおよび東工大、筑波大)の中で、筑波大学だけが他の8大学とは別に、独立して拠点となった。拠点の活動としては、「超高速計算を軸とする計算科学の研究と最先端の計算機科学を密に連携・協働させることにより、計算基盤の能力及び機能の飛躍的な高度化を図り、科学の諸分野の研究を行う学際計算科学を推進することを目的とする。」「計算科学と計算機科学の学際的な共同研究及びその基盤となる大規模計算基盤の共同利用による共同研究により、最先端の学際計算科学を開拓・推進する。」「今後、国の次世代スパコンが完成し、計算科学による学術研究の一層の推進が求められる中、学際計算科学に関する共同利用・共同研究、人材育成、国際連携を積極的に推進することにより、計算科学の飛躍的な発展に大きな役割を果たすことを目指す。」と記されている。

3) 東京工業大学
東京工業大学は、2010年5月25日、「クラウド型グリーンスーパーコンピュータ TSUBAME2.0(ピーク性能2.4 PFlops)」の構築を日本電気株式会社(NEC)と米国Hewlett-Packard(HP)社 の企業連合が落札したと発表した。稼働は2010年11月の予定。落札額は本体が4年で約31億円、付帯工事、電気代、SEの費用等を含めると、4年で約40億円弱、と見られている。

CPUはIntelのWestmere EPとNehalem EXで、合計2900ソケット、17000コアである。これに4200枚のNVIDIA Tesla (Fermi core)のGPUボードが付き、CUDA coreは188万コアである。相互接続網はVoltair社のQDR Infinbandで、full bisectionバンド幅は200 Tbpsである。StorageはDDN社製で、SSDとHDDから構成され、転送速度は0.66 TB/sである。OSは「LinuxとMS Windows HPCの両立+仮想マシン・クラウド技術」とのことで、マスコミからはごった煮と評された。なおVoltaire社は、2010年11月29日、Mallanox Technologies社に買収されると発表された。

 
   

TSUBAME2.0 は GPGPU、大容量 SSD、クラウド仮想化など数多くの最先端技術を採用 している。そのためTop 500でトップクラスのランキング性能を得る見通しである。それだけでなくHPC Challenge ベンチマークや、省電力性能の世界ランクGreen500で上位を目指すとともに、ACM Gordon Bell 賞も狙っている。稼働は2010年11月を予定している。

TSUBAME1.0は、2006 年 4 月に地球シミュレータを超えて我が国最速のスパコンとして稼働し 4年以上に渡って本学および国内外の産学官の種々の研究開発を支えてきた。TSUBAME2.0 はその後継機種であり、Linapackや実用アプリでどの程度の性能が出るか注目される。東工大の学生教育から国内外の産学官の先端研究まで広く提供し、海外を含む産官学の2000人のユーザが利用する予定。写真はTSUBAME2.0(東京工業大学のページから)。

東工大学術国際情報センター (GSIC)は、科学技術振興機構(JST)・戦略的創造研究推進事業 (CREST)の Ultra Low Power HPC プロジェクトを主宰しており、その成果を含む最新のHPC 省電力技術や、 温度や電力の細粒度監視・制御技術、最先端の水冷技術等の適用による「グリーンスパコン」(冷却効率性能値である PUE=1.277 と、我が国のスパコンとして最高値を達成)であることを強調した。

松岡聡教授は、2012年に10 PFlopsの「京」コンピュータが稼働するが、30 PFlopsを目指すTSUBAME 3.0が計画されており、2014年か2015年に稼働する予定、と述べた。2010年11月のTop500では、日本ではトップのRmax=1.192 PFlopsで4位を獲得し、日本初のPFlopsマシンとなった。また、デンドライト結晶成長で2011年Gordon Bell賞を受賞した。

日本の学界の動き

1) PCクラスタコンソーシアム
2010年2月18日~19日、PCクラスタコンソーシアムは京都大学学術情報メディアセンターと共催で、「PCクラスタワークショップin京都2010」をキャンパスプラザ京都において開催した。プログラムは以下の通り。初日はシームレス高生産・高性能プログラム環境 チュートリアルであった。

 2月18日

10:30 オープニング 石川 裕(PCクラスタコンソーシアム会長/東京大学)
10:35 SCore と eScience の install と設定について 亀山 豊久(理化学研究所)
11:00 高性能並列プログラミング言語処理系 XcalableMP 佐藤 三久(筑波大学)
13:00 MPI-Adapter 住元 真司(富士通研究所)
13:45 ファイルステージングシステムCatwalk 堀 敦史(東京大学) 
14:45 高生産並列スクリプト言語 Xcrypt 平石 拓(京都大学)
15:30 自動チューニング機構付き数値ライブラリ XabcLib 片桐 孝洋(東京大学)、黒田 久泰(愛媛大学/東京大学)

 

2月19日

10:00 SCore最新状況 堀 敦史(PCクラスタコンソーシアム/東京大学)
10:30 インテルHPCプラットフォームの最新動向 石川 達郎(インテル株式会社)
11:00 「PCクラスタシステムへの富士通の取り組み」 富士通株式会社 久門 耕一
11:30 T2K@京大とプログラム高度化共同研究 中島 浩(京都大学)
13:30 次世代スーパーコンピュータ開発の現状 横川 三津夫(理化学研究所)
14:20 ミニ討論会「シームレスな計算機環境を目指して」 司会:石川 裕(東京大学)
登壇者:横川 三津夫(理化学研究所)、佐藤 三久(筑波大学)、中島 研吾(東京大学)、中島 浩(京都大学)
15:20 ブレーク  
15:50 「アックスのSCoreクラスタLinuxの取り組みなど」 株式会社アックス 竹岡 尚三
16:10 「NECのPCクラスタ向け数値計算ライブラリ」 日本電気株式会社 緒方 隆盛
16:30 「日立のテクニカルコンピューティングへの取り組み」 株式会社日立製作所 清水 正明
16:50 「新しく発売されたPGIコンパイラ10.0について」  株式会社ベストシステムズ 島袋 慶悟
17:15 AMD最新テクノロジーアップデート-HPCへの取り組み- 山野 洋幸(日本AMD株式会社)
18:00 懇親会  

 

2010年10月22日に、東京大学情報基盤センターにおいて、「e-Scienceチュートリアルat東京」を開催した。主催は、PCクラスタコンソーシアム、筑波大学計算科学研究センター、東京工業大学学術国際情報センター、東京大学情報基盤センター、京都大学学術情報メディアセンターである。プログラムは以下の通り。

13:30 概要 實本 英之(東京大学)
13:45 Catwalk 堀 敦史(東京大学)
14:15 MPI-Adapter 住元 真司(富士通研究所)
14:45 xqsub 山本 啓二(東京大学)
15:15 BRAKE(ママ)  
15:30 Xabclib 片桐 孝洋(東京大学)、黒田 久泰(愛媛大学)
16:10 Xcrypt 平石 拓(京都大学)
16:50 XcalableMP 中尾 昌広(筑波大学)

 

2010年10月29日には、京都大学学術情報メディアセンターにおいて、「e-Scienceチュートリアルat京都」を開催した。プログラムは東京の会とほぼ同じである。

2010年12月9日~10日には、第十回PCクラスタシンポジウムを秋葉原コンベンションホールにおいて開催した。主催はPCクラスタコンソーシアム、共催は筑波大学計算科学研究センターと東京大学情報基盤センターであった。プログラムは以下の通り。同時に企業展示も行われた。

 12月9日

13:30 京速コンピュータ「京」の最新状況 黒川 原佳(理化学研究所)
14:00 大規模格子QCDシミュレーションで探る10-13cmの世界 蔵増 嘉伸(理化学研究所)
14:30 次世代分子理論の開発と展開 中嶋 隆人(理化学研究所)
15:00 ブレーク  
15:30 パネル討論「大規模アプリの開発環境はこう在りたい!」 司会:中島 浩(京都大学)
パネリスト:黒川 原佳(理化学研究所AICS 運用技術部)、蔵増 嘉伸(理化学研究所AICS連続系場の理論研究チーム)、中嶋 隆人(理化学研究所AICS量子系分子科学研究チーム)、中島 研吾(東京大学)

 

12月10日

10:00 PCクラスタコンソーシアム10年の歩み 石川 裕(PCクラスタコンソーシアム会長/東京大学)
10:20 グリーンなスパコンはエクサスケールの夢を見るか。- TSUBAME2.0を例にして – 松岡 聡(東京工業大学)
11:00 HPC向け次世代Intelプロセッサ/ツールの紹介 発表資料 池井 満(インテル株式会社)
11:30 AMD Opteron(TM)プラットフォームの最新情報 林 淳二(日本AMD株式会社)
12:00 昼休み  
13:30 中国のHPC事情(仮題)【英日同時通訳有】 Dr. Xuebin Chi (Supercomputing Center Chinese Academy of Sciences)
14:10 HPC Status in Korea【英日同時通訳有】 Dr. Jysoo Lee (Supercomputing Center at KISTI)
14:50 ブレーク  
15:30
企業発表
「Gfarm商品版のご紹介」 株式会社ベストシステムズ 江波 均
「DDNストレージシステムのご紹介」 住商情報システム株式会社 小林 裕之
「富士通のPCクラスタへの取り組み」 富士通株式会社 久門 耕一
「日立のテクニカルコンピューティングへの取り組み」 株式会社日立製作所 清水 正明
「NECのHPCへの取り組み ~HPCクラスタソリューションのご紹介~」 日本電気株式会社 陶 理恵
17:10 クロージング  
17:30 10周年記念レセプション  

 

「ベストシステムズ・メールマガジン」12月15日号には、中国科学院スーパーコンピューティングセンターのXuebin Chi博士がシンポジウムの2日目に、「中国のHPC事情」と題して中国のスーパーコンピュータ開発の歴史を語った内容が紹介されている。1990年代から6つの研究機関(国立スーパーコンピュータセンター「北京」「武漢」「成都」「合肥」、中国科学院スーパーコンピューティングセンター、上海スーパーコンピュータセンター)で行われ、メーカーとしてはLenovo(聯想)とDawning(曙光)である。Lenovoは2008年にDeepComp700で150 TFlopsを達成し、Dawningも2009年には200 TFlopsを達成しTop500の10位にランクされた。Chi博士によると、6月のTop500で2位となったNebulae (Dawing TC3600)は600 TFlopsのCPU (Xeon X5650, 6C)と3 PFlopsのGPU (NVIDIA 2050)で構成され、費用は75億円、12月のTop500で1位となったTianhe-1Aは、1 PFlopsのCPU (Xeon X5670, 6C)と4 PFlopsのGPU (NVIDIA)で構成され、やはり75億円とのことで、いくら中国でも安すぎるのでは、という印象であった。隠れた費用(設備、人件費、電気など)があるのかもしれない。将来計画として、中国科学院は、2015年には10 PFlops(ピーク?)のマシンを88億円で建設するほか、他機関でもPFlops級のマシンを開発する計画とのことである。2020年までにはExaを目指すのであろうか。当時は、中国の事情を聴くチャンスがあまりなかったので、刺激的な講演であった。

2) 新学術領域研究「コンピューティクスによる物質デザイン」
押山淳(東京大学工学系)らは、2009年秋に「計算科学と計算機科学のグループを一緒にして、超並列アーキテクチャに対応した先端的な物質科学計算をやろう」ということで科学研究費補助金新学術領域に応募したところヒアリング対象になったので、領域アドバイザを2010年3月ごろ依頼された。お引き受けしたところ、6月ごろ採択通知があったということで、お付き合いすることになった。「コンピューティクスによる物質デザイン:複合相関と非平衡ダイナミクス」と命名し、2010年度から2014年度までの5年間のプロジェクトである。2010年9月18日に東京大学工学部6号館でキックオフミーティングがあった。

3) 筑波大学
2010年度から国立大学法人の第2次中期目標・中期計画期間が始まり、前にも述べたように、筑波大学計算科学研究センターでは、共同利用・共同研究拠点「先端学際計算科学共同研究拠点」として、新たに活動を開始した。また、5研究部門を7研究部門に改組拡充した。2004年度から2009年度年度まで6回にわたって開催された「計算科学による新たな知の発見・統合・創出」シンポジウムに続いて、2010年度からは「学際計算科学による新たな知の発見・統合・創出」シンポジウムが開催された。第1回は、「-ポストペタスケールコンピューティングへの学際計算科学の展開-」のサブタイトルで2010年5月6日~7日に筑波大学・大学会館国際会議場で開催された。プログラムの大要は以下の通り。

 5月6日

13:00 開会挨拶 佐藤三久(センター長)
13:15 学長挨拶 山田信博(学長)
13:25 来賓あいさつ 文部科学省
13:35 計算科学センター名誉フェロー表彰式  
13:50 記念講演「計算科学研究拠点の形成 ~センター設立の頃を回顧して~」 岩崎洋一(前学長)
14:20 招待講演「ナノ分野における『グランドチャレンジ』課題への挑戦と計算科学」 平田文男(自然科学研究機構計算科学研究センター長)
14:50 休憩  
15:05 招待講演「次*世代スパコン開発に向けて」 石川裕(東京大学情報基盤センター長)
15:35 招待講演 「計算科学が推進する学際融合 — 素粒子・原子核・宇宙分野の取り組み」 橋本省二(高エネルギー加速器研究機構)
16:05 招待講演 「ポストペタスケールの計算機システム ~ ヘテロ,マルチコア,加速器,超並列,大規模ストレージ ~」 松岡聡(東京工業大学・学術国際情報センター)
16:35 休憩  
16:50 計算科学研究センター・新研究部門紹介 (計算科学研究センター・各研究部門主任)
18:35 閉会挨拶 宇川彰(副学長)
18:45 懇親会(大学会館)  

 

5月7日

10:00 平成21年度 学際共同利用成果報告会              

 

次回は、日本の学界の動きの続き。ついに円周率5兆桁が家庭のパソコンで計算された。情報処理学会が日本将棋連盟に挑戦状を突きつけた。

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