世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


10月 22, 2018

HPCの歩み50年(第182回)-2010年(h)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

富士通は日本原子力研究所にブレードサーバ「PRIMERGY BX900」を中核とする複合システムを納入した。6月のTop500では22位にランクし、国内トップであった。CAF (Coarray Fortran)という並列処理構造を導入したFortran 2008がISO/IECの正式規格となった。筆者も関与したグリッドのJIS規格が制定された。

日本の企業の動き

1) 日本電気
昨年5月14日に日本電気は、次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトにおいて製造フェーズには参画しないことを公表したが、その際、「当社は、今後も継続してベクトル技術の継承・発展を図るとともに、本プロジェクトで培った技術を活かしたHPCアーキテクチャの検討、アプリケーションソフトの開拓を進め、省資源・省エネルギー化が必要な時代に適した次世代のHPCを創造してまいります。」と、ベクトル技術の開発を続けることを表明していた。

2010年1月28日日本経済新聞朝刊によると、「NECは独自方式のスーパーコンピュータ開発を継続する方針を固めた。新たに独自のCPU(中央演算処理装置)を開発するための設計に着手した。NECは国の次世代スパコン開発事業から離脱。自社の独自方式の開発も撤退するとの見方が出ていたが、他のコンピュータ技術への波及効果や、既に製品を納めた研究機関・企業への供給責任を考慮し、開発を継続する。」とのことである。開発計画が具体化したので公表したのであろう。ただ、次世代のために開発したチップを使うかどうかは明らかにしていない。噂では、昨年12月中に決めていたが、次世代が事業仕分けでもたついていたので、発表を遅らせていたとのことである。2013年11月15日、新モデル「SX-ACE」として発表した。「SX-10」という名前は使えなかったようである。

日本経済新聞によると、日本電気は2010年10月6日、大学や研究機関向けのスーパーコンピュータ事業で日本ヒューレット・パッカード(日本HP)と協業すると発表した。日本HPがハードウェアを提供し、日本電気が販売およびシステム構築を手掛ける。10月7日より発売開始。日本電気は事業で、ハードウェア販売を含め3年間で200億円の売り上げを目指すとのことである。もちろんスーパーコンピュータといってもベクトルではなく、CPUとGPUを組み合わせた新モデル“HP ProLiant SL390s Generation 7”である。日本電気と日本HPの両社は、同モデルで東京工業大学のTSUBAME 2.0を受注しており、10月1日に納入した。この実績を武器に国内の大学・研究機関の市場を開拓するとのことである。

TSUBAME2.0は11月から正式稼働したが、2010年11月25日に、「TSUBAME2.0ご紹介セミナー」が日本電気本社ビルで開催された。共催は日本HP、マイクロソフト、NVIDIA Japanであった。プログラムは以下の通り。

13:00 ご挨拶  
13:10 「TSUBAME2.0は世界一(?) グリーンなスパコンの夢を見るか」 東京工業大学 学術国際情報センター 松岡 聡
14:00 「TSUBAME 2.0 上の GPU アプリケーション」 東京工業大学 学術国際情報センター 青木 尊之
14:50 コーヒーブレイク  
15:10 「NECのGPUクラスタソリューション及びサービスメニューのご紹介」 日本電気
15:40 「GPUクラスタの性能を最大化する、新世代 ”高バンド幅サーバー」 日本HP
16:10 「クラウド、サーバー、デスクトップ PC を利用した次世代のHPC環境~ TC3 と Windows HPC Server 2008 R2 ~」 マイクロソフト
16:40 「Tesla GPUコンピューティングソリューション」 NVIDIA Japan
17:30 懇親会  

 

2) 富士通
富士通が日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)と共同構築したスーパーコンピュータは、2010年3月1日に稼働したと発表された。新システムは、3つの異なる用途の計算サーバシステム(大規模並列演算部、次世代コード開発部、共有メモリ型演算サーバ)からなる複合システムであり、中核となる大規模並列演算部は、富士通のブレードサーバ「PRIMERGY BX900」2,134ノード(4,268CPU、17,072コア)をInfiniBand QDRで接続することで、高性能な並列環境を実現している。Linpackベンチマークでは当初186.1 TFlopsを出したと発表した。2010年6月のTop500では少しチューニングが進み、Rmax=191.4 TFlopsで22位にランクし、国内設置マシンでは1位であった。

3) 日立製作所
HAS研(HITACHIアカデミックシステム研究会)は2010年3月5日、マクセル東京ビルにおいて、「クラウドは大学を変えるか?」のテーマのもとに、第26回研究会を開催した。プログラムは以下の通り。

「大学情報基盤とクラウドコンピューティング」 合田 憲人(国立情報学研究所)
「大学に効くクラウド ~Google Apps Education Editionのご紹介~」 藤井 彰人(グーグル)
「大学におけるマイクロソフトのクラウドシナリオご紹介」 加藤 賢次郎(マイクロソフト)
「大学におけるクラウドコンピューティング利用と課題」 小川 秀樹(日立)
「実験住宅 Ocha House~お茶の水女子大学におけるユビキタス実験住宅の取り組み~」 辻田 眸(御茶ノ水女子大)

 

日立ITユーザ会では、2010年3月16日、TKP大手町カンファレンスセンターにおいて、「ライフサイエンス」をテーマに第34回科学技術分科会オープンセミナを開催した。プログラムは以下の通り。

14:00 「大量ゲノムDNA情報がもたらす生命科学の変革と情報技術のさらなる革新」 五條堀 孝(国立遺伝学研究所)
15:45 「ウイルスと人体」 山本 直樹(国立感染症研究所)

 

HAS研は、2010年7月9日にTKP大手町カンファレンスセンターにおいて、第35回科学技術分科会オープンセミナ「AR (Augmented Reality:拡張現実、強化現実)」を開催した。プログラムは以下の通り。

14:00 「ARと新しい社会」 山口 浩(駒澤大学 グローバル・メディア・スタディーズ学部)
15:45 「リアリティとアート、そのテクノロジー解」 赤松 正行(メディア作家/IAMAS教授/AR Commons発起人/頓智・顧問)

 

HAS研は、2010年9月14日にマクセル東京ビルにおいて「電子書籍の現在 そして未来」をテーマに第27回研究会を開催した。プログラムは以下の通り。

13:00 開会挨拶(会長) 安達 淳(国立情報学研究所)
13:10 「電子的な出版流通と高等教育」 土屋 俊(千葉大学)
14:10 「電子書籍とデジタル読書」 植村 八潮(東京電機大学出版局)
15:20 「iPadにみる電子書籍グローバル先進事例」 林 信行(ITジャーナリスト)
16:20 「デジタルデータの超長期保管技術~知と文化の億万年記録を目指して~」 渡部 隆夫(日立)
16:50 「次世代光ディスク向け位相多値技術」 渡辺 康一(日立)
17:20 閉会挨拶(副会長) 全 炳東(千葉大学)
17:30   意見交換会

 

日立ITユーザ会は、2010年11月25日に日立システム開発研究所(横浜市戸塚区)において、IT利用技術分科会 オ-プンセミナ「テーマ:3D」を開催した。プログラムは以下の通り。

13:00 『3度目の正直なるか3D映像』             前川 秀正(みずほ情報総研(株))
14:30 休憩  
14:45 『日立における3Dディスプレイへの取り組み』 小池 崇文(日立製作所 システム開発研究所)
16:15 デモ:フルパララックス3Dディスプレイ 【(株)日立製作所 システム開発研究所】

 

4) Fixstars社
2002年に東京で設立された株式会社フィックスターズ(Fixstars Corporation)は、Cellを搭載したPCI Expressボード「GigaAccel 180」を販売していた。 Yellow Dog Linux事業も行っていてCellを含むPowerアーキテクチャ用Linuxも提供してきた。また、Cellを使った従来のシステムの高速化やCellプログラム技術の普及活動などの実績がある。2010年3月2日のHPCwireで、今度はNVIDIA GPUのためのYellow Dog Linuxを展開して行くというニュースが報じられた。海外への進出も予定している。

標準化

1) Fortran 2008
今(2018年)のところ最新のFortran規格、通称Fortran 2008は、2010年9月に承認された。正式名称は、ISO/IEC 1539-1:2010である。Fortran 2003に対するマイナーな修正である。大きな修正点はCAF (Coarray Fortran)という並列処理構造を導入した点である。CAFは2005年5月にISO Fortran Committeeで決定されていた。いわゆるPGAS (Partitioned Global Address Space)モデルのFortranにおける実装である。この次の改定は2018年に予定されているが、また遅れるかもしれない。

2)グリッドのJIS化とINSTAC廃止
昨年のところに書いたように、日本規格協会INSTAC(情報技術標準化研究センター)と産業技術総合研究所との協力による合計7年間の活動が実り、JISとして採択される運びとなったが、2010年(平成22年)2月22日(“2”のぞろ目の日)にグリッドのJIS規格が制定された。正式には、

規格番号 JIS X7301
規格名称 グリッドシステム要求事項策定のための指針
英文名称 Guideline for designing requirements of grid systems

である。この規格のごく初期の案の英語版は、OGFの文書として登録されているが、最終規格は結果的にかなり違ったものとなった。

この規格は、グリッドシステムの利用者と提供者とが,それぞれの立場
からシステムへの要求事項を策定するための指針について、標準化を行
い、生産及び使用の合理化、品質の向上を図るために制定するものであ
る。 主な規定項目は、次のとおりである。

 

1.適用範囲、2.用語及び定義、3.グリッドシステム、
4.グリッドシステム要求事項

 

関係者は2010年4月7日に、JIS化を記念して渋谷の隠れ家個室ダイニング「天空の月」において、ささやかな打ち上げ会を行った。それから10年近く経過し、「グリッド」が話題となることが少なくなり、社会の関心は「クラウド」の方が高い。JISの見直しでこの規格は廃止されるかもしれない。

グリッドのJIS化を進めたINSTACが、何と2010年4月からINSTACがなくなることになった。25年の歴史に幕を下ろした。事情は分からない。IT標準化戦略委員会の報告書の最後には「経済事情、情報技術・国際標準化動向等の状況の変化を受けて」とある。筆者も、某氏にだまされて2000年7月にXML標準化調査研究委員会に関係してから10年になる。もちろん「技術分野の規格化の重要性そのものは、依然として存続している。このため、当委員会としては、情報技術分野における標準化を推進している産業界、学会、各団体等で真に必要とする事項について、積極的に規格化の推進に取り組んでゆくことを期待するとともに、(財)日本規格協会全体としての事業の中で、情報技術分野の標準化が一層強力に推進されることも併せて期待する。」と付記されているが、我々としては梯子を外された気分になった。

3) Ruby標準化
日本で開発されたプログラミング言語Rubyが、プログラミング言語としては初めて国際標準になる可能性が高まってきた。Ruby(ルビー)は、まつもとゆきひろにより開発されたオブジェクト指向スクリプト言語であり、1993年2月24日が誕生日とされている。

NISTEP(科学技術・学術政策研究所)によると、2010 年4 月8 日、プログラミング言語Ruby の国際標準化へ向けての会議が米国ニューヨークで開催され、2011 年4 月頃に国際標準として採用される可能性が高まってきたとのことである。国際標準化を支援する(独)情報処理推進機構(IPA)は、2010 年内に日本工業標準(JIS)として規格制定したのち、ISO/IEC JTC 1 に対して国際標準提案を行なう予定を明らかにし、この会議で歓迎された。2011年3月22日、RubyはJIS技術規格(JIS X 3017)として制定された

 
   

2012年4月2日、IPAはプレス発表を行い、「IPA(独立行政法人情報処理推進機構、理事長:藤江 一正)は、2008年にRuby標準化検討ワーキンググループ(委員長:中田 育男 筑波大学名誉教授)を設置し、Rubyの言語仕様の国際規格化へ向けた事業を進めてきましたが、この度、2012年3月31日に締め切られた国際規格承認のための最終投票の結果、Rubyが国際規格ISO/IEC 30170として承認されました。」と述べた。

オープンソースのプログラミング言語が国際標準になることは、世界的にも初めてのケースである。図はRuby言語のロゴである。

次回はアメリカ政府の動き。アメリカでは科学技術の連邦予算が削減されたが、Exascale計画が進められていた。2010年に開催されたHPC分野の国際会議について紹介する。

(画像:富士通 PRIMERGY BX900 出典:富士通HPより )

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