HPCの歩み50年(第193回)-2011年(e)-
SDHPC(戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ)は昨年から始まっていたが、あわせて「今後のHPC技術の研究開発検討WG」の活動が始まった。ポスト「京」について熱烈な議論が行われた。

ポスト「京」コンピュータ開発
1) ブレーンストーミング
2010年のところに書いたように「京」以降をにらんで将来計画の検討が始まった。「京」の初荷は2010年9月29日理研着であるが、第1回戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップは、それ以前の8月2日にキャッスルイン金沢で開催されている。2010年11月27日には、第2回戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップが秋葉原ダイビルで開催され、5年後の高性能並列計算システムについて議論した。
このような動きの中で、2011年1月27日の第2回HPCI計画推進委員会を前に、2011年1月20日(木)に文部科学省で予備の会議があったという話が伝わってきた。出席したのは、平尾(理研)、渡辺貞(理研)、泰地(理研)、武宮(原研)、渡邊(海洋)、関口(産総研)、米澤(東大)、田浦(東大)平木(東大)、小林(東北大)、牧野(東工大)などで、情報課からは岩本、井上両名が参加した。噂では、平木氏はアキレス腱断裂で、車椅子での出席だったそうである。
3月になって(東日本大震災後)、文部科学省情報課計算科学技術推進室の井上諭一室長から、筆者を含めて広い範囲に呼びかけがあり、HPCI計画推進委員会のもとの「今後のHPC技術の研究開発検討WG」への参加のお誘いがあった。井上室長からのメールには、こう書かれていた。
この度は、お忙しい中、今後のHPC技術の研究開発の検討WGへのご参加をご快諾いただき、ありがとうございました。
さて、文科省においては、これまで「京」の開発を中心とする次世代スパコン計画を推進することにより、ハイパフォーマンス・コンピューティング技術(HPC技術)の振興・発展を図って参りました。これは、トップレベルのスパコンを開発することにより、そこで獲得された技術が波及していき、その下のレベルも含め我が国のコンピューティング技術がレベルアップしていくという考え方に基づくものでありました。
一方で、HPC技術を巡る状況は、スパコンの巨大化・超並列化と相まって大きく変わってきていると思います。具体的には、物理的に電力等システム維持に係る限界が見えてきていること、アプリケーションソフトウェア側の対応が困難になってきていること、大規模データをハンドリングする技術がこれまで以上に重要になってきていること、CPUのコモディティ化が進んでいる中でのハイエンドCPU開発の位置付けに変化が見えてきていること等があげられます。
このような中、今後のHPCで何を目指すのか、「京」の時と同様にトップレベルスパコンを開発するということでいいのか、ということは、常に私の頭の中にある悩ましい問題です。
そのような訳で、これから今後のHPC技術の研究開発をどのように進めていくのかということを検討するにあたり、検討に当たってのスタンスを定めておくという意味もあり、以上のようなことについて先生方のご意見をいただきたいと思っております。ご意見をいただくためのきっかけとして、以下に、大ざっぱな論点を示させていただきます。基本的には以下の論点に沿ってご意見をいただければと思いますが、特に形式は問いません。ごく簡単でも結構ですので、ご自由にご意見、ご感想などをいただければ幸いです。
ブレーンストーミングの論点は以下の通り。
○我が国のHPC技術の研究開発の目指すところは?
○「京」においてはLINPACK世界トップを目指した。
○これからも同様に世界トップのスパコン開発を続けていくのか?
ハイエンドCPUの開発? インターコネクト技術?
システムソフトウェア関連技術? 全て国産でやるのか?
○世界トップスパコンの開発でなければ何を目指すのか?
○世界最先端の数値シミュレーションを行い得る技術を獲得するということなのか?
○大規模データを取り扱う技術との関連をどのように考えるのか?これもHPC技術と捉え数値シミュレーション技術と一体的に研究開発を進めていくのか?
早速メールで活発な議論が始まった。特に、「京」がLINPACK世界トップを目指したのかどうかについて賛否両論が出た。確かに、HPCGやGraph500で好成績を出していることからも分かるように、「LINPACKで最高性能が出るように」設計したわけではない。しかし、LINPACKでの世界一に相当こだわって、「なぜ世界一」という批判がでたことも事実である。松岡聡からは、システム構成要素の「定量的な」技術評価の重要性が指摘された。別の委員からは、
○HPCは結局のところ科学技術の全体の中で何なのか? 世界の中の日本として考えた時、どのような捉え方を取るべきなのか?
○スパコンやそのための技術開発が国家基幹技術であると言うならば、国と開発メーカの関係はどうあるべきなのか?
○その上で、将来のHPC技術の実現のために(産業界を含めてトータルとしての)我が国が取るべき方策は何なのか?
という視点の議論をすべきだとの指摘があった。
2) 戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ
表記ワークショップ(通称SDHPC Workshop)は、2010年中に2回開催されたが、2011年にはさらに4回開催された。
第3回SDHPC Workshopは、2011年2月5日(土)に、みやこめっせ(京都)で開催された。プログラムは以下の通り。
9:30~10:00 |
受付開始 |
10:00~10:15 |
趣旨説明 石川 裕(東大) |
10:15~12:00
|
パネル討論:基盤ソフトウェアの課題、研究開発アプローチ、マイルストーン(1)「アプリケーション&数値計算ライブラリ」 司会:中島研吾(東大) パネリスト:高橋 大介(筑波大)、片桐 孝洋(東大)、丸山 直也 (東工大)、村主 崇行(京大)、矢作 日出樹(京大) |
12:00~13:00 |
LUNCH |
13:00~14:45
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パネル討論:基盤ソフトウェアの課題、研究開発アプローチ、マイルストーン(2)「言語、ミドルウェア」 司会:佐藤 三久(筑波大) パネリスト: 平木 敬(東大)、近藤 正章(電通大)、千葉 滋(東工大)、 滝沢 寛之(東北大)、八杉 昌宏(京大)、姫野 龍太郎(理研) |
14:45~15:15 |
BREAK |
15:15~17:00
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パネル討論:基盤ソフトウェアの課題、研究開発アプローチ、マイルストーン(3)「システムソフトウェアとアーキテクチャ」 司会:松岡 聡(東工大) パネリスト:須田 礼仁(東大)、泰地 真弘人(理研)、中村 宏(東大)、堀 敦史(理研),清水 正明 (日立)、建部 修見 (筑波大) |
17:30~19:00 |
懇親会 |
第4回SDHPS Workshopは、2011年5月28日(土)に、秋葉原コンベンションホールで開催された。プログラムは以下の通り。今回からは、具体的に研究課題と研究開発のロードマップを議論している。
9:30~10:00 |
受付開始 |
10:00~10:15 |
趣旨説明 石川 裕(東大) |
10:15~10:45 |
これまでのまとめ 中島浩(京大) |
10:45~11:45 |
ロードマップ作成に関する議論 石川 裕(東大) |
11:45~13:30 |
昼食休憩 |
13:30~15:30
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BREAKOUT Sessions ○アプリケーション/数値計算ライブラリ/アルゴリズム/自動チューニング ○プログラミング言語/モデル ○システムソフトウェア ○アーキテクチャ |
15:00~16:00 |
休憩 |
16:00~17:30 |
サマリ |
第5回SDHPC Workshopは、2011年7月26日に鹿児島県 天文館ビジョンホールで開催され、研究課題とロードマップ案を議論した。16時からは計算機科学作業部会を開催した。鹿児島で開催したのは、2011年並列/分散/協調処理に関する『鹿児島』サマー・ワークショップ(SWoPP鹿児島2011)が、7月27日~29日に開催され、その前日に設定されたものである。プログラムは以下の通り。
9:15~9:40 |
受付開始 |
9:40~9:50 |
趣旨説明 石川 裕(東大) |
9:50~10:00 |
今後のHPC技術の研究開発 井上 諭一(文科省) |
10:00~10:30 |
全体概要 丸山直也(東工大) |
10:30~11:30 |
アーキテクチャ |
11:30~12:30 |
システムソフトウェア |
12:30~13:30 |
LUNCH BREAK |
13:30~14:30 |
プログラミング言語/モデル |
14:30~14:40 |
SHORT BREAK |
14:40~15:40 |
アプリケーションとライブラリ |
15:40~15:50 |
SHORT BREAK |
15:50~16:00 |
まとめ 石川 裕(東大) |
16:00~18:00 |
コンピュータアーキテクチャ・コンパイラ・システムソフトウェア作業部会 |
亜欧旬感グリル 夜光杯 天文館店で懇親会を行った。
第6回SDHPC Workshopは、2011年10月15日(土)に、秋葉原コンベンションホールで開催した。プログラムは以下の通り。午後は合同作業部会であった。
ワークショップ |
|
9:50~10:00 |
オープニング |
10:00~10:30 |
システム関連全体レビュー |
10:30~11:45 |
BREAKOUT(3並列) |
11:45~13:00 |
LUNCH BREAK |
合同作業部会(ワークショップ&第1回合同作業部会) |
|
13:00~14:00 |
計算機科学側からの全体概要 |
14:00~15:30 |
アプリケーション作業部会からの現状報告 |
15:30~15:45 |
BREAK |
15:45-16:20 |
アーキテクチャロードマップ |
16:20-16:55 |
システムソフトウェアロードマップ |
16:55-17:30 |
プログラミングロードマップ |
17:30-18:05 |
数値計算ライブラリロードマップ |
18:05-18:15 |
まとめ |
3) 今後のハイパフォーマンス・コンピューティング技術の研究開発の検討を行うワーキンググループ
4月7日の第3回HPCI計画推進委員会において、表記のワーキンググループの設置がきまった。これは、「次年度より5年間の計画として策定される第4期科学技術基本計画においては、ハイパフォーマンス・コンピューティング技術を「国家安全保障・基幹技術」と位置付け、この研究開発の推進については、第3期計画において得られた成果を最大限活用し、国主導で行っていくこととしています。我が国としては、「京」で得られた成果を更に発展させていくことが必要ですが、このための研究開発をどのように進めていくのかということについて、具体的な検討を行う必要があると考えております。」ということであった。
当初のメンバは以下の通り。
小柳 義夫 |
工学院大学情報学部教授 |
笠原 博徳 |
早稲田大学理工学術院教授 |
関口 和一 |
日本経済新聞社産業部編集委員兼論説委員 |
鷹野 景子 |
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授 |
所 眞理雄 |
ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長 |
土居 範久(主査) |
中央大学研究開発機構教授 |
土井美和子 |
東芝研究開発センター首席技監 |
根元 義章 |
東北大学理事 |
村上 和彰 |
九州大学大学院システム情報科学研究院教授 |
矢川 元基 |
東洋大学計算力学研究センター長 |
(以上、HPCI計画推進委員 50音順)
浅田 邦博 |
東京大学大規模集積システム設計教育研究センター教授 |
宇川 彰 |
筑波大学副学長 |
下條 真司 |
情報通信研究機構上席研究員 |
関口 智嗣 |
産業技術総合研究所情報技術研究部門長 |
中島 浩 |
京都大学学術情報メディアセンター長 |
平尾 公彦 |
理化学研究所計算科学研究機構長 |
平木 敬 |
東京大学大学院情報理工学系研究科情報科学科教授 |
松岡 聡 |
東京工業大学学術国際情報センター教授 |
米澤 明憲 |
東京大学大学院情報理工学系研究科教授 |
(50音順)
本年度夏の次年度予算要求に間に合わせるために、急いで議論することとなった。Web上に議事録等は残っていない。
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主要な議題 |
第1回 |
2011年4月13日 |
今後の研究開発課題について ・「京」の成果及び今後の研究開発課題 (平尾公彦) ・エクサフロップへ向けた研究開発課題と国際的な現状 (松岡聡) 検討の進め方について |
第2回 |
2011年4月18日 |
今後の研究開発課題について ・ナノ・物質科学分野の課題と求められるHPC技術 (常行真司) ・ライフ分野のHPCと今後(姫野龍太郎) ・地震津波災害軽減に向けたHPC技術への期待 (古村孝志) |
第3回 |
2011年5月11日 |
今後の研究開発課題について ・気候変動予測に関する計算機検討会報告 (小柳義夫) ・宇宙シミュレーションの観点から (牧野淳一郞) ・次世代超低消費電力スーパーコンピュータの基礎検討 (平木敬) ・プロセッサの「設計力」(石井康雄) |
第4回 |
2011年5月20日 |
今後の研究開発課題について ・戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ (中島浩) 検討の進め方について ・今後5~10年後のシミュレーション計算所要 |
第5回 |
2011年5月30日 |
今後の研究開発課題について ・我が国のHPCインフラに関する将来ビジョン、および、 それを実現するHPCプロジェクトの在り方 ~4つの提言~(村上和彰) ・今後5~10年後のシミュレーション計算所要 (戦略分野1、戦略分野5) |
第6回 |
2011年6月8日 |
今後の研究開発課題について ・今後5~10年後のシミュレーション計算所要 (戦略分野2、戦略分野3、戦略分野4) |
第7回 |
2011年6月17日 |
これまでの議論のまとめ ・2018年のシステム予測(平木敬) ・今後のハイパフォーマンス・コンピューティング技術 の研究開発について |
当初の予定では、日本のスーパーコンピュータベンダ3社からのヒアリングを予定していた。それは、国費を投じて開発した技術が如何に我が国の産業界に蓄積され波及していくかということが重要であり、この観点から、WGの検討においては、我が国のHPCベンダが国費の投入の下で、企業としてどのような技術を今後とも開発していこうとしているのかということを把握しておくことが必要だからである。しかし筆者は、「国策であるから日本の3社だけと話をすればよい」と単純に割り切ることには疑問があり、これは、日本の3社にも、外国にも、間違ったメッセージ(保護主義政策を取っているかのような)を送ることになる。海外の企業に対してオープンな姿勢を示すことはある程度必要、と主張した。
IBM社やCray社などの海外のスーパーコンピュータベンダからも話を聞くメリットは、NDA(秘密保持契約)を結ばないと話してくれない将来の情報を聞けることであるが、他方、海外ベンダをWG議論の場に呼ぶということは、日本がどのような検討を行っているかという情報を、最も欲しがっている米国側に披露するようなものであり、リスクが高い。さらに、国家戦略を決める会合に競争相手国を呼ぶのはいかがなものか、との議論もあった。
ただ、Intel、AMD、NVIDIA、ARM、Mellanox、DDNなどのハードウェアの要素ベンダやPGIやAlleniaなどのソフトウェアベンダのヒアリングについては、やるべきではないかとの意見もあった。コンピュータ産業はグローバル化しており、とくにエクサスケールでは、オール国産は現実的でなく、さまざまなアライアンスの形が考えられるので、要素ベンダに関する情報収集は真剣に検討する必要があるのではないかとの指摘もあった。
半導体製造技術の観点からは、これまでのオープンな設計と製造の水平分業モデルは変化しつつあり、いくつかの閉じたグループ連合による技術差別化を志向しているので、国内のベンダがどのような海外との枠組みで次世代HPCに対応しようとしているかを確認した上で、ヒアリング対象を決めるべきだとの指摘があった。
6月までの短い時間には、5~10年後に解決すべき社会的科学的課題を整理してシステム開発の方向性を議論するべきであり、スーパーコンピュータの詳細な技術を議論するのはその後とすべき、との意見もあった。
結果的には、6月までの会合では国内国外のベンダのヒアリングは行わなかった。
2011年7月付で、「今後のハイパフォーマンス・コンピューティング技術の研究開発の検討ワーキンググループ」名で、「今後のハイパフォーマンス・コンピューティング技術の研究開発について」という40ページの報告書が公開された。「今後5~10年の重要課題と必要な計算機所要」として、詳しい計算需要の推定をまとめている。パワーポイント形式の報告書要旨もある。これによると、今後、若手を中心に、幅広い産学官 の関係者による検討を開始すること、「アプリケーション」、「コンピュータアーキテクチャ」、「コンパイラ・システムソフトウェア」の3つ の作業部会が緊密に連携しながら検討を進めて いく体制を立ち上げることが述べられている。この報告書は、6月29日の第71回情報科学技術委員会において報告されている。
いよいよ作業部会が始まる。これは次回に。
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