世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


12月 9, 2019

HPCの歩み50年(第212回)-2012年(f)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

東京大学は4月、「京」の商用機PRIMEHPC FX10の運用を始めた。京都大学ではCray XE6が設置された。筑波大学は「HA-PACS」の運用を開始した。日本IBM科学賞は25回で終了することになった。

日本の大学センター等

1) JHPCN:学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点
試行を経て、2010年度から始まったJHPCN(学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点)は2012年3月7日に東京大学情報基盤センターで運営委員会を開催し、募集課題の選定等を行った。7月12日~13日には、秋葉原のUDX GALLERYにおいて第4回シンポジウムを開催した。前年度採択された 39 課題の口頭発表と本年度採択された 35 課題のポスター 発表を行った。懇親会はポスターコーナーで行った。11月9日には北海道大学事務局新館で運営委員会が行われ、次年度の課題募集等について議論した。

2) 東京大学
東京大学情報基盤センターでは、2012年4月2日にPRIMEHPC FX10の運用を始めた。2012年6月のTop500において、Oakleaf-FX – PRIMEHPC FX10, SPARC64 IXfx 16C 1.848GHz, Tofu interconnectは、コア数76800、Rmax=1043.0 TFlops、Rpeak=1135.4 TFlopsで18位にランクしている。

3) 京都大学
京都大学学術情報メディアセンターは、2011年12月1日、T2Kに続く次期スーパーコンピュータとして、Cray社のXE6を導入することを決定したが、2012年5月にCamphor – Cray XE6, Opteron 16C 2.50 GHz, Cray Gemini interconnectが設置された。コア数30080、Rmax=239.4 TFlops, Rpeak=300.8で2012年6月Top500では73位にランクされた。2016年10月には、Cray Inc.のスーパーコンピュータXC40とCS400、およびDataDirect Networks社のストレージSFA14Kなどが増強されることになる。

4) 九州大学
富士通は2012年4月4日、九州大学情報基盤研究開発センターにスーパーコンピュータPRIMEHPC FX10(8ラック、768ノード)と、PC サーバPRIMERGY CX400(ノード数1476)を納入すると発表した。総理論演算性能は691.7TFLOPS。2012年7月より順次稼働させる予定。2012年6月のTop500において、PRIMEHPC FX10は、コア数12288、Rmax=166.7 TFlops、Rpeak=181.7 TFlopsで106位にランクしている。また、2012年11月のTop500では、Fujitsu PRIMERGY CX400, Xeon E5-2680 8C 2.700GHzは、コア数23616、Rmax=460.3 TFlops、Rpeak=510.1 TFlopsで、45位にランクしている。

5) 東京工業大学
スパコン業界の有名人のひとりGary Johnson氏(元米国DoEのOffice of Scienceの重鎮)は、2012年2月2日付のHPCwire誌、“Number Crunching, Data Crunching and Energy Efficiency: the HPC Hat Trick”において、スパコンの総合力 (数値演算性能 Top500・電力効率 Green500・データ処理能力Graph500)で「世界一」なのは、他を押しのけて東工大TSUBAME2であり、Hat Trickだと評価している。

6) 岡崎共通研究施設
岡崎共通研究施設 計算科学研究センターでは、2012年、汎用計算機枠を、Hitachi SR16000からFujitsu PRIMERGY CX250S1(5888 cores)に更新した。2011年11月のTop500で初出し、コア数5520、Rmax=117.1、Rpeak=128.1で229位にランクしている。

7) 高エネルギー加速器研究機構(KEK)
KEKでは、2012年3月1日からIBM Blue Gene/Q(システムインテグレーションはSR16000とともに日立)を運用する計画であったが、2012年1月31日にKEKから発表があり、「スーパーコンピュータシステムについて本機構と契約を結んでいる株式会社日立製作所および日本電子計算機株式会社より、製造において予定の歩留まりを実現できず、製造スケジュールが遅延する見込みであり、納品およびシステム構築は平成24年3月末となる予定である旨の申し入れがあった。」とのことである。なお、日本電子計算機株式会社(JECC)は、通産省の指導の下、1960年8月に、国産の電子計算機の一元的なレンタルを行うために国策で設立されたメーカー7社共同出資の民間会社である。

半導体の歩留まりは水物とはいえ、納期を延期することは日本では珍しい。業界では、LLNLのSequoiaに2012年6月のTop500でトップを取らせるために、日本に来るはずのチップを回したのではないかという憶測も出たほどである。もちろん真相は不明である。3月末には無事運用が開始された。ただし、平成22年10月1日の入札時の官報には「(4) 借入期間 平成23年6月1日から平成28年12月31日」となっていたので、それから見れば10か月ほど遅れたことになる。

2012年6月のTop500では、SAKURAだけがランク入りし、コア数49152、Rmax=517.6、Rpeak=629.1で36位にランクしている。続く11月のTop500では、SAKURAとHIMAWARIが41位tieとなっている。

日本の学界の動き

1) 筑波大学
筑波大学計算科学研究センターは、密結合並列演算加速機構実証システム「HA-PACS」の運用を、2012年2月1日に開始した。2011年のところに書いたように製造はAppro社である。密結合並列演算加速機構実証システム「HA-PACS」(Highly Accelerated Parallel Advanced system for Computational Sciences)は、筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータPACS/PAXシリーズのひとつで、これからの計算科学に必要とされるエクサスケールの実現に向けて、演算加速装置を中心とする超並列計算機におけるアプリケーションおよび多数の演算加速装置を効率的に結合する並列システムの研究開発のため、ハード・ソフト双方の要素技術の確立と、計算科学の重要アプリケーションの革新に取り組むものである。HA-PACSプロジェクトは「エクサスケール計算技術開拓による先端学際計算科学教育研究拠点の充実」(文部科学省特別経費 国際的に卓越した教育研究拠点機能の充実 平成23~25年度)により運営されている。2012年2月14日付のHPCwireの記事、“Japanese University Boots Up 800-Teraflop GPU Supercomputer”で大きく取り上げられた。

2012年6月のTop500において、コア数20800、Rmax=421.6 TFlops、Rpeak=778.128 TFlopsで41位にランクされている。

2011年8月のHPC研究会で発表した論文「演算加速装置に基づく超並列クラスタHA-PACSによる大規模計算科学」により、計算科学研究センターの朴泰祐教授は、2012年度情報処理学会山下記念研究賞を受賞した。

12月6日(木)仁科記念財団 2012年度仁科記念賞の授賞式が東京會舘で行われた。筑波大学計算科学研究センターの青木慎也教授、石井理修准教授、理化学研究所仁科加速器研究センターの初田哲男主任研究員の3人が受賞理由「格子量子色力学に基づく核力の導出」により選ばれ、賞状、副賞を受け取った。

2) 神戸大学
筆者が特命教授として在職していた神戸大学は、2010年4月にシステム情報科学研究科を発足させたが、神戸大学創立110周年記念日である2012年5月15日に独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構と、計算科学・計算機科学分野における連携協定を締結した。国内の大学とは初めて。理研の一部門と神戸大学全体との協定である。

2012年6月5日、情報教育用電子計算機システムとして「京」の商用版である、富士通PRIMEHPC FX10を1ラック導入すると発表した。スーパーコンピューティング技術を活用したシミュレーションや解析ができる人材の養成を加速することが目的である。ノード数は96。設置場所は筆者のオフィスのある統合研究拠点の1階である。8月から稼働した。神戸大学は、本システムを活用し、スーパーコンピューティング技術の活用による新しい研究領域・融合領域の創成に関わる人材養成を行うとしている。そのほか、シミュレーションデータの保存やシステムのバックアップ用として「ETERNUS DX80」2台により構成される120TBのストレージ、利用者教育などのPCとして「ESPRIMO K552/D」40台なども導入される。ピーク20 TFlopsではTop500には入らないが。10月1日にはFX10のお披露目を行った。

2010年度から始まった「企業牽引プロジェクト」でもFX10を積極的に利用した。10月5日にはこのプロジェクトの中間評価があった。

10月1日付けで、神戸大学システム情報学研究科は理化学研究所の横川三津夫氏を教授に迎えた。

3) 理化学研究所
2012年6月3日、理研和光研究所(埼玉県和光市)は、FX10を2013年2月に設置すると発表したが、実際に設置されたかどうかは確認していない。

4) SS研究会
2012年度のSS研HPCフォーラムは、2012年8月20日、汐留シティセンターにおいて「エクサスケールコンピューティングに向けて」のテーマで開催された。プログラムは以下の通り。

10:30

会長挨拶

村上和彰 (九州大学)

 

開会挨拶

朴泰祐 (筑波大学)

10:40

Algorithms and Software in the Post-Petascale Era

William D. Gropp (University of Illinois)

11:50

3D-RISMを中心とした生体機能解析:理論と京への実装そして応用 ~京スパコンで可能になること~

吉田紀生 (九州大学)

12:50

休憩

 

14:00

HPC基盤の現状と将来

石川裕 (東京大学)

15:00

休憩

 

15:20

アプリケーションから — 「欲しかったのはこれじゃなーい!!」と叫ばないために

牧野淳一郎 (東京工業大学)

16:20

富士通のエクサスケールに向けた取り組み

追永勇次 (富士通株式会社)

17:20

閉会挨拶

松尾裕一 (宇宙航空研究開発機構)

17:45

懇親会

 

 

5) 岩波「計算科学」
かねてから準備を進めていた岩波講座「計算科学」は、2012年2月16日に第2巻『計算と宇宙』を刊行し、次いで3月16日に別巻『スーパーコンピュータ』を刊行した。後者は中村宏、佐藤三久、松岡聡、筆者で執筆したものである。キャッチコピーは「21世紀の科学技術を支えるスパコンの基本原理から最新動向まで一冊で解説」である。筆者の担当は「第1章 コンピュータの基本原理」であったが、アーキテクチャの大家である中澤喜三郎先生からはお褒めのことばをいただいた。この別巻は、2013年度大川出版賞を受賞した。

6) 日本IBM科学賞
日本IBM科学賞は、1987年の創設以来、日本の科学界において名実ともに高いプレステージを持つ賞として確立し、2011年には第25回の授賞を行った。審査委員長は江崎玲於奈氏である。筆者も2004年から審査委員を務めてきた。授賞対象者は、物理、化学、コンピューター・サイエンス(バイオインフォマティクスを含む)、エレクトロニクス(バイオエレクトロニクスを含む)の基礎科学研究の幅広い分野で優れた活動を行っている、国内の大学あるいは公的研究機関に所属している45歳以下の研究者である。

1月に日本IBMの担当者に呼び出され、IBM賞の今後について意見を求められたので、「物理とエレクトロニクスとは統合し、新たに『計算科学』という分野を創設すべきだ」との意見を申し上げた。アメリカではIBM社が最先端の計算科学を牽引しているので、ふさわしいのではないかと思っていた。

ところが、6月29日に電話があり、なんと日本IBM科学賞自体が終了するとのことであった。日本IBM社の発表では、「弊社のビジネスモデルが創設時から大きく変わっている現在の状況と、この25年間で日本IBM科学賞も当初の目的を果たすことができたのではないかという認識から、弊社として総合的に勘案した上で決定をいたしました。ここに至る過程におきまして、授賞分野を見直して継続する案も検討し、審査委員長と審査委員の皆様からご指導やご意見をいただきましたが、弊社として最終的に上記の結論となりました。検討の過程でご尽力をいただきましたことに、あらためて御礼を申し上げます。」とある。つまり、IBM社全体のビジネスモデルが、基礎科学をベースとしてものを製造するモデルから、サービスを提供するモデルに変わった、という認識のようである。

次回は国内の会議である。PCクラスタコンソーシアムやグリッド協議会が精力的に会合を重ねた。

(アイキャッチ画像提供:筑波大学計算科学研究センター

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