新HPCの歩み(第225回)-2005年(c)-
産総研生命情報科学研究センターは、BlueGene/Lを2月に設置した。2005年からJST CREST「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」が始まった。FIT2005では「スパコン日本の時代は取り戻せるか」というパネルが行われた。東京工業大学はAMD OpteronとClearSpeedのCSX600を用いた大規模クラスタを導入すると発表した。 |
日本政府関係の動き
1) 国家基幹技術
讀賣新聞は1月9日、「科学技術立国再生に向けた国際競争力強化のため、日本が今後10年以内に重点的に開発に取り組む10の国家基幹技術が8日、明らかになった。」と報じた。「スーパーコンピュータ、計測技術、海底探査技術などで世界最高水準の達成を目指す。バイオテクノロジー、ナノテクノロジーなどの先端科学技術分野は、日米欧を中心に激烈な開発競争が繰り広げられていることから、日本としても重点戦略目標を洗い出し、予算や人材など限られた資源を効率よく配分すべきだと判断した。2005年度に政府が策定する「第3期科学技術基本計画」(2006―2010年度)に盛り込み、国を挙げて開発に取り組む方針)としている。これは、科学技術・学術審議会の「国として戦略的に推進すべき基幹技術に関する委員会」(主査・小宮山宏東大副学長)が洗い出しを行ったものである。(讀賣新聞2005/1/9)
2) スーパーコンピュータの定義
1997年以来、日米協議により、スーパーコンピュータの範囲を定め、それに含まれる政府調達については厳密な手続きが定められている。2000年からは100 GFlops以上であったが、2005年5月1日付で、1.5 TFlops以上をスーパーコンピュータと定義した。もし、Rmax=1.5 TFlopsのスーパーコンピュータがあれば、直前の2004年11月のTopr500において、197位にランクする。
3) 日本学術会議
日本学術会議は2001年の中央省庁再編により総務省の所管となったが、2005年4月に再び内閣府の所管となった。10月1日、会員選出方法を1984年以来の学会推薦制から、日本学術会議が自ら選考する方法に変更し、7部制から3部制に変更し、会員の他に連携会員を新設した。「お手盛り」との批判が出る恐れを感じた。しかし、自ら選考した会員候補者が政府から任命を拒否されるなどとは誰も考えなかった。
4) 科学技術学術審議会
2004年9月2日に設置された科学技術・学術審議会基本計画特別委員会で、2005年4月8日中間とりまとめをおこない、国家基幹技術~国の持続的発展の基盤であって長期的な国家戦略を持って取り組むべき重要な技術の例としてペタフロップス超級スーパーコンピュータを提示した。
5) 情報科学技術委員会
文部科学省 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 情報科学技術委員会は頻繁に開かれている。
第20回 |
2005年1月14日(金) |
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第21回 |
2005年1月26日(水) |
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第22回 |
2005年3月8日(火) |
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第23回 |
2005年4月19日(火) |
NAREGI中間評価について、平成18年度に重点的に推進すべき研究開発について(HPC、Gridなど)(配付資料)(議事録) |
第24回 |
2005年5月31日(火) |
「次世代IT基盤構築のための研究開発」の課題の選定結果について(スーパーコンピュータ要素技術開発4件、革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発1件など)(配付資料)(議事録) |
第25回 |
2005年6月30日(木) |
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第26回 |
2005年7月11日(月) |
NAREGI中間報告会(三浦、松岡、関口、宇佐見、下條、青柳、平田、岡崎、永瀬、前川、高山、寺倉らが報告)(配付資料)(議事録) |
第27回 |
2005年7月21日(木) |
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第28回 |
2005年8月24日(水) |
e-Society中間評価、NAREGI中間評価、計算科学技術推進ワーキンググループ第2次中間報告など(配付資料)(議事録) |
第29回 |
2005年10月24日(月) |
2005年5月31日の情報科学技術委員会(第24回)では、将来のスーパーコンピューティングのための要素技術の研究開発プロジェクト(次世代IT基盤構築のための研究開発)(2005年度~2007年度)が議論され、3名のPCの審査により前述の4件が採択されたことが了承された。
6) 地球シミュレータ
2005年1月7日(金)~8日(土)に、東京都港区の笹川記念会館において、平成16年度地球シミュレータプロジェクトの利用報告会が行われた。7日は大気・海洋分野、固体地球分野、計算機科学分野、8日は先進・創出分野であった。
HPC User Forumが、2005年1月27日に日本で初めて横浜の地球シミュレータセンターで開催された。国際会議のところに記す。
平成17年度の地球シミュレータ共同プロジェクトの公募が、2月2日から28日まで行われた。
2005年度から、文部科学省産業連携課の先端大型研究施設戦略活用プログラムが始まった。課題選定は大阪大学高部英明教授が担当した。2007年度からは先端研究施設共用イノベーション創出事業に衣替えする。また、下に述べるようにJST CREST「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」でも使われた。
7) NAREGI
2005年2月23日~24日、東京ファッションタウンにおいて、NAREGIシンポジウム2005が、「-サイエンス から 知的ものづくりへ-グリッドは21世紀のIT技術基盤」のテーマで開催された。主催は国立情報学研究所と分子科学研究所。以下のような企画があった。
招待講演 |
“EU eInfrastructures and the EGEE project” |
Fabrizio Gagliardi, EGEE |
特別講演 |
“Current Status and Future Direction of UNICORE and OGSA” |
David Snelling, Fujitsu Laboratories of Europe |
パネルディスカッション |
「NAREGIが考えるサイエンスグリッドの将来」 |
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併せて、グリッドミドルウェア、グリッドアプリケーション、グリッドネットワーキングの統合的なデモンストレーションを行った。
また、11月12日~18日にはSC05 (Seattle)でNAREGIブースを出展し、11月30日~12月3日には、HPC Asia 2005(北京)でもNAREGIブースを出展した。
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8) 産総研(BlueGene/L、AISTスーパークラスタ)
産総研(産業技術総合研究所、AIST)生命情報科学研究センターは、たんぱく質の構造解析による新薬の開発などのために、BlueGene/L(8192コア、4ラック)が2005年1月17日に台場の「バイオ・IT融合研究棟」内に搬入された。愛称はBlue Proteinである。(写真はNews &Topics 2005/1/24から)6月のTop500において、Rmax=18.200 TFlops、Rpeak=22.9376 TFlopsで8位獲得。なお、ハードウェアは変わっていないが、チューニングにより2007年6月からはRmax=18.665 TFlopsとなっている。
2005年度から立ち上がった情報処理学会バイオ情報学研究会の第1回は7月25日生命情報科学研究センターで開催された。
2005年4月25日、2004年3月に導入したAISTスーパークラスタの成果報告会が秋葉原ダイビルで開催された。また、グリッド研究センターにおいて建部修見を中心に開発を進めてきたGfarmに関するワークショップGfarm Workhshop 2005が9月9日秋葉原ダイビルで開催された。グリッド協議会が協賛。
9) アジアグリッド
2002年に始まったアジアグリッドイニシアチブは、活動を続けていたが、2月2日にAIST上野オフィスで推進委員会を開催した。アジア各国のグリッドとの相互連携、EUGridとの連携、平成17年度「国際的リーダーシップの確保」応募に関する議論などが行われた。
10) JSTシミュレーション
2002年から開始されたJSTのCREST・さきがけ混合型領域「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」は、新たな課題の採択は行われなかったが、9月6日~7日に東京ガーデンパレスで領域会議を、12月6日~7日に東大一条ホールでシミュレーションシンポジウムを開催した。
11) JST CREST「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」
2001年に発足したCREST「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」(研究総括 田中英彦)は、5年目に入った。2005年12月9日、駒場エミナースにおいて第2回公開シンポジウムを行った。
12) JST CREST「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」
2005年度から標記のCRESTが開始された。研究総括は南谷崇(キヤノン(株)顧問)、領域アドバイザーは、石橋 孝一郎(電気通信大学)、岩野 和生(三菱商事)、河辺 峻(明星大学)、中島 浩(京都大学)、 古山 透(インターモレキュラー・ジャパン)、三浦 謙一(国立情報学研究所)、安浦 寛人(九州大学)であった。2005年度に採択された課題と代表者は以下の通り。
黒田忠広(慶應義塾大学) |
高性能・超低電力短距離ワイヤレス可動情報システムの創出 |
小林光(大阪大学) |
極限ゲート構造によるシステムディスプレイの超低消費電力化 |
佐藤健一(名古屋大学) |
超低消費電力光ルーティングネットワーク構成技術 |
高田広章(名古屋大学) |
ソフトウェアとハードウェアの協調による組込みシステムの消費エネルギー最適化 |
13) JSTマルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション
2005年からJST CREST「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」(研究総括矢川元基)が始まった。本研究領域は、世界最先端レベルの超高速・大容量計算機環境と精緻なモデル化・統合化によって、複数の現象が相互に影響しあうようなマルチスケール・マルチフィジックス現象の高精度且つ高分解能の解を求めることを研究の対象とする。地球シミュレータを使用することを前提としたプロジェクトである。2005年度に採択された課題は以下の通り。
尾形修司(名古屋工業大学) |
ナノ・メゾ・マイクロの複雑固液界面の大規模数値解析 |
押山 淳(東京大学) |
計算量子科学によるナノアーキテクチャ構築 |
佐藤正樹(海洋研究開発機構) |
全球雲解像大気モデルの熱帯気象予測への実利用化に関する研究 |
高田俊和(理化学研究所) |
QM(MRSCI+DFT)/MM 法による生体電子伝達メカニズムの理論的研究 |
高橋桂子(海洋研究開発機構) |
災害予測シミュレーションの高度化 |
天能精一郎(神戸大学) |
生体系の高精度計算に適した階層的量子化学計算システムの構築 |
平尾公彦(理化学研究所) |
ナノバイオ系のシミュレーションとダイナミクス |
松浦充宏(統計数理研究所) |
観測・計算を融合した階層連結地震・津波災害予測システム |
14) JST CREST「脳を創る」
2004年度に終了したJST CREST「脳を創る」領域(甘利俊一研究総括)の事後評価を、東倉洋一委員、久間和生委員と3人で、2005年3月10日に行った。領域評価は何回かやっているが、このCRESTは大先生が総括をされているので、それを評価するといっても、こちらが評価されているような気がした。SORSTの中間評価・事後評価会にも参画している。
15) 戦略的基盤ソフトウェアの開発
新世紀重点研究創生プラン(RR2002)の一つとして2002年に開始した「戦略的ソフトウェアの開発」プロジェクトは東大生産研において、1月27日第22回ワークショップを、2月15日に第23回ワークショップを開催した。
16) 科研費特定領域「情報爆発時代に向けた新しいIT基盤技術の研究」
喜連川優(東大生産研)が提案した表記のプロジェクト(通称「情報爆発」)は、2005年6月14日・15日の科学研究費補助金審査部会理工系委員会で採択された。2005年度から2010年度までの6年間である。冒頭で述べたよう筆者はこの理工系委員会のメンバーであった。一般論として、工学系の提案者はとかく社会的な有用性だけを強調しがちで理学系の委員からは評判が悪い。理学系と一緒の評価では、「学問的に意義がある」ということをまず述べて、「同時に社会的にも役に立つ」という論理を組み立てた方がよいと思われる。このプロジェクトは4つの研究項目(柱)からなる。
A01 情報爆発時代における情報管理・融合・活用基盤
(柱長 喜連川優 計画研究代表者 田中克己 安達淳 下條真司)
A02 情報爆発時代における安全・安心ITシステム基盤
(柱長 松岡聡 計画研究代表者 柴山悦哉 近山隆 中島達夫)
A03 情報爆発時代におけるヒューマンコミュニケーション基盤
(柱長 松山隆司 計画研究代表者 西田豊明 國吉康夫)
B01 情報爆発時代における知識社会形成ガバナンス
(柱長 須藤修)
17) 日本原子力研究開発機構
日本原子力研究所は、2005年10月1日核燃料サイクル開発機構との統合に伴い解散、独立行政法人日本原子力研究開発機構となった。計算科学技術推進専門部会は原子力コード研究委員会の下でそのまま継続し、部会長を務めることとなった。
統合以前であるが、Itanium2を2048個搭載したLinuxスーパーコンピュータSGI Altix 3700 Bx2 (1.6 GHz)をSGI社から導入し、3月に稼動した。世界最大となる13 TBの共有メモリを搭載している。2005年6月のTop500リストではRmax=11.814 TFlops、Rpeak=13.107 TFlopsで15位tieにランクしている。
日本の大学センター等
1) 東京大学(SR11000/J1)
東京大学情報基盤センターは、2005年3月10日、SR8000/128のサービスを終了し、3月25日から、SR11000/J1の試験運用を開始した。44ノード、ノード当たり主記憶128 GBで、ピーク性能は5.3504 TFlopsある。7月1日から正式運用。2007年3月でサービスを停止し、システム増強を行った。
2) 東北大学(流体科学研Altix 3700 B x2、金研NIUS Gene/S Turbo)
東北大学流体科学研究所は、2005年11月にSGI社のAltix 3700 B x2を導入した。これはItanium 2プロセッサ(1.6 GHz)1024個、12 TBの主記憶を搭載し、10 Gb Ethernetで結合している。2006年6月のTop500において、Rmax=6.01 TFlops、Rpeak=6.55 TFlopsで81位でにランクしている。同時にSX-8/64 (主記憶1 TB)も導入した。(HPCwire 2005/12/12)
3) 名古屋大学(PRIMEPOWER HPC2500)
名古屋大学情報連携基盤センターは、2005年3月、富士通からPRIMEPOWER HPC2500を導入した。コア数1644、主記憶12.288 TBで、2005年6月のTop500では、Rmax=6.86 TFlops、Rpeak=13.844 TFlopsで41位にランクされている。これまでのメインフレーム系とベクトル系を統合した形になっている。
4) 京都大学
京都大学は、2005年4月、情報環境機構を設置し、学術情報メディアセンターをその下部組織とした。
5) 東京工業大学(TSUBAME)
東京工業大学は11月29日、AMD OpteronとClearSpeedのCSX600を用いた大規模クラスタを導入すると発表した。システムインテグレータは日本電気。構築するシステムは、dual-core Opteronを8個搭載したSun Fire x64(当時は型番未定)を655ノードと、ClearSpeed Technology社のCSX600というSIMD演算アクセラレータの360ノードからなる。相互接続はVoltaire社のInfiniband 10 Gbpsである。メモリは21.4 TB、ピーク性能合計は110 TFlopsでTop500でも1桁が期待される。ファイルシステムはLustreを採用した。日本電気社のハードも一部使用している。説明会にはNEC 執行役員常務の山本正彦氏、日本AMD 代表取締役社長のDavid M. Uze氏、サン・マイクロシステムズ 代表取締役社長のDan Miller氏も来場し、同大学の取り組みに祝辞を述べた。(ASCII 2005/11/29)(HPCwire 2005/11/21) 登場したばかりのClearSpeed Technology社のSIMD演算器CSX600を大規模に導入したことは驚きをもって迎えられた。この話はSC|05でAMDとSun Microsystemsが発表し、ホットトピックスであった。日本でも11月16日ごろから報道されていた。
システムは2006年に設置されTSUBAME (Tokyo-tech Supercomputer and UBiquitously Accessible Mass-storage Environment)と命名される。かなりこじつけであるが、窓ツバメのロゴは「工大」の字を図案化したもので、1948年以来東京工業大学のシンボルマークである。
6) 千葉大学(HITACHI SR11000)
千葉大学総合メディア基盤センターは、2005年3月、情報基盤システムをHITACHI SR11000に更新した。2000年に導入したSun Enterprise 10000は撤去されたと思われる(要確認)。
7) 群馬大学
2005年4月、総合情報処理センターを総合情報メディアセンターへ改組した。
日本の学界の動き
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1) 筑波大学(シンポジウム、PACS-CS開始、CP-PACS終了、FIRST)
2005年2月16日~17日に、筑波大学大学会館国際会議室において、「第一回「計算科学による新たな知の発見・統合・創出」シンポジウム -PACS-CS プロジェクトと FIRST プロジェクト-」が開催された(写真)。2004年6月には創立シンポジウムを開催している。
2005年2月16日(水) |
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13:30-14:00 |
「筑波大学計算科学研究センターの研究計画」― PACS-CSプロジェクトの概要とFIRSTプロジェクトについて ― |
宇川 彰(計算科学研究センター) |
14:00-14:45
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「超並列クラスタPACS-CSの開発・製作」 ― Parallel Array Computer System for Computational Sciences ― |
朴 泰祐(計算科学研究センター) |
14:45-15:45 |
「ナノ物質の構造と機能のシミュレーション」 |
大野 隆央(物質・材料研究機構 |
16:15-16:50 |
「PACS-CSにおける物質・生命科学Ⅰ」 |
押山 淳(計算科学研究センター |
16:50-17:25 |
「PACS-CSにおける原子・分子・光科学」 |
矢花 一浩(計算科学研究センター) |
17:25-18:00 |
「生物分子系統進化プロジェクト」 |
橋本 哲男(生命環境科学研究科) |
18:30- |
懇親会 (大学会館レストラン「プラザ」) |
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2005年2月17日(木) |
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10:00-10:45 |
「FIRSTプロジェクトの概要」― Elucidation on the Origin of FIRST Generation Objects by HMCS-E ― |
梅村 雅之(計算科学研究センター) |
10:45-11:20 |
「FIRSTによる宇宙輻射流体力学」 |
須佐 元(立教大学理学部) |
11:20-11:55 |
「PACS-CSにおける素粒子物理」 |
青木 慎也(数理物質科学研究科 |
13:30-14:30 |
「ポストゲノム時代の計算生命科学」 |
郷 信広(日本原子力研究所) |
15:05-15:40 |
「計算メディアの新たな展開に向けて」 |
大田 友一(計算科学研究センター) |
16:00-17:00 |
「地球シミュレーターによる計算宇宙物理分野の成果」 |
松元 亮治(千葉大学理学部) |
17:00-17:35 |
「THORPEXと気象データベース構築プロジェクト」 |
田中 博(計算科学研究センター) |
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「閉会に換えて」 |
宇川 彰(計算科学研究センター) |
2005年4月、筑波大計算科学研究センターはPACS-CSプロジェクトを開始した。CP-PACSの後継機としては、コモディティのプロセッサ及びネットワーク技術を用いて、2000~3000CPU規模、ピーク演算性能10~20TFLOPSクラスの超並列クラスタを、短期に開発・製作してアプリケーションの計算ニーヅに供しようと予算獲得に動いた。これは2003年初夏から色々と検討し、メーカとの技術検討も重ねてきた。
9月29日にはCP-PACSの稼働終了式が行われた。川合先生、星野先生、中澤先生を始め日立関係者など多くの人が集まり、岩崎学長がshut downのコマンドを制御端末から入力した(実際には、すでにコマンドは打ち込まれており、リターンキーを押した)。プログラムは以下の通り。このときの記念撮影が記念誌の写真12にある。
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1日24時間、週7日間のペースで9年6ヶ月(2813日)間稼働したのは珍しいと思う。Top500には14回登場したが、2003年11月からはTop500からも脱落していた。ちなみに、NWT(数値風洞)は、1993年1月から2002年7月18日まで稼働し、Top500に18回登場した。ENIACは9年8ヶ月動いたと言われるが、夜は電源を落としていた時期もあった。CP-PACSの一部は、国立科学博物館の理工電子資料館に保管されている。
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センターの梅村雅之らは、2004年度から4年計画で、文部科学省特別推進研究 「融合型並列計算機による宇宙第一世代天体の起源の解明」を推進し、宇宙シミュレータ“FIRST”1号機の建設を進めていた。このプロジェクトでは、埋め込み型の宇宙計算専用ボード(Blade-GRAPE)を開発し、これを組み込んだPCクラスタを構成した。汎用機部分で3.5 TFlops、専用機部分で25 TFlopsの性能を3億円のコストで実現する。2年目には定例の文部科学省現地調査が行われた。筆者はたまたま科学研究費補助金審査部会の専門委員だったので、現地調査として6月9日に学術調査官らと訪問した。筆者は14年前まで筑波大にいたが、利益相反にはならないとのことであった。
筑波大学では、前年2004年の国立大学法人化以来、学術情報メディアセンターの板野肯三センター長と計算科学研究センターの宇川彰センター長とは情報環境の再編を議論してきたが、大学本部と折衝・調整の結果、2006年度からスーパーコンピュータ(当時はVPP5000)の予算を、計算科学研究センターに移管することになった。これがT2Kにつながる。
2) 東京大学(長距離記録、創造情報学専攻)
昨年のPittsburghでのSC04バンド幅チャレンジで東京大学平木敬教授らのグループが、7.2 Gb/s around the worldの速度でSingle Stream, Longest Path, Standard MTU TCP Throughputの賞を取ったことを述べた。グループはさらにInternet2が認定するネットワークの全長を20645 kmから33979 kmに伸ばすことによって、記録をさらに伸ばした。
2005年1月14日、インターネット技術を研究する産学共同の業界団体であるInternet2は、新しいInternet2 Land Speed Record (I2- LSR)と認定したことを発表した。今回の記録は、IPv4/TCPを用いた単一ストリーム、複数ストリームの2種目での世界記録として認定されており、従来の記録に比べて単一ストリームでは45%、複数ストリームでは17%の記録更新となった。研究チームは、東京大学、WIDEプロジェクト、(株)富士通コンピュータテクノロジーズ、米チェルシオ・コミュニケーションズ(Chelsio Communications)社、JGN2、APAN (Asia-Pacific Advanced Network)、カナダCANARIE(Canadian Advanced Network for Research, Industry, and Education)、オランダSURFnet、アムステルダム大学、NTTコミュニケーションズで構成されている。(HPCwire 2005/1/14) (CNET Japan 2005/5/6)
4月から、大学院情報理工学系研究科に新しい専攻として創造情報学専攻が設置された。2003年度概算要求では、「情報理工学分野におけるソフトウェアとシステム技術の創造を担う人材を育成することを目的とした1年制修士課程である創造情報理工学専攻を新設する。」という要求をしていたが、通常の2年制の修士課程となった。キャンパスは、秋葉原のダイビルの13階に新設した。これを記念して、2005年7月7日の情報理工学系研究科教授会をこの拠点でおこなった。2013年9月から農学部キャンパス内のI-REF棟(旧インテリジェント・モデリング・ラボラトリ)に移転する。
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3) 理化学研究所(MDGRAPE-3)
理化学研究所の戎崎俊一のグループはIntel社、日本SGI社とともに、分子動力学シミュレーション専用機MDGRAPE-3を開発した。右図のプロックダイアグラムは論文から。計算機ベンチャーのナベインターナショナル(茨城県つくば市、渡辺憲幸社長)が高速演算装置を理研に納入した。MDGRAPE-3のLSIは165 GFlops相当の性能で、1ノードに24個搭載し、システムは50ノードで構成されている。
佐藤克彦教授(東京大学)らのグループは、16000個の陽子や中性子の高密度集団の変形をMDGRAPE-3で解くことに成功したと2005年2月20に発表した。
4) 名古屋大学COE
筆者がアドバイザ委員の一人を務めているCOE「計算科学フロンティア」(2004年度~2008年度)は、2005年9月12日~14日、国民宿舎伊良湖神州において「計算科学夏の学校」を開催した。以下のような系統的な講義が行われた。
田仲由喜夫(名古屋大工) |
「超伝導現象の理論」 |
陰山聡(地球シミュレータセンター) |
「地球シミュレータによる固体地球科学」 |
高木隆司(神戸芸工大) |
「複雑な系をどのようにあつかうか」 |
美宅茂樹(名古屋大工) |
「計算科学によるゲノムの理解 |
5) KEK(グリッド)
2005年3月17日、KEK(高エネルギー加速器研究機構、機構長:戸塚洋二)と日本IBM(社長:大歳卓麻)は、素粒子物理の実験で取得される大量データを、インターネットを介し、国際的に協調して解析できる大規模データ・グリッド・システムの構築を発表した。具体的には、高エネルギー加速器の実験データ処理のために開発されたグリッド用ミドルウェア「LCG*2」を、IBM eServer上で稼動させ、同システムにより、KEKと国内大学、オーストラリア、韓国、台湾などの研究機関で、大量データの共有が可能となる。本格稼働は4月になる予定。
6) JST ERATO「今井量子計算機構プロジェクト」
2000年10月から始まった今井量子計算機構プロジェクト(総括責任者、東大情報理工、今井浩)は、2005年9月に終了し、9月30日に報告会があった。量子計算、量子情報、量子鍵配送、弱コヒーレント状態を用いた場合の安全性などの理論的およびシミュレーションによる研究と、量子情報システム-実現のための実験研究により種々の成果を得た。
7) JST CREST「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」
2001年に発足したCREST「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」(研究総括 田中英彦)は、5年目に入った。2001年度から始まっている中島浩(豊橋技科大)を代表者とする「超低電力化技術によるディペンダブルメガスケールコンピューティング」プロジェクトは最終年度を迎え、Transmeta社のEfficeonプロセッサ(TM-8820@1.0 GHz)を1U当たり16基を高密度実装したMegaProtoクラスタを製作し、HPLやNPB 3.1などで性能を評価した。論文がSC|05に採択され、中島浩が熱弁をふるった。展示において、デモを行ったほか、StorCloudチャレンジで実戦に用いられた。
8) 量子テレポーテーション
6月12日、古澤明(東大)らは、2個の光子のもつれた量子状態を別の光子対に転送することに成功したと発表した(“High-Fidelity Teleportation beyond the No-Cloning Limit and Entanglement Swapping for Continuous Variables”Physical Review Letters 94, 220502 (2005))。この技術は、量子もつれを利用して高速計算を可能にする量子コンピューターの回路を、大規模に発展させるために欠かせないものである。
9) コヒーレンス時間
量子計算のためには、干渉が可能なコヒーレンス時間を長く取る必要があるが、8月20日、日立Cambridge研究所(イギリス)がCambridge大学と共同で、シリコン半導体の量子ドットを用いて、量子ビット(qubit)のコヒーレンス時間を2桁改善することに成功した、と発表した。(Hitach Cambridge Lab. 2005/8/19)
10) 量子暗号
今井秀樹(東大生産研)、今福健太郎(産総研)及び三菱電機のグループは、「H.P.Yuenが2000年に発表し、量子暗号として有力とされているY-00暗号方式は、現在使われている計算量的暗号方式と同程度の安全性しかない」と発表し、日米で大論争を巻き起こしていることが9月頃明らかになった。
11) ATIP HPC Digest国内配布
1995年2月にDavid Kahanerによって設立されたATIP (Asian Technology Information Program)は、日本やアジアのHPC活動、動向を調査し、種々の形態で欧米に向けて発信してきたが、1995年2月、これまで欧米向けに発行してきた”Japan/Asia HPC Digest: High Performance Computing in Japan & Asia”(月刊)を日本国内にも無償で配布することとなった。その後、隔月刊になったようである。
12) 月刊「コンピュートピア」休刊
1967年3月からコンピュータ・エイジ社により発行されて来た月刊「コンピュートピア」は、2005年11月号をもって休刊した。
13) 世界物理年
2005年は、Albert Einsteinが3つの重要な論文(光量子仮説、ブラウン運動の理論、特殊相対性理論)を発表した1905年から100周年ということで、IUPAPが世界物理年(World Year of Physics 2005)として制定し、世界中で様々な行事が行われた。オーストリアの物理学者が提唱した「物理の光で世界をつなぐ」イベントは、アメリカのPrincetonから光信号を発信し、ほぼ1日かけて地球を一周し、それに合わせて家の電気を消すなどして光の波を現出させる計画であった。韓国の一部で、光のリレーを島根県竹島(韓国名独島)を通すアイデアが出され、日本側は当惑した。
14) 後藤英一教授死去
物理学と情報科学の両方で先駆的な業績を出された後藤英一先生(東京大学→神奈川大学、理研兼務)は長く糖尿病を患っておられたが、2005年6月12日9時7分心筋梗塞で亡くなられた。享年74歳。13日通夜、14日告別式が和田・湘南斎場で行われた。先生の活動分野の広さそのままに、物理関係者も情報関係者も多数参列したが、通夜で村井純教授(慶応大、常務理事)をお見かけした。「大のインターネット嫌いの後藤先生のお通夜に、村井さんがいらっしゃるのですか」と冗談を言ったら、「後藤先生には大変お世話になって」と言っていた。村井氏は後藤先生が東大大型計算機センター長のころ、センターの助手であった。
次回は国内での会議についてまとめる。FIT2005(Forum on Information Technology、第4回情報科学技術フォーラム)では、『スパコン日本の時代は取り戻せるか』というパネルが企画され、筆者が司会を仰せつかった。
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