新HPCの歩み(第248回)-2007年(a)-
| 次世代スーパーコンピュータは立地が神戸に決定した。概念設計評価作業部会ではベクトルとスカラの異機種混合構成図が出され、異機種統合がいかに汎用性を増し、複雑系のシミュレーションやソフトウェア資源の活用に益するところがあるかが強調されたが、評価作業部会は大もめにもめた。 |
社会の動き
2007年(平成19年)の社会の動きとしては、1/1潘基文(Ban Gimun)が国際連合事務総長に就任、1/1 EU加盟国27か国に、1/5台湾高速鉄道、板橋 – 左営間で開業、1/9米Apple社がiPhoneの初代モデルを発表、1/9防衛庁が防衛省に昇格、1/11米ブッシュ大統領、イラクへのアメリカ軍22000人増派発表、1/13千島列島東方で大地震(M8.2)、1/14フィリピンセブ島で日中韓首脳会談、1/18宗教団体「摂理」の幹部の女が不正に在留資格を入手、家宅捜索、1/20ヒラリー・クリントン上院議員が2008年大統領選への出馬を表明、1/20「発掘!あるある大事典II」で放送した納豆ダイエットの内容に不正発覚、放送打ち切りへ、1/21宮崎県知事選挙で東国原英夫当選、1/27柳沢伯夫厚労相が、「女性は産む機械」と発言、2/13北京で北朝鮮の核開発をめぐる六者会合、合意閉幕、2/16「宙に浮いた年金記録」問題報道、2/18第1回東京マラソン、2/25五代目三遊亭圓楽、引退を表明、2/27中国・上海証券取引所で株価が前日比8.84%マイナスの大暴落(上海ショック)、3/6夕張市、財政再建団体に指定、3/11米、夏時間に入る(前年までは4月から)、3/16東京地裁、堀江貴文被告に懲役2年6か月の実刑判決、3/18仙台空港アクセス線開業、PASMOとSuicaが相互利用可能に、3/25能登半島地震(M6.9)、3/30東京ミッドタウン開業、4/1「学校教育法の一部を改正する法律」施行、大学等で「准教授」の職階を制定、4/2ソロモン諸島付近で大地震(M8.0)、4/3高松塚古墳、石室解体開始、4/8統一地方選挙、4/11 PASMOが在庫不足に、4/11中国の温家宝首相訪日、4/16バージニア工科大学銃乱射事件、4/17長崎市長射殺事件、4/20 San Francisco – Oakland Bay Bridge近くの高速道路でタンクローリーが横転炎上し高速道路一部崩壊、4/23ボリス・エリツィン前ロシア大統領死去、4/26日本学者Edward G. Seidenstickerが不忍池を散歩中転倒(8/26死去)、4/27新丸の内ビルがオープン、5/6フランス大統領決選投票でサルコジが当選(5/15就任)、5/5エキスポランドのジェットコースターが脱輪し手すりに激突、1名死亡、5/8アメリカで中国から輸入されたペットフードで大量死、メラミンが混入、5/10熊本慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」運用開始、5/14国民投票法成立、5/15 NTT東日本Fletsや光電話が、14都道府県で障害、6/6-8第33回首脳会議(Heiligendamm、ドイツ)、6/12朝鮮総連本部の土地と建物が都内の会社に売却されていたことが発覚、6/19渋谷の温泉施設で爆発事故、6/26時津風部屋力士暴行死事件、6/30久間章生防衛大臣が原爆投下を「しょうがない」と発言、辞任、7/16新潟県中越沖地震(M6.8)、7/29参院選挙で民主党第一党に、8/1米Minneapolis高速道路の橋が崩落、8/2関空で2本目の滑走路供用開始、8/7江田五月が参議院議長に就任、8/16ペルー沖地震(M7.9)、8/31初音ミクが発売、9/1防衛施設庁廃止、9/12安倍晋三首相突然の辞意表明、9/12スマトラ島沖地震(M8.5)、9/26安倍首相辞任、福田康夫が首相に就任、9/29沢尻エリカ「別に…」、10/1日本で郵政三事業民営化、10/2-4第2回朝鮮半島南北首脳会議、10/12赤福の賞味期限、原材料表示偽装発覚、10/16西友平塚店で小学生がシンドラー社設置のエスカレータに挟まれ重体に、10/19パキスタンでブット元首相を狙った爆弾テロ(12/27には自爆テロで暗殺)、10/26英会話NOVAが会社更生法申請、11/2福田・小沢会談で大連立構想で合意するも、民主党から拒否され実現せず、11/14チリ大地震(M7.7)、11/28前防衛事務次官の守屋武昌とその妻が収賄容疑で東京地検に逮捕、12/13リスボン条約調印、12/19韓国大統領選挙で李明博が選出、12/24ネパール政府、王制廃止、12/27ブット元首相暗殺、など。
3月25日の能登半島地震は、最大震度6強で各地に大きな被害が出たが、七尾市の高級旅館加賀屋が大被害を1か月で復旧した話は有名である。翌年7月に結婚35周年記念旅行でたまたま泊まり、女将から直接伺うことができた。
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この年の流行語・話題語としては、「猛暑日」「ハニカミ王子」「消えた年金」「食品偽装」「ネットカフェ難民」「宮崎をどげんかせんといかん」「鈍感力」「おしりかじり虫」「サブプライムローン」など。(写真は神戸ポートアイランドにあるO2HIMAWARIより。筆者撮影)
チューリング賞は、ハードウェア・ソフトウェア産業において広く採用されているモデル検査を極めて効果的な検査技術に発達させた役割に対してEdmund Melson Clarke, Jr.(Carnegie-Mellon大学)Ernest Allen Emerson(Texas大学Austin校)、Joseph Sifakis(CNRS)の3人に授与された。発表は2008年2月である。
エッカート・モークリー賞は、スペインのMateo Valero (Barcelona Supercomputer Center)に授与された。授賞理由は、世界級のコンピュータアーキテクチャの研究とともに、ベクトル処理とマルチスレッド処理に関する萌芽的研究であった。
ノーベル物理学賞は、巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見に対しAlbert FertとPeter Grünbergに授与された。Peter Grünberg博士は2007年の日本国際賞も受賞している。ハードディクスの容量が飛躍的に増えたのは、GMRによるところが大きい。化学賞は、固体表面の化学反応過程の研究に対しGerhard Ertlに授与された。生理学・医学賞は、胚性幹細胞を用いての、マウスへの特異的な遺伝子改変の導入のための諸発見に対して、Mario Capecchi、Martin Evans、Oliver Smithiesの3名に授与された。ノーベル平和賞はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)とAl Goreが受賞。
次世代スーパーコンピュータ開発
1) 立地を神戸市に決定
2006年のところに書いたように、立地調査部会は2006年7月から活動を開始したが、2007年3月まで続いた。2007年に入ってからの活動は以下の通り。
| 2007年1月29日~2月16日 | 委員による現地調査 | |
| 2007年3月13日 | 第5回立地検討部会 | 評価結果及び報告書案の検討 |
| 2007年3月23日 | 報告書最終とりまとめ |
2007年2月21日付け毎日新聞は、次世代スパコンの立地は全国の15自治体が名乗りを上げたが、「仙台、和光、横浜、大阪、神戸」の5カ所に絞られた、と報じている。この時点では、具体的な選考基準は明らかにされていないうえ、立地場所の選考委員も「圧力がかかるのが心配」(文部科学省)として公表されていないが、「地盤の安定性」「電力やガス供給が十分か」「交通の便」「地元の協力体制」などが客観的に判断されると述べている。立地されれば、国内や海外の研究者が来ると想定できる。付加価値のある新産業創出を目指す都市ビジョンにぴったり一致する」(仙台市)、「医療産業都市構想を進めており、生命科学分野を中心とした研究で協力も可能」(神戸市)など、各自治体はそれぞれの特色をアピール。誘致合戦は熱を帯びてきた。
3月28日、理研は以下の発表を行った。
| 立地検討部会がとりまとめた「次世代スーパーコンピュータ施設立地評価報告書(3月23日)」を踏まえ、神戸又は仙台のいずれかを立地地点とすることとして総合的に評価、検討を行いました。その結果、本日、神戸(ポートアイランド第2期内)を次世代スーパーコンピュータ施設の立地地点とすることを決定しました |
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朝日新聞3月29日付けはこう報じている。神戸市は、約40億円の土地を無償貸与し、さらに拡張用地も用意するといった大盤振る舞いが功を奏した。大阪や京都など負けた周辺自治体は残念がるが、「世界一」を目指すプロジェクトが神戸に生まれることで、関西全体の経済効果への期待も高まっている。「さまざまな波及効果が期待できる」。誘致が決まった28日夕、記者会見を開いた神戸市の矢田立郎市長は、笑顔が絶えなかった。
ところがトンデモない誤報事件があった。NHKが28日早朝午前5時半からの総合テレビニュースで「仙台市に建設する」と報道してしまったのである。もちろん、同日夕方のニュースで「神戸市に決定した」と報道した後、朝の報道にふれ、キャスターが「ご迷惑をおかけしました。おわびいたします」と謝罪した。筆者はそんな早起きはしないが、工学院大学の先生の中にはこれを聞いて仙台に決まったと思い込んでいた方もおられた。いずれにせよ仙台と神戸が最終候補だったのであるが、「実は仙台に内定していたが、NHKに情報が漏れたので土壇場で神戸に変えた」のではないかなどという揣摩憶測も乱れ飛んだ。理研の発表は昼頃を予定していたが、NHKのニュース誤報があったので、時間を早めたようである。
上記の朝日新聞の記事によると、この日の朝、神戸市の誘致担当部門の幹部は気をもんでいた。NHKが「選定地は仙台市」と報じたためだ。各方面に電話をかけて真偽の確認にあたった。「内定」の一報が理研側から入ると、市役所内外の関係者に連絡を取り、電話越しに「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げた。
とはいえこのネットワーク時代に、研究拠点と設置場所は必ずしも関係がないはずで、まるでハコモノを勝ち取ったような反応に、関係者は鼻白んだ。
すぐ近くには、前年2006年3月15日に開園した「神戸花鳥園」がある。写真はそのパンフレットであるが、開園当時の最寄り駅名は「京コンピュータ前」ではなく「ポートアイランド南」であった(現在は「計算科学センター」)。花鳥園は、2014年7月19日からは「神戸どうぶつ王国」としてリニューアル。
喜んだ神戸市や兵庫県は、「県主導、地元中心で何かを」と盛り上がっていたが、全国的には当然これを警戒し牽制する動きが起こっていた。
理研は、直後の3月30日に施設の基本設計を開始し、7月31日には計算機棟実施設計を開始し、10月24日には研究棟の実施設計を開始した。計算機棟の着工は2008年3月21日、研究棟の着工は2009年1月19日である。
2) 理化学研究所アドバイザリーボード
理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部は、2006年末にアドバイザリーボードを設置した。2006年初めに文部科学省スーパーコンピュータ整備推進本部に置かれたアドバイザリーボードとほぼ委員は重なっている。委員および議事内容は以下の通り。
| 座長 岩崎洋一 | 筑波大学長 |
| 安西祐一郎 | 慶應義塾長 |
| 小林敏雄 | 財団法人日本自動車研究所長 |
| 郷通子 | お茶の水女子大学長 |
| 小宮山宏 | 東京大学長 |
| 立花隆 | ノンフィクション作家、ジャーナリスト、評論家 |
| 中澤喜三郎 | 元明星大学教授 |
| 中村宏樹 | 分子科学研究所長 |
| 日付 | 主な議題 | |
| 第1回 | 2006年12月27日 | 1.総合科学技術会議フォローアップと結果
2.概念設計中間報告結果について(内容と今後の予定) 3.立地について 4.NAREGIプログラム進捗状況と今後の予定 5.平成19年度予算案について(財務省原案内容報告) |
| 第2回 | 2007年1月31日 | 1.概念設計について(内容と方針)
2.今後のスケジュール |
| 第3回 | 2007年2月28日 | 1.第2回議事概要確認
2.システム構成案の検討状況 3.COE形成につい |
| 第4回 | 2007年3月26日 | 1.第2回議事概要案、第3回議事概要案確認
2.システム構成案の検討状況 |
3) 次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会
前項に書いたように、総合科学技術会議第63回調査専門調査会の決定により、文部科学省情報科学技術委員会に次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会が設置された。当初は数回で終わる予定であったが、議論が紛糾し結局8回も開催した。
委員名簿は下記の通り。
| 土居 範久(主査) | 中央大学理工学部 |
| 浅田 邦博 | 東京大学大規模集積システム設計教育研究センター |
| 天野 英晴 | 慶應義塾大学 理工学部 |
| 小柳 義夫 | 工学院大学 情報学部長 |
| 笠原 博徳 | 早稲田大学 理工学術院 |
| 河合 隆利 | エーザイ株式会社 |
| 川添 良幸 | 東北大学 金属材料研究所 |
| 鷹野 景子 | お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 |
| 土井 美和子 | 東芝 |
| 中島 浩 | 京都大学 学術情報メディアセンター |
| 南谷 崇 | 東京大学 先端科学技術研究センター |
| 松尾 亜紀子 | 慶應義塾大学 理工学部 |
| 米澤 明憲 | 東京大学大学院 情報理工学系研究科 |
| 西尾 章治郎 | (科学官)大阪大学大学院 情報科学研究科 |
会議は以下のように開催された。2009年事業仕分け後の情報公開請求により、この時の議事資料が公開されており、現在でも国立国会図書館のWARPに保存されている。下記の表にはリンクを張っておいた。「評価手法」や「スケジュール」など一部は企業秘密ということでのり弁状態であるが。
| 日付 | 主な議事 | |
| 第1回 | 2007年3月12日 | 次世代スーパーコンピュータプロジェクトの進捗について |
| 第2回 | 2007年3月27日 | 次世代スーパーコンピュータ概念設計の進捗について |
| 第3回 | 2007年4月12日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について |
| 第4回 | 2007年4月27日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング。渡辺の説明したスカラ・ベクトル複合案に対し、複合の必然性について強い疑問が出た。(配付資料)(議事録) |
| 第5回 | 2007年5月9日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング。田口・横川が説明。理研の提案を受け入れる方向が出た。(配付資料)(議事録) |
| 第6回 | 2007年5月21日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について、開発主体(理化学研究所)からのヒアリング |
| 第7回 | 2007年5月28日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について |
| 第8回 | 2007年6月6日 | 次世代スーパーコンピュータの概念設計に関する評価について |
| 2007年6月12日 | 次世代スーパーコンピュータ概念設計評価報告書 |
a) 第1回会議(3/12)
第1回会議で科学技術・学術審議会の委員、臨時委員、専門委員の守秘義務について事務局から説明があった。「国家公務員法に明確な規定はないものの、科学技術・学術審議会の委員等は国家公務員法上の国家公務員に当たると判断される。委員は非常勤であるが、非常勤職員にも国家公務員法第百条に規定される秘密を守る義務が課されるため、科学技術・学術審議会の委員等にも国家公務員法に定められた秘密を守る義務が課されると判断される。これに反し秘密を漏らした場合は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金刑が課される(国家公務員法第百九条)。」
これを聞いてさる委員が、「ボク、罰金の方がいいです」とつぶやいたら、文部科学省の担当者から、「それはあなたが決めることではありません」と一喝された。 これに続き、文部科学省星野利彦情報科学技術研究企画官からこれまでの次世代スーパーコンピュータプロジェクトの全体の進捗について説明があった。
b) 第2回会議(3/27)
第2回会議では、理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発本部の渡辺プロジェクトリーダーから、概念設計の進捗状況について説明があった。資料2-1によりプロジェクト全体のスケジュールや開発体制とともに、日本や海外のスーパーコンピュータセンターの調査が示された。最後に選定されたターゲットアプリケーションの紹介があった。
続いて、2006年の記事に書いたような概念設計の概要が示された。資料2-2は内容が秘密で回収資料とされた。NEC+日立チームと富士通の両者から2007年2月28日に最終報告書を受領し、12個のベンチマークテストによる性能予測が示された。二者のどちらかを選択するか、二者の案をベースに共同開発するかの結論はまだ示されなかった。
c) 第3回会議(4/12)
第3回会議は、まず3月29日の総合科学技術会議評価専門調査会において、文部科学省のこの作業部会での評価結果に基づいて総合科学技術会議としても評価を行っていく、という方針が出されたことが報告された。また、理研では概念設計の結論はまだ出ていないが、4月27日には提示するよう作業を進めているということが報告された。概念設計案を見てもいないのに、どのような評価文書を作るかについて議論した。レストランで料理が出る前に、味のアンケートを書かされているような気分であった。
議事録を見ると、筆者は、「Linpackで10 PFlopsというような固定した目標はいいが、世界最高というのは相手のあることなので、目標とするのはいかがなものか」と主張している。また、「Linpackだけではなく、現実の応用プログウラムでもよい性能が出るということの方がもっと重要ではないか」とも述べているが、いずれも無視されてしまった。これが修正されたのは「事業仕分け」後である。
また、HPC Challengeについて「HPC Challengeの28種の半数以上で世界一」という目標があった。筆者は、「28の大部分はsingle nodeの性能指標であり、応用とは関係ないのでこれを変更すべき」と主張したが、「すでに総合科学技術会議から与えられている目標だからいじれない」と却下された。これが修正されたのは第5回会議である。
d) 第4回会議(4/27)
第4回会議の資料6で、やっとシステム構成案が提示された。もちろん、極秘の資料としてである。理研としては4月24日に決定した構成案であるが、基本的には1月末には固まっていたようである。理研や文部科学省の承認手続き、アドバイザ入りボードでの議論、開発戦略委員会での議論、本部会議等を経て、詳細検討に入った。 これは二者の混合案であり、ユニットA(富士通のプロセッサ)で10 PFlops超、ユニットB(NEC+日立案のプロセッサ)3 PFlops超の異機種混合システムであった。システムコネクトは10 Gb EtherまたはInfinibandを検討中とのことであった。
筆者の見たところ、どちら側も9つのベンチマークをがんばりすぎて両システムに大差がないという結論を出してしまったために、逆に、両方とも必要だという論理が成立しなくなったところに問題があると感じた。もしアプリの種類によって両者に大きな性能の違いがあれば、得意な演算を分担することにより全体の性能を増すという説明ができたのであるが、そうではなかった。
この案は、科学研究のプロジェクトとして見ると理由付けが難しいが、国家プロジェクトの立場から、ひとつに絞ることは現時点で得策ではなく、両システムを競争して発展させることが、これからの国の基幹技術としてのスパコン技術の発展に必要であり、将来のリスクにも対処できるとの議論もあった。このあたりが理研のあるいは文部科学省の本音ではないかと思われる。
議事資料p.36によると以下のような構成である。
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両者の接続法には下図のように3案が考えられるが、理研の開発実施本部では、以下の3案を比較検討し、その結果案3を採択したとの発表であった。
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フロアレイアウトとしては、ユニットA(1900 m2)とユニットB(900m2)とシステム・コネクト部(700 m2)を、同一フロアに設置する設計になっている。
e) 複合システムの意味
資料を見ていただくと分かるが、異機種統合がいかに汎用性を増し、複雑系のシミュレーションやソフトウェア資源の活用に益するところがあるかを縷々述べている。とくに、両者を同時に用いるOn-the-fly複合シミュレーションの夢が語られている。細かい点では、3 PFlopsのユニットBは、以前FHで10 PFlopsを狙ったときのシステムの単純なスケールダウンではなく、メモリバンド幅を増強している。
しかしこれはどう見ても2つの別のシステムを共有ファイルでつないだだけのシステムで、委員からは「一つのシステムとは言えない」「二つのシステムをつなぐ必然性が見えない」「両システムの結合が、商用のネットワークというだけで、安易である」「なぜ10と3か?」「日本のお家芸のベクトルをなぜ10にしないのか」など厳しい批判の声が出た。
議事録にはないが、某委員などは「もっと上手に騙されたい」などと叫び出す始末。余りに多くの議論が出て、ヒアリングをもう一回やることになった。
f) 第5回会議(5/9)
第5回会議では、渡辺プロジェクトリーダーの他に、横川チームリーダーと田口グループディレクタからも説明があった。資料6-2に基づき「現在のシステム構成案に至った経緯」「他のシステム構成案との比較」「両ユニットのそれぞれの特徴」「統合システムの用途と機能」などについて、さらに詳しい説明があった。3人の説明により、特に専門家ではない田口氏の説明により、理研の提案に前より好意的になった感じである。筆者がかねてから言っていたHPC Challenge 28種の半分以上で世界一という目標はおかしいという主張がやっと認められ、どの性能で世界一を狙うかという議論が始まった。資料6-1別紙にHPC Challenge Benchmarkの検討結果がまとめられている。
g) 第6回会議(5/21)
第6回会議には、文部科学省から提出された性能目標の見直しが議論された。これまで、Linpackで10 PFlopsを達成して世界1位をとることとともに、HPCC (HPC Challenge)ベンチマーク28項目中半数以上で最高性能を達成するとしていたが、上記の様に議論のなかで不適当な目標であるとの指摘があった。HPCCの各項目を分析し、HPC Awardの対象となる
・Global HPL
・Global RandomAccess
・EP STREAM (Triad) per system
・Global FFT
の4項目で最高性能を達成すると変更した。これは妥当であろう。システム構成案の実現可能性、想定される利用法使いやすさ、などについて、理研から補足説明があった。
h) 第7回会議(5/28)
第7回会議では、概念設計への評価が議論された。本来、この回で評価報告書の取りまとめ作業を終了する予定であったが、もう一回開催することにした。
HPCCベンチマークに関する議論は提案がおおむね了承された。概念設計については、資料5には各委員からの意見がまとめられているが、システムとしての実現可能性は高いと評価されたが、これが十分革新的な設計になっているか、疑問の声が多かった。たとえば、「両ユニットを1つの統合システムとして利用するための自動負荷分散ソフトウェア(両ユニットの特性に合わせてアプリケーションプログラムを並列化し、処理を自動的に各ユニットに適切に割り当てるソフトウェア)の基本設計が不十分であり、現状では二つのスーパーコンピュータをネットワークとファイルシステムで接続したのみで、革新的な統合システムであるとは判断できない。」というような辛口の意見もあった。中には、「ユニットAとユニットBとの緩い結合という提案の方式は、国内3社のそれぞれのスパコン開発力を7~8年維持するための極めて高度な配慮による判断であるが納得できる。この判断がより長期的な見地から妥当であるかは、歴史に任せるしかないと思われる。」というような意見さえあった。
i) 第8回(6/6)
第8回会議には報告書の文章が議論された。筆者は所用で欠席した。複合システムの意義の論理付けについては皆苦労した。「2つの異質なシステムをくっつけたものだ」というニュアンスが出ないように配慮した。
j) 概念設計評価報告書
2007年6月12日の情報科学技術委員会に次世代スーパーコンピュータ概念設計評価報告書が報告され、公表された。13日の各紙に報道された。全文も公開されているが、骨子は以下の通り。
| 【世界最速を達成する最先端システム】
.. Linpack性能10ペタFLOPSの達成のみならず、アプリケーションの実行においても世界最高性能 .. 先端技術(45nm半導体プロセス,光インターコネクトなど)により画期的な省電力、省スペースを実現 .. 理研とメーカー3社が共同で開発 【科学技術・産業の競争力を発展させる将来型システム】 .. 高機能スカラ部と革新的ベクトル部から構成される複合汎用システム .. 複雑系問題、多階層問題などシミュレーションの革新を先導する計算環境を提供 .. 次々世代以降の開発と利用を見据え、我が国の国際競争力を牽引 【我が国の科学技術基盤となる複合汎用システム】 .. 様々なアプリケーションを効率よく実行する複合汎用システム(⇒より多くのユーザが利用可能) .. 全国の産学の研究者等の共用施設 .. アプリケーション資産を最大限活用 .. 大学等のスパコンセンターへの展開性大(⇒我が国の計算機環境を質的にも量的にも革新) |
前に述べたように、総合科学技術会議の第1回評価検討会が6月21日開かれ、ここにも報告された。第2回は7月6日に開催されたようであるが、この資料はweb上には残っていない。
NEC/日立および富士通は、7月4日より詳細設計を開始した。
4) 概念設計批判
6月の概念設計公開、9月の正式決定に対して、様々なコメントが出された。例えば元IBMの能澤徹氏は、GRAPE-DR批判とともに、このような批判を述べている。「特定処理部が達成するはずの10 PFlopsをベクトル部かスカラ部で達成することはほとんど不可能である。BG/Pは1 PFlopsで$90M程度、DARPAのHPCSの3 PFLopsの2機はそれぞれ$250Mである。次世代スーパーコンピュータがベクトルとスカラの2機構成であるとしても、1154億円は国際価格の2倍以上で高すぎる。2008年頃になれば売り出されている市販品を安く購入すればよい。」氏の現在の見解を聞きたい。
次世代スーパーコンピュータ開発の続きは次回。1年以上の時間をかけて、アプリケーション検討部会は21個のターゲットアプリケーションを決定する。次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会の報告は、総合科学技術会議で了承された。
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