世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


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7月 21, 2015

HPCの歩み50年(第48回)-1994年(c)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

IBM社はSP1に続くSP2を発表した。Intel社とHewlett-Packard社、IA-64 (Intel Architecture 64)の共同開発を発表した。他方日本電気はCMOSのベクトル並列スーパーコンピュータSX-4を発表した。

日本の企業の動き

1) 日立
6月23日、日立、スカラ並列スーパーコンピュータHITACHI SR2001を発表し受注を開始した。CPUとしてHewlett-Packard社のPA-RISCアーキテクチャのCPU (HARP-1)を自主開発し、3次元クロスバネットワークで結合した。8~128のCPUが可能である。最大23 GFlops。SR2201/CP-PACSへの一里塚と思われる。

4月28日、日立とIBMは大規模システムに関する技術協力関係の締結を発表し、CMOSベースのメインフレームとPOWER/PowerPC*アーキテクチャに基づくRISC並列システムについて協力することとなった。とくにSP1については現存の日立の販売チャンネルをつかって販売すると発表された。

2) 日本電気
11月、日本電気はベクトル並列スーパーコンピュータSX-4シリーズを発表した。これは日本電気で初めてのCMOSを用いたベクトルコンピュータであり、クロックは8 nsとSX-3に比べて遅くなったが、シングルノード(共有メモリ)で32 CPUまで、マルチノードでは16ノード、512 CPU (ピーク1TFlops)まで構成できる。最大構成は東北大学およびカナダのAtmospheric Environment Serviceの128 CPU (ピーク256 GFlops)だと思う。このマシンは国内のみならずヨーロッパにかなり売れたようである。1998年11月のTop500から主要なSX-4の設置先を示す。

設置機関 CPU数 Rmax (GFlops) 順位 設置年
東北大学 128 244 18位tie 1997
大気環境省(カナダ) 128 244 18位tie 1998
大阪大学 64 122 42位tie 1997
核融合研究所 64 122 42位tie 1997
日本電気府中工場 32 61.7 75位tie 1995
Stuttgart大学(ドイツ) 32 61.7 75位tie 1996
気象庁(オーストラリア) 32 61.7 75位tie 1997
国立環境研 32 61.7 75位tie 1997
航空宇宙技術研究所 25 48.3 114位 1997

これ以下では、20 CPUのマシンが、海洋研究機構、無機材研、豊田中央研究所に、16 CPUのマシンがデンマーク気象研究所、オランダ宇宙研究所、スイス科学計算センター、国立循環器病研究センターに、12 CPUのマシンが英国とフランスに入っている。

日本電気は、メインフレームの大型機PX7800を12月に発売した。

3) 富士通
富士通はPCW’94 (Third Parallel Computing Workshop)を11月2日に川崎市中原の富士通研究所で開催し、AP1000の成果を中心に40編の論文が発表された。招待講演は村岡洋一(早稲田大)とL. Clarke (Edinburgh)であった。当時の川崎の富士通並列処理研究センターには64ノード、256ノード、512ノードの3台のAP1000が設置され、幕張にも64ノードのマシンがあった。登録されたユーザは海外137名を含め860人とのことである。

playstation

4) ソニー・コンピュータエンタテインメント社
HPCとは余り関係ないが、12月、PlayStationを発売した。チップはMIPS R3000A。ちなみに、PlayStation2 (2000)のCPUであるEmotion EngineもMIPSアーキテクチャ(ベクトル演算ユニットを含む)。PlayStation3 (2006)はIBM PowerPCベースのCell Processor、PlayStation4 (2013)のCPUはAMD Jaguar。

 

世界の企業の動き

1) IBM
4月5日、IBMは新しいPOWERparallel System (9076 SP2)を発表。4月5日Cornell Theory Centerが1号機を買うと発表された。ノードあたりPOWER2 CPUが1個であり、Thin 1, Thin 2 (66 MHz)、Wide 1 (66 MHz)、Wide 2 (77 MHz)の4種のノードがある。最大128ノードまでと発表されていたが、実際には512ノードが可能なようである。

8月、日本IBMはSP2を民間セクターに販売を進めていくと発表。龍谷大学は10月SP2の設置を完了した。1996年11月のTop500に含まれる主要なSP2は以下の通り。

設置組織 機種 Rmax 設置年
Cornell Theory Center SP2/512 88.4 1994
IBM社内 SP2/512 88.4 1995
Mauii HPC Center SP2/384 66.3 1994
LLNL SP2/256 44.2 1996(2台)
Pacific Northwest National Lab. SP2/208 36.45 1996
NASA Ames Research Center SP2/160 27.8 1994
KTH(スウェーデン) SP2/110 20.37 1996
MCI Worldcom(米) SP2/104 19.34 1994

これ以下は、なんと116件もある。日本に設置されたものとしては、動燃(72ノード)、東京都立大(60ノード)、原子力研究所(50ノード)、統数研、分子研、東京理科大学(いずれも48ノード)、東北大学工学部(46ノード)、中央大学(42ノード)、国立がんセンター(40ノード)、キリンビール(48ノード)、工技院化学技術研究所(32ノード)、東北大学(26ノード)、国立環境研(24ノード)など多様なノード数で設置されている。

1994年12月には、第2世代のPowerPC 603とPowerPC 604が登場した。603は32-bit PowerPCアーキテクチャを完全に実装したCPUで、ローエンド向けである。組み込みシステムなどに用いられた。604はサーバにも使える高性能のチップとして設計され、4命令同時実行可能なスーパースカラ・プロセッサであった。Power Macintosh 8500/9500やMacintoshクローンなどに採用された。また、ローエンドのRS/6000サーバやワークステーションにも使われた。1996年7月にはさらに高速化されたPowerPC 604eが導入された。

Cray_J90
Cay J90
Cray-4-module
Cray-4モジュール

上記2画像出典:

Computer History Museum

2) Cray Research社
9月29日、Cray Research社、空冷の低価格ベクトルコンピュータJ90を発表した。これは;買収したSupertek Computer社の遺産であるCMOSミニスーパーコンピュータCray Y-MP ELシリーズ(1993)を発展させたものである。クロックは10 nsであるが、共有メモリで16並列の構成まで可能である。1995年3月には、メモリバンド幅を倍増し32並列まで構成できると発表。各プロセッサは、スカラ演算とベクトル演算を担当する2個のチップから構成されている。J98は8プロセッサ、J916は16プロセッサ、J932は32プロセッサである。

Cray Research社の1972年からの初期メンバーであり、COOであったLester T. Davis (64)は1994年12月31日に引退した。Davisは、Cray-1, Cray X-MP, Cray Y-MPなどの設計の中心人物であり、1990年からは取締役を務めていた。

この年、日本クレイの堀義和社長は、米国Cray Research社の副社長に任命された。

3) Cray Computer社
SC94のところで書いたように、11月、Cray Computer社はCray-4を発表した。GaAsチップを高密度に集積し、クロック1 nsで最大32CPUまで構成でき、ピーク性能64 GFlopsとのことであった。新聞見開きの大きさの構成図を配っていて、もらってきたはずだが、現在行方不明。16ページのきれいなパンフレットはある。メモリは8個のOctantに別れ、各Octantは16バンク構成。CPUは1ボードから成り、その上には、8個のmemory ranks(メモリキューらしい)、64語のベクトルレジスタ8個、スカラレジスタ8個、ベクトル演算器、スカラ演算器等々が並んでいる。今後、Cray-5。Cray-6と続いていくと強気の発表であった。

4) Intel社・HP社
Intel社とHewlett-Packard社、IA-64 (Intel Architecture 64)の共同開発を発表した。これはEPICアーキテクチャとも呼ばれ、HP社のVLIW技術を採用した。HP社は、自社のPA-RISCの後継と位置づけた。Intel 社は、x86(IA-32と呼ばれた)の後継を狙っていたようであるが、x86の64ビット化の普及により、当初の意図は実現しなかった。

その後1999年にIA-64の詳細が発表され、これを実装したItaniumが出荷されたのは2001年である。

5) Convex Computer社
Convex Computer社、共有分散メモリ並列コンピュータExemplar SPPを1994年3月15日に発表した。SPP 1000はPA-7100 (100 MHz)を、SPP 1200/1600はPA-7200 (120 MHz)を使用した。GaAsチップは5種類(Agent, crossbar, memory controller, SCI interface, I/O)が使われている。CD (Compact Design)は2~16ノード、XA(eXtended Architecture)は8~128ノード。日本では共同開発者である日本鋼管が9月から発売した。

1994年6月頃、第4世代のベクトル計算機C4を出すという発表があった。

他方、同社は1993年から四半期損失を出し続けており、会社の存続が危ぶまれた。1995年9月にHewlett-Packard社に吸収合併されることになる。

1995年11月のTop500から主要なSPPの設置機関を示す。このときはすでにHewlett-Packard社に吸収された後である。

設置機関 機種 Rmax 設置年
Mainz大学(ドイツ) SPP-1200/XA-48 3.722 1995
CILEA(イタリア) SPP-1200/XA-32 3.722 1995
Convex(アメリカ) SPP-1200/XA-32 3.722 1995
Ford Motor(アメリカ) SPP-1200/XA-32 3.722 1995
政府機関(アメリカ) SPP-1200/XA-32 3.722 1995
Kentucky大学(アメリカ) SPP-1200/XA-32 3.722 1995
Convex(アメリカ) SPP-1000/XA-64 3.306 1994
HTC(ドイツ) SPP-1000/XA-64 3.306 1995
Josef Stefan Institut(スロベニア) SPP-1000/XA-64 3.306 1994
NCSA(アメリカ) SPP-1000/XA-64 3.306 1995
Erlangen大学(ドイツ) SPP-1000/XA-48 3.306 1994
JCCWC(アメリカ) SPP-1000/XA-32 3.306 1995
The Scripps Research Institute SPP-1000/XA-32 3.306 1994
東京大学 SPP-1000/XA-32 3.306 1994
US Naval R/D Center SPP-1000/XA-32 3.306 1995
Michigan大学 SPP-1000/XA-32 3.306 1994
Johannes Kepler大学(オーストリア) SPP-1000/XA-24 2.736 1995

SPP-1200でもSPP-1000でも32プロセッサ以上は同一のRmaxを出しているが、まじめに測定していないようである。

6) Transtech Parallel Systems社
3月、イギリスのTranstech Parallel Systems社(1986年創業)、Paramid GF1 Parallel Supercomputerを発表した。これは64個までのIntel i860-XPプロセッサを用いた分散メモリ並列コンピュータである。ノード間の相互接続のためにtransputer T805を用いる。各ノードは32 MBのメモリを持つ。最大16ユーザの平行利用が可能である。

7) SGI
1994年、NASA Ames Research Centerに1987年から勤務していたHorst Simonは、Silicon Graphics Inc.のAdvanced System Divisionに移りMarket Development Managerとなった。筆者もびっくりしたが、HPCwireのインタビューに答えて、「研究者とSGIの架け橋となり、スーパーコンピュータをVAXのように使いやすいものにしたい」と述べている。SGIにいたのはわずか2年で、1996年2月にはDirector of the National Energy Research Scientific Computing (NERSC) Center Division of Lawrence Berkeley National Laboratoryとなり国立研究所に戻っている。2007年からはLBNLのComputing Sciences担当副所長。

8) Parsytec社
ドイツのParsytec社は、Parsytec GCなどtransputer を用いた様々なシステムを製造販売してきたが、T9000がなかなか発売されないので、3月、transputer T800とPowerPC 601を用いたPowerXplorerを発表した。T800は通信用、PowerPCは演算用である。これはPowerPCプロセッサを用いた最初のスーパーコンピュータであった。4ノードから64ノードまで構成でき、最大10 GFlopsのピーク性能をデスクトップで実現する。

もともとtransputerはIBMに対抗してヨーロッパで開発されていたのに、結局IBM PowerPCを使わざるを得なかったことは歴史の皮肉である。

9) nCUBE社
このころnCUBE-3の開発を進め、SC’94で展示していた。0.5μのプロセスを用いた64 bit CPUであり、クロックは50 MHzのスーパースカラであった。16 kBの命令キャッシュとデータキャッシュ、およびメモリコントロールを含む。製造は日本の半導体メーカとのことである。最大64 k (216) プロセッサまで接続でき、最大6.5 TFlops。

10) MasPar Computer社
同社は2月、ヒトゲノム関係に民間を含め8台販売したことを公表した。内4台は日本(生物資源研、かずさDNA研究所、帝人、国立がんセンター)、1台はドイツ、1台は製薬会社のSmithKline Beecham Pharmaceuticals。8台のうち4台は4000プロセッサのMP-2、残りの4台は16000プロセッサのMP-2とのことである。浮動小数演算に弱いSIMD機がこれほど売れたことは、驚きをもって受け止められた。

3月のHPCwireの報道によると、Johns Hopkins大学とHuman Genome Sciences社による大腸ガンの第2の遺伝子の発見に際し、MasPar Computer社とIntlliGenetics社が協力したとのことである。関係は不明であるが、この頃Smith-Watermanアルゴリズムを用いたMPSRCHやBLAZEというソフトがMP-2に実装されている。

11) クボタ
Kubota Pacific Computer社(カリフォルニア州Santa Clara)は、3月1日、Kenai 3300Xというデスクトップ・グラフィック・ワークステーションを発表した。CPUはAlpha21064。

12) MIPS Technologies社
6月7日、MIPS Technologies社はR8000 (75Mz版)を発表した。開発は、MIPS Technologies、東芝、Weitek である。R8000は1992年4月にMIPS社から発表されたが、1992年の中頃、SGIは同社を買収し、MIPS Technologiesという子会社とした。このチップはSGIのワークステーションや PowerChallengeなどのサーバに採用された。1994年11月のTop500では、50システムがR8000を使っていた。

13) Red Hat社
Red Hat社は、1993年に設立されたが、1994年Marc Ewingは独自のlinux distributionを作成し、Red Hat Commercial Linuxと命名した。11月3日、Red Hat Linux 1.0 配布した。

14) Netscape Communications社
1994年4月4日、James H. ClarkとMarc Lowell AndreessenはMosaic Communications社を創立した。NCSAからの異議申し立てにより、同年11月14日にNetscape Communications 社に社名変更した。1998年、AOLによって買収された。 日本法人は1995年に設立されたが、2001年に解散した。

次回は、並列ベンチャーの雄であったTMCとKSRの破綻が相次ぐ。

(タイトル画像: HITACHI SR2001 出典:一般社団法人情報処理学会Webサイト「コンピュータ博物館」)

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