世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


8月 22, 2025

理研、富士通・NVIDIAと連携し「富岳NEXT」開発体制を始動 ~AI・HPC融合で世界標準を目指す次世代スーパーコンピュータプロジェクト~

西克也 (Katsuya Nishi)

理化学研究所(理研)は次世代スーパーコンピュータ「富岳NEXT(ネクスト)」の開発体制を正式に始動した。CPUを担当する富士通、GPUを担うNVIDIAと連携し、日本の科学技術と国際的なパートナーシップを融合させた体制で世界最高性能を目指す。富岳NEXTは、現行の「富岳」を大幅に上回る計算能力を備え、シミュレーションとAIを統合した新たな計算基盤として、2030年前後の稼働を想定している。

2020年に稼働を開始した「富岳」は、TOP500で世界一を獲得するなど計算性能で高く評価されただけでなく、コロナ禍における飛沫シミュレーションやリニアモーターカーの技術開発、さらには大阪・関西万博におけるリアルタイム降水予報の実証など、社会実装面でも大きな成果を上げてきた。

しかし近年、半導体技術の進化に限界が見え始め、計算需要はAI・ビッグデータ・気候変動シミュレーションなどの分野で急激に拡大している。文部科学省研究振興局の淵上孝局長は式典で「急増する計算資源需要に応えるためには、従来の延長線を超える技術革新が不可欠。富岳NEXTには、科学研究だけでなく産業や社会に直結する新たな成果が強く期待されている」と強調した。

 

理研・富士通・NVIDIAによる三者連携

理研は、これまで「京」「富岳」といった日本のフラッグシップスパコンを開発・運用してきた中心機関である。今回の富岳NEXTでは、以下のように役割を分担する。

  • 理化学研究所:開発主体。システム設計・ソフトウェア・アルゴリズムの開発を統括
  • 富士通:CPUおよびシステム全体設計を担当。富岳で培ったArmベースCPU「A64FX」に続く次世代プロセッサを開発
  • NVIDIA:GPU(アクセラレータ)部を担当。世界トップクラスのGPU技術を理研・富士通と共同設計し、AI性能を飛躍的に強化

この三者連携は、単なるベンダー調達にとどまらず、共同で新しい計算技術を創出する点に特徴がある。理研計算科学研究センター(R-CCS)の松岡聡センター長は「今回は既製品を組み合わせるのではなく、富士通とNVIDIAが世界最高性能を目指すCPUとGPUを共同で設計し、理研がソフトやアルゴリズム面から統合する。富岳NEXTは“Made in Japan”ではなく、“Made with Japan”の象徴となる」と述べた。

富岳NEXTの技術的なゴールは極めて野心的だ。今回の記者発表では、富岳NEXTの性能目標として以下を掲げている。

  • アプリケーション性能:最大100倍
  • AI処理性能:600 ExaFLOPS以上

 

松岡センター長は「ハードウェアの進化だけでは達成できない。アルゴリズム革新やアプリケーション最適化を組み合わせ、総合的に富岳比100倍の実効性能を狙う」と説明する。これは、従来の「京」から「富岳」への100倍向上と同じ飛躍を再び実現することを意味している。

特にAI性能の強化は従来のスパコン開発にはなかった要素だ。GPUを軸にAIとシミュレーションを融合することで、創薬や気候変動予測、材料開発など多様な分野で新しい知見を生み出すことが期待されている。

富士通は、富岳NEXTで投入するCPUを世界最高水準のAI時代対応プロセッサと位置づける。富士通システムプラットフォーム担当のヴィヴェック・マハジャン副社長は「我々はメインフレーム以来CPU開発を続けてきた。富岳NEXTでは富士通が設計する新プロセッサを核に、オープンでスケーラブルなアーキテクチャを実現する。これは日本のAI基盤だけでなく、世界市場にも展開できる」と強調した。

同社は量子計算やクラウド技術とも連携させることで、富岳NEXTを「総合コンピューティングプラットフォーム」として発展させる方針を掲げる。富岳で得た経験を活かしつつ、省電力性やセキュリティなどデータセンター需要にも対応するという。

世界のAI産業をリードするNVIDIAが、国策スパコン開発に正式参画するのは今回が初めてだ。同社副社長のイアン・バック氏は「理研・富士通と協力し、科学と産業の双方に革新をもたらすスーパーコンピュータを構築する。我々のGPU技術を、富岳NEXTの設計に合わせて最適化していく」と述べた。

NVIDIAの参加は単なるアクセラレータ提供にとどまらず、アルゴリズム開発やソフトウェアエコシステムの拡充にも寄与すると期待されている。AI処理の飛躍的な強化はもちろん、国際標準化や産業界への普及にも大きな効果をもたらすだろう。

「Made with Japan」が意味するもの

理研の五神真理事長は「富岳NEXTは、日本が独自に築き上げる“Made in Japan”のプロジェクトではなく、志を同じくする国際的パートナーと協働する“Made with Japan”である」と強調した。これは、日本の技術を核としつつ、世界の知を結集して未来を切り開く姿勢を表す。

実際、今回のプロジェクトは米国エネルギー省(DOE)との連携や、欧州との研究協力とも接続しており、国際的な計算科学エコシステムの一翼を担うものと位置づけられている。日本国内の半導体戦略とも連携し、ラピダスが目指す先端半導体の実装モデルケースとなる可能性もある。

2025年度には基本設計が進められ、その後試作・実証を経て、2029〜2030年ごろの本格稼働が目標とされている。総事業費は現時点で未定だが、過去の京や富岳の例から見て、1,000億円規模に達する可能性がある。

理研、富士通、NVIDIAの三者が挑む富岳NEXTは、単なるスパコン開発にとどまらず、AI・量子・シミュレーションを統合した「次世代の計算基盤」として構想されている。科学研究の加速だけでなく、産業競争力や国際的な技術標準化、さらには人類共通の課題解決に向けた基盤となることが期待される。

「京」「富岳」に続く日本の新たな国家的フラッグシップ「富岳NEXT」。理研の知見、富士通のCPU技術、NVIDIAのGPUとAIエコシステムが結集することで、これまでにないスーパーコンピュータが生まれようとしている。その歩みは、単なる国産スパコンの進化ではなく、国際的な協創による「世界標準」への挑戦である。2030年代を見据えたこの挑戦は、日本の科学技術の将来だけでなく、世界の持続可能な発展にも大きなインパクトを与えるだろう。