世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


2月 20, 2017

HPCの歩み50年(第110回)-2004年(g)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

SCはますます拡大していく。今年はstorageの重要性を重視したとのことである。日本からの研究展示は20件。また去年に引き続いてChina/HPC Workshopが近くのホテルで開催された。

SC2004

SC2004: High Performance Computing, Networking and Storage Conference国際会議(通称 Supercomputing 2004) は、17回目の今年、”BRIDGING COMMUNITIES”のテーマのもとで、ペンシルバニア州PittsburghのDavid L. Lawrence Convention Center で11月6日(土)から12日(金)まで開催された。1996年もやったのでPittsburghは2回目である。昨年まではHigh Performance Networking and Computing Conferenceという名称であったが、今年は初めて “storage” ということばが正式名称に入れられ、computingが先頭に出た。詳しくは筆者の報告を見てください。ACMから会議録が発行されている。

1) 全体像
昨年は空前の参加者、総展示数となったが、今年も総参加者7900人、展示266件であった。Technical programは9日(火)からであるが、会議そのものは6日(土)から始まっている。Education Programは6日から始まった。Education Programは年々盛んになっているようであるが、何か別の会議のような感じになってしまった。7日(日)と8日(月)にはチュートリアル(23件、全日は18件、半日は5件)が行われていた。会議に附属して、独立に組織されたいくつかのワークショップも開催された。6日(土)には1件、7日(日)には2件、8日(月)には2件、12日(金)には3件があった。

Access Grid技術をつかって、世界中にこの会議の様子を双方向に中継するSC globalは、2001年に始まり、2003年には大きく広がった。今年は世界の人の住む全6大陸を結んでいると自慢していた。一般のテクニカルプログラム、パネル討論、BoF会議を中継した他、SC Global独自のプログラムが用意されていた。SC Globalの基調講演としてLarry SmarrとHarry E. Gruberの講演があり、その後いろいろなセッションが続いた。双方向と言っても、世界各地から発言するのはなかなか難しい。昨年、評判になった産総研のグリッド・カラオケはやらなかったようだ。

今年の会議名称にstorageが入ったが、今年はStorCloudという新しい試みが行われた。これは”A High Bandwidth Storage Area Network Initiative” であり、高性能の記憶技術を披露するために、800 TBの異機種のランダム・アクセス装置を展示会場内に設置し、これをユーザと2.3 TB/sのネットワークで結んで提供しようというものである。このため、23の会社、多数の大学や研究所が協力したという。StorCloud Challengeというコンテストでは、10ほどのグループが利用を競い、4グループが賞を授与された(11日の授賞式の記事を参照)。またchallenge以外でも6件の応用がStorCloudを利用した。

もう一つの今年の趣向は、InfoStarで、筆者もよく理解していないが、この会議の多様な側面についての情報をリアルタイムに参加者に提供し、会議全体に関する検索可能な知識ベースを作るんだそうである。

2) 企業展示
主催者発表によると、今年は企業展示160件、研究展示106件があった。数え方は難しく、Directoryとは若干異なる。これらが適当に混じって所狭しとブースを出している姿は壮観である。総面積は236000ft2 (22000m2)で、去年よりひとまわり広い。これまでで最大とのことである。東西に長く300mくらいはあろうか。端から端まで歩くと相当くたびれる。展示会場は2階、セッション会場は3階と4階である。

Directoryを分析すると、短い説明だけからは何の会社かよく分からないが、PCクラスタ関係が20社ほどあり、従来も多かったが今年は特に目立った。多くは新顔のようである。ベストシステムズ・ニュースの分析によると、これまで10万人が来訪していたCOMDEXがなくなったためではないかということである(後述)。ネットワーク関係が十数社、ストレッジが10社というところであろうか。それに比べてOS, コンパイラ、応用などのソフトウェアの会社が減った印象である。もちろん、常連のコンピュータベンダが元気よく参加していたことはいうまでもない。今年元気がよかったのはアメリカ勢、とくにIBM、SGI、Crayなどである。とくにIBMはBlueGene/LでTop500の首位を挽回し、意気が上がっていた。それに比べて日本のF, N, H の3社は心持ち勢いに欠けていた印象である。全部見たわけではないか気が付いたところから。

a) IBM社
IBMはBlueGene/Lで盛り上がっていた。これは、分子動力学シミュレーションを目標に、PowerPC coreを高密度に実装したMPPで、フルサイズの1/4のモデル(16ラック)で地球シミュレータを凌駕するLinpack性能を出した。BlueGeneは演算能力の割にメモリが比較的小さい。元々のBlueGene/Petaの設計では、Petaflopsの演算性能に対して、主記憶は500 GB、すなわちF/B=2000であった。BlueGene/Lはそれほど極端でなく、peak 90 TFlopsに対して4 TBで、F/B=22である。ちなみに地球シミュレータはF/B=4である。BlueGene/Lは、compute-intensiveな問題に特化した計算機と言える。どこまで応用を広げられるかが問題であろう。正直のところLinpackでこれほどの性能を出したのは驚きであった。SGIとの「場外乱闘」など詳しくはTop500の項を参照のこと。9月の報道によると、産総研の生命情報科学研究センターが来年2月にBlueGene/Lの4ラックモデル(peak 22.8 TFlops)を導入するとのことである。

汎用的な計算機としては、1.9GHzのPOWER5搭載の新クラスタサーバp5-575が披露された。これはシングルコアのPOWER5を2Uの筐体に8個実装したものである。かなりの高密度実装である。最大64ノードまで接続可能とのことである。ASCI の最終マシンであるASCI Purple (100 TFlops, LLNL)は、この技術を使って構築されるようである。POWERだけでなく、Intelのチップを使ったマシン、Opteronを使ったマシンなど多様な機種を展示していた。またIBMは、StorCloudに150 TBのディスクを提供した。

b) Cray社
Cray Inc.は、昨年は冷媒噴射冷却のベクトル計算機X1が目玉であったが、今年はRed Stormの技術を商品化したXT3やOpteron-baseのXD1を導入し、アメリカの市場に販売契約を増やしているようである。XT3は最大144 TFlopsまでいけるとのこと。「ベクトルとスカラーの両方を作っているアメリカで唯一の会社」ということが売りのようである。

c) SGI社
SGIは、SC2004の直前に、20台のAltixで構築された10,240プロセッサ構成のNASA Columbiaシステムが、日本の地球シミュレータを凌いで、世界最速のスーパーコンピュータとしての地位を一瞬獲得し、意気が上がっていた。Top500の記録としては、ゴール直前にダークホースのBlueGene/Lに抜かれてしまったが、画期的な記録である。SGIはMIPSからItanium2に完全に移行したようである。また、SGI は、SC2004のStorCloudイニシアティブに参加した。

d) 日本電気
NECは新しいベクトル計算機SX-8を宣伝していた。地球シミュレータやSX-6のチップと比べると、クロックが倍になっている。それだけでなく、Itanium2ベースのサーバExpress5800/1000やTX 7 も展示していた。

e) 富士通
富士通は、PRIMEPOWER HPC2500が主力である。あと、Infiniband製品も出していたような気がする。

f) 日立
日立はSR11000サーバが中心で、Itaniumu2サーバも出していた。

例年のごとくTechnical programとは独立にExhibitor Forumが火水木とあり、展示出展企業が30分ずつ講演した。このほか、各展示ブースでは企業展示でも研究展示でも、プレゼンテーションがひっきりなしに行われており、とてもつきあいきれない。

3) 研究展示
研究展示のうち日本からは20件であった。去年より多いが、複数でまとまって出展しているところもあるので、数はあまり意味がない。名前を挙げると、産総研、筑波大学計算科学センター(中島CRESTを含む)、大阪大学サイバーメディアセンター、同志社大学、愛媛大学、GRAPE プロジェクト、東北大学流体研、東大生産研、ITBL、原子力研究所計算科学推進センター、海洋科学技術センター地球シミュレータセンター、JAXA、九州大学情報基盤センター、LAセミナー、NAREGI、理研、RIST、埼玉工業大学、埼玉大学、東京大学(平木グループ)である。昨年と比べると、愛媛大学、九州大学、LAセミナー(長谷川秀彦、張紹良両名が主宰する線形計算セミナー)は新顔、地球シミュレータは復帰した。北陸先端大学や奈良女子大は単独では出さなかったが、ITBLの一部として出展したとのこと。だいたい常連が出来つつある。参加することに意義があることはいうまでもないが、今後はどのようなメッセージを世界に発信するのかが問われるであろう。

筑波大、東大などの隣には十近いアメリカの大研究機関が軒を連ねて壮観であった。特にNASAは、SGI製のColumbiaでTopを取るはずだったのに、取り損なったが、意気が上がっていた。

4) Technical Papers
SCというとどうしても展示やイベントなど華やかなものに注目があつまるが、レベルの高い査読による原著論文(technical papers)は言うまでもなく重要な部分である。今年のプログラム委員会には日本から松岡聡(東工大)がNetworking Area Chairとして入っていた他、朴泰祐(筑波大学)と下條真司(大阪大学)がメンバーに入っていた。

論文では今年は200件の投稿から60件が採択された。日本が関連した発表としては、次の3件である。

・“Early Experience with Aerospace CFD at JAXA on the Fujitsu PRIMEPOWER HPC2500”
Yuichi Matsuo (Japan Aerospace Exploration Agency), Masako Tsuchiya (Japan Aerospace Exploaration Agency), Masaki Aoki (Fujitsu Limited), Naoki Sueyasu (Fujitsu Limited), Tomohide Inari (Fujitsu Limited), Katsumi Yazawa (Fujitsu Limited) CFDにおけるPRIMEPOWERの性能評価。
・“Inter-Layer Coordination for Parallel TCP Streams on Long Fat Pipe Networks”
Hiroyuki Kamezawa (Fujitsu), Makoto Nakamura (University of Tokyo), Junji Tamatsukuri (University of Tokyo), Nao Aoshima (University of Tokyo), Mary Inaba (University of Tokyo), Kei Hiraki (University of Tokyo), Junichiro Shitami (Fujitsu Lab.), Akira Jinzaki (Fujitsu Lab.), Ryutaro Kurusu (Fujitsu Computer Technologies), Masakazu Sakamoto (Fujitsu Computer Technologies), Yukichi Ikuta (Fujitsu Computer Technologies) TCPの通信速度を向上させるための提案と評価。平木らはこの技術でBandwidth Challengeの賞を受賞した。
・“A 15.2 TFlops Simulation of Geodynamo on the Earth Simulator ”
Akira Kageyama (Earth Simulator Center, JAMSTEC), Masanori Kameyama (Earth Simulator Center, JAMSTEC), Satoru Fujihara (Earth Simulator Center, JAMSTEC), Masaki Yoshida (Earth Simulator Center, JAMSTEC), Mamoru Hyodo (Earth Simulator Center, JAMSTEC), Yoshinori Tsuda (Earth Simulator Center, JAMSTEC) 地球の中の電磁流体力学のシミュレーションを、Yin-Yangグリッドで離散化して高速に計算した。Grodon-Bell賞のfinalist。

5) China HPC Workshop
SCのワークショップの一つとして、去年に引き続いてChina/HPC Workshop、正式には、2nd Annual Workshop: High Performance, Cluster, and Grid Computing in China (in conjuction with SC2004)が、6日土曜日に、会議場近くのOmni William Penn Hotelで開かれた。主催はATIP (Asian Technology Information Program, D. Kahaner)。$175の会費を別に徴収していた。中国から若手をはじめ多くの参加者があり、アメリカ人もかなり参加していた。

中国のHPCへの意欲はものすごいもので、1~2 TFlopsのマシンは各地にごろごろしている感じである。基幹ネットワークは今のところ2.5 Gbpsであるが、10 Gbpsになる日も遠くないであろう。もたもたしていると日本は遅れてしまう。去年はTop500の第14位に Chinese Academy of Science “DeepComp 6800″というItanium2ベースのLenovo(聯想)社のマシンがランクされていたが、これは今年は38位に落ちてしまった。その代わり、6月には10位にランクインしたShanghai Supercomputer Centerの Dawning 4000Aが第17位。製造はDawning(曙光)社。これは Opteron 2.2 GHz 2560個をMyrinetで結合したもので、ピーク11 TFlops、Linpack 8 TFlops の性能を持っている。

まず主催者の一人でもあるG. Li 博士(Chinise Academy of Sciences, Beijing) が、「開発途上国にとっての費用効率比のよいHPCとIT」と題して基調講演を行った。続いて、中国の国家プロジェクトということで、Z. Xu 博士 (Chinese Academy of Sciences, Beijing) がChina National Grid Project について、H. Jin教授(Huazhong University of Science and Technology, 華中科技大学)がChina Education and Research Grid Projectについて、Y. Sun博士(Chinese Academy of Sciences, Beijing)がVEGA (China NSF e-Science Grid Project) について紹介した。非常に意欲的な複数のプロジェクトが進んでいるようである。ただ外から見ると、それらの間の関係がよく分からない。休憩後、種々の応用分野の話、大学環境でのグリッドの話などがあった。

昼食後は、例のDawning 4000Aの紹介、Blue Whale Network Storage System (青い鯨がロゴ)、Grid Computing Environmentの話、Network Storage、Grid Serverの話などがあった。そのあと、ベンダーからということでDawningの話を(社長が来られなかったので)Xuさんが代わりに紹介したり、Deep Comp(去年の14位)の話があった。

最後にZhue, Zhuang, Z. Xu, Kahaner, Li, Jinの6人のパネル討論が行われた。フロアからは、中国にHPCのISV (independent sottware vendor)はあるかとか、Linuxへの流れはどうかとか、なぜacademyから産業界に技術移転がなかなか起こらないのか、など鋭い質問が飛んだ。

後日談であるが、12月4日(土)になって、IBMが聯想有限公司(Lenovo)にパソコン事業を売却するという観測がWSJやNYTで流れ、8日(水)には17.5億ドルで売却されることが正式に発表された。IBMは聯想の大株主になるので、聯想がIBMの傘下に入ったという見方もできるが、いずれにせよ中国のコンピュータ産業の勢いを感じる出来事であった。

6) Sun HPC Consortium
6日(土)と7日(日)には、会場に近いMarriot City Center Hotelにおいて、Sun HPC Consortiumが開かれた。筆者は、6日にはChina HPCに出ていたので、7日だけ参加した。

7日(日)の午前中は、Grid and Portal Computing、Computational BiologyおよびApplication Performanceの3つの分科会に分かれた。筆者は1番目の分科会に出たが、そこではアメリカやヨーロッパの研究用のグリッドの現状が話されるとともに、Sunとしての取り組みが紹介された。

午後はまた主としてアメリカのSun userの大学のグリッドやクラスタの事例が紹介された。Phil Papadopoulos (SDSC)は、「私は、Sunの副社長のGreg Papadopoulosの弟だから、Sunの悪口をいう権利を持っている」などと冗談を言いながら、クラスタ構築の話をした。

7) 開会式
前日のGala Openingに引き続いて、9日(火曜日)の8:30から開会式があった。まず組織委員長のJeffrey C. Huskamp博士(Maryland 大学副学長)が挨拶した。今年は今日までで7000人以上が登録し、47カ国から、またアメリカ合衆国では48州から参加者がある、と豪語した。続いて、Dennisとかいう地元のネットワーク会社の人らしい人が、町の紹介をし、Pittsuburgh Digital Greenhouseについて話した。次に、Allegheny郡の郡知事らしい人が、ピッツバーグはもはやsmoking cityではなく、多くの大学があり、多くのスピンアウト会社のあるハイテクの町であることを強調した。続いて、ピッツバーグ市長Tom Murphyが、先週末にフットボールで勝ったと高らかに自慢し、あちこちの橋(これが交通渋滞の元)には膨大なケーブルが通っていると述べた。ここの展示場は、アメリカ最大の柱のない屋内展示場であると言っていた。本当か? さらに、Pittsburgh city is an environmental success story と述べた。

続いて組織委員長が、今回のSCの特徴を述べた。今年はstorageの重要性を重視した。technical programとしては、まず原著論文の投稿が660もあったということである(聞き違いかも知れない)。応用を中心としたMasterworksも8セッション設けた。展示会場は面積最大で、企業展示が106件、研究展示が160件である。SC Globalではついに人間の住む6大陸全部をライブでつないだことを強調した。今年の二つの新しい試みは、StorCloudとInfoSTARである。SCinetはこれまで最大のバンド幅を有している。17本の10 Gbpsラインで外につながっている。

来年の組織委員長Bill Kramer (NERSC)が来年の会について予告をした。タイトルは、”Gateway to Discovery”、場所はSeattle、日程は11月12日~18日。会議場は新しく、今年のよりちょっと大きいという。また歩く距離が長くなる。

次回は、基調講演、招待講演、Top500などについて。

(タイトル画像:SC2004ロゴ  出典:SC2004ホームページ)

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