世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


2月 5, 2018

HPCの歩み50年(第149回)-2008年(b)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

2005年から開催されている「次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム」は人材育成をテーマとして開催された。ポスターセッションで受賞した3名の若手がSC08レポーターとして派遣された。この年、計算科学振興財団(FOCUS)が設立された。「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクトが発足し筆者はPOを務めた。

次世代スーパーコンピュータ開発(続き)

7) 次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2008

 
   

理化学研究所 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部は、「次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2008 -次代を担う世界水準の人材育成に向けて-」を、2008年9月16日~17日に東京丸の内の明治安田生命ビル内MY PLAZAホール及びMY PLAZA会議室で開催した。4回目の開催である。筆者は再びポスターセッション審査委員会の委員長を務めた。参加者は一般422名、ポスターセッション30名、講演者等49名であった[写真はポスターセッション風景]。受賞者は以下の通り。

 

最優秀賞 優秀賞 優秀賞 特別賞
斎藤 貴之 萩田 克美 牧野 浩二 佐藤 義永

 

最優秀賞、優秀賞を受賞した3名がSC08レポーターとして参加し出張報告を公開した。

シンポジウムでは、下記の5つの分科会が行われた。

分科会A 次世代の産業界をリードする人材育成を目指して
分科会B 計算機科学と計算科学の学際融合
分科会C 生命体統合シミュレーション
分科会D ナノ統合シミュレーション
分科会E 粒子・原子核・天文宇宙

 

最後に提言をまとめた。

                                                提     言

  計算科学は、「予測の時代」である21 世紀の科学技術や先端産業を牽引する基盤である。これまで我が国がこれらの分野で果たしてきた役割を継承し、さらに発展させていくためには、「予測の時代」を担う人材を輩出し、その活躍の場をこれまで以上に拡げていくことが必要である。
  21 世紀の科学技術を牽引する計算科学は、計算機科学と様々な科学技術領域の有機的・効果的学際融合により、新たな革新的分野に発展すべきであり、それを支える人材とその育成を求めている。新しい学術分野の創成や、イノベーションによる産業の国際競争力の強化に果敢に取り組む世界水準の人材は、これからの我が国、ひいては人類社会の発展に大きく貢献していくことになろう。
  以上の認識の下、このシンポジウムでは次世代スーパーコンピュータ開発利用プロジェクトを一つの契機に、次代を担う人材の育成に積極的に取り組む必要性を共通の理解として、以下のような取り組みを強力に推進すべきである旨提言する。

一、 教育、人材育成プログラムの多様な展開
  21 世紀の学術の展開を見据え、計算科学・計算機科学、さらにはその融合による新たな学術分野の展開を追究する研究科や専攻、教育研究の中核となる研究センターの設置が進展しつつある。また、大学院教育改革支援プログラムなどを活用したユニークな人材育成も進められている。
  今後、進展する科学技術、産業の要請に適切に対応していくためには、将来の活動を支える人材に求められる素養を明らかにし、人材育成に係る関係者間でこの認識を共有することが必要である。大学・大学院教育では確実にその素養を身に付けさせるべきである。
  さらに、数理科学など関連する他分野との連携、国内の大学・研究機関間の連携、国際協力等の国際的視点を重視しつつ、計算科学と計算機科学の融合と、その推進を担う人材の育成を目指した教育研究プログラム、学際融合型プロジェクトの具体化、制度整備を強力に推し進めることが必要である。
  このため、大学・研究機関の取り組みの一層の深化、全体としての多様化、その規模の拡大と分野を超えた連携を積極的に推進し、教材の開発・共有、単位互換など大学・研究機関間における具体的な協力を促進すべきである。また、計算科学、計算機科学などの異分野の融合を担う人材の重要性を認識し、人材のキャリアパスを保証することにより、人材を継続的に確保する必要がある。

一、 人材育成に係る一層の産学の連携促進
  人材育成における大学・研究機関間の協力はもとより、「実践力」の涵養を目的とした教育への人的な貢献や、インターンシップの充実・促進、共同研究の実施などを通じた大学・研究機関と産業界との間の相互協力を加速すべきである。さらに、このような活動を進めるために、大学・研究機関と産業界の相互理解を深め、大学のシーズと企業のニーズを共有・理解する場を作る必要がある。
  また、産業界のスーパーコンピューティング技術の利用を促進し、それによってキャリアパスが確保されるという、人材の育成・確保の「正のスパイラル」を確立することも必要である。このため、次世代スーパーコンピュータ利用に係る「戦略的研究開発プログラム」において、大学と産業界との連携を加速するための戦略分野を設定するなど、次世代スーパーコンピュータをはじめスーパーコンピューティング技術の利用による成果を、速やかに創出するための具体的な措置を講じるべきである。

一、 拠点形成における人材育成機能の明確化・具体化
  次世代スーパーコンピュータ開発利用プロジェクトは、次世代スーパーコンピュータ施設を中核とした研究教育拠点の形成を一つの目標としている。拠点形成に係る検討にあたっては、人材育成機能を明確化するとともに、計算科学に関する拠点や大学の情報基盤センターとの具体的な連携協力のあり方などを含め関係機関が担うべき役割を早期に具体化する必要がある。特に、利用のあり方については、産学官を問わず、大学や大学院学生を含む若手研究者・技術者の利用機会の確保と、利用にあたっての支援体制などの充実を図るべきである。

2008年9月17日

次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2008
参加者有志一同

 

8) 計算科学振興財団(FOCUS)設立
次世代スーパーコンピュータを神戸に建設するという決定を受けて、2008年1月、兵庫県、神戸市、神戸商工会議所の出捐により財団法人計算科学振興財団(FOCUS, Foundation for Computational Science)が設立された。その趣旨は、現在のHPによれば、スーパーコンピュータ「京」の活用を図るため、研究開発や産業利用の推進ならびに広く普及啓発を行うことにより、計算科学分野の振興と産業経済の発展に寄与することであった。ただし「京」という愛称が決まるのは2010年である。企業コンサルテーションにより潜在的なHPC利用需要を掘り起こすとともに、企業のシミュレーション技術の高度化を支援した。また、実践スクールや研究会などを通じて、企業技術者のHPC技術の習得・向上に貢献し、コミュニティ形成に向けた基盤の構築を行ってきた。

2008年4月21日、下妻・関経連会長と水越・神戸商工会議所会頭が呼びかけ人となり、理化学研究所が神戸市に建設している次世代スーパーコンピューター施設の全国規模での活用を促すことを目的として、次世代スーパーコンピュータ利用推進協議会設立総会が開催された。1月に設立された計算科学振興財団を支援するとともに、次世代スパコンの活用に係る研究会活動等を行う産業界を中心とした会員組織である。設立総会では会長に水越・神戸製鋼所会長を選任、副会長、監事を選任した。

2008年12月11日、FOCUS主催で、産官学ユーザーネットワーク研究会が阪急グランドビルで開催された。筆者は依頼されて「シミュレーションとは何か」という講演を行った。企業からの参加者から自社におけるコンピュータの利用状況について報告があったが、印象的だったのは、企業では商用ソフトを買って動かすだけかと思っていたら、社内でソフトを開発して利用することも少なくない(とくに材料関係)ということであった。

日本政府の動き

1) 文部科学省人事
2008年に文部科学省文教施設企画部で贈収賄事件が発覚し、4月4日に文教施設企画部長と企業関係者が逮捕された。これを受けて、渡海紀三朗文部科学相は7月11日、同日付発令の大幅な文部科学省幹部人事異動を発表した。文部科学省審議官は、林幸秀氏に代わって理研の理事であった坂田東一氏が就任した。氏はその後、2009年7月~2010年7月に文部科学省事務次官。またスーパーコンピュータ整備推進室長の関根仁博氏は経済産業省に出向し、後任は井上諭一氏となった。

2) 文部科学省研究計画・評価分科会
文部科学省の科学技術・学術審議会の研究計画・評価分科会は2008年中に3回開催された。

  日付 主な議題
第26回 2008年2月5日 1.平成18年度で終了した研究開発課題の事後評価結果について
2.研究計画・評価分科会における評価の進め方について
3.平成20年度予算案について
4.iPS細胞研究等の加速に向けた取組について
5.戦略的創造研究推進事業の平成20年度の戦略目標について
6.平成19年度科学技術振興調整費の評価について
配付資料)(議事録
第27回 2008年6月24日 1.平成21年度の各研究開発について
2.科学技術の振興に関する年次報告について
3.研究開発力強化法の概要について
配付資料)(議事録
第28回 2008年8月29日 1.重点課題等の評価結果について
2.平成19年度で終了した研究開発課題の事後評価結果について
3.長期的展望に立つ脳科学研究の基本的構想及び推進方策について
4.平成21年度の我が国における地球観測の実施方針について
5.地球環境科学技術に関する研究開発の推進方策の見直しについて
配付資料)(議事録

 

第28回では、将来のスーパーコンピューティングのための要素技術の研究開発プロジェクトの事後評価が報告されている。

3) 「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクト
文部科学省では、「次世代IT基盤構築のための研究開発」の一つとして、2008年度から2011年度末まで4年間にわたって「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクトが実施された。これは、「研究室レベルのコンピュータからスーパーコンピュータまで、規模も処理能力も異なるコンピュータを組織や階層をまたいで効率的・効果的に利用するためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発を行う。これにより、大学等を含め全国に散在する様々な計算資源をユーザがそのニーズに応じてストレスなく利活用できるe-サイエンス基盤の構築を可能とする。」ことを目的とし、以下の2つのテーマで研究開発を行う。

(1)「高生産・高性能計算機環境実現のためのシステムソフトウェアの研究開発」
研究室レベルのPCクラスタ、大学・研究機関等のスーパーコンピュータシステム、次世代スーパーコンピュータにおいて、より上位の計算資源を活用しようとした場合に、プログラムを改変せずに各環境で最適に実行するためのシステムソフトウェア(コンパイラ、ライブラリ等)
(2)「計算資源等の効率的な利用を実現するためのグリッドソフトウェアの研究開発」
NISにおいて運用されているグリッド環境と連携することにより、LLS間あるいはNIS-LLS間でデータ共有や計算資源の効率的な活用等のために必要な仮想組織の構築を可能とし、かつ各応用分野の研究者でも運用が可能なグリッドソフトウェア

筆者はこのPO (Program Officer)となるよう依頼された。プロジェクトの支援はJSTが行う。審査検討委員として以下の6名の有識者にお願いした。)

青柳 睦(九州大) 岩野和生(IBM) 小長谷明彦(東工大)
中田登志之(NEC) 本多弘樹(電通大) 米澤明憲(東京大)

 

5月13日から課題を公募し、第1回目の審査検討会(提案ヒアリング)が6月27日に開催された。上記2つのテーマにそれぞれ3件ずつの応募があったが、以下の課題が採択された。

(1) シームレス高生産・高性能プログラミング環境(研究代表者:石川裕、東京大学)
(2) 研究コミュニティ形成のための資源連携技術に関する研究(研究代表者:三浦謙一、国立情報研)

石川代表の課題はT2Kオープンスパコン計画をソフト環境に発展させたものであり、また三浦代表の課題はNAREGIプロジェクトの成果を研究コミュニティ形成に役立てようとするものであった。SC08 (Austin)では、両グループともeサイエンスの展示を行った。12月10日にはeサイエンスのキックオフ会議を行った。

4) 「イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクト
これも文部科学省の「次世代IT基盤構築のための研究開発」の一つであるが、「イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクトが実施され、審査検討委員を頼まれた。POは中村道治(日立)。第1回の審査検討会(提案ヒアリング)が8月31日(日曜日)に開催された。6件の申請の中から加藤千幸(東京大学生産技術研究所)代表の「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」を採択した。

5) JST自己評価委員会
2008年4月からJSTの自己評価委員会の外部委員を委嘱された。個別の事業の評価は審議会委員としてずいぶんやっていたが、この委員会はJST全体の多岐にわたる事業全体を2日の会議で評価する。なかなか大変である。現在まで続いている。研究領域の総合評価もその後いくつか担当した。

6) JST先端計測
2004年度から始まったJSTの先端計測分析技術・機器開発事業では、計測とシミュレーションを組み合わせるいくつかのプロジェクトを担当し、現地調査などを行った。先端計測技術評価委員としては、応募申請書の書類選考、面接選考などを行った。とくに計測のための解析ソフトウェア開発の申請を審査した。

7) JSTシミュレーション
2002年度から始まった「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」(CRESTプログラム、さきがけプログラムの混合型領域、総括は土居範久)は、さきがけはすでに終了し、CREST課題だけが進められた。11月12日には慶應義塾大学(三田)北館ホールにおいて公開シンポジウムが行われた。12月17日には、2003年度採択のCRESTの5チーム(富士通穴井チーム、東北大石田チーム、高エネ研佐々木チーム、産総研長嶋チーム、東大久田チーム)の研究終了評価会があった。

8) 原子力試験研究
前にも述べたように、筆者は、2001年4月から原子力委員会の研究開発専門部会原子力試験研究検討会に参加し知的基盤WGの主査をつとめていた。2006年度で募集は終了したが、採用課題の中間評価や事後評価は続いている。2005年の原子力政策大綱に基づき、「研究開発専門部会」の内容を見直すことになり、2008年8月1日に開催された試験研究検討会をもって辞職することとなった。残務は有識者としてその都度招聘されるのだそうである。

9) 原子力研究機構
2007年度第2回の計算科学技術推進専門部会(筆者が主査)が2008年2月8日に開催された。2008年度第1回の会議は9月3日に開催された。

10) 産業技術総合研究所
2007年12月24日に、行革推進本事務局から各独法の合理化計画に関して個別指摘事項が出ていたが、産業技術総合研究所に対しては、秋葉原サイトについて、同サイトで現在実施するプロジェクトが終了した際、廃止することを原則とする、という指摘があった。

次は国内会議である。

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