HPCの歩み50年(第160回)-2008年(m)-
8月、曙光信息産業有限公司(Sugon)が中国で初めて100 TFlops超の性能を持つスーパーコンピューター曙光5000の開発に成功したことを伝えた。上海スーパーコンピュータセンターで稼動するDawning 5000AはTop500で11位を占めた。スコットランドのEdinburgh大学は2月にCray社と6年間に£113Mの契約を結び、HECToRと命名されるスーパーコンピュータ設備を同大学に設置することとなった。
ヨーロッパの動き
1) Forschungszentrum Jülich
ドイツ西部のNordrhein-Westfalen州にある Forschungszentrum Jülich (Jülich Research Centre)は、Helmholtz協会を構成する研究センターの一つであり、ドイツのスーパーコンピュータセンターの役割を果たしてきた。2007年秋に65536コアのBlue Gene/Pを導入し、JUGENEと命名した。2007年11月のTop500ではRmax=167.3、Rpeak=222.8 TFlopsで2位を占めた。2008年2月22日に、開所式があり、Jürgen Rüttgers州首相が正式なオープンを宣言した。コンピュータルームには、2004年に設置したJUMP (eServer pSeries 690, 1.7 GHz Power4+)と2006年に設置したJUBL (eServer Blue Gene Solution)があり、3台が計算サービスを行う。
2) University of Edinburgh
英国スコットランドのUniversity of Edinburghは2007年2月22日にCray社と6年間に£113M(£1=\235として265億円)の契約を結び、HECToR (High-End Computing Terascale Resource)と命名されるスーパーコンピュータ設備を同大学のAdvanced Computing Facility (ACF)に設置することとした。その第1弾として、2007年にCray XT4を設置した。これは2.8 GHzのdual-core Opteronを搭載したCray XT4で11328コアであり、2007年11月のTop500では、Rmax=54.648, Rpeak=63.4368 TFlopsで17位にランクされている。2008年1月14日、盛大な披露式が行われた。HECToRの一部として、Cray社はCray Centre of Excellenceを設立し、現在および将来のCray HPCプラットフォームを提供する。ヨーロッパで最初のCray COEとなる。
今後の計画として、2008年中にCray X2を導入してCray XT5hにアップグレードし、2009年には次世代のCray MPPを導入する予定とのことであった。実際には、2009年11月のTop500では、2.3 GHz quad-core Opteronで22656コアのXT4にアップグレードし、Rmax=174.083、 Rpeak=208.435 TFlopsで20位、2010年6月のTop500では、2.1 GHzで12コアOpteronで43660コアのXT6にアップグレードし、Rmax=274.7、Rpeak=366.744 TFlopsで16位にランクされている。どういう事情かわからないが、2011年6月のTop500では、Cray XE6に変わり、2.1 GHz 12コアのOpteronで44376コア(微増)、Rmax=279.6、Rpeak372.8 TFlopsで24位となっている。2011年11月にはphase 3というようだが、2.30 GHzで16コアのOpteron 6276で総コア数90112のCray XE6にアップグレードし、Rmax=660.243、Rpeak=829.03 TFlopsで24位となっている。2015年6月のTop500では105位である。その後運用を停止したもようである。HECToRでは結局ベクトルオプションX2は実現しなかったものと思われる。
3) ECMWF
2008年1月7日、IBMとECMWF (ヨーロッパ中期予報センター、the European Centre for Medium-Range Weather Forecasts、所在地はイギリスのReading)とは、HPCF (the High Performance Computing Facility)をIBM Power6 クラスタに置き換える契約を12月に結んだと発表した。ピーク性能は145 TFlops。2011年には将来のPOWERシステムに置き換える。2008年6月のTop500には、Power 575, p6 4.7 GHz、8320コアでRmax=80.3、Rpeak=156.4 TFlopsの1台が登場している。2008年11月には、2台登場し,コア数が8320と8288で、いずれもRmax=90.3、Rpeak=156.4/155.8 TFlopsで、22位tieとなっている。8288コアの方のマシンは設置場所がIBM/ECMWFとあるので、まだIBMの工場にあったのかもしれない。2009年6月では、2台とも8320コア、Rmax=115.9、Rpeak=156.4 TFlopsで25位tieにランクされている。Rmaxが増えたのはチューニングが進んだためであろう。
4) Moscow State University
2008年1月24日、ロシアのMoscow State Universityは、2ラックのBlue Gene/Pを購入することを発表した。the Department of Computational Mathematics and Cyberneticsに設置される。運用開始は4月を予定している。2008年11月のTop500では、Rmax=23.4, Rpeak=27.85 TFlopsで127位tie(5件)となっている。ちなみに、5件の中にはBulgarian State Agency for Information Technology and Communications (SAITC)などもある。
中国の動き
1) 曙光5000
2008年8月28日、新華社は天津市の曙光信息産業有限公司(Sugon)が中国で初めて100 TFlops超の性能を持つスーパーコンピューター曙光5000 (Dawning 5000)の開発に成功したことを伝えた。上海スーパーコンピュータセンターで稼動するDawning 5000A(愛称 Magic Cube)は、2008年11月のTop500において、Rmax=180.6、Rpeak=233.472 TFlopsで11位にランクされた。10位までは全部アメリカであり、アジア1位は中国に持って行かれた。CPUは1.9 GHzのquad-core Opteronで、総コア数は20720、相互接続はInfinband DDRである。同センターには、2004年6月以来、2.2 GHz Opteronを搭載したDawning 4000Aが設置されていた。
「中国上海」によれば、これより前の7月17日、上海スーパーコンピュータセンターは、AMD社と上海で共同技術実験室を設立した。「新実験室はスーパーコンピュータの新型運用、マルチプロセッサ技術、高機能コンピュータソフトウェアなどの面で研究開発をし、国内スーパーコンピューター産業の発展を推進することを目指している。」とのことである。今後ともAMDのCPUを使う予定である。
2) Lenovo (DeepComp 7000)
中国科学院(Chinese Academy of Science)計算机網路信息中心(Computer Network Information Center)に設置されたLenovo社のDeepComp 7000は、3 GHz/2.93 GHzのquad-core Xeonのクラスタで、12216コアである。2008年11月のTop500では、Rmax=102.8、Rpeak=146.0で20位にランクしている。
ちなみにLenovo社は、同センターにDeepComp 6800(Itanium2, 1.3 GHz, QsNet)を設置している。2003年11月のTop500では、Rmax=4.183、Rpeak=5.324 Tflopsで14位であった。
3) ShenWei SW-2
神威(SunwayまたはShenWei)は、中国の無錫(Wuxi)にある江南計算技術研究所(Jiāngnán Computing Lab)が開発しているCPUのシリーズである。独自の命令セットアーキテクチャを採用している(採用自主命令集)と主張しているが、DEC Alphaの影響を受けていると見られる。
2006年に開発したSunway SW-1はシングルコアで900 MHzで動作した。
2008年、第2世代のSunway SW-2は、130 nmプロセスで製造され、dual-coreで1400 MHzで動作する。
本格的なのは2010年の第3世代Sunway SW-3 (SW1600)で、Alpha 21164をベースにしており、16コアでピーク140.8 GFlops(@1.1 GHz)である。2011年に完成した済南のSunway BlueLight(神威藍光)は、中国独自のCPUで初めてピーク1 PFlopsに達した。
4) 龍芯
2007年12月に、中国科学技術大学が中国初の国産CPU「龍芯2F」を用いたスーパーコンピュータを開発したことは述べた。2008年8月24日~26日にカリフォルニア州Stanford大学で開催されたHot Chips会議において、中国科学院は次世代スーパーコンピュータにも採用が予定されている中国が独自に開発中のCPU「龍芯3 号」(1~1.2 GHz)を公開した。これを受け、中国科学院・計算技術研究所の徐志偉・副所長は同11 月30 日、2008 年中に4 コア、2009 年には8 コアバージョンを完成させ、大量生産を開始する考えを表明した。
2008 年10 月7 日付の新華社電は、曙光情報産業有限公司の歴軍・総裁が、中国が独自に開発した「龍芯4 号」を用いて2010 年に1000 TFlops のスーパーコンピュータ「曙光6000」を完成させる方針を明らかにしたと報じた。歴軍・総裁は、今後の国産の「龍芯」がコンピュータの主役となり、技術上の障害はなくなるとの考えを示したうえで、「曙光6000」は高性能だけではなく、超高密度、超低価格、超省エネ、超汎用といった特徴を持つと述べた。
中国高性能計算機標準工作委員会は2008 年5 月9 日、IBM などの海外の大手メーカーに対抗するため、中国高性能計算機産業連盟の発足を公表している。スーパーコンピュータの基準制定や産業化を推進するのが目的で、発足時点ではインテルやAMD、曙光、レノボといったメーカーのほか、中国科学院計算技術研究所、北京気象局などが参加している。
インドの動き
1) PARAM Yuva
インドのC-DAC (the Centre for Development of Advanced Computing)は、1991年のPARAM 8000から始めて、PARAMシリーズの並列計算機を開発してきたが、2008年11月にPARAM Yuvaを開発した。Yuvaはサンスクリット語で若者を意味するそうである。CPUは2.93 GHzのIntel Xeon X7350 (quad-core)で、総コア数は4608である。相互接続網は独自のPARAMnet 3である(Top500 リストではInfiniband DDR 4xとある)。2008年11月のTop500 で、Rmax=37.8、Rpeak=54.0058で69位である。ちなみにインドの1位は、2008年6月に9位のEKA (TATA SONS)である。
ベンチャー企業の創立
1) Globarlfoundries社
2008年10月7日、AMD社が半導体製造部門を分社化し「The Foundry Company」を発足させた、2009年3月4日、ATICからの投資を受けGLOBALFOUNDRIESとして正式に設立された。株式は、AMDが34.2%、ATICが65.8%を所有する。ATICはアラブ首長国連邦のアブダビ首長国が所有する投資会社である。
ベンチャー企業の終焉
1) Linux Networx社
Linux Networx社は、Linux OSに基づくHPCソリューションを提供する会社として、1989年ユタ州Salt Lake Cityで創立。SGI社の所に書いたように、2008年2月14日にSilicon Graphics社によってSGI株39万株で買収された。2002年12月にベストシステムズ社と合弁で日本法人を設立していたが、2007年、日本から撤退した。会社ごとの買収でなく、会社の資産の売却であるが、その資産がなくなると会社に残る資産はゼロとなり、事実上、LinuxNetworxはなくなった。
2009年はリーマンショックの嵐が吹き荒れ、日本の次世代スーパーコンピュータ計画が「2番じゃダメでしょうか?」で存亡の危機を迎えるとともに、SGI社もSun Microsystems社もQuadrics社もTransmeta社もSciCortex社も買収か廃業の憂き目にあうことになる。
(画像:HECToRのインストールイメージ図 出典:HECToRホームページ )