HPCの歩み50年(第165回)-2009年(e)-
次世代スーパーコンピュータ開発と関連して昨年度から始まった、文部科学省の「次世代IT基盤構築のための研究開発」事業が進められた。地球シミュレータはNEC SX-9/Eにリプレースされ、筆者は課題選定委員会の委員長を依頼された。JAXAは富士通のFX-1を選定した。
日本政府の動き(続き)
3) 地球シミュレータ
地球シミュレータ(初代)は2008年で運用を終了し、ES2が2009年3月から稼動した。ES2は、160ノードのNEC SX-9/Eであり、ノード当たり8 CPU、クロックは3.2 GHz、CPU性能は102.4 Gflops、ピーク性能は131.072 TFlopsであった。相互接続網は、初代ESの1段クロスバーから、2段Fat-treeパケット交換方式に変わった。相対メモリバンド幅は、初代機が4 B/Flop(1浮動小数演算あたり、4 Bytes メモリから転送できる)であったのに対し、ES2は2.5 B/Flopに減った。といっても現在の「京」の0.5 B/Flopからみると遙かに大きい。さすがはベクトルである。2009年6月のTop500において、Rmax=122.4 TFlopsで22位にランクされた。93.38%という驚異的な対ピーク比を実現し、世界中を驚かせた。ほぼ同じ頃JAXAにフルサイズで設置されたFX-1(Rmax=110.6 TFlops、28位)を越えた。写真はES2の一部(地球シミュレータセンターのページから)。
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2007年のところに書いたように、公式には「地球シミュレータを部品交換で能力を2倍にする」という計画であり、「640台ある計算ノードの半数など主要部品を汎用品のレンタルで更新し、残り半分はその時点で運用を終える」という言い方をしていた。実際、ES2設置後も初代機のラックが半分ほど残っていた。
1月頃、課題選定委員会の委員長を依頼され引き受けた。リソースの40 %を公募により募集するとのことである。2月6日の第1回で公募方針を確認し、2月9日~27日まで公募を行ったところ30件の申請があった。3月10日の第2回で平成21年度の課題選定を行った。
また、2007年度から2008年度まで文部科学省の受託事業として行われた「先端研究施設共用イノベーション創出事業【産業戦略利用】」に引き続き、文部科学省の先端研究施設共用促進事業から補助を受けて、「地球シミュレータ産業戦略利用プログラム」の利用課題募集もおこなった。プログラムでは、「戦略分野利用推進」と「新規利用拡大」の2つの区分について利用課題を募集した。2009年11月6日学術総合センター一橋記念講堂において「地球シミュレータ産業利用シンポジウム2009」が開催された。プログラムは以下の通り。
13:00 | 主催者挨拶 | 今村 努(海洋研究開発機構) |
13:10 | 先端研究施設の共用とイノベーション創出 | 柳 孝(文部科学省) |
13:35 | 地球シミュレータ産業戦略利用事業説明 | 新宮 哲(海洋研究開発機構) |
14:00 | 機能性ナノ粒子設計シミュレーション | 伊藤 聡(東芝) |
14:25 | 非定常渦構造の特性解明およびそれに基づく抜本的空気抵抗低減 | 杉田 祐輔(トヨタ自動車) |
14:50 | 数値シミュレーションによる次世代高速新幹線用低騒音パンタグラフの開発 | 水島 文夫(東日本旅客鉄道) |
15:15 | 休憩 | |
15:35 | CO2排出ミニマムを目指した実高炉内の多相(固気粉)流れの大規模シミュレーション | 松崎 眞六(新日本製鐵) |
16:00 | フラグメント分子軌道(FMO)法の創薬における分子シミュレーションへの応用 | 小澤 基裕(キッセイ薬品工業) |
16:25 | SiCパワーデバイス開発のためのシミュレーション | 大沼 敏治(電力中央研究所) |
16:50 | ゴム中のナノ粒子ネットワーク構造のモデル構築による高性能タイヤの開発 | 岸本 浩通(住友ゴム工業) |
17:15 | 高効率有機発光材料の開発 | 善甫 康成(住友化学→法政大学) |
17:40 | 閉会の挨拶 | 渡邉 國彦(海洋研究開発機構) |
18:10 | 懇親会 |
新システムの利用は進んでいたが、ユーザ同士の交流を行い、地球シミュレータを有効に利用するために、「地球シミュレータ利用者連絡会」を2009年9月1日午後、海洋研究開発機構横浜研究所三好記念講堂で開催した。チューニングについて突っ込んだ議論がなされた。CPUの相対メモリバンド幅が2.5 B/Flopに減ったことに対し、多くの利用者から苦情が出たが、贅沢というものであろう。プログラムからコントロール可能なキャッシュであるADB (Assignable Data Buffer)の使い方が鍵のようである。
2010年度の課題選定については、12月10日の第1回課題選定委員会で公募概要を議論し、2010年3月12日の第2回で課題を選定した。
4)「イノベーション創出の基盤となるシミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクト
2008年度から始まった、文部科学省の「次世代IT基盤構築のための研究開発」「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(略称:RISS)」(代表、加藤千幸、東大生産研)は、2009年7月30日~31日に東大生産研において、第1回「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」プロジェクトシンポジウム-ものづくりを変革するシミュレーション技術の挑戦-」を開催した。プログラムは以下のとおり。
7月30日
10:00 | 主催者挨拶 | 野城智也、東京大学生産技術研究所 所長 |
文部科学省 挨拶 | 舟橋徹、文部科学省研究振興局 情報課長 | |
プログラムオフィサー 挨拶 | 中村道治、(株)日立製作所 取締役 | |
スーパーコンピューティング技術産業応用協議会 挨拶 | 北村一泰、同協議会副委員長 | |
10:30 | イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発 プロジェクトの開発状況と今後の展開 | 加藤千幸、東京大学生産技術研究所 |
11:10 | 【招待講演】自動車産業イノベーションへ向けてのシミュレーション技術の期待 | 岡本一雄、トヨタ自動車株式会社 |
11:50 | 休憩、デモ・パネル展示 | |
13:20 | 【招待講演】先端LSI開発におけるシミュレーションの重要性 | 大路譲、(株)半導体先端テクノロジーズ |
14:00 | 【招待講演】バイオ産業イノベーションへ向けてのシミュレーション技術の期待 | 西島和 持田製薬(株) |
14:00 | コーヒーブレーク | |
15:00 | 【パネルディスカッション】次世代ものづくりを牽引するシミュレーション技術の新たな役割とは? | 司会 加藤 千幸 |
17:30 | 懇親会 |
7月31日
10:00 | 主催者挨拶 | 加藤千幸 |
10:10 | ■量子バイオシミュレーションシステムの研究開発グループ | |
11:50 | 休憩、デモ・パネル展示 | |
13:20 | ■ナノデバイスシミュレーションシステムの研究開発グループ | |
14:10 | コーヒーブレーク | |
14:30 | ■次世代ものづくりシミュレーションシステムの研究開発グループ |
5) 「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクト
昨年のところに書いたように、文部科学省の、「次世代IT基盤構築のための研究開発」のもう一つとして、2008年度から2011年度末まで4年間にわたって「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発」プロジェクトが実施された。『情報処理』Vol.51 No.2(2010年2月号)には、「e-サイエンスを実現するグリッド技術」という特集が組まれ、このプロジェクトに関連した技術が解説されている。2009年1月16日には「次世代IT基盤構築のための研究開発」関係の4プロジェクトのPOと、全体を統括するPD(土居範久)が集まる会議(PD/PO会議)がJSTの社会技術研究開発センターにおいて初めて開かれた。第2回「次世代IT」PD/PO会議は2009年7月2日、千代田区二番町 麹町スクエアで開催された。
「e-サイエンス実現のためのシステム統合・連携ソフトウェアの研究開発- 研究コミュニティ形成のための資源連携技術に関する研究 -」(研究代表者:三浦謙一、国立情報研)は、2009年2月20日、国立情報学研究所において、関係者によるワークショップを開催した。
もう一方の、「シームレス高生産・高性能プログラミング環境」(研究代表者:石川裕、東京大学)は、2009年3月25日~26日につくば市の国際会議場エポカルにおいて、国際会議WPSE2009 (International Workshop on Peta-Scale Computing Programming Environment)を開催した。プログラムは以下の通り。
3月25日
10:00 | Welcome | |
10:10 | Overview of e-science project | Yutaka Ishikawa, University of Tokyo |
10:30 | Status of the The Next-Generation Supercomputer project | Mitsuo Yokokawa, Riken Next-Generation Supercomputer R&D Center |
11:10 | XcalableMP: directive-based language eXtension for Scalable and performance-tunable Parallel Programming | Mitsuhisa Sato, University of Tsukuba |
11:50 | Parallel Programming Support for Applications with Unstructured Grids - Expectations for “Local View” of XcalableMP | Kengo Nakajima, University of Tokyo |
12:30 | Lunch | |
13:45 | A Uniform Programming Model for Petascale Computing | Barabara Chapman, University of Houston |
14:25 | CAF 2.0: A Next-generation Co-array Fortran | Bill Scherer, Rice University |
15:05 | Highly productive parallel script language | Hiroshi Nakashima, Kyoto University |
15:45 | Coffee Break | |
16:00 | Auto-tuning facility for peta-scale computing | Takahiro Katagiri, University of Tokyo |
16:40 | Runtime Adaptation for Large Scale Parallel Applications | Costin Iancu, Lawrence Berkeley National Laboratory |
17:30 | Reception |
3月26日
10:00 | Seamless runtime environment | Yutaka Ishikawa, University of Tokyo |
10:40 | Fault Tolerance and the MPI standard meet at the Ultra-Scale | Richard Graham, ORNL |
11:20 | Task scheduling over Heterogeneous Multicore Machines: a Runtime Perspective | Raymond Namyst, University of Bordeaux 1 |
12:00 | Lunch | |
13:30 | Panel discussion:“Challenges and Solutions for Peta- and Exa-Sacle Programming” | Moderator: Taisuke Boku (U. Tsukuba) |
15:30 | Closing |
「e-サイエンス」の第2回運営委員会は6月19日に国立情報学研究所(学術総合センター)12階において開かれた。席上、文部科学省の木村推進官は、このプロジェクトは「eサイエンスプロジェクトとして使えるものを作り、展開して行くことが重要」とコメントした。第3回運営委員会は、JST上野事務所(池之端)で2009年12月18日に開催された。この回では、時間を多めに取り突っ込んだ議論が行われた。
6) JAXA
昨年のところで述べたように、2008年2月19日、富士通はJAXA(宇宙航空研究開発機構)からFX-1を用いたスーパーコンピュータを受注したと発表した。2008年4月から移行を開始し、2008年11月のTop500では約1/6の2048コアでRpeak=20.643 TFlops, Rmax=18.54 TFlopsで222位にランクされていた。2009年4月からフルサイズ(コア数13568)で本格稼働し、2009年6月のTop500では、コア数12032、Rpeak=121.282、Rmax=110.6で28位となっている。4月24日(木)にはJAXAスーパーコンピュータ披露が行われ、筆者も出席した。
7) JST先端計測
JSTの「先端計測分析技術・機器開発事業」は、2004年度から開始され、筆者はその中の先端計測ソフトウェア開発を担当した。先端的な計測機器によって得られたデータを解析するには、シミュレーションをも含む膨大な計算が必要なことも多い。2009年度も提案の書類選考からヒアリング、また進行中の事業の現地調査などを行った。
8) JSTシミュレーション
JSTの「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」(CRESTプログラム、さきがけプログラムの混合型領域)は2002年度から開始された。この時点ではCRESTプログラムだけが残っており、9月で終了した。筆者は土居範久総括の下で、アドバイザを務めていた。このプログラムの事務所はりそな・マルハビルに置かれていたが、4月29日に三番町のJSTのビルに移転した。
2009年10月28日に、東大弥生講堂一条ホールで公開シンポジウムが行われ、各研究チームが成果を発表した。翌29日には、三番町の会議室で事後評価会を行った。
9) JST自己評価
2008年からJSTの自己評価委員会の外部委員を委嘱されたことは既に述べた。2009年には、前年度の事業の自己評価委員会が行われ、参加した。
10) 原子力研究機構
2008年度第2回の計算科学技術推進専門部会は2009年2月3日に開催された。2009年度第1回の専門部会は9月17日に開催された。
富士通は原子力研究機構からピーク合計214 TFlopsの日本最高速のスーパーコンピュータを受注したと発表した。これは3つの異なる用途のシステムからなる。
「大規模並列演算部」は2010年6月のTop500に登場した、BX900 Xeon X5570 2.93 GHz , Infiniband QDRで、コア数は17072、Rmax=191.4 TFlops、Rpeak=200.1 TFlopsで22位であった。この時点では確かに日本最高速であったが、次の2010年11月には、TSUBAME 2.0 (Rmax=1192.0、4位)に抜かれてしまった。
「次世代コード開発部」は、富士通のquadcore processor SPARC64 VIIを搭載したFX-1 (320 CPU, 1280 cores)システムである。
「共有メモリ型演算サーバ」SPARC64 VIIを搭載したUNIXサーバ“SPARC Enterprise M9000“により構成し、主に高速増殖炉開発のためのシミュレーションなどの計算に使用される予定。
11) 原子力試験研究
原子力委員会の研究開発専門部会原子力試験研究検討会は、2008年8月に解散したが、最後の評価のため2009年7月31日に検討会が開かれた。
12) 理化学研究所
2008年4月1日に、理化学研究所の中央研究所とフロンティア研究システムが合体して、基幹研究所が発足した。所長は玉尾皓平氏。その時、基幹研究所のアドバイザリ・カウンシルへの参加を要請され承諾した。カウンシルメンバの所属機関の国別は、英国2、独2、米、仏、中、スウェーデン各1、日本8であった。
カウンシルの会議は2009年1月8日(木)夜~10日(土)に行われた。自宅は茨城県なので宿泊をお願いしたら、京王プラザホテルを用意して下さった。勤務先の工学院大学の目の前であった。8日はホテルで顔合わせであったが、9日と10日はホテルから理研(和光市)まで貸し切りバスで往復した。
筆者は主としてAdvanced Computational Sciences Departmentを担当した。MDGrapeなどによる計算生物科学の活動は顕著であるが、(次世代スーパーコンピュータを含む)理研全体の計算科学研究に対し、より戦略的で学際的な役割を担うべきであると主張した。
2009年8月7日、理研は新しいシステムRICC(RIKEN Integrated Cluster of Clusters)の稼動開始を発表した。これは3つの異なる用途の計算サーバシステム(超並列PCクラスタ、大容量メモリ計算機、多目的PCクラスタ)と共通のフロントエンドシステム、磁気ディスク装置、テープ装置によって構成される複合システムである。超並列PCクラスタには、富士通のPCサーバ“PRIMERGY RX200 S5”1,024台(2,048CPU、8,192コア)が採用している。また、システム環境には、システム管理機能、高速ファイルシステム、プログラミング開発環境を統合した富士通のHPCミドルウェア“Parallelnavi”(パラレルナビ)」に加えて、大規模並列ジョブを複数のクラスタ全体で統合的に管理できるHPCジョブ管理ツール「メタジョブスケジューラ」を採用した。
このシステムは2009年11月のTop500において、Rmax=97.9 TFlops、Rpeak106.0 TFlopsで47位にランクされている。
13) 統計数理研究所
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構統計数理研究所は、2009年10月に港区南麻布から立川市緑町に移転した。これに先立ち、7月24日に立川で移転式典が開催され、参加した。
次回は国内の会議について述べる。
(画像:地球シミュレータES2 出典:地球シミュレータのパージより )
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