世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


6月 4, 2018

HPCの歩み50年(第164回)-2009年(d)-

小柳 義夫 (高度情報科学技術研究機構)

次年度予算は、次世代スーパーコンピュータ計画を含む形で、多様なユーザーニーズに応えるため、全国の主要なスパコンと次世代スパコンをネットワークで結び協調的に利用できる環境を整える「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築計画」とすることで認められることになった。

次世代スーパーコンピュータ開発(続き)

13) 次世代スーパーコンピュータ予算の復活へ
12月9日の第87回総合科学技術会議(議長・鳩山首相)の会合では、2010年度予算案に盛り込む科学技術関連予算の有識者議員らによる優先度判定を了承した。スパコン開発関連予算については、「確実に推進すべきだ」と評価した上で「必要な改善をしつつ推進する」と結論づけた。首相は会合で、「貴重な意見を大事に受け止め、予算に十分反映できるように努力したい」と述べた。優先度判定は科学技術予算の査定基準となるもので、同会議が毎年、独自に行っている。今回は事業仕分けに対抗する意味を持つことになり、仕分けで「3分の1から半額の予算削減」とされた大型放射光施設「スプリング8」を「着実・効率的に実施」とするなど、異なる判断が相次いだ。

会合では、2010年度予算の編成に関し、「厳しい財政状況も踏まえつつ、必要な科学技術予算の確保に努める」とする基本方針を決定した。菅国家戦略相は会合後の記者会見で、「行政刷新会議の結論に加え、総合科学技術会議の結論も勘案したうえで、総合的に判断する」と語った。

日経コンピュータ12月10日号によると、総合科学技術会議では、国策スパコンを担当する奥村直樹議員が、「科学技術の最も重要な研究開発分野である」と指摘。議長の鳩山由紀夫首相は「予算に十分反映できるように努力したい」と述べた。ただ、事業仕分けにおいて事実上の凍結判定を受け、開発続行に疑問を呈す世論もあることから、同会議は「国民の理解を得るための改善を行って推進するべき」と判断した。

具体的には、「文部科学省と理化学研究所、富士通が中心になって事業を推進する現状に対し、他の省庁および、さらなる産学官の連携が必要」とした。2009年5月に日本電気と日立製作所が開発から撤退したことについては、「日本電気と日立が担当していたベクトル部のソフト利用者への配慮が必要」と指摘した。

加えて、国策スパコンで扱う必要性がある具体的な研究分野のソフトと利用者を明確にすることや、技術および産業で国際競争力のある戦略を示すことにも言及した。

ただ、重要な論点である開発費の妥当性については、「文科省から来年度概算要求額268憶円は妥当であるとの報告を受けている」として議論しなかった。国策スパコンによる経済波及効果についても、文科省の報告を受けるにとどまった。

12月11日、財務省は事業仕分けの結果を基に、来年度予算案を概算要求から6900億円以上削減するように各省庁に要請した。応じられない場合は14日までに予算削減の代替案とともに申し出ることを求めた。次世代スーパーコンピュータについては、「凍結」判定を踏まえ、菅直人副総理兼国家戦略相、藤井裕久財務相、仙谷由人行政刷新相の3閣僚が11日、来年度は「施設費など最低限の経費」として29億円の計上に留めるよう求めた。これでは凍結どころか凍死してしまう。ノーベル賞受賞者らが仕分け結果に強く反発し、科学技術予算の重要性を強調した。

12月15日、政府は行政刷新会議が予算のむだ遣いを洗い出した「事業仕分け」で予算要求の見直しを求めた事業のうち、文部科学省の次世代スーパーコンピュータの開発費など2事業について、来年度予算に計上するかを閣僚折衝で決着させる方針を決めた。藤井裕久財務相が15日の閣議後の記者会見で表明した。12月16日には次世代スーパーコンピュータプロジェクトの来年度予算について閣僚折衝が行われた。3閣僚は川端達夫文科相と協議し、「説明会などで説明責任を果たす」ことを条件に予算の「復活」を受け入れた。大串博志財務政務官は記者会見で「政治の意思で決めた。特例的な結果だ」と説明した。引き続き10 PFlops級のシステムを開発することが確認されたが、達成時期については、計画していた加速(このため100億円の積み増しを要求していた)を行わずに、2012年6月までに達成することが合意された。ただし完成が遅れれば世界一は難しくなる。加えて、他の文科省予算を50億円削減することを条件にプロジェクト全体の見直しを行い、267.6億円を要求していたところ、これを227.8億円に約41億円縮減した。次世代スーパーコンピュータ計画を含む形で、多様なユーザーニーズに応えるため、全国の主要なスパコンと次世代スパコンをネットワークで結び協調的に利用できる環境を整える「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築計画」とすることが決定された。次週中にも新しい計画案をとりまとめて発表すると。今後は政権内での政治判断が焦点となる。

従来の計画は、2011年の完成時点で、10 PFlopsという世界一の計算速度を実現するのが目標であり、新年度からはCPUの製造に着手する予定で、完成を急ぐため約100億円を投じて、メーカに製造ラインを拡張させる予定であった。川端達夫文部科学大臣は「(開発を)加速させるために上乗せした部分は見直したい」として、完成時期を2012年度に戻すことを示唆した。完成を遅らせると、CPUの製造などで700億円とされる今後の事業費を大幅に圧縮させることが可能になると判断した。その代わりに、スパコンの用途を広げるためのアプリケーション開発やネットワーク化に力を入れることとなった。川端文部科学大臣「国内にスパコンは20台以上あり、次世代スパコンを含めて総合的に使える世界初のシステム開発ができたら素晴らしい」と構想を語った。

「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)のイメージ図」(文部科学省の資料から)

 

復活折衝が決着したことで、事業仕分けによる削減額は約6770億円となった。ただ、概算要求は過去最大の約95兆円に膨らんでおり、政府が目指した「3兆円」の効率化目標には程遠い結果になっている。鳩山首相は16日夜、記者団に対し、「(要求側と査定側の)言論の戦いのなかで得られた結論だと思う」と理解を示した。

12月22日深夜11時30分~0時28分にテレビ東京のワールドビジネスサテライトが「科学技術予算の行方」を取り上げ、筆者のコメントが少し出た。撮影は1時間だったが、放送は10秒ほど。まるでベクトル・スカラ複合型の弁護人みたいに扱われた。キャプションによれば、

(1) 各社の持ち出しがある,1社より2社の方が、持ち出しが増える
(2) 1社あたり数百億の負担と推測する
(3) 2つの技術をともに発展させたいというのが当時の人の判断
(4) 様々な提案を受ける内に文科省は複合型の提案を決めた という

と主張したことになっていた。筆者が言ったのは、「これは技術に対する投資で、開発された技術は自分たちの商売に使ってよいし、我々もそうして欲しい(そうでないと、作ったスーパーコンピュータがガラパゴスになってしまう)」ということ(今でいうエコシステム)であったが、放映されなかった。

12月25日に第64回情報科学技術委員会が開催された。局長や審議官が出席し、次世代スーパーコンピュータ事業について議論し、計画の変更が承認された。

14) 金田康正の再批判
このような動きを受けて、仕分け人のなかで最もこの分野に近かった金田康正氏は、2010年1月6日付の日経BPのインタビュー記事、「事業仕分けの当事者・金田康正氏はなぜ事実上のスパコン凍結判定を下したのか」において再批判を行っている。曰く、「技術立国ニッポンの虚像が露呈した」

この記事によれば、「スパコン事業が凍結となれば、日本の技術力が途絶える可能性もある。一部で日本の技術力が海外に劣るとの指摘もあるが、必ずしもそうとは言えない。この技術力を伝承させていくためにも、本来は立ち止まるべきではない。」「しかし、現状のままでスパコン事業を継続させていくには、問題点が多数存在する。本心ではその分野の研究者として国策スパコン自体には期待しているのだが、現状のスパコン事業のやり方には到底賛成しかねるので、国策スパコンには11月13日の事業仕分けの場も含めてこれまで、一貫して批判の立場を貫いている。」

氏によればスパコン開発のあるべき姿には4つのポイントがある。

(1) スパコン技術の伝承
(2) 競争環境があること
(3) ハード・ソフト両面の技術を切磋琢磨する環境
(4) 人材育成

これは妥当な指摘であろう。「にもかかわらず、気がつくと世界一の速度をベクトル型とスカラ型のハイブリッドシステムでやることが最大の目玉となっていた。」つまり、世界一が目的化してしまい、スパコンで何を計算するのかが忘れ去られている(もちろんこれは誤解であるが、仕分けのときの応答がそういう印象を与えたことは否定できない)。

これと一見矛盾するが、こうも言っている。「そもそも、今後の発展が期待できる研究分野が的確に分かるはずがない。上の項目に加えて、意欲のある研究者なら誰でもスパコンを活用できるようにするべきである。」大学の情報基盤センターのような運用が望ましいということであろうか。

最大の論点は富士通の技術が劣っているという指摘である。(仕分け後の)SC09において、富士通のSPARC64 VIIIfxを搭載したボードと、 IBMのPOWER7のボード(Blue WatersやPERCSで使用予定。ボードは日立製)とが展示されていたが、「技術が分かる人が見れば富士通劣勢は明らかである」。単体性能もシステムの価格性能比も劣っている。「(仕分けの結果)プロジェクトの遅れによる国際競争力低下は否めない。しかし、国策スパコンが目指すべきなのは、10~20年先にも存続する最先端技術の獲得と継承であり、人材の育成なのだ。挽回はできる。」と結んでいる。Blue Watersがどうなったかはご存知の通りである。

15) 中間評価作業部会フォローアップ
前に述べたように、文部科学省科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 情報科学技術委員会の下に、次世代スーパーコンピュータプロジェクト中間評価作業部会が設置され4月2日~7月17日まで8回にわたり中間評価を行った。作業中に日本電気の製造段階への不参加が発表され、急遽富士通1社で10 PFlopsのスカラ型スーパーコンピュータを開発することを了承した。これが11月の事業仕分けで問題となった。

中間評価の決定により、作業部会は廃止されたが、これまでの動きを受けて、次世代スーパーコンピュータプロジェクト中間評価フォローアップ会合が、同一メンバにより、2009年12月22日に文部科学省7F1会議室で開催された。この会議についての資料はweb上にも手元にも残っていない。

12月26日、平成22年度予算の政府原案が公表され、スーパーコンピュータは228億円で前年度比は37億円増であった。ひとまず胸をなでおろした。

大晦日に紅白を聞いていたらSMAPが歌っていた。

 「No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」
 「それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる?
 一人一人違うのにその中で 一番になりたがる?」

「なんだこれだったのか」と納得。

16) グランドチャレンジ
グランドチャレンジ「次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」では、2009年3月4日~5日に岡崎コンファレンスセンターにおいて、第3回公開シンポジウムを開催した。プログラムは以下の通り。

3月4日

13:00 挨拶等 中村宏樹(分子研)、山下洋(文部科学省)
13:15 次世代スーパーコンピュータプロジェクトの進捗状況 渡辺貞(理研)
13:25 生命・生体シミュレーションの進捗状況 姫野龍太郎(理研)
13:35 スーパーコンピューティング技術産業応用協議会報告 高棹滋(産応協議会)
13:45 休憩  
14:05 ナノ分野グランドチャレンジ研究開発報告 平田文男(分子研)
14:25 プログラムの高度化 岡崎進(名大院工)
14:45 実証研究(物性科学WG) 常次宏一(東大物性研)
14:55 実証研究(分子科学WG) 榊茂好(京大院工)
15:05 次世代ナノ統合ソフトウェア 江原正博(分子研)
15:25 休憩  
15:45 パネルディスカッション:「ゆたかな世界を作るために -サイエンスのブレークスルーと次世代スパコンの夢を語る-」 モデレータ:(平田 文男分子研)パネリストは省略   
18:15 懇親会  

 

3月5日

9:30 招待講演:半導体ナノ構造の量子物性と量子制御 樽茶清悟(東大院工)
10:10 招待講演:医薬品開発における計算科学 -現在&近未来- 北村一泰(大正製薬)
10:50 時間依存密度汎関数理論に基づく非断熱量子ダイナミクス 杉野修(東大物性研)
11:10 フラグメント分子軌道法の開発と応用 北浦和夫(産総研)
11:30 動的密度行列繰り込み群法の高度化と有限温度への適用 遠山貴己(京大基研)
11:50 昼食  
13:20 ポスターセッション  
15:20 招待講演:磁気ナノ構造におけるスピン流の創出と制御 高梨弘毅(東北大金研)
16:00 招待講演:二酸化炭素とメタノール間の6電子酸化還元反応を目指した錯体合成 田中晃二(分子研)
16:40 格子上の量子スピン・ボゾン系のモンテカルロシミュレータ開発とその利用 川島直輝(東大物性研)
17:00 三次元RISM法を用いた酵素反応の解析:バイオマスエタノールの有効利用を目指して 生田靖弘(分子研)
17:20 挨拶 平田文男(分子研)

 

また、3月11日には、学士会館(東京)において、次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェア説明会を開催した。

もう一つのグランドチャレンジである「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」の「第2回 バイオスーパーコンピューティングシンポジウム」は2010年3月18日~19日にMY PLAZAホールで開催されたので、2010年のところに記す。

日本政府の動き

1) 日本学術会議
筆者は情報学分野の連携会員として活動に加わっていたが、2月に委員長からアンケートが来たので、以下のように答えた。

  設問1「礎の学問としての情報学」の側面についての展望、ポイント等ありましたらお書き下さい。
    情報学は、かつてmetaphysics(形而上学)がphysics(自然学)に対して果たしたような、諸学の総合の要、「学の学」となるべきである。諸分野を越える「メタ」な役割をもっと自覚すべきである。
  設問2 情報学に関連して、「今後の重要になる又は創成すべき研究テーマ、課題についてのご意見と理由、方向性などをお書き下さい。
    個人的には、複雑な系のシミュレーションにより理論と実験を統合する計算科学と、大量のデータを解析することによりそこから知見を見出す「データ科学」が重要であると考える。両者を統合したものがeサイエンスと考える。現在、様々な分野でこれらの方法論により研究が進められているが、それぞれの分野内で「たこつぼ的」に進められているのみで、異分野の状況にまで目が行っていない。またパソコンの利用にとどまり、現在のコンピュータ技術のもたらす膨大な能力を十分使い切っていない分野も見受けられる。異なるディシブリンの統合的、総合的視点が必要である。
  設問3 情報学分野が果たすべき社会への貢献や役割に関する課題と方向性について自由にお書き下さい。
    計算科学は、産業界の問題、とくに設計に多大な貢献をなすことが期待される。物理的に試作するのではなく、まずコンピュータ上に作成して最適化を行う「仮想プロトタイピング」技術は、いくつかの分野で実用化されつつあるが、まだ十分に普及していない。これにより、設計時間を短縮し、費用を軽減することができる。これを、計算科学を第三の科学というのに倣って、「実験式、経験式による設計」「実物の試作による設計」を越えた「第三の(設計)工学」という人もいる。
  設問4 その他「情報学の展望」に関するご意見、提案等何でもお書き下さい。
    情報学において標準化の問題の重要性を提起したい。この分野は進展が早く、ISOなどのde jure規格では追いつかず、オープンな業界団体(W3C、OASIS、OGFなど)が活躍しているが、優勢な特定の企業のde facto規格がまかり通っている分野も多い。これを今後どうするのか提言する必要があると考える。

 

3月4日に情報学シンポジウムが行われたが、海外出張中で参加できなかった。

「国際サイエンスデータ分科会」とともに、2009年2月、情報学と統計学に関わる領域の議論を行うために、あらたに「大量実データの利活用基盤分科会」が設置され、筆者もメンバとなった。

2) 最先端研究開発支援プログラム
リーマンショックによる経済危機対策として、政府は年度が始まってすぐの4月28日に、平成21年度(2009年度)補正予算案を閣議決定し、国会に提出した。総額13兆9256億円で過去最高額の補正予算案であった。文部科学省関連では、「低炭素革命4881億円」、「健康長寿・子育て1159億円」、「雇用対策37億円」と並んで「底力発揮・21世紀型インフラ整備7097億円」があり、その中の(4) 世界最先端研究支援強化プログラムとして2700億円が計上された。研究に集中できるサポート体制、複数年度に自由に運営できる研究資金など、従来にない全く新しい「研究者最優先」の制度の創設が特徴で、独法に基金を設置することとなった。4月には「独立行政法人日本学術振興会法の一部を改正する法律」(案)が提出され、平成21年度補正予算により公布される補助金により、以下の事業を今後5年間にわたり集中的に実施するため、学振に基金を設ける。

(1) 最先端 2700億円
(2) 若手研究者海外派遣事業 300億円

朝日新聞等によると、世界最先端研究支援強化プログラム(仮称)は、日本学術振興会に2700億円の基金を設立し、総合科学技術会議を拡充した有識者会議により、世界トップ級と認められる30テーマとその中心研究者を選び、1件当たり平均90億円を支給する。国の研究費は年度をまたいで使ったり、用途を変えたりするのが難しかったが、この基金は5年間自由に使える。米国などでは研究資金を、年度をまたいで自由に使える場合が多く、研究者からは「(日本では)研究どころか雑務で大変」との不満があった。研究者が研究に専念しやすいように、「支援機関」も指名できる。支援機関は事務、資金や知的財産の管理、実験装置の提侠データ解析などの役割を想定している。独法、大学、企業等に公募し、中心研究者が指名する。国の科学技術関連予算の3分の2を担う文部科学省が1年間に計上する研究者に支給する研究費は、計2500億円(09年度当初予算)。公募式の科研費が約2千億円で、約500億円は国が推進する分野の研究者らに戦略的に拠出している。ただ最も額が多くても5年間で15億~20億円となっている。

ちなみに、2007年から始まっているWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、同じく日本学術振興会が運営しているがこれとは別である。

このプログラムに危機感を抱いた日本私立大学協会は5月23日「世界最先端研究支援強化プログラム(仮称)に関する勉強会」を開催した。参加者は学長または担当理事が想定されていたが、工学院大学では後援会新旧役員・幹事歓送迎会(「後援会」は学生の父母の会)という重要イベントで重鎮は都合がつかず、筆者が学長代理として出席した。文部科学省の方々も説明に来ておられた。いろいろ質問が出たが、私学としては、この制度が地方や私学の有力教授を東京に吸収することになるのではないかと危惧する意見が出た。私学としては人をとられると困る。中心研究者を事実上研究に専念させるならその給料も出して欲しい、というような意見まで出た。

筆者としては、基金で運営というのは(野党から批判されそうだが)研究費としては使いやすい制度になりうる要素を持っていると見た。ただ、「支援機関を中心研究者が選ぶ」というシステムは、各機関の中心研究者争奪戦となり、想像するだけで笑ってしまう。

補正予算案がいつ国会を通ったかは不明であるが、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)は、 7月3日から24日まで公募され、565件の応募があった。これを選考するために、最先端研究開発支援会議が2009年6月19日に設置された。

構成員は以下の通り。

座長:麻生太郞→鳩山由紀夫 内閣総理大臣
座長代理:野田聖子→菅直人 科学技術政策担当大臣
相澤 益男 総合科学技術会議議員
榊原 定征 総合科学技術会議議員
國井 秀子 リコーITソリューションズ株式会社取締役会長執行役員
小林  誠 独立行政法人日本学術振興会理事・学術システム研究センター所長
佐々木 毅 学習院大学教授
白井 克彦 早稲田大学総長
竹中 登一 アステラス製薬株式会社代表取締役会長
千野 境子 産経新聞社論説委員・特別記者
長谷川 眞理子 総合研究大学院大学教授
松井 孝典 千葉工業大学惑星探査研究センター所長、東京大学名誉教授
渡辺 捷昭 トヨタ自動車株式会社代表取締役副会長

 

最先端研究開発支援会議は3回開催された。

  日付 主要な議事
第1回 2009年6月29日 (1) 最先端研究開発支援プログラムについて
(3) 中心研究者・研究課題の公募及び選定の方針等について
(4) 最先端研究開発支援ワーキングチームの開催等について
(5) 意見交換
(6) その他
配付資料)(議事概要
第2回 2009年9月4日
15:29~17:05
(1)中心研究者案及び研究課題案について
(2)その他
(配付資料は非公開)(議事概要
第3回 2009年9月4日
17:41~18:47
(1) 中心研究者及び研究課題の決定について(報告)
(2) 先端研究助成基金の運用に係る方針(案)について
(3) 研究支援担当機関の公募及び選定の方針(案)について
(4) 研究支援担当機関の公募のスケジュール(案)について
(5) その他
配付資料)(議事概要

 

実際の選考作業は作業部会が行ったと思うが、この結果30件が採択された。研究支援機関は、JST、理化学研究所、産総研、NEDO、NII、所属大学など多様である。

ただ、8月30日の総選挙で国立大学の民営化などを主張していた民主党が大勝したので、民主党政権になったら見直されるのではないか、という心配もあった。

朝日新聞9月23日朝刊「私の視点」欄に志村令郎 自然科学研究機構長が「巨額の研究支援 選考拙速、予算執行急ぐな」と投稿し、金額はずっと小さいが、創造性に溢れた研究テーマを持った研究者は、我が国には沢山存在しているので、予算をそちらに回すべきであると主張した。勘ぐれば、30件の中に自然科学研究機構に属する研究者は一人も入っていないので、こういう発言が出てきたという見方もあった。

筆者として最先端研究開発支援を擁護するつもりはないが、今回の制度設計には(拙速とは言え)注目する点がいくつかあった。

(1) 基金として確保され、執行は年度の境を気にしないでいいこと
(2) 研究支援組織を中心研究者が選べること
(3) 中間評価がないこと(これは議論の余地あり)

今後の研究支援制度にどう波及するかが注目される。余談であるが、筆者は8月中旬に「政権が変わって、すべての中間評価はやらなくてよくなった。」という夢を見た。正夢とはならなかったが。

補正予算のもう一つの目玉は若手研究者海外派遣事業で、研究目的で3カ月以上、海外に滞在する若手研究者に対し、文部科学省が航空運賃や滞在費を支給する事業に乗り出す。日本学術振興会に300億円の基金を設置、今夏にも公募を始める。2009年度補正予算に盛り込まれた科学技術振興費の一環で、5年間で1.5万~3万人の支援を見込んでいる。支援額は1人平均100万円程度。

この事業がどうなったかは知らない。

次回は、「政府関係の動き」の続きである。地球シミュレータ2の設置や、計算科学をめぐる色々な政府系プロジェクトなど。

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