新HPCの歩み(第105回)-1992年(b)-
3回目のSupercomputing Japan 92がパシフィコ横浜で開催されたが、これが最後となった。SWoPP日向灘’92では「懇親会には夕食を済ませてからおいでください。」という珍掲示が出された。第3世代のスーパーコンピュータとして日立はS-3800を、富士通はVPP500を発表した。同時に超並列コンピュータとして富士通はAP1000を、日本電気はCenju-IIを開発した。 |
国内会議
1) 前処理付き共役傾斜法シンポジウム
タイトルはその時の話題によって変わっているが、第8回前処理付き共役傾斜法シンポジウムが、1992年2月28日、慶応義塾大学(日吉)で開催された。主催者は野寺隆(慶応義塾大学)と名取亮(筑波大学)。
2) HAS研
HAS研(Hitachiアカデミックシステム研究会)は、1992年3月26日に第4回研究会を行った。
第4回研究会(1992年3月26日) |
|
スーパーコンピュータの動向 |
株式会社日立製作所 阿部 仁 |
OSFの現状 |
株式会社日立製作所 井村 淳一 |
11月20日には第5回研究会と第4回シンポジウムを行った。第5回研究会のプログラムは以下の通り。
スーパーコンピュータの活用 |
|
大型計算機センター スーパーコンピュータの運用形態と利用状況 |
東京大学 香田 健二 |
埼玉大学 S-820/15導入後10ヵ月後の現状 |
埼玉大学 福島 又一 |
超並列コンピュータ |
|
計算物理学と超並列コンピュータ |
筑波大学 岩崎 洋一 |
第4回シンポジウムのプログラムは以下の通り。
第1部 分科会報告 |
|
第1回、第2回WS&ソフトウェア、ネットワーク合同分科会 |
帝京技術科学大学 神沼 靖子 |
第4回、第5回 情報処理教育分科会 |
横浜国立大学 有澤 博 |
ご指摘事項に対するご報告 |
株式会社日立製作所 角 行之 水田 博明 |
第2部 ダウンサイジング・オープン時代における汎用機・汎用OSの役割 |
|
汎用機・汎用OSをめぐって |
千葉大学 土屋 俊 |
情報処理センターで何が必要か |
横浜国立大学 有澤 博 |
RAS機能比較 |
株式会社日立製作所 木村 伊九夫 |
3) Supercomputing Japan 92
3回目のSupercomputing Japanは、4月22日~24日、今度は池袋ではなく、前年竣工したばかりの横浜「みなとみらい」にあるパシフィコ横浜ホールBで開かれた。参加費はなんと65000円(当日登録は75000円)。実行委員を務めた(参加費免除)。日本側の担当はJTB系のアイシーエス(ICS)企画に変更した。初日の講演は英語で、あと2日は日本語の講演が主であった。展示会場はかなり広く、55社が出展、盛会であった。Convex社が元気で、ヒラヒラの薄物を身にまとった女性を10人ほどコンピュータの周りで踊らせていたのを思い出す。まだバブル気分の余韻が残っていた。講演のプログラムは以下の通り。
4月22日(水) |
||
9:30 |
Trends in High Performance Computing Environments |
Paul C. Messina (Caltech) |
11:00 |
Scientific Visualization of Complex Fluid Flow |
Paul R. Woodward (AHPCRC Univ. of Minnesota) |
13:00 |
Numerical Simulation of Molecular Properties for the Chemical Industry |
David A. Dixon (DuPont Company) |
14:15 |
Large-Scale Dynamics Material Simulation Using Coupled Workstations |
Michael P. Teter (Corning, Inc.) |
16:00 |
Determining Biological Structure and Function Using Scalable Parallel Architectures |
Robert I. Martino (NIH) |
4月23日(木) |
||
9:30 |
SSC実験での高速大量データ処理 |
尼子勝哉(KEK) |
10:30 |
ヒトゲノム解析におけるスーパーコンピューティング |
金久實(京都大学) |
13:00 |
スーパーコンピューティングにおけるプリ・ポストプロセシング |
三好俊郎、高野直樹(東京大学) |
14:00 |
スーパー/パラレル有限要素法の動向 |
矢川元基(東京大学) |
15:30 |
三次元流れ解析によるラジェータ通過風量の予測 |
安木剛(トヨタ自動車) |
16:30 |
自動車室内騒音の構造-音響連成問題の数値シミュレーション |
萩原一郎(日産自動車) |
4月24日(金) |
||
9:30 |
エンジニアリング分野における数値流体解析とSTAR-CD |
徐錦青(リクルート) |
10:30 |
高速新幹線車両周りの気流シミュレーションとLESによる流体音響解析 |
池川昌弘(日立製作所) |
13:00 |
乱流解析の最近の展開 |
小林敏雄(東京大学) |
14:00 |
東京の温暖化のスーパーコンピューティング |
齋藤武雄(東北大学) |
15:30 |
数値予報モデルによる台風予報 |
岩崎俊樹(気象庁予報部) |
16:30 |
三次元電磁界のスーパーコンピューティング |
中田高義(岡山大学) |
4回目もパシフィコ横浜で、1993年4月14日~16日に計画した。今度は組織委員長を頼まれた。プログラム委員長は杉本大一郎。後述のように、11月のSC92の帰りに、Parker氏とICS企画の鬼頭淳一氏と3人で会い、ソーサリトのレストランで打合せた。ところが、日本はバブル崩壊の真っ最中で、出展者が集まらず、1年延期。しかも94年にも開かれず、Meridian Pacificは倒産してしまった。筆者の机の中には、Supercomputing Japan 93の幻のテレフォンカードがある(後述)。
4) NSUGセミナー
NSUG(日本サン・ユーザ・グループ)では、1992年5月22日、Sun創立10周年を記念してダイヤモンドホテルにおいてセミナーミーティングを開催した。
12:45-14:15 |
「今後のキーテクノロジについて」米国サン 研究/開発担当副社長ビル・ジョイ講演ビデオ観賞(日本語音声付) |
|
14:15-14:30 |
- 相磯先生によるビデオ解説 |
慶応義塾大学環境情報学部/NSUG会長 相磯 秀夫 |
14:30-14:45 |
コーヒーブレイク |
|
14:45-16:45 |
パネル討論 テーマ:“10年後のコンピュータ” (司会)慶応義塾大学環境情報学部学部長/NSUG会長 相磯 秀夫 NTT基礎研究所 竹内 郁雄 電子技術総合研究所 情報アーキテクチャ部 二木 厚吉 日本総合研究所 経営システム研究部 進藤 雅郎 日本サン・マイクロシステムズ(株) 研究開発部 植松 裕次 |
|
16:50-18:00 |
ビアタイム |
5) 数値解析シンポジウム
第21回数値解析シンポジウムは、1992年6月10日(水)~12日(金)に宮城県鳴瀬町野蒜(奥松島)の「かんぽ保養センター」で開催された。担当は東北大学、参加者95名。プログラムは以下の通り。
(1) 前処理つき Gauss-Seidel 反復法による Josephson 論理 gate の回路 simulation 須田 礼仁(東京大学理学部) |
(2) 四次精度移流拡散差分問題の安定性 名古屋靖一郎、牛島 照夫(電気通信大学) |
(3) 時間依存の非線形拡散方程式の数値解法 — stubborn な方程式とその扱い方について — 村田 健郎(神奈川大学理学部) |
(4) 自由境界問題へのスペクトル法の応用とその評価 今井 仁司 (筑波大学電子・情報系)、周 偉東(筑波大学工学研究科) 名取 亮(筑波大学電子・情報系)、河原田秀夫(千葉大学工学部) |
(5) 一般化座標での Staggered 格子配置の検討について 武本 行正(四日市大学経済学部) |
(6)メモリバンク・コンフリクトの数理的考察 藤野 清次(計算流体研究所)、竹内 敏己(花王KK文理科学研究所) |
(7) 大規模疎行列に対する直接法と反復法の並列計算例 茂木 和弘(群馬大学)、渡辺 成良、馬場 俊輔(電気通信大学) |
(8) The Convergence of Asynchronous Iterations for the Fixed Point of a Splitting Operator 李 磊(青森大学工学部)、中村 維男(東北大学工学部) |
(9) A Comparison Study of Fourier and Wavelet Approximations 小林 メイ(IBM東京研究所) |
(10) 共役勾配法における丸め誤差解析とその評価法について 幸谷 智紀(日本大学大学院)、永坂 秀子(日本大学理工学部) |
(11) マルチグリッド前処理付共役勾配法 建部 修見(東京大学理学部) |
(12) 意味の数学モデルとその応用 北川 高嗣(筑波大学電子・情報系) |
(13) 3, 4, 5, 6次元 Good Lattice Point 公式 杉浦 洋、鳥居 久則(名古屋大学工学部) |
(14) Lanczos法を用いた大規模固有値問題の高速解法 田辺 隆人(数理システム) |
(15) 逆反復法のダブルシフトとその関連技法 戸川 隼人(日本大学大学院) |
(16) 対称三項行列の固有値問題のための分撃法 二宮 市三(中部大学経営情報学部) |
(17) An Application of Sun’s Theorem for Solving Algebraic Equations 鳥居 達生、桜井 鉄也、杉浦 洋(名古屋大学工学部) |
(18) 多項式高速アルゴリズムの統一型とその一般化 李 磊(青森大学工学部)、鳥居 達生(名古屋大学工学部) |
(19) 誤差評価付き 存在と一意性の定理について 篠原 能材(徳島大学工学部) |
(20) 非負係数を持つ Adams 型線形多段解法の可到達次数と安定性 小沢 一文 (東北大学教養部) |
(21) 常微分方程式における補外法について 室伏 誠(職業訓練大学校)、永坂 秀子(日本大学理工学部) |
(22) Euler-Maclaurin型の Hermite-Birkhoff 数値積分公式について 鈴木 千里(静岡理工科大学) |
(23) 代数方程式の複合的数値解法について 小嶋 卓(静岡理工科大学) |
(24) 数学計算と文書処理の結合 — 数式の取扱い — 趙 燕結、桜井 鉄也、杉浦 洋、鳥居 達生(名古屋大学工学部) |
(25) 私のTEXノートブック 野寺 隆(慶應義塾大学理工学部) |
(26) 行列演算用言語 LAMAX-S のその後のその後 — スーパコンピュータへの本格的対応と教育への試み — 内田 智史(神奈川大学)、八巻 直一(システム計画研究所)本郷 茂(専修大学) |
(27) 多倍長計算プログラム MPPACK 平山 弘、斉藤 邦利(神奈川工科大学) |
(28) オブジェクト指向言語 C++ による多倍長計算システム 平山 弘(神奈川工科大学) |
(29) 非線形最適化問題の効率的な解法 山下 浩(KK数理システム) |
(30) 数理計画法ソフトウェアASNOPのその後のその後 — Part 1.多言語対応の試み — 本郷 茂(専修大学)、久保田光一(中央大学理工学部) 八巻 直一(システム計画研究所)、宮田 雅智(青山学院女子短期大学) |
(31) 数理計画法ソフトウェアASNOPのその後のその後 — Part 2.自動微分の試み — 本郷 茂(専修大学)、久保田光一(中央大学理工学部) 八巻 直一(システム計画研究所)、宮田 雅智(青山学院女子短期大学) |
(32) 近似代数のすすめ 佐々木建昭(筑波大学) |
(33) 高速自動微分法の立場から見た逆行列計算、感度解析、等 伊理 正夫(東京大学工学部)、久保田光一(中央大学理工学部) |
5) JSPP 92
第4回目のJSPPは、パシフィコ横浜で6月15日~17日に開催された。主催は、情報処理学会から計算機アーキテクチャ研究会,データベース研究会,オペレーティングシステム研究会,アルゴリズム研究会,プログラミング -言語・基礎・実践- 研究会,数値解析研究会,電子情報通信学会からコンピュータシステム研究会、協賛は日本ソフトウェア科学会であった。実行委員会は、委員長富田 眞治 (京大)、副委員長小池 誠彦 (日電),安村 通晃 (慶大)、幹事天野 英晴 (慶大),柴山 潔 (京大),中田 登志之 (日電)であった。筆者はプログラム委員を務めた。
15日に2件の招待講演が行われた。
流れのシミュレーションとスーパーコンピュータ |
桑原 邦郎(宇宙科学研究所) |
超並列AI処理 |
北野 宏明(日本電気) |
北野氏の講演は、加筆の上、bit誌1993年3月号に「超並列人工知能とグランドチャレンジ」のタイトルで掲載されている。
Kahanerの分析によると、論文の著者の所属(共著者も含む)別の論文数は以下の通り。1件だけの所属組織は省略した。
東京大学 |
9件 |
電総研 |
6件 |
日本電気 |
6件 |
九州大学 |
5件 |
ICOT |
4件 |
NTT |
4件 |
筑波大学 |
4件 |
早稲田大学 |
4件 |
富士通/富士通研 |
3件 |
京都大学 |
3件 |
大阪大学 |
3件 |
日立製作所 |
2件 |
松下電器 |
2件 |
三菱電機 |
2件 |
16日には、パネル討論会「並列計算機の実用化・商用化を逡巡させる諸要因とは?――その徹底分析と克服――」が企画された。目的は、ハードウェア・アーキテクチャ的には大規模並列計算機が作れる時代となって来ており、米国では並列計算機の商用化が進んでいるのに、日本では、なぜかその実用化・商用化が遅れている。その要因の徹底分析と克服の方向を探る、ということであった。詳細な報告が『情報処理』34巻4号(1993)p.457-482に掲載されている。パネリストは以下の通り。
司会:富田眞治(京大) |
パネリスト(悪玉):稲上泰宏(日立)、島崎眞昭(九大)、小柳義夫(東大)、吉岡顕(東大) |
パネリスト(善玉):笠原博徳(早大)、瀧和男(ICOT)、山田実(日本シンキングマシンズ)、高橋延匡(東京農工大) |
すぐ分かるように、悪玉はベクトル計算機擁護派、善玉は並列計算機擁護派である。1988年頃のMannheim Supercomputer Seminarでのパネル討論で言えば、前者が「カトリック」後者が「プロテスタント」である。筆者は並列計算機の研究者でもあったが、ここでは「カトリック」側からベクトルユーザの観点で「なぜユーザはベクトル計算機から離れられないのか(Why users can’t say good-bye to vector supercomputers?)」という発題を行った。ベクトル導入期の印象として、ユーザは保守的であり、動いているプログラムは触りたくないという習性がある上、ベクトルの初期に、「ベクトル化の技法」という講習会が盛んに行われ、普及に寄与した反面、非常にむつかしい機械だという印象を与えてしまったことを指摘した。これを打ち破ったのは、2~30倍の性能向上という成功体験で、高並列計算機でもそのような成功体験を積み重ねる必要がある、と述べた。
続いて懇親会を、隣接するヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルで行ったが、食べ物が乾杯後13分でなくなってしまい、話題となった。雑誌『Oh!X』8月号のpp.162-3に、「第62回知能機械概論『なぜ13分で料理が消えたのか』」という記事が出ていたそうである。担当の天野実行委員曰く、「これでも“質より量を”と頼んだんですが。」
7) SWoPP 92
![]() |
|
第5回目のSWoPPが、「1992年並列/分散/協調処理に関する『日向灘』サマー・ワークショップ (SWoPP日向灘’92)」の名の下に、1992年8月19日(水)-21日(金)にシーサイドホテルフェニックス(宮崎市)で開催された。発表件数126、参加者数254であった。筆者は初めて参加した。前日に台風が来て飛行機のスケジュールが乱れた。
共催研究会は、電子情報通信学会からは、コンピュータシステム研究会、人工知能と知識処理研究会、ウェーハスケール集積システム研究会、情報処理学会からは、数値解析研究会,プログラミング-言語・基礎・実践-研究会、人工知能研究会、オペレ-ティング・システム研究会、計算機アーキテクチャ研究会、人工知能学会からは知識ベースシステム研究会であった。
JSPPでの「13分料理消滅事件」に懲りてか、「懇親会には夕食を済ませてからおいでください。」という珍掲示が出されたので皆首を傾げた。写真はその懇親会風景。
8) 数理解析研究所
京都大学数理解析研究所の研究集会「数値計算技術の基礎理論」は、伊理正夫を代表として1992年11月4日~6日に開催された。第24回目である。報告書は講究録No. 832に収録されている。
日本の企業の動き
1) 日立(S-3800)
4月、日立は第3世代のHITAC S-3800シリーズを発表した。最大のmodel 400は4並列の共有メモリプロセッサで、ピーク性能32 GFlopsであった。日立では最初の並列ベクトルプロセッサである。主記憶はアクセス15nsの1Mb/4MbのBiCMOS(ECCは1b修正、2b検出)で、拡張記憶はアクセス100nsの4Mb CMOS(2b修正)である。Logic LSIは0.5μテクノロジで、遅延60psの25 Kgatesと、遅延70psの12kgatesである。ベクトルレジスタのLSIは、9kgatesとアクセス1nsの18kbメモリとアクセス1.6nsの256kbのRAMから成る。
従来のS-810やS-820に比べてベクトル命令が9個増えている。8つはvector=vector×vector+vector型の演算であるが、もう一つは乱数生成用の7バイト整数乗算である。
![]() |
|
HITAC S-3800 |
後者は、実は後藤英一先生と筆者のアイデアである。31ビットの整数では乗算合同法の周期は229であるが、スーパーコンピュータでは1周期が1秒以下で生成されてしまい、不十分である。ところが、日立のベクトル乗算器は、倍精度浮動小数の仮数部56 bitsの乗算において、積を112 bitsフルに保存している(下位を捨てないのは整数演算にも使うためであろう)ことを知り、これを使ってわずかなゲートの付加で56 bitsの乗算合同法を実行することをGNOH研究会で提案した。これで周期は254に伸びる。S-3800のベクトル命令に採用された。他の目的には使わず、乱数パッケージだけで使われていた。その後のシステムには継承されていない。実はS-820でも乗算後の下位の56ビットを上位に移す命令があり、これを使うとS-820でも同様なことができる。がんばってその疑似アセンブリプログラムを書いてみたが、テスト実行はしていない。
ベクトルコンピュータではバンクコンフリクトが大問題であった。メモリが2のべき乗個のバンクに分かれているので、連続アクセスには強いが、2の高いべき乗の奇数倍の間隔でアクセスすると、同一バンクを集中的にアクセスすることになり実質的なメモリバンド幅が激減する。しかも、科学技術計算にはこういうケースが多い。そこで、S-3800では、バンクのマッピングに工夫を加え2のべき乗の間隔のアクセスでもコンフリクトが起こらないようになっていた。しかしバンク数が有限である限りバンクコンフリクトは完全にはなくせない。この工夫により今度は9語とか17語とかの間隔でコンフリクトが起こるようになった。筆者が開発し皆が使っていたQCDのプログラムでは、カラーの自由度が3のため、3×3=9語間隔のアクセスが頻出し、かえって遅くなってしまった。この原因を究明するまでに時間を要した。原因が分かったので、割り付けを変えて対処した。写真は情報処理学会コンピュータ博物館から。
1996年6月のTop500から、S-3800の設置状況を示す。Rmaxの単位はGFlopsである。
設置組織 |
機種 |
Rmax |
順位 |
設置年 |
東京大学大型計算機センター |
S-3800/480 |
28.4 |
37位tie |
1993/2 |
気象庁 |
S-3800/480 |
28.4 |
1995 |
|
日立社内 |
S-3800/480 |
28.4 |
1994 |
|
東北大学金属材料研究所 |
S-3800/380 |
21.6 |
52位tie |
1994 |
北海道大学 |
S-3800/380 |
21.6 |
1994 |
|
電力中央研究所 |
S-3800/280 |
14.6 |
74位 |
1996 |
気象研究所 |
S-3800/180 |
7.4 |
190位 |
1993 |
スズキ株式会社 |
S-3800/260 |
7.1 |
195位 |
1993 |
千葉大学 |
S-3800/160 |
3.7 |
438位tie |
1996 |
メインフレームでは、2月にM-860プロセッサグループを発表した。
2) 富士通(VPP500、μV)
![]() |
|
FUJITSU VPP-500 |
富士通は、9月10日、第3世代のスーパーコンピュータとして、高並列ベクトルコンピュータVPP500を発表した。これはNAL(航空宇宙技術研究所)と富士通が共同開発し、翌1993年1月に稼動したNWT (Numerical Wind Tunnel 数値風洞)の技術で開発されたもので、物理的には分散メモリの高並列ベクトル計算機である。ノードはGaAs, BiCMOS, ECLが混在して用いられ、クロックは10 ns、ノード当たりのピーク性能は1.6 GFlopsである。また相互接続網は単段のクロスバネットワークで、理論上222ノードまで結合できる。スカラユニットはメインフレーム互換ではなく、64ビットのLIW (Long Instruction Word)プロセッサであった。なお、物理的には分散メモリであるが、VPP-FORTRANでは、共有メモリモデルによるプログラムを標準としており、従来のプログラムから容易に移行できるように設計されている。出荷予定は1993年9月。写真は情報処理学会コンピュータ博物館から。
1996年6月のTop500においては、VPP500の設置状況は以下の通りである。
設置組織 |
機種 |
Rmax |
順位 |
設置年 |
高エネルギー研 |
VPP500/80 |
98.9 |
7位 |
1995 |
名古屋大学 |
VPP500/42 |
54.5 |
14位tie |
1995 |
日本原子力研究所 |
VPP500/42 |
54.5 |
1994 |
|
東大物性研 |
VPP500/40 |
52 |
37位tie |
1994 |
国立遺伝研究所 |
VPP500/40 |
52 |
1995 |
|
オングストローム技術研究組合 |
VPP500/32 |
42.4 |
23位 |
1993 |
筑波大学 |
VPP500/30 |
39.8 |
24位 |
1993 |
理研 |
VPP500/28 |
37.2 |
28位 |
1993 |
京都大学 |
VPP500/15 |
20.3 |
54位 |
1995 |
通信研究所 |
VPP500/10 |
13.6 |
110位 |
1994 |
富士通システム評価センター |
VPP500/8 |
11.0 |
143位 |
1995 |
宇宙科学研究所 |
VPP500/7 |
9.7 |
154位 |
1994 |
富士通アメリカ |
VPP500/4 |
5.6 |
261位tie |
1995 |
IFP Energies Nouvelles |
VPP500/4 |
5.6 |
1995 |
|
Darmstadt工科大学 |
VPP500/4 |
5.6 |
1994 |
|
都立科学技術大学 |
VPP500/4 |
5.6 |
1995 |
|
トヨタ自動車 |
VPP500/4 |
5.6 |
1995 |
|
Aachen工科大学RWTH |
VPP500/4 |
5.6 |
1994 |
メインフレームでは5月、新M-1000シリーズを発表した。
これとは別であるが、このころ富士通は1チップのベクトル処理LSI(μVP)を発表した。テクノロジは0.5μCMOS。クロック70 MHzで、ピーク性能は単精度289 MFLops、倍精度149 MFLopsである。バスのバンド幅は560 MB/s。ただ、ベクトル命令のissueに制限があり、ベクトルスーパーコンピュータには及ぶべくもなかった。以前に述べたとおり、Meiko Scientific社(1985年創業)は、1993年、SPARCとμVPをノードとしたCS-2を開発している。「マイクロヴェクトルプロセッサμVPボード」(ママ)を開発した会社もあった。
3) 富士通(AP1000)
![]() |
|
FUJITSU AP1000 |
10月、富士通研究所は、超並列コンピュータAP1000を発表した。これは16台から1024台のSPARC IUチップ (L64801)とFPU(Weitek 3170A)を用いたPEからなる分散メモリ型並列コンピュータであり、2次元トーラス形のトポロジで接続されている。そのほかに放送用のネットワークと同期用のネットワークを持つ。CAP-IIという名前で開発されて来たものであろう。1024台の場合の最高性能は12.5 GFlopsであった。発表の前年1991年9月号のSupercomputing Reviewによると、富士通は、その頃からすでに海外の大学2校にAP1000を(CAP-IIの名で)設置している。英国のUniversity of Manchester Institute of Science and Technology (UMIST)とオーストラリアのAustralian National University (ANU)である。写真は情報処理学会コンピュータ博物館から。
富士通研究所は1991年7月から並列処理研究センターにAP1000を設置し研究者に公開していた。あわせて1992年から公開のワークショップ”Parallel Computing Workshop”を川崎市中原の富士通川崎工場などで毎年開催している。筆者の研究室が参加したのは1996年ごろからである。なお、このセンターでのAP1000など超並列コンピュータの提供は1999年3月末で終了した。
7月21日のICS会議において、富士通は300 GFlopsを超える並列ベクトルスーパーコンピュータを開発中であり、年内に出荷予定であることを発表した。この時点で名称を公表したかどうかはわからないが、数値風洞およびVPP500の発表であった。講演の中で、VP(アメリカではVPX)のベクトルコンピュータの経験と、AP1000の並列処理の経験を統合したものだと強調した。
ワークステーションでは、1992年5月、Sun Microsystems社からのOEM提供を受けてFUJITSU S-4/10 model 30/40/50が発表された。これらは、Sun SPARCstation 10と、Sun SPARCserver 10に対応する。CPUはSuperSPARCである。
4) 日本電気(Cenju-II、SX-3R)
1988年に並列コンピュータCenjuを開発した日本電気は、1992年に並列コンピュータCenju-IIを開発した。CPUとしてはMIPS R3000のNEC版であるVR3000(25 MHz)を用い、プロセッサ数は最大256である。プログラミングを容易にするため分散共有メモリを採用し、どのプロセッサのメモリも直接アクセス可能にするとともに、高速な通信のためには明示的なBurst Memory Transferもサポートしている。Cenju-IIは一般的な商品ではないが、スイスのCSCSにはSX-3とともに設置されていた。また1993年1月には日本原子力研究所那珂研究所が20プロセッサのCenju-IIを導入し、プラズマ核融合のシミュレーションに用いている。
また1992年1月、SX-3の改良版SX-3Rシリーズを発売した。1992年7月24日、日本電気本社ビル地下1回多目的ホールで、第8回スーパーコンピュータセミナーを開催し、「SC-3Rシリーズのアプリケーション」をテーマに、6件の講演が行われた。
![]() |
|
ADENA II 出典:一般社団法人 情報処理学会 Web サイト「コンピュータ博物館」 |
5) 松下電器産業
松下電器産業は、1990年、京都大学の野木達夫らとともに256プロセッサのADENA IIを開発したが、1992年10月をめどに、WIDE、JAIN、ISDNなどを用いてADENA IIの遠隔コンピュータサービスを開始すると、5月に発表した。写真は情報処理学会コンピュータ博物館から。
6) 日本NCR社 (NCR3600)
日本エヌ・シー・アール社は、1992年、日本初の商用超並列コンピュータNCR 3600を発表した。最大256台のIntel 486で構成され、相互接続はTeradataによるY-netを採用した。結合網内でのソーティング処理ができる。20台のディスクアレイからなるディスクサブシステム(21.7 GB)が48台接続できる。最大8.5 GIPSである。
7) Sony (NEWS)
Sonyは1992年10月から、R4000/R4400を搭載した、NWS-5000シリーズを発売した。
8) 計算流体力学研究所
同社は、一時は数十社の取引先があったが、バブルの崩壊にともなって業績不振に陥り、富士通や日立のベクトルスーパーコンピュータを5月末までにすべて撤去した。7月23日付けの日本経済新聞によると、同社はユーザ会社に使用料残額7億円の支払いを求めて訴訟を起こしたことが書かれている。「ある時払いの催促なし」というような契約の曖昧さが問題とされている。
9) リクルート社
スーパーコンピュータの時間貸し事業をやってきたリクルート社は、所有しているスーパーコンピュータ2台を1992年度中に廃棄し、事業から撤退すると発表した。ISR研究所は1993年に閉鎖する。
10) 日本IBM社
5月3日~9日に、日本IBM社が、日本の大学の情報電子関連学科の就職担当教員をアメリカに派遣するという企画があり、筆者も参加した。東海岸では、IBM Customer Exec Education Center (Palisades, NY、ハドソン川のすぐ西側)に泊まった。快適ではあったが、全館禁酒なので、こっそり持ち込んだ酒を個室で飲んだ。まず、センターではIBMの世界戦略について説明があった。当時、日本はバブルの余韻が残っていたが、アメリカは不景気で、IBMがどうそれを切り抜けるかという解説があった。Watson Lab.では、午前中は研究所全体の説明があり、午後は個別ということで、筆者は一人で並列研究部門を訪問した。Marc SnirとGeorge Almasi両氏が対応してくださった。GF11は500ノードで動いているとのこと。RP3について聞いたが昨年閉鎖したと言っていた。T800を16×16に近接接続したVictorとか、i860を2個(片方は通信用)用いたノードを多段ネットワークで結合したVulcanなどの説明を受けた。後者は40人以上で開発していると、かなり力が入った感じだった。今から思うと、VulcanのチップをPowerに代えればIBM SP1である。ニューヨーク滞在最後の晩に世界貿易センターの最上階のレストランで食事をしたが、翌1993年2月には地下駐車場が爆破され肝を冷やした。もちろん、2001年の9.11事件を含め、いずれもアルカイダの仕業であった。西海岸では、Almaden研究所やStanford大学やUC Berkeleyを訪問した。
次回は、標準化、性能評価、ネットワーク関係と、アメリカ政府の動きや日米スーパーコンピュータ摩擦。並列記述言語HPFの議論が急速に進む。並列処理の性能評価として、NAS Parallel Benchmarks、EuroBen、Parkbenchなどが提案される。アメリカは日本国内のスーパーコンピュータ調達に続々イチャモンを付けてくる。中国で銀河2号が完成する。
![]() |
![]() |
![]() |
1件のコメントがあります
|ところが、日立のベクトル乗算器は、
|倍精度浮動小数の仮数部56 bitsの乗算において、
|積を112 bitsフルに保存している
|(下位を捨てないのは整数演算にも使うためであろう)
S-3800は当時のIBM互換16進浮動小数点数でありましたが、
仮数部の積を計算の途中で2倍長で保持するのは、
演算の最終結果として「正しく丸められた値」を得るため
だろうと思います。
その後のIEEE754の規格のFP計算では、たぶんそのような
実現にしないと、規格が求めている正しい丸め操作の実現が、
できないかあるいは困難になると思われます。
初代のIBM-Power アーキテクチャの乗加算融合命令は、
乗算した結果の仮数部を丸めずに、内部的に倍長で
持ち続けることが出来る機能があったはずです。
そのため内積演算や多項式のHoner法による計算の
最終精度が良くなる技法が使えました。
しかし、Power-PC以降は、そのような内部的な仮数部の
二倍精度の利用ができる仕様は残念にも削られたと思います。
たとえば内積計算S = S + a(i)*b(i),i=1,2,…,Nで
Sの仮数部が実質倍長になって計算が出来たら、精度的には
極めて有利になります。