世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


7月 16, 2018

世界のエクサスケール開発競争と日仏同盟

HPCwire Japan

1周年を迎える理研とCEAの共同研究

理化学研究所とフランスの原子力・代替エネルギー庁(CEA)は2017年1月11日に次世代のスーパーコンピュータ、いわゆるエクサスケール・コンピュータを目指した計算科学及び計算機科学分野における研究協力の締結を行った。当初の期間は5年間である。今回、理化学研究所とCEAはドイツで6月末に開催されたスーパーコンピュータに関する2大国際会議のひとつであるISC2018において、本研究協力関係の1周年にあたりその成果を公表した。1年間の成果領域としては次の4点が挙げられる。

  • プログラミング環境と言語、ランタイム環境、およびエネルギーを重視したジョブスケジューラ技術
  • 性能と効率の指標と測定法、可能な限り効率が高く有益で生産的なコンピュータを設計することを念頭において。
  • 人材の教育とスキルの向上
  • 量子化学、物性物理学、原子力施設の耐震性に関するアプリケーション
     
      ISC2018で打ち合わせする理研とCEAのチーム

どの成果もエクサスケールマシンの開発では欠かせないものだ。具体的には日本側からコンパイラ技術、軽量カーネル技術などが、CEA側からは通信ライブラリ技術などが相互に提供されている。両者の研究者達は1年に数回日本とフランスで交互に会議を開催している。今回ISC2018の会場でも両者のチームが打ち合わせを行った。

 

世界のエクサスケール開発競争

さて理研とCEAの日仏関係は世界のHPCの中でどういう意味を持っているのだろうか?これは単なる国際共同研究プロジェクトではない。現在世界で繰り広げられているエクサスケール・コンピュータの熾烈な開発競争の中において、この日仏関係、いや同盟は重要な意味を持っている。

では世界のエクサスケール・コンピュータ開発の現状を見てみよう。以下のスライドはISC2018で公表されたスパコン市場調査会社Hyperion Research社より公表されたものだ。このスライドのように、エクサスケール・コンピュータの開発競争は主に4つの国と地域で激しく行われている。アメリカ、中国、EU、そして日本だ。現在の段階はプリ・エクサスケールと呼ばれるコンピュータを各国が開発している段階で、最初のエクサフロップスを達成するコンピュータができるのは2020年に中国が計画している。

世界のエクサスケール開発計画 (Hyperion社提供)

 

この図には記載されていないが、各国の状況は今回ISCで公表された内容を要約すると次のようになっている。

アメリカ:米国エネルギー省を中心に18億ドルの予算で3台のエクサスケール・コンピュータを開発する計画。今回トップとなったSummitはプリ・エクサスケール・コンピュータのひとつである。完成は2022年~2023年。使用するプロセッサは複数の予定。もちろんアメリカ製。

中国:まだ予算は確定していないが、1台あたり5億ドル程度のシステムを2台開発する計画で進行中。それまでに3台のプリ・エクサスケールを開発し、その中から2台の技術を選んでエクサスケール・コンピュータを開発。ピークがエクサフロップスに達するのは2020年を計画している。使用するプロセッサは国産プロセッサ。

EU:2台のエクサスケール・コンピュータを開発する予定。その内少なくとも1台はEU製のプロセッサを使う予定。ARMベースで進行中。

このように世界のエクサスケール・コンピュータの開発においては国産プロセッサを使うことが重要となっている。これはコンピュータの中枢部を他国に依存してしまうと、以前アメリカが中国に行ったGPGPUの禁輸措置のように、根幹となるプロセッサが手に入らなくなる可能性が出てきて、コンピュータの開発自体ができなくなるからだ。

以上が現在の世界のエクサスケール・コンピュータ開発の様子だ。しかし、これも政治的な要因と絡んで、状況が頻繁に変わっており今後も変わっていく可能性が大きい。

日本のエクサスケールマシン、ポスト「京」

では日本のエクサスケール開発はと言うと、それが理化学研究所計算科学研究センターが進めているポスト「京」の開発だ。開発予算の総額は1,300億円(国費分約1,100億円)でほぼ「京」の開発予算と同等である。

開発ベンダーはすでに決定しており、富士通が開発を請け負っている。使用するプロセッサはARMであり、ベクトル機能などスーパーコンピュータに欠かせない機能が付加されており、すでに試作チップが完成し機能試験を開始したと先日発表があった。さらに、ISC2018においてはポスト「京」のボードとラックのモックアップが展示され、他よりも一歩現実的なものとなっている。

しかし、他のエクサスケール開発計画と比べて決定的に異なるのは開発するマシンの台数だ。他の国や地域ではリスクヘッジするために複数台のエクサスケールマシンを開発する。1台が失敗したとしてもプランB(代替)があるというわけだが、日本はポスト「京」の1台だけである。ということは失敗してはならない!ということになる。そこで日仏同盟が重要になってくるのではないだろうか?

日本とフランス同盟の意味と今後

日本とフランスを含むEUとの共通点はプロセッサにARMを使うことだ。ARMはイギリスの会社だがプロセッサを販売しているのではなく、ISA(命令セットアーキテクチャ)を売っている。開発者はISAをARM社から購入し、製造自体は自分達で行わねばならない。ということは、富士通のARMは富士通が開発した国産プロセッサとなるのだ。(ARM社もソフトバンクに買収されたので国産企業とも言えないが・・・)

エクサスケール・コンピュータの開発ではどんなに高速でも、誰も使ってくれないコンピュータでは全く意味がない。そのためには、開発するプロセッサを広く多くのユーザや製品に利用できるようにする必要がある。最近よく言われる「エコシステム」だ。ARMをベースとしたHPC向けの「エコシステム」を日本とヨーロッパで共同で築くことができれば、日本単独もしくはヨーロッパ単独では成しえない、他のエクサスケール開発に対抗できる基軸となることができるのではないだろうか。それが今回の日仏協力関係の大きな目的なのだ。

 

理研計算科学研究センターの松岡聡センター長は2018年におけるHPC業界について次のように語っている。「今年は変革に年であると言えます。(TOP500に)新しいマシンが入って来ましたし、それらにおいては単にLINPACK性能を伸ばすだけでなく、新しいアプリケーションへの対応、特にAIを用いたものが本格的に使われるようになってきています。今年はECP(Exascale Computing Project)も動き出し、ポスト「京」も動き出していますし、今年はそういう意味でいろいろな新しいことが起きている変革の年と言えるのではないでしょうか。」さらに、ポスト「京」については、「ポスト「京」もこれからディテールが出てきて、非常に素晴らしいマシンになることが期待されています。今年はARMのエコシステムがいよいよ立ち上がり始めた、ということも大きな変革のひとつです。」

このような環境の中で日仏関係について計算科学研究センターの岡谷重雄副センター長は日仏の協力関係について次のように述べている。「そういった環境の中で日仏で協力して行きましょうということと、お互いで持っているARMのリソースを共有して行こうと話あっています。」

日仏のエクサスケールコンピュータの協力関係はまだ1年しか経過していないが、実は今年は日仏交流160周年の記念すべき年でもある。日仏関係はこの長い歴史に支えられている。