スパコンは富士通のソリューション力の結晶である
西 克也

国家プロジェクトとしてのスパコン開発は、地球シミュレータから始まり、「京」の開発、そして近頃開発が始まった新たなフラグシップマシンと、3代目となる。最初の地球シミュレータは日本電気、「京」では当初は富士通、日本電気の2社連合であったが、すでにご存知のように日本電気が途中で撤退したために富士通1社となった。そして、3代目のマシン開発は富士通単独で開発を請け負って開始されたところだ。
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テクニカルコンピューティング ソリューション事業本部長 山田昌彦氏 |
地球シミュレータとその後の「京」の開発では、予算および開発規模が大きく異なる。地球シミュレータの開発予算は約600億円、「京」はおおよそ倍の1200億円だ。これは開発規模が異なるからだけではない。開発メーカーから見た場合、両者は大きく異なる。地球シミュレータの場合には、プロセッサは従来のプロセッサを継承し、インターコネクトも従来のクロスバスイッチの巨大化に掛る開発のみであり、どちらかというと技術的な開発よりは物量作戦に近いものであった。それに比べて「京」の場合には、プロセッサからインターコネクト、ソフトウェア周りまですべてを新たに開発している。「京」のように新たにスーパーコンピュータを開発するには数百億円の投資を必要とする。すべての予算が富士通に支払われるのであれば良いが、実際に富士通に支払われた額は予算のほぼ半分程度である。その費用で新たなスーパーコンピュータの開発と実際のハードウェアの納品までを賄わなくてはならない。これは普通に考えて持ち出しが多くなり、マイナスとなる事は明らかだ。それなのに何故富士通は次のフラグシップマシンの開発まで引き受けるのだろうか?実際にテクニカルコンピューティングソリューション事業本部長である山田昌彦氏に聞いた。
富士通におけるスーパーコンピュータ開発の国家プロジェクトとの関わりについて教えてください。
現在、CPUまで含む大規模システム開発にチャレンジできるプロジェクトはHPCの領域以外では世界中なくなってきています。富士通にとってハイエンドのコンピュータ開発はDNAの骨格です。国家プロジェクトとの関わりについては、計算機会社としての技術の継承とエンジニアの育成、それからプライドみたいなものが、どうしてもこのプロジェクトを日本でやるべきだという責任感が一番のドライブフォースでした。これはトップの決断においても、会社が築き上げてきた富士通のコンピュータ開発会社としてのDNAを途絶えさせてはならないという責任感が影響しているという空気をひしひしと感じています。
それは富士通にとってある程度持ち出しがあることを覚悟した判断だったのでしょうか?
「京」の時は、結果的に覚悟せざるを得ませんでした。
基本的な考えとしては、開発と言うのは主に人を使いますが、この部分についてはさっき言ったような理由から、自分の持ち出しがあることはある程度、先端技術への投資として覚悟しています。しかし、納入するための「もの」(システム)を実際につくるということにおいてメーカーから持ち出すというのは、ちょっとこれは筋が違うのではないかというのが一般的な考えだと思います。この部分は守りたい部分です。これが基本的な考えです。
実際に「京」の開発において、持ち出しはあったのでしょうか?
これは考え方の違いだと思います。国としては開発からシステムの納品までを全体の予算の中で見て、それに見合う対価を富士通には払っているという見方です。私どもからすると、工程を開発と製造に分けてみた場合、開発の部分は国とメーカーでシェアするけれど、製造部分については製造原価は100%国が見るべきだと考えています。この部分だけはキープして欲しいというのが、一貫した考え方です。これが原則にならないと、今回のフラッグシップマシンの開発も次のステップに進んでいくことが難しいのではないかと。
開発費をある程度持ち出すことについて社内で反対はなかったのでしょうか?
それは社内でも議論があり、経営判断会議を何回も実施しました。中には止めるべきだという人もいました。しかし、先程の富士通のDNAの継承という背景が実行に移したのです。結果として、今回の「京」のマスコミによる好意的な報道を含むいろんな意味での成功は数字では表せないが、ビジネス上も大きな貢献をしたと社内では評価されています。これは当初目論んだ事ではありませんでした。結果として大変うまくいって、最終的にはいろいろな意見はあったけれど、良かったねという状態になったのです。そのため、次のフラグシップマシンの開発への参加について前回程は反対がありませんでした。しかし、「京」ではいろいろな副次的な効果はあったが、今回は何がその効果なのかという意見はありました。
「京」の商用版であるPRIMEHPC FX-10の海外での売れ行きはいかがでしょうか?
残念ながら今のところはまだ海外で売れているとはいえません。正直に申し上げますと、当初はかなり期待していました。開発を始めた当時、世界を見ると3〜4割がx86などコモディティを使ったクラスタでした。ただし、その製品品質から大規模なスーパーコンピュータを賄えるようにはならないと考えていました。そのため、かえってSPARCのような専用設計されたCPUに世界がもう1度戻ってくると思っていたのです。そういう専用設計のCPUでしかできないペタフロップス・オーダーの世界を作りたいというつもりでスタートしたのです。ですが、5年の間に想像以上にx86が広がり、ペタ以上でも使用に耐えるようになってきており、現在 ハードウェアの性能よりも海外では特にソフトウェアポータビリティが重要になってきており、当初思っていたような感じではなくなってきています。また一方でソフトウェアの大衆化と共にアーキテクチャを選ばない方向に進んでいる事も事実です。もうひとつは海外への展開には時間がかかるということです。やはり、グローバルでやるためにハードウェアも優秀であることが重要ですが、ユーザコミュニティも大変重要です。残念ながら十年弱ほど海外を休んでいたので、それをやり直す時間がかかっています。この辺りにおいてはx86サーバのソリューションも含めて、できるだけコミュニティを増やす事を念頭において、地道にやっているのが事実です。ただ、CORALをIBMが取ったことで、これがx86やXeon Phiによるアプローチだけでなく、また専用設計のスパコンが力をつけてくるのではないかと期待を込めて見ています。ペタ以上の実アプリはこれからだと考えていますので、今の状態を継続してエクサに近い世界では何とかなるようにしていきたいと思っています。
一方で、海外、特にアジアでは「山田さんは何故コンピュータを買えと言わないのか?」とよく言われます。1ヶ月ほど前に発表したサウジアラビアのキング・アブドゥルアズィーズ大学(KAU)は16万人の大学で、そこの初めての共同利用のセンターに富士通システムを導入するが、全体予算の半分がハードで半分がサービスです。サービスには運用なども入っていますが、研究者を支援して、一緒にHPCを使うノウハウをレベルアップするというのが入っています。シンガポールを始めとするいくつかの国には一回買って失敗して、もうちゃんとサポートしないベンダーとはつきあいたくない、というようなサイトが一杯あります。アメリカベンダー以外の選択肢が無いと思われていた世界で、日本があったのか、じゃあ、という話は一杯あるのです。今のところスパコンが必要となるような高度な利用ではないですが、ここでは元々の富士通のスタイルをわざわざ変えなくていいので、ビジネスを広げていくのに最適な場所なのです。
x86のソリューションも今後は継続するのでしょうか?
海外ではx86を中心とするプロモーション部隊をドイツFTSにおいて、そこで少なくなっていたHPC顧客へのアクセスルートを徐々に復活させる活動を広めています。その活動によって、実はスペイン、インド、ドイツ、フランスなどに実績が出てきています。ハードウェアのみでなくトータルなソリューションでビジネスが広がっています。このように、HPCの顧客へのアクセスという意味では広がってきていますが、そのハイエンドにある価格性能比をこじ開けるようなことはまだできていません。x86のようなコモディティの価格性能に対しては、ハードウェアだけでなくトータルな面で攻めて行こうとしています。
PRIMEHPC FX-10やFX-100の小型版は考えていますか?
現状、パーソナルな需要であれば、x86系の延長でほとんど解決できると考えています。パーソナルというのをどの辺りに定義するのかによりますが、例えば今後コア数がどんどん大きくなっていくとか、ある程度の小規模組織の共用みたいな大きさがないと、要するにペタ以上が卓上にあるとか、そういう規模がないと、あんまり意味がないのではないかと。逆にいうと、クラウドがもっともっと進めば、卓上にあるのはかなり一般的なものですむようになります。一方で、「京」の共用を開始したらものすごいユーザ数で、今でも常に一杯の状態です。そのためにコンパイルとかソフトの開発とかにはなかなか使い難い状態です。そういった意味で、「京」とクラウドの中間に、ファイルを大量に扱ったりするマシンが手元に近いところに欲しいという需要が出てきているのは事実です。そういう1ラック、2ラックの可能性はでてきています。例えるならば、浅田真央は最終滑走の際には巨大なスケートリンクで一人で走りますが、ここに至るまでには地方に一杯リンクがあって、ここには練習のためにいろいろな人が来て走っている。最終滑走は他の人にはできないし、瞬間のものですが、この瞬間のものがないと、演技の練習ができない、そういう感じで、手元にあるものが、限に大きなものである必要はなく、その代わり、練習場や、または中規模の開発マシンが必要になってくるのです。また、ワークステーション的な下方展開というはだいぶ昔の考え方で、クラウドを中心としたソフトウェアスタックによるプラットフォームの接続というのが新しい考え方だと思います。
市場拡大には商用アプリの展開が重要だと思いますが?
商用アプリを分析すると、並列化がほとんど意味のないものがあります。それをペタ以上のジョブを流すためのアイスリンクにあえて持っていかないといけないとは全く考えていません。逆に過去のレガシーがあるために今のアプリは簡単には超並列の世界に来ることができません。それを「京」やHPCIなどのいろいろな挑戦の中で、逆にスタンダードはこちらが作り出さなくてはならないといけない。ペタ以上のマシンを並列化の効かないアプリケーションに使うのでなく、それならばx86の専用サーバを用意した方が何倍も効率的です。
これからはソフトウェアの時代です。いろいろなオープンなソフトウェアによって、どんなマシンでも使えるということを考えると、クラウドとハイブリッドな環境の中では、アーキテクチャが違うということはユーザにとって特にデメリットにならなくなります。そういう方向を目指すべきではないかと考えています。
もし、「京」なりそういうアーキテクチャを使うためのクラウドの要望があれば、要望毎に考えて行きたいと思っています。今後の利用はクラウドになっていくことについてはかなり確信をもっています。逆に言うとそうしないとユーザ層もひろがらない、市場が広まっていかないのではないかと。特にISVアプリはクラウド以外に伸びる道がないと思っています。
ここ3年間、特に製造業を中心とするパブリッククラウドを展開する中で、当初はセキュリティなどの理由で目移りしなかったユーザが、今は様変わりしたように、当然クラウドと言われています。こういう環境の中ではユーザをどうこうするのでなく、最適なハードウェアをどのように使い勝手よく配置していくかが重要となり、ソリューションレイヤーが重要となってきます。今もっとも注力しないといけないのがその方向です。
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富士通にとってのスパコンとは何でしょうか?
富士通には「Human Centric Intelligent Society」というコーポレートビジョンがあります。世の中の動向をあらゆるセンサーでコンピュータに集める状態にして、その後ろ側にスパコンやビッグデータの解析をおくことで、社会のインフラを作り上げるということです。今 はっきり見えるのは天気予報しかありませんが、人口増加や交通問題などをこういう形でサポートしていくというのが全体のコンセプトです。その中でスパコンは縁の下の力持ちとしています。これがCrayやSGIのようなコンピュータそのものを作っている会社との違いです。社会インフラを多く行っている中で、ビッグデータの解析もひとつのサービスとして、価値をお客様に提供するというのが大きな目標です。
富士通の経営陣の頭には、「転ばぬ先の杖」を作るような、この高度なIT技術をつかって社会インフラを作るという目標と、富士通のDNAを残すという2つの大きなテーマがあるのです。富士通は本当に社会的に使われるようなコンピュータを含んだソリューションを販売していきたいと思っています。ソリューションを主役とするハードウェアビジネスなのです。
富士通は思ったより純粋でピュアな企業のようだ。スパコンは富士通の企業としての骨格の中心にあり、それを中心に社会にソリューションを提供していくのが企業使命と感じた。次のフラグシップマシンの開発における活躍を期待する。