世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


12月 15, 2014

HPC業界の起業家 PEZY Computing齊藤社長に聞く

HPCwire Japan

西 克也

海外では独自のアーキテクチャでスーパーコンピュータを開発する中小のメーカーの例は多いが、国内に至ってはボードレベルの製品開発をする企業はあってもシステムとして開発する中小のメーカーは皆無だった。これまではそうだった・・・

株式会社ExaScalerと株式会社PEZY Computingを率いる齊藤元章氏は日本における初のスーパーコンピュータを開発するベンチャー起業家だ。また彼はこのスーパーコンピュータ分野では珍しい経歴の持ち主だ。元々、計算機科学者ではなかった。齊藤氏は元々放射線科の医師だ。彼は東京大学医学部付属病院に勤務した後、仲間と共にシリコンバレーで医療系先進画像処理システムの研究開発会社を設立している。同社は独自技術、特に独自ハードウェアを半導体レベルから開発することによって世界初のリアルタイムCT再構成システムや4次元立体動画表示システムなどを開発し、その革新的な技術で各種の賞を受賞している。

齊藤氏は2011年の震災後にシリコンバレーから日本に拠点を戻して、PEZY Computingで独自大規模プロセッサに特化した開発を始めた。そして2014年に入ってから、本格的にスーパーコンピュータの開発プロジェクトを立ち上げたのだという。

まず最初に、医師を辞めてベンチャーを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

元々、幼少時からラジオや無線機を作っていたこともあり、工学系分野への興味が大きかったのですが、生命の神秘に対する興味も捨てきれずに大学進学時には医学の道に進みました。卒後に医師免許を得ていざ専門科を選択する時には、医学と工学の境界領域である放射線科を選んだのですが、そこでは結局、新しい診断装置や治療装置を開発する方に関心が向いてしまい、研修医時代には一日の診療や治療業務を終えてから、最先端の診断装置を分解しては色々と調べる様なことが続きました。驚いたことに、最先端との触れ込みで導入されたCT装置などでも、中身は10年前の技術が使用されていたりすることも珍しくなく、そこで最先端の技術を利用したとすると、どこまで診断装置を高度化できるのだろうか、或いはまったく新しい診断装置を開発できたりもするのではないか、などと思い始めたのです。研修医を終えて大学院に進ませて頂くことになったタイミングで、まずは学外にソフトウェア開発の法人を立ち上げて、3次元CT再構成ソフトウェアの開発などを始めました。しかし、1995年当時にソフトウェアで実現出来ることにはかなり限りがあり、すぐにハードウェア開発が不可欠であることを理解しました。ところがハードウェア開発にまで手を拡げても、結局は汎用のハードウェアを利用していたのでは、明確な差別化を行うことなどは難しく、研究開発を一定規模で維持するための事業としてはまったく成り立たないという問題に突き当たります。そこで実現したい機能に特化したとしても、独自ハードウェアを、出来ればプロセッサから開発して、他では作れないものを開発して実現したいとの思いに到達し、その思いは紆余曲折を経ながらも、約20年後の今日にまで至ります。
その後2年間、日本国内で研究開発を行ったのですが、結局のところ日本のベンチャー企業が開発したものは、大手企業には採用の検討はして貰えませんでした。そんな頃に、米国の医療系の学会で知り合ったシリコンバレーのアントレプレナーで、スタンフォード大学の教授から転じて医療診断装置開発の会社を2社創業した研究開発者に、「おまえみたいな常識の枠に嵌らない人間は、一刻も早くシリコンバレーに来るべきだ」と強力に誘って頂いたことで、南サンフランシスコ市の世界最大手バイオ企業であるジェネンテック社のキャンパスに隣接する彼のオフィス内に間借りさせて貰い、手ほどきを受けて米国で起業するに至りました。面白いことに、米国の、しかもシリコンバレーのベンチャー企業が開発した技術ということになると、日本の大手企業にも真剣に検討をして頂けて、幾つか採用して頂くことが出来たりしました。

医療系システム会社は順調のようですが、この企業を辞めてまたベンチャーを始めた理由はなんでしょうか?

米国で創業した医療系システム会社は確かに順調に売り上げを伸ばしており、ある程度の利益も出し始めていたので順調と言えば順調であったのですが、社員数が300名を超えた頃から、私の視点からは小回りが利かなくなり、迅速な開発が行いにくい状況が生じていました。
更に世界中の大手病院の殆どを顧客としていたこともあって、いつしか先進的な開発以外の多くの内容に開発の重点が移っており、特に独自ハードウェア開発などに大型の研究開発費を投ずることが困難な状況となっていました。更には、大きなシステム開発を行う事業体に在っては、プロセッサ開発は真っ先に不況や事業計画未達時の影響を受けて、開発が凍結されたり中止されたりする憂き目にあう領域でした。従って、少しの遅れでも二度とキャッチアップが出来なくなる可能性がある日進月歩のプロセッサ開発の世界で、覚悟を持ってやっていくとすれば、その目的に完全に特化した、プロセッサ開発専業の会社を作る必要があると考えたものです。

PEZY Computing社では当初画像処理・解析用のチップを開発していたと思いますが、何故HPCを始めたのでしょうか?

これには、幾つかの理由があります。研究開発と事業におけるパートナーとの20年来の約束(私が勝手に約束と思い込んでいるだけとの話もありますが)で、「必ずいつか独自のプロセッサで独自のスパコンを開発しよう」、というものがあったことが一つです。
そして、今後に実現したいこと、遣りたいことの殆どが、もはや画像処理や解析のレベルではまったく事足らず、次世代のスーパーコンピューティングを前提としなければまったく開発が不可能であるから、というのが大きな理由でした。我々のグループ全体の方針の一つとして「必要なもので存在しないものは、自分達でゼロから作ってでも前に進む。」というものがあります。その観点からは、ユーザーとして、超小型で、超高性能で、超低消費電力で、出来れば安価なHPCのシステムを欲していたところ、それに見合うものが世の中には無かったので、自分達で開発するしかなかった、ということになります。
しかし、今回のこのタイミングで、ということになりますと、私とパートナーの双方が10年以上に渡って「神様」として尊敬してきている、この業界の著名な先生にお会いさせて頂き、3月の終わりに背中を強力に押して頂いたことが、その最大のきっかけとなりました。

PEZY Computing社とExaScaler社およびカスタムメモリの開発を行っている会社を創業していると思いますが、分社しているのは何故でしょうか?スパコンを開発するのであれば1社の方が管理やし易いと思いますが。

上述した内容とも関係しますが、プロセッサの開発、液浸冷却システムの開発、超広帯域を実現するカスタムメモリの開発は、確かに一体で行った方が良い、という考え方もあるかとは思います。しかしながら、スーパーコンピュータが事業としてきちんと成立して、継続的に必要十分な開発費を確保し続けられるかどうかというと、これはなかなか難しいものがあると考えています。一方で、プロセッサ開発は今後ともスーパーコンピュータ向け以外に、組込み用途や、場合によってはハイエンドPCユーザー向けにも展開する可能性が有りますし、液浸冷却システムは既に次世代データーセンタ向けに、大手メーカー様を含めて国内外から複数の真剣な御興味を示して頂いてもおります。超広帯域を実現するカスタムメモリの製品化はまだ少し先になりますが、こちらもスーパーコンピュータ以外の分野向けにも非常に大きな可能性を持っていると考えています。これらを一つの法人の中で並列して開発し、事業化を行うということになりますと、当初は良いかもしれませんが、それぞれの可能性を個々に最適な方法で追求し、その成果を極大化するということが、次第に困難になっていくことを危惧するものです。これまでの先達の事例や、自身の経験からは、機動力と柔軟性をもった小さな規模の法人で、個々の可能性を最大の効率で追求し、最大の速度で開発を推し進めることが肝要であると考えています。実際に今回、我々にとっての最初のスーパーコンピュータの開発に於いても、そのメリットは最大限に活用できたのではないかと思っています。

齊藤さんにとってスパコンとはなんでしょうか?

こんなことを言いますと、この分野の多くの大先輩の方々に怒られてしまうかと思いますが、スーパーコンピュータは自然科学分野の神秘を解明し、この世界の未来を切り拓いていくための「道具」、「ツール」であると考えています。即ち、最終的な目的ではなく、夢を実現するための手段であるとの認識であります。
当然ながら、現在の技術の粋を結集して開発を行うスーパーコンピュータ自体が、今日の科学技術の最高峰の研究開発の成果であり、その最先端の究極の研究開発自体にも非常に大きな興味があります。その研究開発を、小さなグループで、出来る限り独自技術を用いて、普通に考えれば絶対に不可能である短期間で成し得て行くことが、大きな夢であることは間違いありません。
しかしながら、そうした次世代スーパーコンピュータを活用して、これまでには全く不可能であった研究や開発を、出来れば自らも行い、そして日本中の優秀な研究者や開発者の多くの方々にも御使用頂いて、この世の中と社会をより理想的なもの、全く新しいものに変えていくといったことが、より大きな夢であります。
その内容は、ここで語るにはとても足りないものなのですが、今回のスーパーコンピュータ開発と並行して書き溜めていた内容を、「エクサスケールの衝撃」として、12月18日にPHP研究所から出版して頂けることとなりました。もし少しでも御興味をお持ち頂けましたら、お正月休みにでもお手に取って御一読を頂けたらと思います。